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28話「起きたら花畑」

 

 俺はあれからどうなったのだろうか。

 永い悪夢を見ていた。終わりのない悪夢。だが、俺はそこから抜け出した。

 依然として俺の妖力は電波によってかき乱されている。一瞬でも気を抜けば、あの悪夢に逆戻りだ。それだけはなにがなんでも避けなければならない。二度とあんな夢はみたくなかった。

 俺が目覚めると、そこは花畑だった。天国にでも来たのかと思ったが、すぐにその考えは否定できた。空に月があったのだ。ということは、ここは地球である。俺は、どういう経緯かまた地上へもどってきていた。

 ここが月ではないという事実に俺は落胆した。いや、落胆なんてものじゃない。絶望した。永琳は月にいるのだ。地球からどうやってあいつのところへ行けばいいのだ。

 俺の姿は一本の大きな木になっていた。まるで六島苞である。体に残る妖力の性質か、無意識にこの形をとっていた。そして、その妖力の量を見て愕然とする。とんでもない増量だった。それはつまり、俺がとても長い年月を生きた証である。その量は、千年や万年というレベルの増加量ではなかった。

 まったくもって嬉しくなどない。永琳は人間だ。この億にも届こうかというほどの歳月を今もまだ生きているはずがない。俺は絶望を通り越して発狂しかけた。悪夢と現実との間を何度もさまよった。俺がこうして正気を保っていられるのは、ひとえに永琳という存在がいたからである。あいつへの復讐心が俺を悪夢からの解放へ導いたのだ。やり場のない憎しみは、それでも消えず、静かの俺の心の奥底に沈澱していった。

 

 「今日は気分が悪いみたいですね。大丈夫ですよ、私がついていますから」

 

 そんな俺の心の支えとなったのは、一匹の妖怪だった。彼女は俺が悪夢にうなされていると、俺の傍にずっと一緒にいてくれた。別に一人が心細かったわけではないが、彼女はどうやら植物に関する能力をもっているようで、傍にいてくれるだけで俺の精神はいくらか和らぐ。

 彼女は珍しい人型の妖怪だった。緑色の髪で、赤いチェックの柄のベストとスカートを着ている。人の形をとれるということは、それなりに力をもっていると推測できた。俺を中心として円のように作られた花畑も、この妖怪が世話をしているようだ。彼女は植物の世話をすることが好きらしい。

 

 「えへへ、今日も人間さんたちにやられちゃいました……」

 

 だが、彼女は好戦的な性格をしていなかった。そればかりか、妖怪として致命的なほどにお人好しである。人間をおどかすどころか、薬になる薬草を提供する始末である。提供というより無理やり強奪していると言った方がいい。彼女が強気に出ないことにかこつけて、人間は執拗に薬草を寄こせと迫ってきた。渡さなければ退治すると脅してくる。お人好しの彼女は断るということを知らないのか、言われた通りにしていた。

 害がないのでお目こぼしされているが、彼女も妖怪であることに違いはない。ときには人間から攻撃を受けて、傷ついて帰ってくるときもあった。

 彼女は人間を襲うことはしないので、自分で妖力を調達することができない。その代わり、植物たちから微量の妖力を少しずつ分けてもらい、飢えをしのいでいる。なんとも情けない限りだ。だが、世話になっている身なので、俺もケチらず渡している。求められる分よりも多く妖力を渡していた。

 

 「こんなにたくさん……いつも、ありがとうございます!」

 

 億年生きた俺からすれば、髪の毛の先ほどもない微々たる妖力だ。使いどころもないし、いっそのこと全部渡してしまっても構わないのだが、彼女が受け取ろうとしない。

 俺は妖力をもった木の妖怪として彼女に認識されているようだ。妖力の大半は根っこの下にある甲羅に溜まっているので、妖力がダダ漏れというわけではない。しかし、俺の妖力によって、この辺り一帯の大地は肥沃なものへ変化しているようである。これも六島苞の妖力のなせる業か。いつも感謝されるのだが、俺は何もしていないので困る。

 俺は自分から彼女に話しかけることはなかった。念話を使えば木の姿でも話はできる。だが、最初はそんな余裕はなかった。狂気に思考がもって行かれないようにするのに精いっぱいで、彼女の話に付き合っている暇はなかった。しだいに安定してくると、鬱陶しくて仕方ないと感じるようになった。いちいち木に話しかけてくる変な女である。無視し続けていた。

 それでも、彼女は俺に話しかけ続けた。最低、一日に一回は声をかけてくれた。それは、悪夢に苦しむ俺を助けようという彼女のやさしさだ。俺はそのうち、彼女の話に耳を傾けるようになっていた。つまらない世間話ばかりで面白みはないが、それでも一人で考え込むよりましだ。復讐という生きる目的をなくした俺は、それ以外の何かに目を向けていなければ、すぐに狂気に取り込まれてしまう。彼女がいたからこそ、これまで俺は自分ではない“ナニカ”になることなく、今もここにいることができるのだ。

 

 「そろそろ季節は冬ですね。見てください、今日はこんなにいっぱいドングリ拾いました!」

 

 俺は彼女の名前を知らない。たぶん、最初に自己紹介したのだろう。そのときの記憶が俺にはない。

 俺はそれからしばらくの間、名前も知らない妖怪とともにゆったりとしたあてどない時間を過ごしていた。

 


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