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22話「のちの諏訪子である(嘘)」

 

 『なんじゃこりゃ』

 

 俺がロバートとモニカに肩を貸しながら、銀の塔が見える場所まで来た時、そこにはグロテスクな惨状が広がっていた。

 地面を埋め尽くすほどのデスフロッグの死体が積み上がり、そこらじゅうに毒の粘膜の池ができている。そして、一番驚いたのは銀の塔に突進するような形で力尽きているクイーンデスフロッグの姿である。そいつは俺が倒したはずの、あの女王カエルだった。なんとあれだけの攻撃を食らいながら生きていたのだ。信じられない生命力である。どてっぱらに穴が開いていたというのに、こんなところまでやってくるとは、いったい何がこいつをそこまでの執念を抱かせたのか。

 戦いはすでに終わっていた。人間側もデスフロッグ側もどちらも動かない。まさか、ここまでの軍勢が攻撃してくるとは人間も想定していなかったのだろう。両者ともに全滅していた。玉兎の生き残りはいないかしばらく探し回ったが、見つけ出しことはできなかった。ジョージの姿もない。ロバートとモニカはひどく気を落としていた。俺は二人を肩に担ぐと、できるだけ毒を踏まないようにデスフロッグの死体の上を飛び継ぎながら銀の塔へ近づく。

 塔の中も悲惨だった。内部にまでデスフロッグが侵入して、人間ともども死体の山と化していた。分厚い隔壁も突破され、奥深くまで侵入を許している。一応、警戒はしてみたが、本当に生存者は一人もいない。人間は確かに強いが、その強さはひどく偏っている。デスフロッグの死体の数に比べて人間の数は圧倒的に少なかった。せいぜい100人くらいしか、今のところ見当たらない。たったそれだけの数でデスフロッグの大群と渡り合ったのだから、脅威と言っていい。だが、無敵ではなかった。

 デスフロッグは塔の上階を目指すように折り重なっていた。塔は上に向かって建てられる物なので、上を目指すのは当然のことと言えるが、それだけの理由にしては必死すぎる気がした。まるで産卵のため上流を目指して滝を登る鮭のごとくである。

 塔の機能はほぼ停止状態で、セキュリティが作動している様子はない。照明の電気は、壊されていない箇所だけ明かりが灯っていた。だが、どこの電灯も、点滅を繰り返していて目がチカチカする。電気系統がイカれているのだろうか。

 最上階近くにやってくると、眼下に屍累々と積み重なるデスフロッグの毒沼が見える。そこには、いつの間にか黒い霧が発生していた。それはデスフロッグ達の怨念が集結してできあがった呪いの瘴気だった。もともと、デスフロッグの毒には呪いに近い特性があった。それがこれだけ大量に集まれば、本物の呪いになってもおかしくない。俺ならあの中でも平気だが、玉兎は無事ではすまないだろう。

 俺は何か使えそうな武器はないか物色しながら進んだ。さすがは人間様の拠点だけあり、さまざまな兵器らしきものがある。実にSFチックだが、ほとんど俺には使い方がわからないものだらけだった。とりあえず、銃らしき形をした物を中心に漁って、それ以外にも手ごろな物を見つけたら甲羅の中にしまっておいた。

 そこで発覚したのだが、俺の甲羅は四次元ポケ○トのように何でも無限に収納できるというわけではなかった。見た目に反した収納力を持っているが、スペースには限りがなったのだ。新事実である。甲羅の中がいっぱいになって、これ以上詰め込めない状態になった。これでは自分の体も入れることができないので、しかたなく必要なさそうな物を外に出した。腐ってカビが生えた蜜柑とかな。

 

 『これがニンゲンの巣なんだ。すごい……』

 

 『まるで、夢の中いるみたいだわ。このふわふわしたものは何?』

 

 ロバートとモニカも人間の科学技術に心底驚いているようだ。特に、建物内に空気があることに興味を持っていた。塔はいたるところが破損していて、空気漏れは確実なのだが、いかなる技術か、まだ空気のほとんどが逃げずに塔の中に残っている。そういったことに関心を持てる程度に、二人はだいぶ体の調子も良くなって来たようである。塔内に危険はないようなので、個別行動をしてみることになった。

 俺が面白そうなメカがないか探していると、ある部屋にデスフロッグが殺到して死んでいた。上階に行けば行くほどデスフロッグの死体の数はだんだん減って行ったのだが、ここだけ以上に密集している。ここに何かあるのか。俺はデスフロッグを押しのけて、その部屋に入った。

 

 『何かの研究室みたいだな。ん? 妖力の気配を感じる』

 

 そこは様々な機材が置かれた部屋だった。白衣を着た人間がデスフロッグに潰されるようにして、何人も床に転がっている。デスフロッグは研究室の奥へと進もうとしていたようだ。そこには、チューブのような水槽に入れられた紫色の丸い玉が浮かんでいる。妖力はこの玉から感じた。取り出して手に取って見る。

 

 『うわ、なんかブニブニして気持ち悪い』

 

 どうやら、ナマモノのようである。生きている……ような、そうではないような、なんとも曖昧な気配。これは卵だ。命よりももっと未分化な、力そのものに近い状態である。俺には劣るが、かなり良質で大量の妖力を内包している。この卵が孵れば、生まれながらにして強い妖力を持つ妖怪となることだろう。

 よく見たら、これデスフロッグの卵だな。だが、クイーンデスフロッグを倒したときに見た卵とは明らかに質が違った。あれは黒色だったが、こいつの色は毒々しいバイオレッド。おそらく、これは次代のクイーンとなるデスフロッグの卵ではないだろうか。普通のデスフロッグは緑と紫が混ざった体の色をしていたが、クイーンは紫一色だった。

 なるほど、だいたいあらすじが読めてきた。人間たちはデスフロッグのクイーンがいる巣穴を襲い、調査した。月に移住する計画をしているのなら、デスフロッグのような妖怪は危険極まりない。排除しようとしたことは容易に想像がつく。そこで、このクイーンの卵を発見し、回収した。そのことに母親カエルが激怒して、卵を取り返しにここまで来たという結末だ。どこの世界でも母は強い。

 結局、欲の皮を突っ張った人間の自業自得という話じゃないか。

 

 『ま、俺の知ったこっちゃないが』

 

 俺は卵をチューブに戻そうとして、思いとどまる。デスフロッグは全滅した。少なくとも、この場所には一匹も残っていない。この卵をここに置いて行ったところで、どうせ人間にまた回収されて、いいように実験の材料とされるに違いない。この塔が陥落した情報は人間側もすぐに知ることになる。いや、もう知っていると考えた方がいい。すぐにここはまた人間に占拠される。俺は機能が停止した要塞に立て篭もって人間と今すぐ徹底抗戦する気はないのだ。むしろ、逃げ場のないこの場所で、包囲されて精神攻撃電波を浴びせられたら目も当てられない。

 これが人間の手に渡るのは癪だ。だったら、俺がここで食っちまえばいいじゃね? さすがに六島苞には断然負けているが、これを食べれば結構な量の妖力が手に入る。強くなることはいいことだ。

 

 『でも、これ、まずそうだな』

 

 だが、それはカエルの卵。色合いから、ジャンボタニシの卵のさらにジャンボ版と言われても信じられる。俺はグルメを気取るつもりはないし、チビガメ時代はたいそうな悪食だったが、最近の主食は植物ばかりだったので、なんか抵抗がある。人型になったせいで、人間に近い感性が強まった気がする。

 それに、見るからに毒あるぜ、って色してるしなあ。味見に、一舐めしてみる。

 

 『ぺろっ! こ、こいつは……ストロベリー味!』

 

 俺は、黙って卵を甲羅の中にしまった。まあ、こいつの処遇についてはあとで考えよう。今は他にやることがたくさんある。断っておくが、これはネコババではなく、保護だよ。

 


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