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ルビコン川を渡れん

作者: 胡摩 餡子

遊森謡子様企画 春のファンタジー短編祭(武器っちょ企画)参加作品


詳細は

http://mypage.syosetu.com/mypageblog/view/userid/126804/blogkey/396763/

をどうぞ

「どうして私のことなのよっ!」


 リュリュンは堪りかねたとばかりに叫んだ。言われたタウトのほうは涼しい顔で

「だって俺のことよりもお前のほうが反応良いんだよ、色々と」

そう受け流すと、リュリュンの体が怒りと屈辱でワナワナと震えた。


 タウトとリュリュンが魔法学校初等科の卒業試験のため旅に出てから早1ヶ月。あと2週間で条件を満たし学校に帰り着かねば留年してしまう。いや、下手をすると中途退学扱いで追い出されるかもしれない。リュリュンは焦っていた。規定ポイントの半分ほどしか到達していないし、学校までの距離もうんと遠い。タウトは不安を口にするリュリュンの頭を軽く叩いていつものようにのんびりと励ましたが、リュリュンはその他人事のような緊張感のない励ましに、逆に不安を煽られた。


 幼馴染の二人が魔法学校に入学したのは6年前。二人はそれ以来ずっとコンビを組んでいる。お互いに強く思い合っているわけでも何でもなく、魔法の威力がランダムすぎるタウトを敬遠して誰も組みたがらないのだ。畢竟幼馴染の誼でタウトを見捨てられないリュリュンが「面倒」を見てきたわけである。リュリュンだけなら並を少し下回るくらいで収まる成績が、タウトのせいでいつも落第スレスレになってしまう。これまでのあれこれを思い返して、リュリュンは泣きたい気持ちになった。


 卒業試験はペアを組み、教師の転送陣によってペア毎に各地バラバラの場所へ飛ばされた後、様々な町のギルドに寄せられる依頼をこなすことでポイントと旅費を稼いで期間内に魔法学校へ戻るというものである。酒場――二人は成人していないので酒は飲まないが、食事と情報収集のために酒場を利用している――の噂によると、いつも成績トップのアディールとヘネスのコンビは既に学校へ戻って休暇に入り、その他の面子も続々と学校に帰還しているらしい。


 転送陣に向かう前の挨拶のとき、担任が不安げな面持ちでリュリュンへ

「くれぐれも用心は怠らないように。身辺に気をつけるのですよ」

と言ったことが忘れられない。

 先生の心配そうな顔を見るとこちらが不安になるからやめてください、という言葉を飲み込み、替わりに無理やりな笑顔で応えた。

「任せてください。ばっちりタウトを引っ張って無事に戻ってきますから」

 なぜか担任はますます不安そうな顔になったが、頑張るのですよという言葉だけを口にしてリュリュンたちを見送った。タウトは気楽な様子でひらひらと担任に手を振っていたが、リュリュンはとてもそんな気にはなれず、思わず潤んだ瞳で担任を見上げると袖口の腕輪を摩りながらその場を後にしたのだった。


 ギルドの依頼は難易度と報酬が比例し、さらに今回の試験ではその難易度毎にポイントが振り分けられている。ポイントの累計が規定に達しない限り、学校には戻れない。タウトとリュリュンのペアではあまり難しい依頼を受けることが出来ず、旅費がかつかつ状態ながら何とかここまで進んできたのだが……。


「ポイントが全然足りないよー!」

 ギルドハウスの椅子に座り、このままでは時間切れになってしまう、と嘆くリュリュンの前に提示された一つの依頼。ポイントも報酬も今までこなしてきたものよりも格段に良い。が、内容を読み進めるリュリュンの眉が寄っていく。

「これ、物理攻撃効かないんじゃない? どうするの」

 リュリュンは依頼の紙を壁から剥がして持ってきたタウトに疑問をぶつけた。

「大丈夫だって。俺の力はそういうのに関係ないって知ってるだろ?」

 へらっと応えるタウトにリュリュンは頭を抱える。

「あんたの力が一番当てにならないんじゃないのよ」


 今までの依頼が迷子探しだの家の中で行方不明になった失せ物を探すことだの、放牧していた牛の一頭が帰ってこないので回収に行ってくれだのといった地味なものばかりだったのは、リュリュンの独力でこなせそうな依頼が他になかったからである。何せタウトの力は運任せ、当たればでかいが外れた場合のリスクが大きすぎて、とてもリュリュンではカバーしきれない。


「でもお前、このままだとどっちにしてもタイムアップで詰むだろ。大丈夫だって、死ぬことはないんだから」

 タウトが自分の腕に嵌っている腕輪を見せながらトントンと軽く指で叩く。

 卒業試験を受ける者全員に着用が義務付けられている腕輪は、生徒の生命に危険が及んだ場合即座に学校まで帰還する呪いが籠められていた。回収されてしまうことは試験の失敗を意味するので、出来るだけそのような事態は回避しなければならない。


「それはそうだけどさあ」

 まだ納得しかねる様子でリュリュンが唇を尖らす。だが他に選択肢はなさそうだ。

「じゃあ俺は支度するからお前も準備しとけよ」

 タウトはリュリュンの髪をぐしゃぐしゃにかき回しながらそう言うと、正式に契約するためカウンターに向かった。

 リュリュンは纏めていた髪をほどいて櫛で梳きなおす。

(――大丈夫かなあ)

 実体の無い相手だからと、浄化の光と炎の加護を受けやすい髪型にきっちり整えていく。

 リュリュンは魔法を使うことよりも精霊を使うことに長けている精霊使いだ。精霊使いにはそれぞれ人によって異なる「加護を受けやすくなるためのポイント」がある。それは顔に施すメイクであったり服装であったり装飾品であったりと様々であるが、リュリュンの場合は髪型であった。それもきちんと整えておかないと精霊が臍を曲げてしまうため、タウトが働く頭への狼藉――しかも日常的に行われる!――にいつも困ってしまうのだ。何度怒りの抗議をぶつけてもタウトは全く気にする様子はなく、毎回ごめんごめんと笑いながら髪をぐしゃぐしゃにするのであった。


 今回依頼があった案件は、正体不明の存在により家畜が惨殺されているという事件の解決を求めるものであった。朝動く様子のない家畜を良く見ると、腹が裂かれて内臓と血液が全て抜き取られていたというのだ。被害は月に1頭程度であるが、ここ半年ほど続いていたこと、そして――これが一番大きな理由だが――今月に入ってついに人間への被害がでたことにある。幸いにして命はとりとめたものの生命力を根こそぎ奪い取られたような状態で発見された被害者は、2週間が経過した今もまだ起き上がることが出来ないでいた。

 意識が戻った被害者がようやくのことで口にした犯人だが、どうやら実体と半実体を使い分ける魔族であるらしい。

(――これって上級学校レベルのケースなんじゃ)

 リュリュンは本当に手に負えるのだろうかと疑問になったが、悩んでいても仕方ないと腹を括った。ペアなんだからお互い支えあわないとね、タウトを信じて頑張ろう、と思いつつも底の底では今ひとつ信じきることが出来ないでいたが。


 二人は被害者が発見された村はずれへと赴き、その周辺で犯人の痕跡を探す。案の定目に見えるような手がかりは残されていなかった。これでは範囲が広すぎて精霊使役による捜索も行えない。リュリュンは思わずため息を吐いた。

「……本当に見つかるかなあ」

 そんなリュリュンにタウトは笑顔を向ける。

「大丈夫だって、俺に任せろ」

 あんたに任せるから不安なのよという気持ちを込めてタウトを睨むが、当の本人はまったく気にした様子もなく懐から十面ダイスをとりだし、魔力を込めながら掌の上で転がしている。

「さてどっちに行ったかな」

 タウトが呟いてダイスを落とすと、ダイスは軽く地面を跳ねたあと足元に転がった。天頂に向いた目は「北東」を示している。

「よし行くぞ」

タウトはダイスを拾い上げると、左手にコンパス、右手にリュリュンの手を握って歩き出した。


 タウトの能力はダイスをトリガーとして発動される「魔法」だ。だがダイスの出目は運次第、つまりタウトの力も運次第なのである。この旅の途中でも手伝いたいとタウトがダイスを振ったことがあるのだが、そのたびに碌なことにはならなかった。失せ物を探そうとダイスの目に従って進めば、何故か依頼主の先祖が蒐集したお宝――他人にとってはただのガラクタだが――が出てきたり、牛を探しに行けば誘拐された上監禁されている少女の元にたどり着いたりと目的の場所に一発でたどり着いたことがない。

(――おまけに誘拐犯として疑われるし)

 あの時は本当に大変だった、とリュリュンはその時のことを思い出し怒りを再燃させた。そんな事も知らぬ気にタウトは時折ダイスを振っては進路を変える。そんなことを何度か繰り返し、タウトの足が止まった。


「ここ?」

 リュリュンが尋ねるとタウトは、んー、多分、と曖昧な返事を返す。

 森の真ん中、近くに泉、目の前は苔むした大岩、三拍子揃った不気味のセットが二人の前に展開されていた。

 こんな所なら居てもおかしくないかも、と思いながらリュリュンは精霊を通して気配を探る。確かにここで間違いはなさそうだ。だがしかし。

「どうやって誘き出すの?」

 そう、それが問題だ。このような場所にいる二人連れなど怪しいことこの上ない。疑問を口にするリュリュンにタウトはにやりと笑うと、懐から今度は別のダイスを二つ取り出す。一つはいつもタウトが愛用している数字の刻まれた六面ダイス。もう一つは――

「いやーっ! それ使うなんてあり得ない!」

 こんな場所でそのような大声などそれこそあり得ないような悲鳴をリュリュンはあげた。が、タウトは取り合わずダイスを転がす。

「んじゃ、リュリュンに語ってもらうトラウマダイスいくぞー」

 なんで私が、という言葉はしかし既にタウトの魔法に縛られたリュリュンには発することが出来なかった。ダイスの行く末をただ見守る。

 ダイスの一方は「4」、もう一方は「黒歴史」と穿たれた面を空に向けて止まった。


「……あれは私が12歳のころ」

 リュリュンが重い口を割って語り始める。もう語り終えるまでリュリュンの意思では止めることが出来ない。タウトは足元のダイスを拾い上げると、リュリュンの話など興味がないような素振りで掌中のダイスを玩んでいた。

「恋物語を読むのにはまっているうちにどうしてか自分でも書きたくなって、自分がヒロインの、素敵な王子様と恋に落ちるという大長編大河ロマンスをノートに書き散らしていました。ノートが3冊目を終えるころ、勉強机に置いていた創作ノートに1枚のメモが挟まれていることに気づきました。『お母さんは結婚するならロラン王子よりナジャムのほうをお勧めします』……勿論母だけでなく、家族全員が私のノートを読んでいました。あのときの私を見る弟の生温い目が今も忘れられません。それから暫く、我が家での私の呼び名は『姫』でした」


 タウトがつい吹き出した瞬間、リュリュンの斜め後ろの方向からも同じような音が聞こえた。見ると半透明の男が口元に手を当てて立っている。風もないのにゆらゆらと揺れているように見えるのは、まだ完全に実体化していないからだろう。

 リュリュンの目が釣りあがっているのを横目にタウトがすかさずダイスを振った。

「リュリュン、『恥』の『5』だ」

 涙目のリュリュンがふるふると首を横に振るが、ダイスの魔力から逃れることは出来ない。強張った唇がぎこちなく動き始めた。


「き、去年の冬のことでした。休み時間が終わるギリギリにお手洗いから席に戻った私は、やたらと足元がスースーするなと思いながら授業を受けていました。でもその日はとても寒かったので自分の気のせいだろうと思っていたのですが、次の休み時間に真っ赤な顔をした級友の男子がそっと教えてくれたのです。スカートの後ろ身頃が丸ごと、タイツの上に履いていた毛糸のパンツの中に入っていると……。わ、わたしは、クマさん模様の毛糸のパンツを丸出しにしながら廊下を歩き、授業を受けていたのです……」


 言い終わった途端に顔を手で覆ったリュリュンが気づいたかどうか、半透明の男は今や体を完全に実体化させていた。女性として形作られる前の、まだ若木のようにしなやかなリュリュンのすらりと伸びた脚、柔らかく窪んだ膝裏、適度な弾力の太腿、それに続くまだ控えめなヒップ、そんなことを思い描いているのか、欲情を瞳に乗せ緩んだ表情のまま男がフラフラとリュリュンに近づく。男の手がリュリュンに触れる間際


「痴漢、変態、変質者ぁあああああああっ!」


リュリュンの雄叫びとともに放たれた炎が男を包み、降り注ぐ幾つもの光の矢が男の体を貫いた。矢によって千切られ、さらに欠片を炎で焼き尽くされ、男の体は塵の一つも残さず消滅していった。

 リュリュンは肩で息をしながらそれを見届けると、つかつかとタウトに歩み寄って思い切りタウトの頬を張り飛ばした。

「馬鹿馬鹿馬鹿っ」

 尚もリュリュンは緩くこぶしを握りぽかぽかとタウトを叩いたが、タウトはそれに構わず男の居た場所に足を向け、転がっている男の置き土産――魔石――を拾い上げた。これをギルドに持ち帰れば依頼達成となる。この大きさだとかなりのポイントを稼げるだろう。

「お疲れさん。お前は本当にいい腕してるよな」

 タウトはそう言ってにっこり笑うとリュリュンの髪をぐしゃぐしゃとかき混ぜた。


 そう、リュリュンの精霊使いとしての腕は悪くない。おまけに座学も真面目に頑張り、筆記試験も高得点を出している。なのになぜ成績が今ひとつぱっとしないのかというと、タウトとペアを組むことが多い――というかタウト以外の人間と組んだことはないのだが――ことと、実技試験でリュリュンの順番の寸前になるとタウトに髪の毛を乱されるためである。

教師も級友もその事情をわかっているため、リュリュンは常に同情されていた。

 タウトを見捨てればいい話なのだが、何故かそれが出来ない。

(――幼馴染だもんね)

 幼いころ、よくいじめっ子から庇ってもらった。色々な場所へ行き、様々な事を二人で体験した。そんな記憶がリュリュンを甘くさせているのか、ゆえは知らない、だが今日も傍に――。


「さて、じゃあ帰るぞ」

 リュリュンに差し出されたタウトの手。その手にリュリュンはそっと自分の手を重ねると、二人で歩き出した――。







 ――数時間後

「ここは何処なのよおおおおおおおっ」

 山頂で途方に暮れたリュリュンの雄叫びがこだました。










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[気になる点] >スカートの後ろ身頃が丸ごと 身頃の意味が不明。何かの書き間違い? [一言] 読ませていただきました。 リュリュンがかわいいなと思いましたよ。いやおうなしの恥さらし、羞恥プレイが(笑。…
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