40.あの日の真実
「オマエが俺に、生きる意味を与えてくれたんや。それだけは感謝してるで。」
今まで生きてきた意味である平次を、永治は心底嬉しそうに笑って見てくる。
「それで、満足やったか?」
本気でそう思っているのだろうか。
例え4年間だとしても、二度と戻ってはこない少年時代を憎悪だけで生きることが幸せなのか。
それは絶対に間違っていると誰もが言うだろうけど、永治がNOと答えることはないとわかっていた。
「満足なんて、そんなもんとちゃうで。いつも頭ん中で、この瞬間を思うたら体がゾクゾクしたわ。今でもこれは夢とちゃうかて思うてしまうわ。嬉しすぎて興奮するわ。・・・・やっと、父さんの仇を討てるんやからなぁ。・・・父さんも天国で喜んでくれて、俺を褒めてくれてるやろなぁ。」
こう言うだろうと思っていたけど、自分の間違いをわかっているのかわからないけど、目の前で喜びに震える永治とは正反対に沈んでいく平次がいた。
平次と同じ17歳になるまで、佐藤の死以外にも辛いことはあったのだろうと思う。
永治は、佐藤修一は『殺人犯の息子』なのだから。
知りたかった。
普通の少年だった永治が、異常なまでの狂気を持つ少年になるまでのことを。
和葉をこんな目に合わす理由を。
「山中。・・・オヤジさんが亡くなってから、今の親にすぐ引きとられたんか?」
平次の意外な質問に、永治は場違いの質問だと言うように、一瞬キョトンとする。
そして、なぜかすぐに怒りを見せた。
「ちょお、待てや。親?・・・はっ・・・何言うてんのや。俺の親は二人しかおらへんで。・・・・アイツラは俺に利用されただけや。それを忘れんなや。」
「父さんが死んでしもて、最初は母さんの親戚の家におったんやけどな。アイツラ、今までとは全然違う目で俺を見るんや。・・・『犯罪者の息子』てな。・・・まあ、別に俺はそんな扱いでも別に気にしてなかったけど、父さんをそういう目で見るんは許せへんかったなあ。」
「・・・・しばらくして、追い出されたわ。世間の目が厳しい言うてな。いろんな家をたらい回しされてそれで、今のじいちゃんとばあちゃん家に来たんや。遠い親戚みたいやったけど、小さい頃にしか会ったことなかったみたいやし、覚えてへんかったわ。どうせまた追い出されるんやろと思うてたけど、馬鹿みたいやけど俺のこと息子やと思うてるらしいけどな。じいちゃん家の場所思い出して喜んだわ。まさか、オマエの近所やったとは夢にも思うてへんかったからな。ほんま、ラッキーやったわ。」
(よかった。)
永治の話を聞いて、まずそう思った。
永治は本当にそう思うというように言っている。
想像していた通り、親戚の永治に向ける目は冷たいものだったけど。
でも、会ったことはまだないけど、永治を暖かい目で見る人がいて、本当によかったとそう思った。
「・・・・・よかったな。」
そう考えていたら、無意識に言葉に出ていた。
「・・・・・・・・は!?」
「オマエを無償で、息子として受け入れてくれる人がおって、ほんまによかったな。」
「・・・・・・なっ・・・・なに・・・言うてんのや、服部・・・・・」
小さかったけど、静かな部屋に響いた平次の発言に永治は驚愕の色を隠せなかった。
「・・・オマエ・・・・俺を馬鹿にしてるんか!!どうせ、可哀相て思うてるんやろ!!!」
「そうやな。・・・・可哀相かもしれへん。オマエがほんまはどう思うてるんかはわからんけど。もし、ほんまにじいちゃんとばあちゃんをそう思うてるんなら、オマエは可哀相や。」
和葉はまだナイフを首にあてた状態なのに、今永治を逆撫でするようなことはしてはいけないのに、どうしてこんなことを自分は言ってるのだろうと不思議だった。
あのCDを聞いた時の怒りが嘘だったかのように、平次の中で何かが少しずつ変わっていくのを感じた。
「な!?・・・ふざけんなや!!!俺が可哀相やて!!アホか!!!・・・なんで俺があんなジジイとババアに!!アイツラはこの日のための道具や!!!」
「嬉しい、とちゃうんか?」
「・・・嬉しい?・・・なにがや・・・・・・あぁ、そうやな。この環境を与えてもろたことは、嬉しいわな。それと、今この瞬間が嬉しいと思うわ。」
「そうやない。」
(ほんまは、・・・オマエもそう思うてるんやろ?)
「今までの親戚とは違ったやろ?オマエをほんまの息子みたいに想うてくれてるんが、ほんまは嬉しかったやろ?」
『あ』という形をしたまま口を固めた永治。
すぐに元の顔へと戻ったが、一瞬見せた永治の動揺を平次は見逃さなかった。
「フン!なに言うてんのや、アホちゃうか?アイツら、俺が今ここで何してるか知ったらどういう反応するかぐらい、わかってるわ!!・・・・どうせ、今までの奴らと同じや。すぐに化けの皮はがすに決まってるわ。」
「ほんまにそう思うんか?」
「当たり前やろが。」
(じゃあ、なんでそないな顔するんや?)
もう、諦めているのか。
いつまでも付き纏うであろう、その肩書きに。
人のぬくもりを信じることを。
そのぬくもり求めることを願うことも。
平次に言われたことに怒り狂う永治。
でも、そうやって怒るのは必死にそれを隠そうとしているようだと思った。
「そうやって余裕かましてるけど、自分が置かれてる状況わかって言うてるんか?」
「わかってるで。・・・・全部、和葉の想いも・・・全部な。」
「は?」
―― 和葉の命も、服部の命も全部手に収めてるんは俺やのに、何言うてんのや、コイツ。
永治の顔にそうありありと出ている。
和葉の想い?
今もこうして洗脳していて、話すことも動くこともできない和葉の何がわかる?と混乱していた。
自分の目的は順調に進んでいるのに、妙に落ち着いた平次にイラついていた。
「訳わからんこと言うて、焦ってんのか?世間に騒がれる西の名探偵がよう言うわ。今までこうなるまで何もわからんかったくせに。なーんも気いつてなかったやんな?西の名探偵さん?」
そう、何もわからなかった。
自分の想いも、永治の罠も。
(西の名探偵の名がそりゃ泣くわな。・・・・ほんまアホや。)
何よりも許せないのは、そんな自分だった。
「まさか、オマエが催眠かけられるなんて思いもせんかったわ。普通の高校生が、まさかな。和葉をここまでするとは、ほんまに驚いたわ。催眠のことは、オレもそれなりに知ってるけど、そないに簡単にできるもんとちゃう。催眠かけるには、よほど仲のええ友人とか信頼関係の成り立っとる仲やないとできるもんやない。そやから、2年で転校してきたのに、会うて日もほとんど経ってないオマエを和葉が信頼して、洗脳されるやなんて。17歳やのに恐ろしいやっちゃな。でも、オマエのしたことは和葉の意思を無視した、催眠やなくて洗脳でしかないんや。」
「そうやろ?俺、頑張ったからなぁ。色々本読んでて、ある日催眠のことを知ったんや。聞いたことはあったけど、どうやってやるんかいまいち知らんかったけど、実例やら読んでたら興奮してきたわ。服部にバレずに、じわじわとオマエを追い詰められる最高の手段やったからな。練習もしたで。じいちゃんとばあちゃん使ってな。そしたら、簡単にかかってくれたわ。もう歳やから、相手を疑うっちゅうこともせんのやろな。」
平次の言葉を聞いて、満足したのか誇らしげにニヤニヤと笑っている。
(・・・コイツ・・・ほんまの親やないとしても、じいちゃんとばあちゃんにも催眠かけてたんか!?・・・・・・・でもや)
そこで、また平次は気づいた。
いくら老夫婦だとしても、先程も自分で言ったように、催眠をかけるには相手と信頼関係をつくらなければいけない。
施術者との関係が一番大事なのだ。
それは、永治の義父母の永治への想いということを意味していた。
どんな目にあえば、人を信頼することができなくなるのだろうと思った。
平次もこれまでたくさんの色々な事件と関わってきた。
その中には、人の怨念と恨みと苦しみが渦巻くものだったけど、どんなにそれを見て味わっても、平次は人を信頼することを止めなかった。
そして、ずっと視界の隅にいる和葉の方へ向く。
(・・・・そうや。・・・・あの日、和葉はやっぱり泣いてたんとちゃうか?・・・・・)
あの日、公園で和葉の涙を確かに見たと思った。
でも、和葉を部屋に呼んで聞いても、和葉は目にゴミが入ったからだと言っていた。
そう言う和葉の態度を見て、自分の見たものはなんだったのかわからなくなってしまった。
でも、やはりそうだったのだ。
「洗脳されてても、泣いたり笑うたりすることはあるんやったな。」
あの時、和葉が泣いた後、和葉は永治の影に隠れた。
何を言っているか聞こえなかったけど、永治は確かに和葉の肩に手を置いて何か言っていた。
平次が和葉の涙を見間違うことはないのだ。
これまで17年間何度も泣かしてしまった。
和葉は、平次と葵のキスを見て泣いていたのだ。
「・・・・ま、あん時はちょお焦ったけどな。和葉に泣いてないて言われて、見間違いやと思うてたんやろ?」
永治の低い笑い声を合図に、和葉に起きたことが明かされはじめた。
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