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第八話 浩太が何を言ってるか分からない件

白金貨1枚=10,000円換算ぐらいと考えて頂ければ。


「……良くもこれだけ集めたものですね」

 食堂にて行われた『ロンド・デ・テラの実現可能性の高い抜本的な経営改善計画会議』、通称テラ実抜計画会議が行われて二日後。

「集めた訳じゃないわ。集まった、のよ、勝手に」

 先日の食堂に所狭しと並べられた装飾品や絵画、何に使うかの用途も不明の鹿似た動物のはく製。なるほど、『準備をするから二日程待ってくれる?』とエリカが言う筈だ。

「贈り物が主、ですか?」

「そうね。これでも一応王族の端くれですもの。テラを与えられて、こちらに屋敷を構えるまでは毎日……とまでは行かないけど、結構な頻度で頂いていたわ」

「テラに住んでからは?」

「ぱったりね。分かりやすいぐらい、分かりやすかったわよ」

 仲の良さや血の濃さ、縁や所縁もあるのではあろうが、貴族付き合いとは基本的に打算の産物だ。エリカが王族の一員であり、王家に連なる人間である内は贈り物が山と届く。当然と言えば当然であろう。次期王位を継ぐ可能性がある、前国王の愛娘だ。機嫌を取っておいて得こそあれ、損は無い。

 ……だが、王位継承権を放棄し、公爵位に就いたとしたらどうだろう。確かに公爵の位は高い。高いが所詮、『臣下』である。前国王の娘であり、現国王の姉であったとしても、基本的に他の貴族と何ら変わるモノは無いのである。

「しかも、拝領した領地がテラよ。贈り物何か、ここ数年貰った記憶が無いわね」

 余所の貴族に取っては旨みも何もあったモノじゃ無い。贈り物を送った分ぐらいの見返りが無ければ、贈り物など金の無駄だ。

「……清々しいまでに手のひらを返しますね、それは」

「むしろ一周回って気持ち良いわよ、此処まで来ると。むしろ縁が切れてせいせいするわ」

 なるほど。そういう考え方もある。

「ですが……それでしたら、こちらの品々は全部売りに出しても良いですね?」

「ええ。綺麗さっぱり処分しちゃって頂戴。部屋も綺麗になって一石二鳥ね」

 エリカの言葉に、浩太は大きく頷く。『資産の売却って言っても、中々売れるモノじゃ無い』と言われがちだが、実は不要不急資産の売却はそんなに難しくは無い。変な話ではあるが、売り先と価格、売り方にさえ拘らなければ塩漬けになっている様な不動産でも羽が生えたかの如く売れて行くのだ。

「……成功しますよ、この売却は」

にも関わらず、中々売却が進まない理由は一つ。経営者が手放さないのだ。

オーナー経営者の多くは、会社も個人も全部自分のモノと考えがちだ。『竈の灰まで自分のもの』とは、倒産した経営者に対して良く言われる言葉だが、正にこれ。特に先祖代々伝わってきた土地や、家宝と呼ばれる刀剣類、或いは自らが成功の証として買い集めた装飾品や絵画なんかは死んでも手放したがらず、やがて本当に会社が『死んで』しまうのだ。

「不要不急資産の売却で一番難しいのは、持ち主本人が手放したがらない事です。コリの無い物品であれば、売却も容易でしょう。後は相場だけですが……」

「エミリ」

「はい。絵画に関しては画家の近時の売買事例を参考にします。宝石の方は宝石の鑑定士に鑑定させましょう。はく製に関しては……まあ、捨て値でしょう」

 そう言って、びっくりするぐらい冷たい眼で、まるでゴミを見る様に浩太を見やる。美人のそんな視線はその業界の人にはご褒美なのだろうが、完全無欠にノーマルな浩太にしてみれば背筋を寒くするものでしか無い。

「えっと……エミリさん、何か怒ってます?」

「……いいえ。客人に怒る事などありえません、松代……様」

「……今、名前と様の間に異様に間がありませんでした?」

「…………………いいえ」

「え、エミリさん? 今は完全に間がありましたよね?」

「気のせいです」

 とりつくシマもない態度のエミリに、浩太もそれ以上の追及を諦める。これ以上言い募っても時間の無駄であろうし……何より、浩太の精神が限界だからだ。

「……私、メンタルは豆腐より弱いんですけどね」

 はーっと溜息をつきつつ頭を振る浩太の仕草に答える人は居なかった。



◇◆◇◆◇◆



「まあ、取りあえずコレで手持ちの資金の方は何とかなりそうですね」

 エミリの淹れてくれた紅茶モドキ……以下、紅茶……で喉をうるおしながら、眼前にそびえる山の様な贈物を見やる。

「金額にして幾らぐらいになるかはまだ分からないけど……まあ、それでも結構な金額になるんじゃないかしら?」

「美術的センスは全くありませんので、そちらはお任せします」

 浩太は小・中・高と美術関連の科目ではアヒルしか取った事が無い。高校に至っては十段階評価で、だ。

「ふふふ。そちらは私に任せておいて」

 そう言って微笑むエリカ。見惚れる様なその笑顔に、若干の照れ臭ささから居住まいを正し、浩太は口を開いた。

「そ、それではそちらは宜しくお願いします。それで……そうですね、取りあえず今後の方針を決めましょう」

 資産の売却は出来る。手持ち資産も増える。後はこれを減らさない……欲を言えば増やして行く事が今後の火急の命題である。命題であるのだが……

「そちらは貴方に任せるわ。どうせ、私は見当違いの事をして赤字を増やすぐらいですもの」

 そう言って、心持頬を膨らませて見せるエリカ。どうやら『潮風に強い作物作って売ろうなんて安直、ぷぎゃー』と浩太に言われた事が尾を引いている様だ。

「そんなに拗ねないで下さい、子供じゃないんですから」

「拗ねて無いわ。子供じゃないんですもの。ああ、考え方はまだまだ子供かしら?」

「それが拗ねて……まあ良いです、終わりそうに無いですから。それじゃまず、今後のテラの方向性について考えましょう」

「方向性?」

「ええ」

 そう言って紅茶をもう一口。

「一番簡単な方法は、『成功者の真似をする』です。このフレイム王国で景気の良い街と言えば何処でしょうか?」

 浩太の質問に、エリカが中空を見つめて考えこむ。

「そうね……まず、王都ラルキアかしら?」

「何故?」

「何故って……だって、王都よ? 国王の住む街よ? 人だって沢山住んでいるし、当然食料の消費だって多いわ」

「良く売れるから良く儲かる、ですね。他の街ではどうでしょう?」

「後は……チタン? 観光地だし、古い遺跡とかお城があるわ。観光客も多いし、宿屋何かは殆ど満室らしいわ」

「なるほど、観光資源がある訳ですね。後は?」

「後……」

「ローラ、ですね」

 言葉に詰まるエリカに変わって、エミリが口を開く。

「ローラは賭博の街と呼ばれています。一晩で巨額のお金が動き、億万長者と破産者が日替わりで変わると言われています。為にフレイム観光では最も人気のある場所であり、当然街にお金が落ちます」

「……有難うございます」

「別に、松代様の為ではございません。テラの、引いてはエリカ様の為です」

 にべも無い台詞に、思わず涙がこぼれそうになる。浩太は強い子、泣かない子。

「……とにかく、今出てきた三つの街。これを真似れば比較的簡単に発展する筈です。だって、既に成功しているんだから。ですが……」

「無理ね」

「ええ。まずラルキア。これは王都であり政治経済の中心です。裏を返せば、『中心』だから栄えているのであって、栄えているから『中心』な訳ではないです」

 逆は真ならず、である。

「次にチタン。ここの真似も無理ですね。観光業というのは俗に言う装置産業の一個ですが、観光資源が無いと苦しいですね」

 所謂『観光地』というのは温泉であったり山であったり、或いは歴史的建造物があったりして初めて成り立つモノだ。ごく稀に……例えば、浦安にあるネズミの王国の様に、絶大なブランドイメージで観光地が『出現』するというラッキーもあったりするが、殆ど宝くじ並みの確率である。

「後はローラですが……」

 そう言って、ちらりと視線を走らせる。

「ローラは無理ね」

「でしょうね」

「知ってたの?」

「本に書いてありましたから。『フレイムで唯一公営賭博の許された街』なんでしょう?」

「……そういう事よ」

 そもそも、何処でも出来るのであればこの国はギャンブル漬けの国になっているだろう。良い悪いは別として、だが。

「……一応、陛下に言えば許可は貰えると思うわよ? 大々的には無理でしょうけど、こっそりとならばお目溢しはあると思うわ」

「それは辞めておきましょう。裏カジノ、なんて、治安が悪くなるでしょうし。儲ければ良いというモノでもありませんから」

 住民が安心して暮らしていける街をつくるのも領主の勤めだ。国は民である。

「……じゃあ、駄目じゃ無い」

「既往の『真似』は無理ですね。そうすると、もう残っているのは一つしか無い。新しい事をするしかないです」

「新しい事って言われても……」

 眉を八の字に寄せて悩むエリカ。美人は何をしても似合うからズルい。まあ、余談だが。

「……無いわ」

「……諦めが早いですね」

「だってそうでしょう? そんなに簡単に思いつくぐらいならもうやってるわ」

 思いつかないから財政がきゅうきゅうなのである。

「ですが、余剰資金が出来るんですよ? 出来る事は増えるのでは無いのですか? 例えばテラは海沿いの街です。ココに商業港を作るとか」

「……商業港何か作ってどうするのよ」

「例えば、の話ですよ」

 商業港は商業の目的地、或いは発信地にあるものである。消費する人も、生産する人も居ないテラでは全く無用なモノだ。

「……逆に、どれくらいあればいいんです?」

「どれくらい、とは?」

「目標となる収益……まあ、利益ですね。利益をどれくらいあげたいか、です。例えば今このテラで一番の収入は税収ですよね?」

 確認の為に問いかけたつもり。『そうよ』と首を縦に振るだろうと思っていたエリカの首だが、予想に反して力なく横に振られた。

「……あれ?」

「一番の収入は『借金』よ」

「……借金、ですか」

「ええ。収入と呼ぶかどうかは微妙だけれど……取りあえず、テラの収入の多くは国からの借入金よ」

「……地方債、ですか。それは……」

 地方債、というのは地方の公共団体が発行する、言わば地方の国債。発行理由は様々だが……

「赤字を賄う為、ですね?」

「……最初はそうだったのよ。でも今は、借りてるお金を返す為にお金を借りてるわ」

 所謂、償還不足資金という奴である。

「それは……一番、駄目なパターンですね」

 借入を返済する為の資金は普通、利益から出る。テラのパターンでいえば、税収などから返済するべきのが基本だ。

「一概に返済する為の資金をリファイナンス……ええっと、借り直しで返す事は悪いとも言えないんですが……それはある程度先行きの見通しが立って、初めて意味があります。今の現状で借り換え、借り換えと来ているのであれば……」

 利息だけで大変な事になる。

「税収は追いつかないのですか? 例えば一年間程税率をあげる、とか。今はどれくらいの税金を取っているんですか?」

「十五歳以上の成人一人当たり、年間で白金貨百枚。子供は一人五十枚ね。商会は別よ? 商会には年間二千枚を徴収してるわ」

「…………え?」

「……なに? 高いかしら? これでも他の街に比べれば少ない方よ? ラルキアなんて、税金がた――」

 エリカの言葉を、浩太が手で制す。そうではない。税金が……より正確には、税率が高い、安いなどは全然問題ではない。そんな事よりも、だ。

「……えっと……もしかして、人頭税、なんですか?」

「人頭税?」

「ええ。人、一人当たりに幾らの税金をかけるって、そういう方法何ですか?」

「そうよ?」

 何を今さら、という顔で浩太を見やるエリカ。

「その……それは、何処でもそうなんですか?」

「そうよ? 徴収する白金貨の量はそれぞれ違うでしょうけど、何処の街でもそうよ」

「……そうですか」

 エリカの言葉に、ゆっくりと頷く浩太。心なし、顔に笑みが浮かんでいる。

「……なに? 何か良い案でもあるのかしら?」

「……そうですね。思い浮かびました」

「そう。思い浮かんだの、それ――って、え?」

「ですから、思い浮かびました。成功するかどうかはともかく……やって見る価値はあると思います」

「ほ、本当なの? す、凄いじゃない! 何! その方法って、一体何なの!」

 育ちの良いエリカには珍しくはしゃぐその姿に、浩太も笑みを一層強くして。


「辞めましょう」


「……え?」


「税金、取るの辞めちゃいましょう」



 ……トンデモ無い事を言い放った。



経済マメ知識③

マーガレット・サッチャー

英国初の女性首相。良い評価と悪い評価が真っ二つに分かれる政治家。強硬な政治方針から『鉄の女』と呼ばれた彼女だが、そんな彼女が首相の座を追われた要因の一つに『人頭税の導入』がある。そこに住んでるだけで金持ち貧乏人関係なくガシガシ課税されたら、そら人は逃げるわ。

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