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第三十三話 バウムガルデンの姉妹

月曜日投稿になってしまいました……どうも、疎陀です。

今回は(も?)長くなってしまったので前後編みたいなイメージ。不足部分は次回で補う予定ですので突っ込みは程々で勘弁願えれば。


 建国帝アレックス。


 オルケナ全土のみならず、老若男女問わず世界中で有名なビックネーム。群雄割拠、血で血を洗う戦闘を続けていたオルケナを一代にして統一。その後の治世に置いても抜群の業績を残し、どんな偏屈な歴史学者でも『英雄』と認めざるを得ない、オルケナのヒーローである。

 英雄には貴種流離譚がつきもの、とは言わないが、ご多分に漏れずアレックスにしても生年・出生場所などの詳細な一次資料は発見されていない。貴族の末子、当時オルケナで権勢を誇ったチタン帝国の皇帝の御落胤、果ては戦乱を見かねた神が遣わした子である、なんてトンデモ説まで幅広く、それ故に空想力を発揮した世の劇作家達は様々なアレックスに関わる作品を発表している。

 所謂『アレックス物』と呼ばれる創作物は一般的に『前記』と『後記』の二つに大別される。前記は一次資料が多く散見される十七歳より以前の話、つまり全くの空想モノであり、後記は十七歳以後、アレックスが統一に乗り出してからの軌跡を描く作品の総称だ。アレックスの、主に年齢的な制約もあり、勧善懲悪などの所謂分かりやすい『幼児向け』は前記が多く、統一までの苦悩や、ラブロマンスを書いた作品は後記が多い。『後記』で最も大衆に愛されているのが『建帝紀』で、ライム大統領アルベルトの当たり役である。ちなみに前記のソレは『アレックス物語』で、オルケナ人であれば幼少時の絵本などで一度は目にする話、内容をざっくり要約すると、アレックスが龍を倒しに行くお話である。

 一次資料の豊富な状態で書かれている『後記』についてはある程度信憑性が高いとみられており、『建帝紀』は物語として誇張、或いは脚色こそされているが、当時の風俗や生活様式、経済や国政の乱れなど詳細に記述されており、非常に興味深い資料とも言える。

「……それが?」

「アレックス物の後記は歴史資料に立脚して書かれている以上、相応の歴史的価値があると見るべきだ、という事だ。アレックスの女性関係は別として、だが。建帝紀を読んだ事は?」

「ありませんが……」

「『建帝紀』はアレックスがチタン貴族であるフレイム家に士官する所から始まる。その後フレイム家の一人娘、『剣聖』と呼ばれたフレイアと苦楽を共にしながら統一を目指し、やがて結ばれる話なのだが……」

 カツカツ、と廊下を歩く赤色のポニーテールを見ながら、浩太はその横に続く。

「……アレックスに従い、主に金庫番としてアレックスの軍事を支えたユメリア、不遇の学者として日の眼を見る事が無く、才を埋まらせ腐っていた所をアレックスに拾い上げられたアレイアとの四角関係がメインの話なんだよ、建帝紀は」

 もの凄く雑にまとめると『建帝紀』とは、英雄と貴族の娘と商人と学者がいちゃラブしながら大陸を統一しました、という話である。大事な事なので二回言う。いちゃラブしながら、である。

「……」

 ふう、と肩を竦めたポニーテールは更に歩みを進める。そんなポニーテールの横、浩太とは真逆の方向に隠れるように、例の『くまさん』少女も……少しだけ浩太を怯える様に見つめながら、同様に歩みを進めた。

「フレイム帝国という名前で分かる様に、元々『フレイム』は嫁の実家の家名、アレックスは婿養子に当たる。『英雄』アレックスの話だ。色を好んでいても不思議ではないが……普通は嫁の実家に遠慮をするだろう?」

「……普通は、そうですね」

「まあ、『そう』勘ぐられる話しは枚挙に暇がないが。例えば商業連盟。他の連盟や組合に比べて多くの特権が与えられているが、これは商聖ユメリアの時代から連綿と続く既得権益だ。国の功労者にはある程度の褒賞と報奨が与えられるものだが、商業連盟は些か度が過ぎている。それでもユメリアにそれが許されたのは……まあ、良い年頃の男女の話だ。浮いた話の一つや二つ、あっても可笑しくは無い」

「なるほど」

 そう言って頷き……疑問符を頭に浮かべる浩太。

「なんだ?」

「いえ……ユメリアには特権が与えられた、というのは分かりました。では、もう一人の立役者、アレイアには? 四角関係であったのならば、アレイアにも相応の褒賞があったのではないですか?」

 浩太の言葉に、ポニーテールが歩みを止める。唐突な緩急に思わずたたらを踏んだ浩太をちらりと見つめ、ポニーテールは廊下から見える一つの建物を指差した。

「アレイアにも褒賞は与えられた。ただ、アレイアは元々物欲が薄かったのか、そんなに大層なモノは望まなかった。ただ欲すのは自らが学問に集中出来る環境と、共に切磋琢磨出来る友人のみ。だから、アレックスは作った。彼女と、彼女に続く後輩達が学べる環境としてラルキア帝国大学と……学んだ学問を活かす場所としての『帝国学術院』を」


 一息。


「……後先になったな。私はシオン、シオン・バウムガルデン。私の後ろでちっちゃくなってるコレは、妹のアリア・バウムガルデン。帝国学術院の後継、王国学術院の主任研究員で――」


 そう言って、浩太の方を振り返り。



「――君を『召喚』した人間だよ、コータ・マツシロ」



 そんな事を、のたまった。



◆◇◆◇◆◇


 不意に飛び込んできて『くまさん』を披露した少女と、煙草を咥えて佇む美女を視界に治めたリズは、女王にあるまじき声で怒鳴った。

『シオン! 貴方は何を考えているの!』

『どうした陛下? 何を怒っている?』

『何を怒っている? じゃ、ありませんよ! へ、陛下! お、お姉様……じゃ、なくて、あ、姉の無礼、このアリア謹んでお詫びします! で、ですのでどうか、どうかおじひ――』

『ここは禁煙です! 煙草を消しなさい!』

『――って、煙草の方ですか!』

『大丈夫だ、陛下。この煙草に火はついていない。何か咥えていないと落ち着かないんだ』

『赤ちゃんのおしゃぶりですか! いいからシオン! 煙草を口から放しなさい!』

『ふむ、仕方ない』

 そう言って、渋々シオンと呼ばれた美女は煙草を口から離す。その仕草を満足そうに見つめた後、リズは気まずそうに視線を『くまさん』に……捲れ上がったまま、『こんにちは!』をしているくまさんに向けた。

『……アリア。貴方はまず、その捲れ上がったスカートを押さえなさい。そ、その……い、何時まで殿方の前でその様な格好を……』

『……へ?』

 一瞬、時間が止まったかのように固まるアリアと呼ばれた少女。ゆっくり自分の姿を確認するように振り返り――



『きゃあああああああーーーーーーーーーーー!』



 本日二度目の大絶叫。非常に喧しい。

『それより陛下。先程ロッテ翁とそこでばったり出くわしてな。これから会議があるから早く玉間に来いと言っていたぞ?』

 隣で大絶叫を繰り返しながら慌てて捲れたスカートを押さえようとして、更に着衣が乱れて行く……端的に表現して、エロい格好に徐々に、だが確実になっていくアリアを意に介さず、淡々と話を続けるシオン。

『そうですか、わかりま――王様に言う言葉じゃないですよね、それ?』

『まあ陛下とロッテ翁だし』

『どういう意味ですか!』

『言葉通りだ。ホレ、さっさっと行け』

『ううう……シオン、貴方私の事ちゃんと国王だと思ってる?』

『思ってる、思ってる。大丈夫、コータ・マツシロの相手は私達がするから陛下は早く行け』

『そんな犬の子にするようにシッシと手を振らないで下さい! ……松代様? 申し訳ございませんが少し席を外します』

 真に申し訳なさそうに頭を下げるリズに慌てて浩太は両手を左右に振る事に寄って応える。ちなみに視線はアリアに釘付け。だって、男の子だし。

『……取りあえず、松代様? その、アリアを余り凝視するのは辞めて差しあげて頂けませんか?』



 ……と、まあそんな話があって。



「聞きたい事が沢山で、どこから聞けばいいか分かりませんが……」

 シオンに連れられるまま、ひょこひょこついて来た浩太だが……流石に今のは聞き捨てならない。

「ふむ。拝聴しようか」

「まず、貴方の名前です。シオン・『バウムガルデン』? バウムガルデン、というと、あの……」

 まずは、ジャブ。

「フレイム王国宰相ロッテ・バウムガルデンの身内ではある。が、ロッテ翁と私の祖父が従兄弟同士、ぐらいの薄い血縁だ。まあ、この国ではバウムガルデンはビックネームだから便利に利用させては貰っているが」

「濫用ですか?」

「活用だ」

「……なるほど」

「私の家は分家も分家だ。あまり気を使わないでくれると助かる。だから、かの御仁を私と同年齢程度の青二才が『さん』付で呼んでも何も言わない」

 暗に、『余所でさん付は不味いよ?』との忠告。

「……肝に命じます。まあ、陛下に対するあの発言よりは幾らかマシでしょうが?」

「自覚はしているから問題無かろう? それに、こう見えて私はラルキア王国大学の首席卒業者だ」

「だから?」

「成績優秀で、身元のしっかりしている、陛下と比較的年齢の近い同性」

「……だから?」

「随分、稼がせて貰ったさ」

 もう一度、だから? と言いかけて、ピンと来る。

「……家庭教師、ですか?」

「教育指南役、というやつだがな。陛下自身、敬語は不要と皆の前で宣言している」

「わざわざそんな事を?」

「『不敬だ!』とがなり立てる人間もいるからな。君もロッテ翁を『さん』付で呼びたいのならそう宣言して貰え」

「遠慮しておきますよ」

 そんな事、ロッテが皆の前で宣言するなど浩太は露ほど思って無いし、そもそもソコまでして『さん』付で呼びたい訳でも無い。必要なら『様』でも何でも付けても良い。

「それで――」

「召喚、の話だろう? それはこんな人の往来の多い場所でする話じゃ無いさ」

 王国学術院の廊下を進みながら、一つの部屋の前で立ち止まる。

「話は此処でしよう、『勇者』殿?」

 そう言って、部屋の扉を開け中に入るシオンに続き、浩太が部屋の中に一歩足を踏み入れて。





 ――そこに、腐海が広がっていた。





「……ひぃ!」

 浩太の後ろからおそるおそる室内を覗き込んだアリアが思わず絶句する。何と言うか、その、非常に――

「どうした? 少し散らかっているが――」

「少しどころの話じゃないですよ、コレ!」


 脱ぎ散らかしたままの服。


 食べ残したままの残飯。


 女性の身だしなみなのであろう、そこらに化粧瓶の様なものが転がってはいるが……何と言うか、既に身だしなみ以前の問題である。天井の隅にはクモの巣らしきものがあり、『オルケナ大陸にもクモっているんだな』と浩太が場違いな感想を浮かべている辺りで、アリアがキレた。

「お、お姉様! な、何ですか、この部屋! 一体、どのくらい放置したらこんな部屋になるんですか!」

「放置? 放置などしていないぞ。昨日もここで寝起きしたし」

「こ、この部屋で……! 人が住める環境じゃないでしょう、これ!」

「そうか? 何処に何があるか分かって非常に便利だが」

「うううう……だらしないのは分かっていましたが、これほどとは……お姉様! 貴方は駄目です! 駄目人間です! 恥ずかしい……恥ずかしいですよ、お姉様! アリアはお姉様の妹として生まれて、今一番恥ずかしいです!」

「……酷い言い草だな。仮にも血の繋がった姉に対して。そもそも、殿方の前でくまさんパンツを披露する露出狂には言われたくないが。そちらの方が恥ずかしいだろう」

「ろ、露出狂じゃありません! あれは事故! 事故です! お姉様の方が百倍恥ずかしいです!」

 残念系美女。浩太の頭にそんな文字が浮かんだ。残念度が半端無いが。

「お、お姉様! あ、アレ! アレは何ですか!」

 そう言ってアリアが指差す先に何気なく浩太も視線を向けて――その顔が、引き攣る。

「アレ? ……ああ、下着だな」

「し、下着は分かります! そ、そうじゃなくて!」

「なんだ? 今更下着ぐらいで騒ぎ立てるな」

 仰る通りである。この部屋の現状で、今更下着が一枚出て来た所で驚く事もないし、出て来ても可笑しくは無い。

「そうじゃなくて! そ、その……」

 可笑しくは無い、が。



「こ、股間の所から、何でキノコが生えているんですかぁ!」



これは、可笑しい。顔を真っ赤にしてそう叫ぶアリアは、さながら羞恥プレイである。

「……ふむ」

 アリアの絶叫に、ひょいっと下着を取り上げマジマジとシオンはそれを見つめ。

「……食用、だな。喰うか?」

「食べません! 何言ってるんですか、お姉様!」



 ある意味、シオンが一番『勇者』かも知れない。



◆◇◆◇◆◇


「……そ、粗茶ですが」

「……どうも」

 シオンの部屋の余りの惨状に、『流石にこんな所でお話なんて出来ません!』と、場所を移したアリアの部屋にて。

「アリアよ。姉には無いのか、粗茶は?」

「ありません! お姉様は水で十分です!」

 ゴン! と音が鳴るほどコップを力強く叩きつけるアリアに、渋い顔を見せるシオン。まあ、自業自得である。

「そ、その、すいません、マツシロ様。わ、私の部屋もそんなに綺麗じゃ無くて……こんな事になるんだったらお掃除をしておくのでしたが……」

「そんな事ありませんよ。十分、綺麗です」

 アリアの部屋をぐるりと見まわし、感想を漏らす浩太。確かに物が多く、ごちゃごちゃした印象こそあるものの、きちんと整頓されており決して『汚い』部屋では無い。まあ比べるのが『アレ』ではハードルも下がるが。

「そ、そんな事ありません! ほ、ホラ、そこの窓! 窓の桟の所にホコリが!」

「……小姑ですか、私は」

 人差し指でツツーっとなぞる様な趣味は浩太には無い。念の為。

「……おや? アリア?」

「何ですか!」

「そんなに喧嘩腰にならなくても……いや、な? 先程まで私の背中の後ろで親の仇を見る様な目で見ていたコータ・マツシロと普通に話せているな、と思ってな?」

「お、親の仇を見る様な目じゃありません! そ、その、ちょ、ちょっと恥ずかしかっただけで……」

 そう言って、肩を落とす。

「……ですが、身内の『あんな』姿を見られたら……下着の一枚や二枚、全然恥ずかしくないかなって」

 ははは、と渇いた笑いを見せるアリア。思わずホロリと来そうなその姿に、浩太は思わず視線を逸らした。心なしか、背中が煤けて見える。

「ふむ。つまり、それはこの姉のお陰と解釈していいのだな?」

「良い訳ありますか!」

「だが、私のお陰で恥ずかしく無くなったのだろう?」

「恥ずかしいですよ! 特大の恥ずかしさで上塗りされただけです! お姉様のせいで!」

「結果的に、良い方に転がったじゃないか」

「どれだけ前向きなんですか、お姉様! 私の話を聞いていました? 何処が? ねえ、何処が良い方に転がったんですか!」

「これから話をするのに、気まずいままでは話もし難かろう。そう思ってこの姉が敢えてあの様なだらしの無い姿を晒したのだ、仕方なく」

「……もうイイです。お姉様には勝てませんから、屁理屈では」

 そう言って、諦めた様に首を振り浩太の方を向き直って、アリアはおもむろに頭をふかぶかと下げた。

「……申し訳ございません、コータ・マツシロ様!」

「あ、頭を上げて下さい! そんな、別に頭を下げられる様なことで――」


「……違います」


「――はって……え?」


 少しだけの、躊躇。やがて、意を決したようにアリアは言葉を続けた。



「貴方を……この、オルケナ大陸に『召喚』した事です」



 部屋の室温が、一気に下がった様な感覚。


「……本当に、申し訳ございません」

「……なんで、ですか? なんで、『召喚』何かしたんですか?」

 絞り出す様な、浩太の言葉。当然のその疑問に、応えたのはアリアでは無く、シオン。

「……アレックス帝には謎が多い」

「……」

「一代でフレイム帝国という、古今未曾有の大帝国を築き上げた人間。にも関わらず、彼は十七歳になるまでの記録が一切ない。千年も前の出来事だ、無いのも当然とも言えるが……それでも、彼ほどの『英雄』の記録が欠片も無いのは異常だ。十七歳以後、彼がフレイアと共に統一に乗り出してからの記録は掃いて捨てる程あるのに、だ」

「……アレックス帝が『統一』を果たしてから、オルケナの歴史はガラリと変わりました。政治も、文化も、宗教も、人々の生活も、言語ですら。この『異常さ』が分かりますか?」

「……ええ」

「一代で大帝国を築く程の傑物だ。アレックス帝が優秀だった……或いは、アレックスを支えたスタッフが優秀だった事は疑うべく無い事実だろう。だが、ソレにしたって、一から全てを『作り上げる』なんて言う事、果たして一人の人間が出来ると思うか?」

「いえ。ですが、それは先程の優秀なスタッフの考えなのではないですか? スタッフの考えが、そのままアレックスの『業績』として記録された、と」

「無論、その線も有り得る。古今東西、時代の英雄に『手柄』が集約され、それによってより英雄を際立たせる事だってある。が、それにしても数が多過ぎるし、オルケナ人の『常識』から外れ過ぎだ。これは流石に可笑しい」

「……」

「だから、私達は前提条件を変えた」

「前提条件?」

「アレックスは一から『作り上げた』のでは無い。アレックスは余所から『持って来た』のではないか、と」


 息が、詰まる。


「……つまり?」

「アレックスは『召喚された勇者』である。私達が出した結論はこれだ」


 喉が、酷く渇く。


「そう考えると、アレックスの為した業績にも納得できるし、十七歳以前の記録が無い事も理解できる。恐らく、アレックスは十七歳で召喚されたんだろう。政治も文化も宗教も、カードゲームのルールですら作ったと言われるアレックスだ。それを一人で全て為していたのなら驚嘆するが、余所から持って来たのならあの功績の数にも納得が行く。つまり、アレックスは『作り替えた』のだ。自分が住んでいた、『元の世界』に近しい体制を」


 一息。


「仮定の話ではあるが、ある程度の根拠はある。ならば、後は実証のみだ。幾度かの失敗と小さな成功を繰り返し、最終実験の結果召喚されたのが……君だ、コータ・マツシロ」

「……」

「も、申し訳ありません! そ、その、わ、私達のせいで!」

「最終実験の一つ前の実験で成功確率は高い、つまり、ほぼ確実に人を召喚出来る数値が出た。人、一人の人生を左右するんだ。最後の最後まで反対したアリアを強引に説き伏せて実験させたのは私だ」

「お、お姉様! お姉様だけのせいでは! 私! 私も同罪です! も、申し訳ございません! あ、謝って済む事では無いのは承知しています! わ、私に出来る償いであれば何でも……な、何でもさせて頂きます!」

 そう言って、先ほどよりも深く頭を下げるアリア。

「……お話は、分かりました」

 どれくらい、沈黙が流れたか。

「ですが、分からない事が幾つか。質問しても?」

「ああ」

「アレックス帝が『召喚された者』で在る可能性が高いのは分かりました。ですが、何故それで召喚を行おうと思ったのか分かりません。現状、この世界は平和なのでしょう? 私を召喚する意味がさっぱり分かりませんが?」

「意味など無い。強いて言うなら、知的好奇心だ」

「……好奇心、ですか」

「千年もの長い間、謎に包まれていたアレックス帝の秘密が暴けるかも知れない。それだけでもう、私は止まれなかった。人として最低である事も自覚している。だが、登山家が山に登る様に、料理人が料理を作る様に、漁師が魚を取る様に、私達学者は実験をする」

「……」

「私は知りたい。この世界の成り立ちが、この大陸のカタチを作ったアレックスが、一体どのように『生まれた』のかを。その為には何を犠牲にしても、何を生贄に捧げても良いと……悪魔とすら契約をしても良いと、純粋にそう思った」

「人に迷惑をかけても?」

「人に迷惑をかけない人間など、この世に居ないさ。途中で止まるか、振り切るかの違いで、私は後者だったという話だ」

「開き直りですよ、それは」

「分かっている。だから何をされても、何を要求されても文句は言えない。お金が要るのであれば必要なだけ容易させて貰うし、住む所が必要ならそちらも手配する。何の心配も要らない、優雅な生活を約束しよう。それでも足りず、君が望むなら私を殺してくれても良い。必要ならこの体も差し出そう。自分で言うのも何だか、顔はそこそこ整っている方だと思うし、従順に君に奉仕させて貰う。未経験なので恐らく下手だが、一生懸命尽くさせて貰うし、君が望むのであれば何処かで『練習』してきても良い」

「わ、私も! お、及ばずながら、あ、あの……」

 顔を真っ赤にし、瞳に涙を溜めながらそういうアリアに浩太は溜息。これで、『それじゃ精々、奉仕して貰おうか』なんて言えないから、浩太は浩太なのである。

「……私は前者の人間ですから。人に『迷惑』をかけるのは苦手なんです」

「君の場合は正当な対価だと思うが?」

「それにしても、です。『体で払え』なんて何処の悪役ですか、私は」

 肩を竦め、やれやれと首を左右に振る。

「大体、こちらに来てもう一年ほど経ちます。今更そんな事を言われても、喜ぶより困惑の方が強いですよ」

「……言い訳をさせて貰えるのであれば、召喚に成功した時点で先程の提案をさせて貰いたかったのだが……ロッテ翁に横槍を入れられて、な。気が付けば君はロンド・デ・テラで一角の名士になっていた。今更、そんな事を言った所で逆に迷惑になると……」

 そこまで喋り、自身の言葉を否定するように首を左右に振る。

「……済まない、嘘だ。本当はテラで君が有名になればなるほど、テラの生活に満足すればするほど、私は免責されるのでは無いかと思っていた。罰を受ける覚悟はあるが、罰を受けたい訳ではない。許して貰えるまで見ないフリをして、何も考えなければ良いと、そう思っていた。汚い人間だろう?」

「ソコまでは思いませんよ」

 別段、珍しい話では無い。結果オーライという言葉もあるし、誰だって罰何か受けたくない。

「この台詞だって君の赦しを乞う為の詭弁の様なものだぞ?」

「当たり前でしょう、それは」

「……本当に、そう思っているのか?」

「勿論」

 相手の赦しを乞う為に正直に喋り、『許さないと、まるで自分が悪い様な感覚』を覚えさせる。相手の罪悪感を煽る、謝罪の常套手段だ。浩太自身、銀行員時代に何度も使い、使われてきた手法である。そこに嫌悪感を覚えないのは幸せな事か、不幸な事なのかは別にして。

「……人が良いな、君は。何時か詐欺にあうぞ?」

「……放っておいて下さい。そもそも、許して貰う人間の言葉ではないですよ、それ?」

「済まない。正直に言おう、少しだけほっとしている」

 そう言って、ふんわり笑うシオン。その表情は年齢よりも彼女を幼く見せる。綺麗系の癖に可愛いまで兼ね備えるのは、何だかズルイ。

「しかし……本当に良いのか? 『死ね』と言われる事すら覚悟していたんだ。体で払うぐらいなら何ともないぞ? それこそ、今から私の部屋ででも――」

「要りません」

「――ノータイムで返されると何だか女の魅力を否定された様で少し不満だが」

「魅力云々以前です。あの部屋ですよ?」

「便利だぞ?」

「便利でも、ですよ」

「そうか。残念だな」

 そう言って喉の奥を鳴らして笑うシオンに、浩太も苦笑を返し手元の湯飲みに口をつける。

「あ、あの!」

「ん? どうした、アリア」

「と、途中からよく分からなくなったんですが……け、結局……ど、どうなったんでしょう……か?」

 アリアのその言葉に、一瞬きょとんとした表情を浮かべ。


「優しいコータ・マツシロ殿は、アリアが『お兄ちゃん』と呼べば許してくれるそうだ」


 某不思議の国の猫の様な笑みでそんな事をのたまうシオンに、口に含んだお茶を噴きだす浩太。

「げほっ! ち、違いま――」

「あ、あの話の中にそんな裏があったとは! わ、分かりました! す、少し恥ずかしいですが……そ、その……お、おにい……ちゃ……ん」

「――すよって、何で貴方も言うんですか!」

「ほら、アリア。違うだろう? 『コータお兄ちゃん』だ。言ってみろ」

「はう! え、えと、えと……こ、コータお兄……ちゃん」

「だから!」

「お、お姉様? 本当に良いんですか、これで? 何だかコータお兄ちゃん、余計怒ってる様に見えるんですが……」

「照れてるだけだ」

「違います!」

 湯呑みの御茶を一息で飲み干し、ダンとテーブルに叩きつける浩太。

「ひう!」

「ほら、コータ。あまりアリアをびっくりさせるな」

「ああ、す、すみま――じゃなくて! というか何で自然に名前呼び何ですか!」

「理由があって召喚されても『何故自分が!』と怒るのが普通なのに、理由が無くて召喚されても怒らない奇特な人物だ。どんな人間か、この眼で確かめたいと思うだろう?」

「……知的好奇心的に?」

「知的好奇心的に。君を近くで見る為には仲良くなるのが近道だ。それならばまず、名前呼びでスタートする事から始めようじゃないか。私の事も『シオン』と呼んでくれて良い」

「わ、私の事もアリアで結構です、コータお兄ちゃん!」

「私の事はコータで結構ですがお兄ちゃんは辞めてくれませんかねぇ!」

「……え?」

「え? 何で? 何でそこで疑問符がつくんです? 貴方、さっき恥ずかしいって言ってましたよね!」

「はう! そ、そうでした! で、でも、な、何だか『お兄ちゃん』って……い、いいな~って……」

「それ、貴方の台詞じゃないですよね!」

 どちらかと言えば浩太の台詞である。そんな趣味が無いと……一概にも言いきれない。なんせソニアの婚約者で在る、浩太は。

「そこだ、アリア! 攻めろ! お兄ちゃん攻撃でコータをメロメロにしろ!」

「ちょっと貴方は黙っててくれませんか!」


 その後。


 アリアの呼び方が『コータさん』で落ち着くまで、この不毛な話し合いは続けられたという。


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