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第二十六話 パルセナ川恋歌

俺、これ書き終わったらフレイム帝国興亡記書くんだ。

ちなみに来週は少し投稿が難しいかも知れませんので御容赦願えれば。


 パルセナ辺境伯領を上空から眺めると北側の方が狭い楕円形、所謂卵型をしているのが見て取れる。市街の中心部を横断する形でパルセナ川と呼ばれる川が流れており、その川を境にはっきりと区域分けが為された、一種独特の街並みをしている。

 川の北方、通称『北区』はパルセナの政治・経済を担っている。パルセナ辺境伯の屋敷や、パルセナ行政庁などの公的機関、一般市民の暮らす居住区、観光客向けの宿屋や飲食店など、こう言っては何だが『普通』の領地に過ぎない。北区だけを見て……実際、パルセナに観光に来て北区だけを見て帰る人間など居ないのだが……とにかく、北区を見てもパルセナが『オルケナ一の歓楽街』と思う人間はまあ、居ない。

 一般的に歓楽街としての意味の狭義の『パルセナ』を指す場合、南区のみを指す。北区と南区を結ぶ唯一の動脈はパルセナ大橋と呼ばれる橋一本だが、『本当に同じ領地なのだろうか?』という程、橋を渡ればまるっきり情景が変わる。トンネルを抜けると雪国どころの話ではないのだ。

 そんな南区であるが、更に三つの階層に分かれる。より北区に近い第一区は賭博区域。世界中のギャンブルが楽しめると豪語するほど多種多様なカジノが軒を連ねており、パルセナに遊びに来た旅行客は此処で一夜の夢を見るのだ。

 第一区を更に南に降ると第二区、飲食区域に入る。飲食と言っても夜の街、提供されるのは概ね酒関係になる。

 パルセナ南区でも最南に位置するのが通称、『艶街』である。此処は読んで字の如く、艶を売る街だ。

『パルセナ大橋渡るの怖い。勝っても負けても銭が飛ぶ』とは、有名なパルセナ流言だが、これは実に的を射ている。賭博区域で負けた人間は素寒貧になって大橋を渡り、少し勝った人間は第二区で強かに痛飲、素寒貧になって大橋を渡り、大勝ちした人間は第二区で飲んだ後、艶街で素寒貧になり大橋を渡るのだ。金を使う為のスパイラル、とでも言えばよいのか、良くできたシステムではある。

 治安は北区に最も近い第一区が一番良いが、艶街だって無法地帯では無い。勿論、繁華街特有のアウトローな雰囲気は残るものの、むしろそれこそが『少しだけ非合法の空気を味わえて、でも合法』というパルセナのイメージにマッチして人気の一つにもなっている。

「……それで?」

「だ・か・ら! 行きましょうよ、コータ! パルセナのカジノ!」

 テラから持って来た本に落としていた視線を上げ、ノックもせずに入って来たエリカに向ける。その視線が若干厳しくなるのも、まあ仕方ないだろう。礼儀、大事。

「折角、パルセナに来たのよ? カジノに行かないでどうするのよ! いい? パルセナには静養に来てるのよ?」

 そんな視線を意にも介さず、尚も喋り続けるエリカ。溜息一つついて、浩太は手元の本を静かに閉じた。

「別にいいじゃないですか、カジノなんて行かなくても。ここで十分静養は出来ますよ? この宿だってホラ、こんなに立派」

 そう言って、与えられた部屋をぐるりと見回す。キングサイズのベットに、明らかに高級品と分かる調度品の数々。部屋の広さも、根が庶民の浩太からしてみれば身の置き場が無いぐらいに広い。

「貴方、三日間ずっと部屋で過ごすつもりなの? パルセナに来て? 有り得ないわよ、そんなの!」

「流石に三日間ずっと、とは思ってませんよ? 折角だから名物とかも食べたいですし」

「それ、此処のレストランで出来る事よね?」

「まあ……そうですけど」

「結局、この建物から全然出ないって事じゃない」

「……駄目なんですか?」

「駄目よ!」

 著しいまでの認識の違いに首を傾げる浩太。浩太的には美味しいモノを食べて、ゆっくり寝て、好きな本を読むだけで十分静養になる。

「もう! 貴方まだ若いんだからもっと能動的に動きなさいよ、この若年寄!」

「……放っておいて下さい」

 対してエリカは折角の休みに遊びに出歩かないのは損、と考えるタイプ。しかも眼の前には『オルケナ一』と呼ばれる歓楽街があるのだ。行かない手は無い。

「大体エリカさん、良いんですか? 貴方はテラ公爵で、しかもフレイム王国前国王の姫ですよ? そんな方がギャンブルなんかして」

「それ、貴方が言う? 正直、貴方が来てからのテラの領地経営の方が私にとってはギャンブルよ?」

「それは……まあそうでしょうけど。イメージの問題ですよ」

 御説はごもっともだが、領地経営とギャンブルではイメージが違いすぎる。勿論、悪い意味で。

「それに……貴方が居た世界が『どう』だったか知らないけど、少なくともこのオルケナではギャンブルすることでイメージは悪くならないわよ?」

「そうなんですか?」

 銀行員のギャンブル好き、というのは非常にイメージが悪い。他人様のお金を預かる身でギャンブルに興じていると、『使い込みをしているのではないか?』と疑われるからだ。李下に冠を正さず、である。まあ、火の無い所に煙は立たない場合もあるにはあるが。

「建国帝アレックスが『息抜きに賭博に興じる』と言うのは、生活の活力になるって考える人だったらしいから。アレックス帝が作ったギャンブルルール、なんていうのもある……というか、結構メジャーよ? だから、王侯貴族から一庶民に至るまでギャンブルを『悪い事』って考える人はオルケナには……すくなくとも、イメージ上はそんなに悪い事じゃないわ」

「博打を公認、ですか」

「まあ、アレックスが即位したのは今から千年ぐらい前の話だから、勿論確証があるわけじゃないけど……殆ど伝説上の人物だから逸話も多いのよ。例えば、彼が統一するまでは各々バラバラの言語を使っていたけどオルケナ大陸語に統一したとか、通貨単位を制定したとか、オルケナ街道の道幅を制定したりとか」

「……何処の始皇帝ですか、それ」

「始皇帝?」

「いえ、こちらの話です」

「そう? 後は……ああ、大事な事があったわ。アレックス帝はウーズ教の創始者でもあるわ」

「ウーズ教? 宗教、ですか?」

「そう。オルケナ大陸中の国家が国教と定める宗教よ」

「そんな大きな宗教があるんですか?」 

 エリカの言葉に首を傾げる。そこまでの巨大宗教なら、どこそこに教会だ、聖堂だとあっても可笑しくないし、もう少し政治に絡んでいても可笑しくないのだが。

「……って、思うわよね?」

 エリカの少し含んだ笑顔に、訝しむ表情を浮かべる浩太。

「ウーズ教の教義は一個だけなの」

「……一個?」

「『己を認め、他者を認め、しかしそれを強制するな』」

「……は?」

「自分が信じている神様も、相手が信じる神様も等しく認める。認めた上で相互理解を深めなさい。間違っても自分の神様を押し付けたり、他人の神様を貶めたりしない様に。勿論、細かい教則は幾つかあるけど……要約するとウーズ教はこの教義だけなの。異教の神様でも、堕落した神様でも、功績を残した聖人でも、極端な話、樹齢数百年の樹木だってそこらに落ちてる石ころだって、信じる人が居るのであればそれを『神様』として認める、そんな宗教よ。だから『ウーズ教』って名乗ってはいるけど、実際は一纏まりな宗教って訳じゃないの」

「随分、懐の深い宗教で……例えば、私が『今日から神になる』とか言いだしても?」

「それが人に迷惑を掛けないのなら、一向に構わないわ。ただし、それを認めるか認めないかは聞いた人次第だけど。私なら……そうね、生暖かい眼で見て上げる」

「……やめておきましょう」

 それが懸命ね、と笑って見せるエリカ。

「だから、貴方が信じる『神様』がいたら遠慮なく言っても良いわよ? コータの国にも宗教はあるでしょうし、その神様をウーズ教は新たな神様として迎えるわ」

「……いえ、結構です」

 クリスマスを盛大に祝った一週間後には寺で煩悩を吹き飛ばし、その足で神様の下に詣でる宗教ごった煮の国で生きていた浩太だ。信じる神など……正確には、その時々で『便利』な神様にお願いするのみである。胸を張って『これ!』と言える程信じる神など居ない。

「それなら宗教戦争などは起こりようが無いですね」

「少なくともここ五百年程、オルケナ大陸では『宗教戦争』は起こって無いわね」

 宗教戦争に限った話ではないが、戦争とは結局『外交』の一種である。話し合いで解決できないから、殴り合いに切り替えただけの話だ。『この神様を認めろ!』『分かった。神様の中に加えておくよ』という、相手の主張を全肯定するウーズ教をバックボーンに持つオルケナ各国ではそもそも『話し合い』にすらならない。

「……なるほど、勉強になりました。ありがとうございます」

「いいわよ、今更お礼なんか」

「それではエリカさん、また夕飯時にでも」

「ええ。お邪魔したわね」

 そう言って、入って来たドアの方に歩き。

「――じゃ、無いわよ! コータ!」

 振り返り、般若の様に眼を釣り上げるエリカ。百年の恋も冷める顔だ。

「……騙されてくれませんか」

「騙されないわよ!」

 良い所まで行っていたと思うが。

「大体、何で私何ですか? ソニアさん……は、まあ年齢的にあまりお勧めできませんが、エミリさんなら喜んでついて行かれるのでは?」

「エミリはちょっと用事があって駄目なのよ」

「用事?」

「エミリの兄が丁度、パルセナに来ているのよね。だから挨拶方々、兄妹水入らずで過ごさせてあげようと思って」

「お仕事か何かですか?」

「休暇。今年はエミリの家も凶作で大変だったらしいけど、ようやくカタがついたらしいわ。だから息抜きも兼ねて遊びに来ているのよ」

「……エミリさんのご実家は御商売か何かをされているので?」

「……え?」

「……あれ?」

「……え? 言って無かったかしら? エミリの実家、ノーツフィルト家は子爵の爵位を持つ貴族よ? エミリはそこの三女」

「……は? い、いえ、ちょっと? 貴族? エミリさん、貴族なんですか?」

「そうよ?」

「聞いて無いですよ、そんなの! なんで子爵令嬢がエリカさんのメイド何かしてるんですか!」

「メイド何かって……まあ、一応私も王族の端くれよ? 何処の誰かも分からない様な人に世話係なんか任せられないでしょ?」

 所謂『行儀見習』で貴族の子女が他家に奉公する事は別段、珍しい事では無い。

「普通、行儀見習いで出てもある一定の年齢を迎えると本家の方に戻るモノでは?」

「……色々あるのよ、あそこの家も」

 疲れた様に肩を落とすエリカに、浩太もそれ以上の追及を辞める。貴族事情は複雑怪奇なり、なのであろう。

「そんな訳でエミリは不在。ソニアは連れていけないし……」

 ね、お願い? と上目遣いで浩太を見やり。

「一緒に……いこ?」


 女はずるい、と。


「……分かりました。少しだけですよ?」


 自分を一番可愛く見せる術を、心得ているのだから、と。


「……まあそれでころっと言う事聞く男がバカなんですが」


 溜息一つ、浩太は手元の本をサイドテーブルに置いて立ち上がった。



◇◆◇◆◇◆◇◆


 天が与えたチャンス。

 

 エミリから『エリカ様、大変申し訳ございませんが……』と実兄の来パルセナと面会希望を聞いたエリカは思わずぐっと拳を握り込んだモノである。『いいのよ、エミリ。お兄様孝行をしてあげて?』なんて言いながら、顔の『によによ』を止められなかった。

「……」

 エリカの認識では、コータは『凄い人』なのである。何時でも冷静沈着、物事を淡々とこなし、スマート。コータが聞いたら『いえ、何処見てるんですか?』と思わず突っ込むであろうが、それでもエリカの眼にはそう映るのである。恋は盲目、とは良く言ったものだ。

 だが、である。如何にコータと言えど、流石にオルケナ大陸のギャンブルに精通しているとはとても考えられない。と、言う事は……


『え、エリカさん? これ、どうやって遊ぶんですか?』

『あら、コータ。これはね? こうやってこうやって……こう、遊ぶのよ?』

『へー。そうやって遊ぶんですか?』

『ふふふ。さあ、コータ。やって見て?』

『は、はい!』


 ……なんて言う、ちょっぴり『エリカ先生』気分を味わえるんじゃないか? なんていう淡い期待もあった。頼れる男性は非常に心強いが、たまには頼って欲しいな~という微妙に揺れるオトメゴコロである。まあ、対象がギャンブルと言う所に若干の引っ掛かりを感じないでもないが……それでも、だ。

「……こ、コータ?」

「……何ですか?」

「いや、『何ですか?』じゃなくて……貴方、このルール知ってるのよね?」

「ええ。先程言いましたが……『ブラックジャック』でしょ?」

 カジノに入った瞬間、コータの視線がディーラーの持つカードに留まった。『トランプ』と呼ばれるそのカードは、かの建国帝アレックスの発明品、と呼ばれるカードゲーム用の遊戯具である。


『初めてみたかしら? コータ、あれは――』

『トランプ、ですか?』

『――トランプって言って……って、貴方、何で知ってるの?』

『……良く似たモノを見た事があるのですが……もしかしてアレ、マークが四つあったりします? クラブとダイヤとスペードと……』

『ハート、よ』

『……もしかして、もしかして、ですが……あれ、二十一になるのを競うゲームとかあったりします?』

『……あるわ。というか、ポピュラーなゲームよ。ブラックジャックって言って』

『……ああ、いいです。分かりました』

『ちょ、コータ! じゃ、じゃああれは! ホラ、あそこでサイコロを振ってるでしょ? あれは――』

『チンチロ、でしょ?』

『……何で知ってるのよ?』

 これである。エリカの失望はいかばかりか……と言いたいところだが、浩太にしても言い分がある。

『……まあ、納得と言えば納得、でしょうか』

『何が?』

『いえ……なるほど、『召喚』ですか』

『ちょっと? 何、本当に?』

『いえ。何でもありません』

 そう言って浩太は溜息一つ。無駄に明るい顔をして見せる。

『それではエリカさん、行きましょうか。ブラックジャックなら私もルールが分かりますし、まずはソコからにしましょう』



 ……と、そんな事があったのが今から二時間ほど前。

「こ、コータ?」

「……今、良い所です」

「う、うん。良い所なのよね? でもね、ホラ? そろそろお財布の方も軽くなって来たかな~って……」

「…………お金に糸目をつけずに遊び倒そうと言ったのはエリカさんでしょう?」

「あ、うん……で、でもね!」

「……コール」

 全く話を聞かずにディーラーにカードを要求するコータ。シュッとテーブルを滑って来たカードを受け取り、カードの中身を確認して。

「……ドボンですね」

「……」

 コータの眼の前に積んであったチップが没収され、エリカが額に手を当て天を仰ぐ。

「……コータ」

「……はい?」

「貴方……才能、無さ過ぎ」


 最初は良かったのだ、最初は。

『ある程度のルールは分かる』というコータに、若干以上に残念なモノを感じながらも、『それならそれで教えて貰うって方法もある!』と心機一転、コータの腕に寄り添う形で腕に腕を絡ませ、その年齢以上に残念なモノがある胸を押しつけるエリカ。『え、エリカさん?』『な、なによ! こ、こういう場では男性がエスコートするモノよ!』なんて嬉し恥ずかしイベントも順調にこなしながら、テーブルについたまでは良かったのだ。本当に最序盤であるが、取りあえずそこまでは良かったのだ。


「……」

「……もう、お金がありません」

「……はあ……」


 ……壊滅的に弱かったのだ、浩太が。

 ギャンブルの神様が出張中なのか、幸運の神様が手一杯なのか、運命の女神は薄い醤油顔がお気に召さないのか……或いはその全部か。来るカード来るカード、弱いカードばかり。それではとコールをするとドボン、たまに強いカードが来ても親がそれ以上に強かったりと、まあ逆イカサマ何じゃないかという程、負けに負けた。最初こそ『運もあるわ』とか『次で取り返せばいいじゃない』なんて和気藹藹と楽しんでいたが、浩太の負け数が三十を超えた辺りで、エリカは浩太にかける言葉を失った。しかも、だ。

「……エリカさんはもう少し楽しんでいて下さい。私は……そうですね、少し夜風に当たってきますので」

 ちらりとエリカの眼の前に山積になったチップに眼を落とし、溜息をつく浩太。そう、浩太の運を吸い取ったか、運命の女神に百合っ気があったか、エリカは逆に勝ちに勝ちまくった。ソレこそ、申し訳ない程に。

「……では」

「ちょ、コータ! 待ってよ!」

 ふらふらと、魂が抜けたような感じで歩き出す浩太に慌ててエリカがその後を追う。

「……おや? もう少し遊んで来られれば宜しいのに」

「一人で遊んでも楽しくないでしょ、あんな所」

 チップの換金に少しだけ時間を取られ、慌てて店を出たエリカの視線に、川を背にして柵に凭れかかる浩太の姿が見て取れた。

「……もう。普通、負けたからって拗ねて女の子一人残して店から出る?」

「いえ、別に拗ねた訳では……」

「本音は?」

「……少しだけ。まあ自分でギャンブルが強いと思っていませんでしたが、まさかあれ程負けが込むとは……」

「反省しなさい。負けた事じゃないわよ? 私を一人で店に残した事」

「……はい」

「宜しい」

 そう言ってふんわり、月明かりの様な微笑みを浮かべる。

「……あ!」

「え?」

「コータ、あれ!」

 何かに気付いたか、エリカが街路にある一点を指す。つられて浩太が視線をそちらに向けて。

「露天商、ですか?」

「そう! パルセナ名物、『牛焼串』よ! ねえ、一緒に食べましょう!」

「良いですけど……良いんですか?」

「何が?」

「何がって……王族の方が屋台で買い食いなんて」

「いいの! ここはパルセナだもん。旅の恥はかき捨て、よ!」

「……あるんですね、その言葉――って、エリカさん!」

 浩太の言葉が終わるよりも速く、エリカが駆けだす。露天商のおじさんと二言、三言言葉を交わし、ほくほく顔で帰って来た。両手に一本ずつ、牛焼串を持って。

「えへへ~。『お嬢ちゃん、可愛いからオマケしてやる』って一個多めにお肉付けて貰っちゃった」

 ハイ、とそのオマケをして貰った方であろう、お肉が一個多い方を浩太に差し出すエリカ。

「お金は?」

「良いわよ。貴方、大負けしたでしょ? 私は勝ったから、私の奢り」

「いや、ですが」

「いいの! 勝ち分は還元しないと、次に勝てないのよ!」

「……どこのギャンブラーの台詞ですか、それ。まあ……それなら遠慮なく頂きます」

 エリカにお礼を言い、串に刺さった牛肉に齧りつく。甘辛く味付けされたソレは、噛みしめる度に閉じ込めていた肉汁を口一杯に押し広げて……要するに、美味い。

「美味しいですね」

「でしょ? 北区の上品な料理も美味しいのは美味しいんだけど、やっぱり南区のこの味が最高! こう、生きてる~って感じがするでしょ?」

「お姫様の言葉とは思えませんね、ソレ」

 そう言って苦笑をして見せる浩太にチッチッチと指を振って楽しそうな笑顔を見せるエリカ。

「ここは『パルセナ』よ? 現世の地位も、名誉も関係ない、己の運と才覚のみが勝つ、ギャンブルの街よ? ここで『私は貴族よ! ちゃんと勝たせなさい!』なんて言うのは……」

「なるほど。『お姫様』は野暮ですか?」

「野暮です。私はただのエリカ。貴方はただのコータ。そういう街なの、ここは」

 だから……好き、と。

「……なるほど。パルセナを旅行先に選んだのはそれですか?」

「別に、テラ公爵がイヤな訳でもフレイム王家のお姫様がイヤな訳でも無いのよ? でも、たまには良いでしょ、看板下ろしても?」

「……そうですね」

「貴方は大して働いていない、って言うかも知れないけど……心配なのよ、私は。少しは休んで欲しいし、旅行先でぐらい『馬鹿』な事もして欲しいの」

「……はい。肝に命じます」

「よろしい」

 そう言って、どちらからともなくクスリと笑いあう。

「……くちゅん」

 と、エリカから可愛らしいくしゃみの音が。

「寒いですか?」

「うん……ちょっとだ――って、こ、コータ?」

 ふんわりと。

 エリカの肩に、コータが来ていたジャケットが舞い降りる。

「こ、これ! コータの……」

「女の子は体を冷やしたら駄目ですよ?」

「で、でも! コータ、風邪……」

「良いんですよ。牛焼串のお礼で」

「だ、駄目よ!」

「そうですか……なら、そうですね」

『格好、付けさせて下さい』と。

「……分かったわ。格好、付けさせてあげる」

「光栄です、お姫様」

「うむ。良きにはからえ~」

「なんですか、それ」

 先ほどよりも少しだけ大きく、二人で笑いあう。

「……あ、そうだ。コータ、明日は暇?」

「暇も何も……旅行中ですよ? 予定はありません」

「そう? それじゃコータ、明日はソニアを連れて北区でも行って来なさい」

「ソニアさんを、ですか?」

「そう。北区には美味しい紅茶とクッキーを出すお店があるのよ。ソニアには南区はちょっと早いし……折角来たんですもの。少しぐらいソニアも楽しまないと」

「……」

「な、なに?」

「いえ……優しいですね、エリカさん」

「べ、別に大した事じゃないでしょ? その、皆で旅行に来たんだから、誰か一人だけ楽しんで無いのはちょっとアレだし、その、あの……」

 思わぬ浩太のお褒めの言葉に、テンパるエリカ。

「いいお母さんになりますよ、エリカさん」

「お、お母さんって! 誰がお母さんよ、誰が! 大体、まだ結婚もしてないのに、お母さんって!」

 尚もテンパるエリカ。追い打ちをかける浩太。


「ああ、そうですね。それじゃエリカさん、私の所にでもお嫁さんに来ますか?」


 今までで最大級の爆弾を落とす浩太。


 ……断っておくが、浩太も別に本気で『嫁に来ないか?』と口説いている訳では無い。言うならば『○○ちゃん、まじ可愛い。ちょっと付き合わない?』ぐらいの軽いノリ、冗談の類である。いや、冗談で嫁に来いなんて言うなと言われるかも知れないが……エリカでは無いが、旅の恥はかき捨てであるし、今のノリなら『え~、タイプじゃないし~』なんて返しでも『それじゃ……お友達からで!』なんて返しでもどちらでもいけると、そう判断しての軽口である。珍し旅先で浩太のテンションも上がっていたのだ。



「いや、お嫁さんに行くとか無理だから」



「……そう、です、か」


 ……にも関わらず、返ってきたのは一刀両断。流石の浩太もちょっと凹む。あれ? そんなに嫌われてましたか? と心の中で自問自答。

「だ、だって嫁に行くって事は『マツシロ家』に入るって事でしょ? わ、私、一応フレイム王家の人間だし、テラ公爵だし、嫁に『来い』ってのは無理だけど、で、でも、コータがどうしてもって言うなら、お嫁さんになっても……あ、で、出来ればコータにはお婿さんに来て貰えれば一番嬉しい――コータ?」

 気付けば隣に居ないコータに慌てて後ろを振り返るエリカ。その視線の先には川沿いの柵に手をかけて『反省』のポーズを取ってる浩太の姿が。

「何してるの?」

「いえ……ちょっと、『反省』を。テンションで突っ走ると碌な事が無いな、と」

 あははと渇いた笑いを見せる浩太。

「……ねえ、コータ?」

「何ですか?」

「さっきの……聞いてた?」

「何をです?」

 ……さて、エリカの独り言が聞かれなかったのは幸いな事なのか、不幸な事なのか。取りあえず、もう一度先程の言葉を言える程エリカの心は強くない。

「……もう良いわよ、ばか」

「え? あ、あれ? エリカさん、何か怒ってません?」

「怒って無いわよ! 馬鹿コータ!」

「怒ってますよ! それ、確実に怒ってます!」

「うるさいうるさい!」

 夜も深まった、パルセナ川沿いをわーわーぎゃーぎゃ言いながら二人はゆっくり歩いて帰った。



「……エリカ様!」

「わ! え、エミリ? どうしたの?」

 宿に帰った二人を、エントランスで迎えたのはエミリ。その表情には何時もの様な無表情さはなく、少しだけ焦りを含んだ色合いが見て取れた。

「エリカ様! ソニア様! ソニア様は御一緒ではないのですか!」

「そ、ソニア? ソニアなら、部屋で本を――」

「居ないのです!」


 エミリの、そんな焦燥仕切った声が。


「ソニア様が何処にも居ないのです、エリカ様!」


 エントランス中に、響き渡った。



※経済マメ知識はお休みです。

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