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第十七話 反撃の『蛇』

どうも、疎陀です。今回は前後編です。「え? これ、なんで浩太がこんなに慌ててるの?」と思った方、次回以降の答え合わせで。すいません、何か気ばっかり焦って若干構成が甘いかと思いますが、お目溢し願えれば。


「どうや?」

「……凄いですね」

 一度上げた顔を戻し、浩太は証書を穴が開く程見つめた。暗闇で緑色に光る証書、なるほど『魔法』である。

「その証書についとるインクはこの瓶に入っとる粉を練り込んで作った特殊なインクや。それをお日さんの下に当てとくと、そうやって暗くなると光るっちゅう寸法や」

 暗闇で光る塗料、夜光塗料や蛍光塗料と呼ばれる塗料自体は、比較的昔から存在し、その種類や細々した分類はともかく、概ね二つに分けられる。塗料自体に発光物質、もしくはそれを刺激する物質を含有し、自らが光るタイプ。

「……蓄光塗料、ですか」

 塗料自体に光を蓄える性質を有し、その光を徐々に放出する蓄光タイプだ。

「俺は技術屋や無いから難しい事はようわからへん」


 ただ、それが『メシのタネ』になりそうやから作らせただけや、と。


「どや? この『魔法の粉』……欲しいやろ?」

「……ええ。確かに偽造防止の技術には有った方が良い、素晴らしい発明だと思います。ただ、蓄光の……どれくらいの時間、太陽に照らされていれば良いのかが問題です」

 一日天日干しにしてようやく一分光ります、では話にならない。

「例えばコータ。自分が札入の中にその証書を入れておくとするやろ?」

「ええ」

「ほんで、買い物した後に札入から証書を取り出して、売主に渡す。ちょこっと売主がお日さんに当てて手を輪っかにして覗きこめば、光って見えるわ」

「……なるほど」

「光り自体はちょこっと弱くなるんやけど、さっきお前さんがやったみたいに二枚の証書を並べて見比べる、言うのよりかは全然早いと思うで? 一枚で出来るし」

 道理である。

「ちなみにこの原料は?」

「そんなもん、企業秘密や」

「では……この『魔法の粉』の原料は所謂、『怪しい物』ではありませんか?」

「……自分、何言うてんの?」

 発光物質自体は、さほど珍しいものでは無い。古代中国では贈答品として喜ばれた『夜明珠』と呼ばれる蛍石の一種が有名だし、そもそも蛍石の語源である蛍だって光る。

「……流通に乗せるんですよ? 人の手元に渡る物です。怪しいもの、或いは変な物は混ぜれません」

だが、現代日本人である浩太にとって発光物質として思い浮かぶものは一つ。放射性物質だ。そんなモノがこのオルケナ大陸にあるかどうかも定かではないが、無駄に虎の尾を踏む必要は無い。君子危うきに近寄らず、である。

「……なんや、えらい信心深いな? 別に悪魔に魂売って貰った粉ちゃうで?」

「『魔』法の粉、なんでしょう?」

「……面倒くさいやっちゃな~。まあエエわ。何かは教えられへんけど、別に怪しいモンちゃうよ? ソルバニアでも取れる、めっちゃ美味いモンや」

「……美味しいもの?」

「せや。多分、テラでも取れるんちゃうか? 美味しいだけやないわ。男やったら『元気』になって……大変やで?」

 そう言ってニヤニヤとイヤらしい笑みを浮かべるカルロス一世。結構最低な事を言っているのだが、なまじ元の顔が男前なだけに、その顔も下卑た印象にならない。

「……まだ昼間ですよ?」

「なんや? 俺は『元気』って言っただけやで? うーん? コータ、なに想像してん?」

 絡み方が近所のおっさんである。

「……もういいです」

 取りあえず、食物だろうと当たりをつけ浩太は話を切る。君子は危うきに近寄らないと言ったら近寄らないのだ。

「ん? 気にならへんの?」

「ええ。要は怪しく無ければ何でもイイです」

 人の口に入っているのであれば、まあ問題ないのだろう。

「そっか。ほんならこっからが本番やな?」

 そう言って。




「……さあ。この魔法の粉……幾らで買うてくれる?」

「……ご遠慮しておきます、陛下」



 打ち返し、ノータイム。

「……は?」

「この『魔法の粉』、素晴らしい物ではあると思いますが……ご遠慮しておきます」

 にっこりと微笑みながら、そういう浩太の姿に思わず見惚れるカルロス一世。それも一瞬、まるで機関銃の様にその口が開いた。

「な、なんでや! 自分、よう考えてみ? ええやん、これ! 証書が光るんやで? 偽造、一発で見破れるんやで? 欲しゅうないんかい!」

「ええ。喉から手が出る程に、欲しいです。証書が光る事により、偽造が一発で見極められる。欲しいですよ、勿論」

「せやったら――」

「『タダ』だったら、ですが」

「――っ!」

「この『魔法の粉』、現状ではソルバニア王国一国の独占製造、独占販売です。価格の決定権は全て陛下、貴方が治める国にある。なるほど、テラは少しずつではありますが着実に発展しています。ですが、決して隆々な領地という訳では御座いません」

 経済発展を『興し』たとは言え、まだまだ地盤の弱い貧弱な領地だ。

「偽造対策は万全を期さねばならない。ですが、だからと言って何でもかんでも技術を使えば良い、という訳でもありません。それこそ、テラ中の金庫を逆さに振っても銅貨一枚も出てこない様な金額ではとてもとても」

 コストパフォーマンスの問題である。費用に見合う効果はあるのかも知れないが、今の偽造対策技術でも十二分に対策は出来る。

「もう一点は時期の問題です」

「……時期?」

「先ほどお話した通り、テラの引渡証書は二年後に図案を全面更改する予定になっております。この『魔法の粉』を使うのならば、その時。それも、最終工程で必要になる類の商品ですよ、これは」

 版木を彫って、紙を梳いて、ようやく印刷になるのだ。何も今直ぐに買う必要は無い。

「ならば二年後に買えば良い。その頃に技術が追いついていれば比較的安価で買え、追い越していればより良い物が買える。テラには今、不要な在庫を抱えている余裕はありませんよ」

 需要と供給が一致する時にその価格が決定される。欲しい人が居なければ『魔法の粉』もただの『粉』だ。魔法は終わりである。

「……なるほどな。そら、自分の言う事も一理あるわ」

 起こしかけた体を再び椅子に沈め、じっと浩太を見やる。

「せやけど、二年後にこの技術に追い付いていなかったら?」

「その時はその値段で買えば良いだけです。最も、その時までにより精度の高い偽造防止技術があればこのお話は無かった事になりますが」

 深い、深い溜息。少しだけ疲れたかのようにカルロス一世は視線を下に落とす。

「……まいったな。なんや、流石『悪魔』やわ」

「買いかぶり過ぎですよ」

「どこがやねん」

 そう言って、少しだけ薄く笑って。

「……分かったわ。ほなこの『魔法の粉』、タダでええ」

「そうですか。それで――」


 ――――?


「……た、タダ? 陛下、今貴方は、タダと……そう、仰ったのですか?」

「そや。タダ、無料、ロハ、持ってけ泥棒、や。この瓶に入っている粉と同じもんが、城の地下室に仰山ある。その『魔法の粉』、ぜーんぶコータのもんや」

 どうや? と、両手を広げ、先ほどよりも少しだけニヒルに微笑む。

「……何を考えているのですか?」

「何にもや。この魔法の粉、お前の好きなだけ持って行ってくれればええ」

「……」

 そんな訳、ない。

「この粉を見せる為だけに陛下、貴方は偽造証書を作られたと仰った。それも、一目見てもそうだと分からない程、精度の高い物を」

 コピーなどの便利な技術が無いこのオルケナ大陸で、それは気の遠くなる作業であろう。生半可な知識と技術、費用では無かった筈。

「その魔法の粉だってそうだ。作るのに費用も労力もかかったはず。そんな魔法の粉を、タダで提供する? 信じられない」

「そうかいな? ほな、こう考えたらええやん。コータはわざわざソルバニアまで足を運んでくれた。ほな、それに対する正当な礼や」

「貰い過ぎです。不当ですよ」

「そないな事気にすんなや。俺とコータの仲やん」

「魔法の粉をタダで頂戴する様な仲ではなかった筈ですが?」

「ほな、これから仲良くなって行こうや?」

 そう言って、コータに手を差し出すカルロス一世。

「……それは、もう少ししてからですね」

「……幾ら何でも王族に失礼やで?」

 差し出した手をひっこめ、口ほど気にした風もなく、カルロス一世は呟いた。

「しゃーないな~。ほな、本音言うで? 実はな? あのテラの『引渡証書』、ウチでも扱ってみたいねん」

「引渡証書、を?」

「そや」

 ソルバニアにも通貨はある。最大通貨は『ソルバニア白金貨』と呼ばれ、材質・含有量ともフレイムで流通する白金貨と同じ物で、価値も同等である。フレイム帝国時代の流れか、オルケナ大陸に流れる通貨は全て同一。言ってみればデザインの差異でしかない。

「ソルバニアにも通貨はあるけど、紙幣は無い。これな? 結構取引面倒やねん」

「……それは……そうでしょうね」

 その為の引渡証書だ。

「そこでこの引渡証書や。ソルバニア白金貨を担保にして……せやな、『ソルバニア白金貨引渡証書』を作りたいんや」

 どや? と返答を求めるカルロス一世にコータは首を捻る。正直、意味が分からない。

「……どうぞご勝手に、としか申しようが御座いませんが」

 特許権などがある訳では無いのだ。使いたければ勝手に使えば良い。

「ほうか。ほな、そうさせて貰うわ。その礼代わりに、この『魔法の粉』持って帰ったらええよ」

「……なぜ?」

「言うても俺、ソルバニアの王さんやもん。勝手に人が作ったもん使ってました~、って、格好つかへんやん?」

「……そんなもの、ですか?」

「そらそうや。王族は、貴族は名誉を尊ぶんや。後世まで『人のアイデアパクった王様』やこ、俺かて言われとう無いもん」

「……」

「まあ、これは貴族の論理やけどな?」

 そんなものか、という発想しか浩太には思い浮かばない。何と言っても商社マンの父とパートの母親の間に生まれた由緒正しい庶民の子供だ。『貴族の論理』と言われてもピンとこない。

「……分かりました。それでは白金貨の引渡証書、作って頂いたら宜しいかと」

「ホンマか! 流石コータ、俺が選んだ男だけあるわ! よ! 太っ腹!」

 嬉しそうに、バンバンと浩太の肩を叩くカルロス一世。

「痛いです! 構いませんから叩かないで下さい!」

「そうか! ほな、ホンマに作らせて貰うで?」

「どうぞ!」

「男に二言は無いな!」

「ありませんよ。ありませんから叩くの辞めて下さい!」

「よっしゃ! ほな、コータ。これからも宜しくな! あ! 偽造対策も使わせて貰ってええ?」

「ご自由に」

「まあ、そうやな! これからはテラでもウチの証書が出回るんやもんな!」

「そうです。偽造通貨は危険ですから。むしろ使っていただい――」

 そこまで、喋って。



「――テラで……出回る?」



「……そら、そうやろ?」

 先ほどまでの、ニヒルな笑みを。



「俺ん所が作る証書の方が……便利ええと思わへんか?」



 ニヤリと邪悪に歪めて。



「陛下!」

「男に二言は無いんやろ?」

「取り消します! 貴方はテラの経済を潰すつもりですか!」

「潰す? 人聞き悪いわ~。強いモンが勝つ。商売どころか、世界の常識やん」

「……っ! ですが!」

 どれだけ貨幣経済が発展しても、どれだけ流通網が発展しても、経済の基本は物々交換の域を出ない。消しゴム十個と文庫本一冊、わざわざ相手を探して交換するのは面倒だから、皆がその価値を『信用』する貨幣を媒介にしているだけである。

「……さあ、コータ」

 では、その『媒介』がもっと便利であったらどうなるか?


「逃げ道を探しーや。頭も下げーや。『どうかお願いですから、ソルバニアの引渡証書を流通させないで下さい』と」


 同じ価値同士のモノとリンクする、同価値の証書が二つあったら、一体どちらを選ぶか。答えは簡単。より『便利』な方を選ぶに決まってる。




「……泣いて、縋りつきや」




 天秤に絡みつく『蛇』の、反撃開始である。




経済マメ知識⑪

ブレトン・ウッズ体制

金1オンス=35ドルと定め、ドルに対しての交換比率を決めた体制。この場合、1ドル=360円の固定相場制となった。細かい所は省くが、結局、『ドルが強い』からこうなった訳であるが、今回のお話はこれの逆回しと考えて頂ければ。


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