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第十二話 全てはSになる。

今回は前後編みたいな感じです。エミリ視点です。感想なんか頂けたら嬉しいです。宜しくお願いします。


 ロンド・デ・テラの経済政策は、大成功を納めようとしていた。


「コータ! また出店依頼が来たわ! 今度は王港都市エルザのダイオテス商会よ」

「エルザのダイオテスと言えば、元々王族であった方が開いたという、あの?」

「そう! 歴史と格式はエルザ一! ソルバニア全体でも三本の指に入る名門商会よ! ああ……まさかあのダイオテスがテラに支店を出したいって言ってくるなんて……」

 まるで夢の様ね、と目を輝かせるエリカ様に、胸中で私は溜息をつく。夢の様……ですか。


 ……本当に……夢なら、良かったのに。


「……エミリ?」

 エリカ様の言葉に、はっと意識を戻す。そこにはエリカ様の心配そうな顔があった。

「な、何でしょうか?」

「どうしたの? 何だか浮かない顔だけど……」

「そんな事は御座いません。ダイオテス商会がテラに支店を出すというお話、真に重畳です。これでより一層、テラは発展するでしょう」

「そうでしょ? テラは今以上に発展するし、箔もついてくるわ! 凄い! これも全部コータのお陰ね!」

 無邪気に……本当に無邪気に笑うエリカ様。

「……真によう御座いました。ですが、エリカ様。出店しようにももう用地が御座いませんが?」

「……コータ?」

「ダイオテス商会には、ある程度用地買収に時間がかかる旨の連絡を」

「……ダイオテス商会を待たせるの? いいの?」

「何処が相手であろうが関係ありませんよ。お客様は平等に扱うべきです。無論、預託金を一万枚以上積んで下さるのであればある程度の便宜は図りますが……それでも無理なモノは無理です。時間の短縮何か出来ませんから」

「……大丈夫? それでダイオテス商会が店を出さないって言ったら……」

「その時は縁が無かったと思って諦めましょう。商会はダイオテスだけではありませんし……そもそも、こちらからお願いしたわけではないのですよ?」

「……そうね。イヤなら出さなきゃ良いだけですものね!」

 そう言って、綺麗に……華やかに笑うエリカ様。その笑顔が、私の胸をチクリ、チクリと痛める。

「それじゃ、エミリ! 用地の買収をお願いするわ!」

「……かしこまりました」

 エリカ様に一礼。部屋の扉を開けて、街に出ようとして。

「……エミリさん」

 松代様から、声がかかる。

「……何でしょうか?」

「……用地の買収には細心の注意をお願いします。金銭には糸目を付けず、可能限り希望通りの条件を聞いてあげる様にして下さい」

 ……簡単に。

「……はい」

 ……簡単に。本当に、簡単に!


「……畏まりました」



 ……本当に……簡単に言ってくれる!



◇◆◇◆◇◆◇


 エリカ様の館を出て、テラの街を歩く。

「おーい釘! 釘が全然足りないぞ! 持ってこい!」

「ういーっす!」

 街のそこかしこで、トントンと金槌の響く音が聞こえる。街の大通りには一目で商人と分かる風体のモノから、どう見ても大工の親方、酒場の女将の姿など、多種多様の人が歩いていた。

「……魔法みたいだ」

 ほんの半年前まで、誰がテラのこの活気に溢れる姿を想像しただろう? 魔法、その言葉がしっくり来る。

 テラの大きな成功の要因は、この店舗建設にある。当たり前だが、店舗を建てるには木材や釘が必要。商人は利益に敏感だ。テラで木材が飛ぶように売れていると聞くと、各商人はこぞってテラに木材を売りに来た。王都ラルキアを始め、チタン、ローラ、ブンデスバッカといったフレイム王国の各都市のみならず、ソルバニア、ローレント、ライム自由都市等から毎日毎日、大量の木材が。

 運び込まれた木材はドンドン売れた。なんせ、店舗の建設は待ったなしで進んでいるのだ。木材は運び込まれた先から加工され、店舗になる。当然、大工の人手が圧倒的に足りない。余所で仕事の無い大工たちはこぞってテラに押し寄せた。

 大工達は人間であり、霞を喰って生きている訳では無い。集まった大工達で宿屋や酒場は大盛況となった。そうなると当然、宿屋や酒場に降ろす食物や酒も馬鹿みたいに売れる。今まで木材を持って来た商人はテラの活況を見て、今度は食料や酒をも持ち込む様になった。


『今のテラには何を持って行っても間違いない。何でも飛ぶように売れるさ』


 と、商人達の間で話題になるのにそんなに時間はかからなかった。そうなれば、経済の活況を為すテラに支店を出したいと思うのは道理。しかも、出店費用はタダと来ている。

「……本当に、魔法だ」

 評判が評判を呼び、テラではどんどん店舗が建設されていく。商業区と名付けられた一区画では足りない程に。用地の買収はドンドン進み、店舗の建設がそれに輪をかける。無論、大工は集まり、宿屋や酒場が儲かる。後はその繰り返し。

「……行こう」

 商人達の活況を背に、私は歩みを進める。

「……こんにちは」

「……いらっしゃ――何だい、エミリちゃんかい」

 商業区から少しだけ離れた、まるで時代から取り残されたかの様な……『昔のまま』の、つまり寂れたテラの姿が残る、一区画のある八百屋。

「……アンタも懲りないね? ずっと言ってるだろう? この店は先祖代々続いた店何だよ。アンタも知ってるだろう? この店は売らないって」

「……ですが」

 この八百屋の主人と私は顔なじみだ。まだ松代様が来る前、テラが今の様に発展する前までは、この店で野菜を買っていた。値段は少し張るが、新鮮で品揃えも良い、イイ店だった。


 ……そう、『だった』


「代々続いてきた店だよ? そりゃ、今はちょっと売上だって落ちてる。でもこんな事、今までだって何度もあったさ。ホレ、今は目新しさで皆……何だっけ? 商業区? そっちの店に行ってるけどさ。また皆戻ってくるんだよ。そんな時、この店が無かったら困るだろう?」

「……」

 その言葉に、私は返す言葉が無い。決して主人の言葉が当たっているからでは無い。

「……そうでしょうか?」

 主人は、あの商業区の盛況を知らないのだろうか? この店よりも新鮮で、この店よりも安く、この店よりも品揃えのいいあの商業区の店に行っていた人々が、果たしてこの店に来る事なんて……

「……本当に、そんな事があるのでしょうか?」

 あそこに、商業区に行けば、オルケナ大陸中の全てが揃うと言っても過言ではない程モノが溢れているのだ。八百屋と、数件の小さな商店しか無いこの地区に人が戻ってくる事なんて……

「ふん! エミリちゃんは知らないんだよ! 昔からココは人同士の繋がりを大事にした街何だよ! だから大丈夫! 絶対、ココに皆戻ってくるさ!」

「ですが……」

 ちらりと、八百屋の品々に目を通す。昔は瑞々しい野菜が並んだその棚には、少し萎びた様な野菜が所狭しと陳列してある。売れて無いのだろう。

「……わかりました。また来ます」

「今度来るときは客として来てくれよ? そうだ、エミリちゃん。折角来たんだ、何か買って行かないか?」

「……そうですね。それでは、この玉ねぎを」

 陳列された棚の中では、唯一まともそうな玉ねぎを手に取り、私は主人に代金を手渡す。

「へへへ、まい――ああ? なんだい、コレは」

「なんだいと申されましても……引渡証書ですが?」

 主人は、手渡された一銅貨分の引渡証書をまじまじと見つめた。何だ? 

「……足りませんか?」

 余所の店では一銅貨分の引渡証書で玉ねぎが二個は買える。まさか、それ以上の値段だと――

「……駄目だよ。ウチじゃこれは使えないね」

「――え?」

「ウチは昔っから硬貨しか扱って無いんだ。エミリちゃんも知ってるだろう?」

「それは……そうでしょうが。ですが、コレは硬貨と同じ価値があるんですよ? 商業区の多くの店では、むしろこちらで取引するのが普通ですよ?」

「駄目駄目! エミリちゃん、硬貨じゃないと売れないよ! こんなもん、信用できないよ!」

 そう言って、私に引渡証書を突き返す主人に、慌てて私は服の中のポケットを漁る。最近は引渡証書での買い物ばかりで硬貨を持っていなかったが……

「……白金貨しかないですが、宜しいでしょうか?」

「なんだい、大きなのしかないのかい。ええっと……それじゃ金貨一枚と銀貨四枚、銅貨が九枚のお返しだ。まいどあり~」

 ずしり、と重い硬貨と玉ねぎを手渡され、私は店に背を向ける。

「……」

 手の中にある硬貨と玉ねぎを交互に見つめ、私は溜息をつく。品揃えだけではなく、引渡証書すら使えない。このご時世、そんな店が果たして生き残れるのか?

「……無理ですよ、主人」

 利便性も悪い、品揃えも悪い、値段も高い。そんな店、誰も来る筈が無いじゃないか。

「……お願いだから……早く……店を売って下さい、主人」


 ……せめて、纏まったお金で余所で店を開いて欲しいと願う私の想いとは別に。


「……どういう事ですか、松代様!」



 ……件の店の主人が、土地と店を担保にお金を借りに来た、と聞いたのはその三日後の事だった。 



※経済マメ知識は今回はお休みさせて頂きます。次回に纏めて書きたいと思いますので……

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