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第十一話 ゴールドスミスの唄

 

 およそ、ココ数百年で最も発展した業界は『銀行』業界であろう。間接金融、信用創造、決済機能の提供が銀行の三大機能だったはずだが、昨今の金融事情は複雑怪奇ナリ。証券業界、生損保の保険業界、所謂投資銀行業務を始めとするデリバティブ取引、果ては宝くじの販売など、ダボホゼの様に儲かりそうな業界に喰らいついている。

 公共性が高いとは言え銀行は営利企業であり、儲かる業界に喰いついて行く事自体は否定されるべきでは無い。

「……改めて初めまして。私は今回のプロジェクトの総責任者であるコータ・マツシロです、サーチさん」

「ウチの事はマリアでええよ。こちらこそ宜しゅう。ほんで? こんな所にウチを呼び出して何の用や、コータはん」

 宛がわれた紅茶に喉を潤わせながら、マリアは優雅に足を組んで浩太に問いかける。その姿は威風堂々、歴戦の商人と言っても良い姿である。あるが。

(どどどどどどないしょーー! う、ウチ、何や失礼な事言ったやろうか?)

 内心はガクブルである。それでもマリアだってカト商人の娘。父や兄が商談の時は堂々と、時に狡猾に交渉してきたのを見て来たのだ。商人は弱いモノには容赦ない。精神的に『下』に見られたら交渉ごとは負けである。

 

 ……カップを持つ手は微妙に震えてはいるが……まあ、許容範囲であろう。 


「お呼びしたのは他でもありません。少しだけ聞きたい事が御座いまして」

 宜しいですか? と目で促す浩太にマリアが小さく顎を引く。

「貴方が仰った『引渡証書の分割』についてです」

「あかんの?」

「それは全然構いません。構いませんが……宜しければ、その理由をお教え願いませんか?」

「理由言われても……」

 少しだけ言葉を詰まらせ、マリアは浩太を見やる。言ってもいいのか、悪いのか?

「……まあ、ええやろ」

 迷ったのは一瞬。商人独特の嗅覚……黙っているのが得か、それとも損か、一瞬で天秤を『損』に振り切り、マリアは口を開いた。

「理由は三つあるんやけど……」

「拝聴させて頂きます」

「……一個目は、白金貨一万枚分の価値がある証書やなんて、こわーてもたらへんわ。盗まれたら一万枚パー言う事やろ? ほな、小口に分散して置いておいた方がええやん」

 リスクヘッジ。なるほど、道理である。

「次は証書が引渡証書やちゅうことや。『引渡』いうことやから、誰が持っとっても何の問題も無いちゅう事や言うて、コータはんさっき言いはったやろ? なら、それは商売に使えへんかな、思うてな」

「それは、何故?」

「持っていったら十年後には間違いなく白金貨で戻ってくるんやろ? ほな、白金貨や金貨で取引するよりずっと楽やん。言うておくけどな? 白金貨一万枚って、結構重いんやで?」

「……それは申し訳なかったですね。良かった、十万枚にしないで」

「十万枚やったらこんなに人は集まらへんかったわ」

 白金貨と交換出来る引渡証書、俗に言う兌換紙幣券である。白金貨本位制、とでも言うべきか。

「……それで? 最後の理由は?」

「もう金があらへん。その証書を分割にして資金に充てんと、仕入も出来へん」

「……良いんですか? 商人が、自分の手の内を明かして?」

「嘘を言うてもしゃーないからな。張る見栄と張る場所は弁えとるつもりや」

「サーチ商会はカト十二商会の一つとお聞きしましたが?」

「サーチ商会本体とは関係あらへんよ。ウチはウチの商才だけで渡ってやりたいんや。そうや無くてもお父ちゃんに『お父ちゃんが死んだ時にウチに渡す金、先に頂戴』言うて出て来たんやから……保証金積んだら仕入れも出来へんでした、なんて、格好悪うてようせんわ」

 マリアの言葉に、浩太が口の端を少しだけ釣り上げる。

「生前分与ですか。お父様はさぞ落胆されたでしょう?」

「『後二十年は生きるわい! 勝手に殺すな!』いうて怒ってはった」

 今度こそ、浩太は声を立てて笑い声をあげた。

「……失礼。なるほど、理由は良く分かりました。それでは証書は分割して渡します。渡しますが、幾つか条件を付けさせて頂いても構いませんか?」

「……条件にもよるわ」

 分割してやるから、半分寄こせなんて言われたらかなわない。

「ご心配なく。条件と言っても大したモノでは御座いません。分割した証書は、間違いなく仕入資金に充当して頂きたい」

「……意味が分からへんのやけど? 充当するっていうてるやん」

「絶対、白金貨じゃないと取引に応じないという商会もあると思いますが?」

「まあな」

「このテラに来られた商人さん、全てが全てそうである可能性だってある。それを、貴方に説得して欲しいんです」

「……全部が全部、か?」

「いいえ。今テラに来て頂いた商会の数は三十四。この半分でも引渡証書で取引が出来れば御の字です」

「もう半分は?」

「半分出来ればもう半分は流れで転びますよ」

「……」

 浩太の言葉に、マリアは腕を組んで考えこむ。確かに、白金貨の代わりが紙きれ一枚やったら皆不審な顔をするやろ。ほいでも、白金貨じゃらじゃら言わせて取引するよりはメリットあるんや無かろうか?

「……ええで。何処まで出来るかは約束出来へんけど、ええかな?」

「構いません。ただ、本国の方にもその情報を流して頂ければ助かります」

 テラでは、白金貨の代わりに証書で取引している、と。

「……分かったわ。ほんで?」

「……と、申しますと?」

「ウチとしては、証書で取引をする。本国にも情報を流す。それに対する対価は払ってもえるんやろうか?」

 マリアの光る目に、一瞬浩太の息が詰まる。


 ……はい?


「……失礼ですが、マリアさんの方から分割にしてくれというお願いを受けていたと思いますが?」

「そうや。せやからその条件として取引を証書でするんや」

 ほいでも、と。

「その情報を本国に流す、言うのはまた別の話や。そこは正当な対価を貰わなあかん」

「……がめついですね」

「それ、カト商人にとっては褒め言葉や」

「当方としては分割にする分、経費がかかります。お断りしても良いんですよ?」

「そんな事、する訳無いやろ?」

 ゆっくり紅茶を口に含みながら、マリアが忍び笑いを漏らす。漏らしながら……相変わらず、内心はガクブル。


(おおおおおお落ち着くんや! ココ多分、めっちゃ勝負ところや!)


「……わざわざ時間を割いてまでウチを呼んで『証書で取引をしてくれ』言うてるんや。どんな目的があるんか分からへんけど、少なくとも『証書の取引』を推進したい言う腹積もりはあるんやろ? 経費? つまらん言い訳しないでくれるか?」

「……良いでしょう、認めます。確かに証書での取引の腹積もりはあります。ありますが、別に貴方で無くても良いんですよ? テラには三十人以上の商人がいます。誰に話しても問題ありません」

「そんな訳ないわ。今テラに来てる商人は皆、オルケナ中に名が知れ渡ってる様な大きな商会ばっかりや。言うちゃなんやけど、ウチ以外にこんな条件飲んでくれる……正確には、安う飲んでくれる商人はウチだけ」

「……」

「……それに、な」

 そう言って、茶目っ気たっぷり笑んで見せ。

「……コータはんかてむさくるしい男と取引するより、ウチみたいな見目麗しいお姉ちゃんと取引する方が楽しいやろ? 今テラに居る商人で、ウチより可愛い女の子、おらへんで?」

 そう言って、ウインク一つ。幸い、見目は麗しい……女の子特有の自惚れを差っ引いても、そこそこ見目は麗しい筈や!

「……自分で言いますか?」

「……放っておいてんか。ええやん、別に」

 浩太の苦笑に、マリアが恥ずかしそうに視線を逸らす。

「……良いでしょう。貴方のその度胸と面の皮の厚さに免じて」

「面の皮の厚さは余計や」

「十年後、白金貨一万枚につき二百枚。貴方にお支払いします」

「……千枚、やな」

「……流石にぼったくりでしょう、それは。三百枚」

「九百枚。ウチかて本家に事情をはなさなあかんねんで? お父ちゃんに顔合わせにくいのに」

「それは貴方の個人の事情でしょう? 四百枚ですね」

「ばれたか。ホイでもな? ウチかてソルバニアまで早馬も走らせなあかんねで? その費用も見てくれへんと……あ、八百枚」

 浩太、溜息。らちがあかない。

「……細かい駆け引きは無しです。白金貨五百枚。これ以上は出せません。出せませんが……商業区で一番良い場所を店舗として提供します」

「……くじ引きは?」

「何とでもなります」

「……わる、やな~」

「……貴方程ではありません。その代わり、マリアさん。こちらの条件を一個飲んで下さい」

「……何や、まだあるんかい?」

「ええ」

 そう言って、浩太はすっかり温くなった紅茶に一口、口をつける。

「……借りて下さい」


 ……およそ、ココ数百年で最も発展した業界は『銀行』業界であろう。間接金融、信用創造、決済機能の提供が銀行の三大機能だったはずだが、昨今の金融事情は複雑怪奇ナリ。証券業界、生損保の保険業界、所謂投資銀行業務を始めとするデリバティブ取引、果ては宝くじの販売など、ダボホゼの様に儲かりそうな業界に喰らいついている。

公共性が高いとは言え銀行は営利企業であり、儲かる業界に喰いついて行く事自体は否定されるべきでは無い。


「……は?」


 そうは言っても……浩太は『銀行員』である。株式の仲介をしたり、投資信託を売ったり、保険商品の販売をしたりしたとしても、だ。


「お金を、借りて下さい」



『銀行』の保守本流は、与信業務なのである。



◇◆◇◆◇◆◇


「……良かったの?」

「何がです?」

「マリアよ」

『貸してくれる言うんやったら、遠慮なく借りるけど……ええの?』と、首を捻りながら

部屋を後にしたマリアを見送ってエリカは浩太に向き直る。

「……と、申しますと?」

「白金貨の配当を増やすのはいいわ。土地の融通も、まあ良いでしょう。お金を貸すのはちょっとだけど……それも、まあ良い」

「では、何が?」

「何でマリアを選んだの?」

 エリカの視線に、肩を竦めて見せる浩太。

「『預り証書』ではなく、『引渡証書』である事に気がついた。これは大きいです」

「そうなの?」

「証書に白金貨と同等の価値を見出した訳ですからね。正直、見縊っていました。彼女は頭が良い……というより、回転が早いのでしょう。商人としては十分及第点です」

「……手、震えてたわよ?」

 バレバレであったようだ。

「経験値は後から付いてきます。交渉自体は可もなく不可も無い。それに彼女は正直にお金が無い、と言いました。年2%の数字でも借りたいと、正直に」

「……それ、いいの? 商人として?」

「商人としてはどうかですが、ビジネスパートナーとしては正直な方が良いです」

「……それはそうね」

「彼女の実家は手広く商売をされています。引渡証書を彼女の実家が広めてくれれば、それは直ぐにオルケナ中に広まるでしょう」

「……それが?」

「つまり、オルケナ中にテラの引渡証書が広まるんです。経済の中心がテラになる、その可能性が高いってことです」

 世界中に広がる主要通貨を持つ、という事は経済では計り知れないメリットになる。今の世界で言えば『ドル』がそうであるが、それがアメリカ経済の覇権を支えているのを見てもお分かり頂けるだろう。

「そう考えれば、多少の持ち出しは仕方ないです。それに……私達が流すより、テラに来ている商人さんから流してくれる方が良い」

「そう?」

「公権力からの上意下達よりも、市井から噂が流れてくれる方が噂の広がるスピードと、浸透力が強いです。噂と評判は金で買えませんから」

 話は終わり、とばかりに紅茶を口に含み立ち上がる浩太。その背中を目で追いながら。

「……ねえ」

「はい?」

「……マリアが可愛い女の子だった事も、関係ある」

「……」

「……」

「……男の子ですから、私も」



 ……美人のウインクは千金にも値するのである。



経済マメ知識⑥

金細工商ゴールドスミス

『銀行』の始まりはゴールドスミスによる金保管所が始まりと言われています。詳細は『ゴールドスミス 銀行』でググって下さい。こちらも諸説がありますが、最初に銀行業務を考えた人、ぐう畜だと思います。結構マジで。

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