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第九話 サーチさんちのマリアちゃん

第九話です。外伝っぽい内容ですかね? お暇なら感想など頂けたら嬉しいです。

「マリアぁぁぁーーーーーー!」

 自室で収支報告を見ていたウチの部屋のドアがドガン、という音と共に開く。『ドガン』やなんてドアが出す音やないけど、ウチん所ではこんな事で驚いとったら暮らして行かれへん。

「お父ちゃん! ドアが壊れるやないか! もっと静かに開けてんか!」

「お、おお、こらえらすま――やないわ! お前、何考えてんねん!」

 体は熊みたいに大きく、声と態度はそれ以上に大きなこの面倒くさい父親に、ウチは胡乱な目を向ける。

「……なんやねん? ウチ、何かした?」

「何かした? やあるかい! マリア、お前、ヤメートのエチゴさん殴り飛ばしたらしいやないかい!」

「ヤメートの……エチゴ?」

 ……はて? エチゴ? なんや、どっかで聞いた事のあるような、無い様な……

 ……。

 ………。

 …………ああ!

「思い出したわ! あのエロ商人!」

「『エロ商人!』やないわ! お前な? あそこはウチの大事なお取引さんやぞ! 顔面に蹴りを入れていてこますやなんて、お前はウチを潰す気かいな!」 

 我が家はこの商業王国ソルバニアで商家を営んでいる。オルケナ……いいや、世界中で『貿易』の二つ名で呼ばれ、『商人が作った王国』とまで呼ばれるソルバニアの中でも特に『三大商業都市』と呼ばれるカトにおいて。俗に言う、『カト商人』というやつや。

「ほいでもお父ちゃん。あのエチゴとかいう商人、えらい悪い顔してたんで? しかもウチのお尻触ったし」

「顔で人を差別したらあかん! いや、そうやなくてやな~……大体、お前もカト商人の娘やったらゲンコで解決したらあかんやろ?」

「ゲンコやない。ケリや」

「あげ足をとらへんの!」

「足だけに?」

「誰が巧い事を……そうやなくて! ケツぐらいでガタガタ抜かすな、減るもんやないし。どうせやったら金ぐらい取ったらんかい」

「勿論金は取ったで? その上で顔面にケリ入れたんや」

「……お前、それは人として最低やろ。金取ったんやったら許したれや」

「お尻触った事は金でカタをつけてん」

「ほな、ケリ入れたのは何でや?」

「顔が気に食わへんかった」

「せやから顔で差別したらあかんって!」

 いや、ほいでもな? ホンマに気持ち悪かってん。なんやガマガエルみたいな顔で嬉しそうにウチのお尻撫でまわしとったら、そらケリの一つでも入れるやろ?

「気持ちは分からんでも無いんやけど……ほいでもな、マリア。お前ももうエエ歳やろ? 触って貰うてるウチが華やで? その内ウチのオカンみたいにぶくぶく太って誰にもケツすら触って貰えへん様になるんやで?」

「……ほっといてんか」

「いいや、ほっとかれへん。大体、お前は何時まで経っても商人の真似事ばっかりしてからに……みてみぃや。お隣のみぃーちゃん、えらいエエ旦那さん貰われてるやないか」

「……ミズリーは関係ないやん」

「関係あるわ! みぃーちゃんとお前、同い年やろが! 大体二十五にもなって浮いた話の一つもないやなんて……折角気合入れて可愛い顔に産んでやったのに、勿体ない」

「産んだのはお母ちゃんやん!」

「仕込んだのはお父ちゃんや!」

「その発言は最低や!」

「とにかく! ウチにはベロアちゅう立派な後継ぎもおるんや! お前も何時までも商人の真似事なんやしとらずさっさっと嫁にでも行ってお父ちゃんを安心さてくれ」

 なあ、頼むわ~と、懇願する様な姿を見せるお父ちゃんに溜息一つ。

「……まあ、その内やな。ちょっと出て来るわ」

「おい、マリア!」

「いってきまーす」

「待ちぃな! はなし――って窓から出るんやない!」

『これ以上『お転婆』って噂を流すんやない!』というお父ちゃんの声を背中に、私はカトの街に文字通り飛び出した。



◇◆◇◆◇◆



「……あーけったくそ悪い」

 カトは歴史のある街である。ソルバニア王国がまだ吹けば飛ぶ様な弱小国家であった頃の王都、所謂『古都』でもあり、まず敵国に攻め入られる事を前提に作られたこの街は『まるで迷路』とか『隣町に行けば幼い頃からここで暮らしていても迷う』と称される程複雑な作りをしている。

「何が結婚や……アホらし」

 そうは言ってもウチは商売人の娘や。それこそ、今の身長の半分ぐらいの頃からお使いでこの街をうろちょろしてたんや。今更カトで迷う事やこない。

「あーあ。つまらへんな~」

 小さな頃は『大きくなったらマリアはウチの女商人やな!』言うて笑ってはったお父ちゃんは、何時の頃からかウチの顔を見ると『はよう結婚し!』言うて、そこらの街のオヤジみたいな事を言う様になってた。

 ……お父ちゃんの気持ちも、分からんでもない。

 ウチの家、サーチ家が経営している『サーチ商会』は、カトでも結構大きめな商会や。カト十二商会の一つでもあるし、ウチの兄ちゃん、ベロア・サーチは若いながらも優秀な商人や言うて、カトの評判になっとる。

「……後はウチが……せやな、リグヴェート辺りにでも嫁げば完璧やろな」

 リグヴェート家はカト商人の一つで、主に香辛料の商いを得意にしとる商会や。サーチ商会は何でも扱ってるけど、どちらかと言えば香辛料なんかの生活品の分野は弱い。足りないモノは金を出して賄うのが商人の常識やけど、もし『金』を出さなくても賄える……例えば『血縁』があればどないやろ?

「ウチとリグヴェートはんとこのボンで子供作ったらお兄ちゃんの甥っこやもんな。そら、少しぐらいは融通してくれる思うわな~」

 そんなに甘くないのは百も承知だが、赤の他人よりは自分の妹の嫁ぎ先の方がお兄ちゃんも心やすいやろうし。

「……ほいでも、そんなん面白うないもんな」


 そんなの……ほんま、つまらんやん。


 確かに……結婚して、夫を支え、子供を産み、育てる。なるほど、可愛い奥さんにでもなって旦那様の帰りを待つ貞淑な妻なんて言うのもええのかもしれへん。しれへんけど……

「ウチのキャラや無いわな」

 はーっと一つ溜息。ほんま、ウチのキャラやないわ。

「……お! おーい、マリア! マリアやないか! 何してんねん!」

 テンションガタ落ちで街をとぼとぼ歩いていたウチにかかる声。そちらに見れば幼い頃から見慣れたツレの顔があった。

「なんや、カイトやないか。もうかりまっか?」

「ぼちぼち……やないな。ウハウハや」

「……そうかいな」

 カイトの実家はカト十二商会の一つ、アステカ商会を営んではる。宝石の商いを主にしとって後継者であるカイト自身、結構な目利きや。

 ……まあコイツの場合、単に酒場のお姉ちゃんに自慢がしたいが為に目利きの腕をあげたって変わりモノやけどな。好きこそ物の上手なれ、とはよう言うたもんや。

「ホレ、こないだウェストフェリアの姫さんが結婚したやろ?」

「……ああ。あったな、そないな事も」

「『高価な宝石など要りません。ただ、毎日愛の言葉を囁いて下さい』言うた言うて、若い子えらいきゃあきゃあ言うててな。まあ、そうは言うても女の子は光モノが好きやろ?」

「ウチはサバの方が好きやけどな」

「光モノやけどな、それも。まあとにかく目ん玉飛び出る様な高い宝石は売れんでも、そこそこの値段のがよう売れるんや。いや~、お姫さまさまやな~」

「……そうかいな」

「おう! ウチんとこ、今度また支店だすねん」

「そらエラい剛毅な話やな。そないに儲かってんか?」

 商会が支店を一個出そうと思うと、結構なお金がいる。ウチらの界隈では『みかじめ料』言うてるそれは、街の規模にもよるんやけど……まあバカ高い。それこそどっかの国の王都に出そうと思うと相当しんどい思いをして働かなあかん。

「なんや、マリア。お前、知らんのかい?」

「何を?」

「テラや」

「テラ?」

「ロンド・デ・テラ。フレイムにある港街の」

 ……どこや、そこ。

「お前な……商人の娘の台詞やないぞ、ソレ」

 そないな事言うたって……知らんもんは知らんもん。

「まあ、ええわ。ほな覚えとき? テラ言うのはな……」



◇◆◇◆◇◆◇◆



「お父ちゃん!」

 街でカイトと別れ、肩で息をする程走って家に帰り、お父ちゃんの書斎の部屋のドアを力一杯開ける。

「……何や、騒々しい」

 執務机に掛けながら、お母ちゃんの淹れた紅茶を飲んでいたお父ちゃんが、『五月蠅いのが帰って来た』と言わんばかりに面倒くさそうな目を向けてくるも、そないな視線も関係ないほど、ウチは興奮していた。

「お金! お父ちゃん、お金貸して!」

「……帰って来て早々金の話かいな。何や? 何か欲しいモノでもあるんかいな?」

「そや! 欲しいもんがあんねん! でもウチの手持ちじゃ足りへんのや! お願い、お父ちゃん! お金貸して!」

「……お前、がっつり溜めてたやないか。それで足りへんって、どれくらい高いモンやねん。まあ、少しぐらいなら融通してもええけど……ほんで? なんぼ足りへんのや?」

 そう言って、机の上の書類に目を通しながら紅茶を口に含むお父ちゃん。

「白金貨一万枚!」

「ブーーーーーー!」

 お父ちゃんが、ウチの言葉に紅茶を噴きだした。うわ、ばっちい!

「『ばっちい!』やないわ! おま、白金貨一万枚って何やねん! 家族四人が何年暮らせる思うてんのや! なんや! 島でも買うんかい!」

「島ちゃう! これや!」

 お父ちゃんの執務机に、カイトから貰った紙きれを叩きつける。

「なんやこれ……『テラ支店開設のご案内』……テラ? テラ言うたら……あれか? 前のフレイムの王様の娘が治めてるところかいな?」

「そうや! 今のフレイム王のお姉ちゃんが治めてる街や!」

「王様のお姉ちゃんが治めてるって……お前な? この街で店を出すのに幾らかかるか知ってるか? 年、三千枚やぞ?」

「それがどないしてん?」

「常識で考えてみいや! カトやぞ? ソルバニア三大商業都市の一つ、カトですら年に三千枚や! それがフレイムの、それも王都でも何でもない、テラなんていう片田舎で一万枚やと? アホか!」

「アホはお父ちゃんや! よう見てみ! 年に一万枚やない! テラに店を出すのはタダや!」

「……なんやと?」

「テラではお店出すのはタダや! 一万枚は預託金、十年間置かな返って来んけど、ちゃんと帰ってくる金や! しかも十年後には一万枚が一万百枚になって返ってくるんやで!」

「……」

「土地も建物もタダで貸してくれるんや! それでお金を預けたら十年後に返ってくる! お父ちゃん、フレイムでも店出したいって言うてたやん!」

「……」

「な、お父ちゃん? ウチ、一生懸命やる! テラでお店を大きくする! せやから一生のお願いや! お金、貸して!」

「……」

「……お父ちゃん?」

「……あかん」

「何でや!」

「当たり前や。よう考えてみ? まず、店がタダで出せるやなんて話が巧すぎるやろ? 税金貰わんでどうやって儲けるねん?」

「ぜ、税金はある。あるけど、儲けに応じて払うんや! せやから、店出しただけでお金取られる様な事は無いんや!」

「ほんまにそうか? お前は十年後に返ってくる言うてたけど、それは絶対に返ってくるんか? 預けるだけ預けて、とんずらされたらどないするねん?」

「で、でも、土地も建物も貸してくれるんやで? 最悪、それの権利を主張したらええやん!」

「テラみたいな辺鄙な所に土地と建物があっても何の役にもたたへんわ。お前、一万枚で売る自信あるんかい?」

「それは……ないけど……でも、カイトんとこも出すって!」

「余所は余所や」

「お父ちゃん!」

「ええか、マリア。一万枚は安うない。お父ちゃんやお兄ちゃんが汗水垂らして働いて溜めた金や」

「……そうやけど……でも」

 ……あかん。泣きそうや。

「……なあ、マリア? お前もそろそろ身を固めたらええやないか? 確かにお前には商才があるんかもしれん。しれんけど、お前かて女の子や。結婚は女の幸せやろ?」

 そう言って、執務机から立ち上がりウチの肩を叩くお父ちゃんが滲んで見える。ちゃう……ちゃうんや、お父ちゃん。

「……女の幸せなんて……いらへん」

「……マリア」

「ウチは! ウチはマリア・サーチや! カト十二商会の一つ、サーチ家の娘や! 商人として、商いを志す者として、ウチは女の幸せより、『商人の幸せ』を取りたいんや!」

「マリア! お前、ええ加減にせえ!」

「何や! お父ちゃんなんてだいき――」

「……何や、二人して騒々しい」

 不意に、ドアの端から覗く端正な顔に喉まで出掛けた言葉を押し込む。

「……ベロア」

「……お兄ちゃん」

「近所迷惑やで。喧嘩は余所でしてんか」

 眠そうにあくびを一つ。『ベロアは橋の下で拾うて来た』と言われる程、お父ちゃんともお母ちゃんとも似ていない、男前な顔。ウチのお兄ちゃんで、サーチ家の次期当主である兄、ベロア・サーチは面倒くさそうな顔でこちらを見やる。

「……そや、ベロアも言うてやりや」

「何をや?」

「マリア、テラで店出したい言うんや。しかも白金貨一万枚持って。どう思う?」

 お父ちゃんがお兄ちゃんにそう言って話を振る。

「……」

 ……あかん。お兄ちゃんは、お父ちゃんより厳しい。絶対、あかんって言いはる。

「……ええやん、別に」

 ほら。やっぱり、こうな――

 ……。

 ………。

 …………は? ええやん?

「お、お前まで何言ってんのや、ベロア!」

 慌てるお父ちゃんの声に、自分が聞き間違えたのでは無い事を悟る。え、ええ? ほんま? ほんまに?

「こないだの会合でも噂になってたんや。なんや、テラがおもろい事してるって。ウチん所でも少し様子を見に行かそうと思ってたんやけど、マリアが行くんなら丁度ええ。お前、テラに行って商売してみい」

「お、お兄ちゃん! え、ええの? ほんまにエエの?」

 う、嘘みたいや! ほんまにエエの?

「お前が簡単に結婚出来るとは思えへんし、ココにおっても悪い評判しかたたへんやろ。ほなら余所でやって見たらええ」

 そう言って、眠そうな眼から一転。真剣な目を向けるお兄ちゃんに、思わずウチも居住まいを正す。

「……そうは言うても、テラの領主はほんまもんのお姫様や。一万枚の預託金も、一万百枚にして返してくれるやろ。つまり、ウチの商会としては十年後に白金貨百枚、儲かるって事や」


 でもな、と。


「お前が寝かした白金貨一万枚。十年あったら俺なら倍にしたるわ」


 ……それは、兄として、サーチ家当主としての言葉ではなく。


「……さて、一体お前は何倍にして返してくれるんや?」


 ……一人の『商人』としての、言葉。


「……ウチならお兄ちゃん、一万枚を十倍にしたるわ!」

「……そうか。ほな、楽しみにしとるわ」

 そう言ってサーチ家の兄妹は二人でニヤリと『嗤い』あった。



 ……お父ちゃん? お父ちゃんは『もうワシの時代は終わったんやな……嬉しい様な、寂しい様な気分やわ……』言うて、隅っこの方で拗ねてたわ。



経済マメ知識④

タックス・ヘイブン

無税、或いは低税率の国や地域の事。『ヘイブン』とは天国ではなく、避難所の事。税金天国では無いので悪しからず。

見るべき産業が無い国や地域が使い、企業誘致する手法の一つ。オフショア地域と混同されがちで、まあ色んな考え方があるが、別に混同しても問題無いと疎陀は思います。

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