3-3 [Doubts]
1カ月と言ったのに・・・
結局遅れちまった。
ほんとに申し訳ございませんっ!!
お詫びに、2節連続でお送りします!
PM.5:00 アメリカ アレンタウン
「……1年ぶりか。相変わらずだな……」
静かな夕方の町を走るタクシーの中で、修羅は呟いた。
ニューヨークから南西に離れた所に位置するこの町の風景は、住宅などの建物が少なく、もうすぐ暗くなるせいか、人気もない。大戦前はこれほど寂しい感じの町ではなかったらしい。コンクリートで舗装されていない道路はとても粗く、タクシーはガタガタと揺れていた。
「以前に来たことがあるの?」
修羅の隣に座る華奈が問う。黒の裾フリルの上にブルーのワンピースで、夏場を感じさせる服装だ。
このアレンタウンは、温帯の日本よりも少々気温の高い所に位置しており、比較的暑い。修羅に至っては、白の七分袖シャツにカーキのカーゴパンツ姿だ。
「ああ、仕事の関係でグレンさんと俺たちが組むことになったんだ。その時、グレンさんのアジトに泊めてもらったんだ……元気にしてるかな、あの人たち」
「あの人たち?」
「グレンさんのグループ、『FORTUNES』は4人『グループ』……いや、『家族』と言った方がいいな。本当に皆、仲が良くてな」
微笑みながら修羅はそう言い、ポケットから1枚のメモ紙を取り出した。
『 PM.6:00にグレンのアジトで合流しよう。内容はそこで説明する。
先に行く。
キースより』
メモには、無骨だが綺麗な字でそう書かれていた。
(……あっさり認めたな……)
グレンはメモを見つめながらそう思った。
これまでの事からして、キースは修羅に何か隠し事をしていることは明白だ。ただ、それは修羅の直感からの結論であり、それを言い切る証拠は無い。
少なくとも、『S・E』絡みに違いない。
そして、もう1つ気になること――
(ニューヨークの『S・E』強奪事件……)
ニューヨークに位置する『S・E』保管庫で起こった事件のことだ。
『S・E』は、世界平和維持機関『RURER』によって管理されている。輸出入のバランス、生産源地、発電施設に至るまで管理が及ぶ。
ニューヨークには、国連の施設と一緒に、『RURER』の本部施設がある。ニューヨークに用があるとなれば、強奪事件の件に関わることかもしれないと修羅は考えたのだ。
だが、何故だ?
何故そんなことをする必要があるのか?
もしそれが誰かからの依頼だとしたら、それを単独でやる理由もわからない。
「キース……何を考えてるんだ……?」
静かに呟き、再び窓の外を見た。
PM.5:10 アレンタウン郊外 『FORTUNES』アジト
「修羅~!」
アレンタウンの郊外に位置する2階建てのログハウスに着くなり、明るい声が2人を出迎えた。玄関に1人、こちらに手を振っている女性がいた。肌の色は日焼けしたように浅黒く、身長は高い。グレンと同じぐらいかもしれない。服装は、ノースリーブの白シャツに青ジーンズ姿で、漆のように黒光りする長髪をポニーテールに纏めている。
「Long time no see,Ms.Fiona.(お久しぶりです、フィオナさん)相変わらずお元気そうで」
「また会えて嬉しいわ」
英語と日本語を混ぜて、女性――フィオナは嬉しそうに修羅と挨拶を交わし、握手をした。
「フィオナさん、この子がウチで預かっている華奈です」
「Oh、あなたが?」
修羅に催促され、フィオナが満面の笑顔のまま華奈に向いた。
「は、初めま……あ~いや、ナイストゥーミーチュー……でよかったのかな……?」
戸惑いながら、華奈は下手な英語の発音で挨拶をした
実は華奈、英語は昔から大の苦手である。発音から見ても、それは伺えるだろう。
「あはは。英語じゃなくても大丈夫よ。あたし、日本語も話せるから」
と、微笑みながら華奈に寄り、手を差し出した。フィオナの言葉に安堵を感じた華奈は、その手を握った。
「フィオナ・メルティオよ。宜しく」
「は、はい……華奈です」
華奈は敢えて名字を言わず、フィオナに微笑み返した。フィオナの笑顔が、一層強くなる。夕焼けの光が、その笑みを強調した。
「……キースたちは?」
と、修羅が周りを見渡しながら訊いた。そういえばキースがいない。
「ああ、キースならグレンと一緒に出かけたわ。6時までに帰る、って言ってたわ」
「……そうですか」
と、さっきよりもトーンを下げて修羅は応えた。
「……修羅、どうかした?」
心配になった華奈は修羅に声を掛けた。
「いや、なんでもないよ……それより、早く荷物を運ぼう」
と、開き直った修羅はスーツケースを担ぎ直し、フィオナに導かれて家に入っていった。華奈も、修羅の様子に疑問を抱きつつも、続いた。
「よっ。来たぜ」
と、修羅は家の一室に顔を出し、そう言った。
部屋はそれなりに広く、床には無地の黒い絨毯が敷かれている。置かれている家具はというと、ベッド、テーブルとイス一組、クローゼットと、必要最低限なものしか置いていない。『家具』だけは。
壁を見てみると、全体を埋め尽くすかのように、無数の拳銃、ライフル、重火器等が壁に掛けられていた。さながら、ガンショップの様だ。
「……修羅か。なんの用だ?」
部屋には、椅子に座ってライフル――AK-47の手入れをしている少年が1人いた。
髪はコントラストが低い茶色のショートヘアーで、色白な弱々しい肌とは裏腹の筋肉が程良くついた体格が特徴だ。上は緑のタンクトップに、下は緑と黒の迷彩色のカーゴパンツ姿であり、まるで軍人のような雰囲気を醸し出している。鋭い目つきがそれらを助長している。
「相変わらずの無愛想さだな。少しは歓迎してくれてもいいんじゃないか、ラス?」
「うるさい。今取り込み中だ」
と、ぶっきらぼうに少年――ラスティー・オリビアは言い放った。
「ん?よく見たらそれ、AKMSじゃないか」
ラスティーが手入れをしているアサルトライフルを覗きこみ、修羅は感嘆の声を上げた。
AK‐47アサルトライフルは、開発後も様々な改良が加えられたために多くの銃を生み出していた。AKMSもその1つだ。特徴的な点はそのフォルムである。後ろの銃身が折りたたみ式になっており、銃身をしまえばサブマシンガンのように扱うことが可能だ。また、元のAK‐47よりも軽量化されている等の改善が加えられている。
「M4のカービンカスタムはどうした?前はあんなに馴染んでたのに」
「あれも良かったが、やはり生まれ故郷で作ったのが一番だ」
ラスティーはクロスをテーブルに放り、置いてあったマガジンをAKMSに装填した。セイフティを外し、コッキングをして弾丸を薬室に送り込む。
「で、何の用でここに?」
立ち上がりながら修羅に問い、窓の外を見渡す。外は一面広い草原で、所々に人型の的が立てられていた。
「キースが『RURER』から依頼を受けて、ニューヨークに飛ぶなんて抜かしてな……お前、何か知ってるか?『RURER』からの依頼について」
修羅は壁に掛けてある銃を眺めながら、ラスティーにそう訊いた。
「知らんな」
即答だった。
「そんな依頼はグレンからも聞いていない」
と言いつつ、ラスティーはAKMSの後部の銃身を肩に当て、窓の外に向けて構えた。そして、フロントサイトとリアサイトに的の頭部を合わせ――引き金を引いた。
通常、アサルトライフルはフルオートであるため、トリガーを引いている間は弾が連続して発射される。だがラスティーの場合、フルオートではあるが、トリガーを引いては放し、また引いては放しと繰り返している。この撃ち方は、アサルトライフルの命中精度を上げるための技である。フルオート射撃は、反動で照準が動いてしまい、命中率が下がる欠点がある。だが、この撃ち方なら、反動を連続して受けることなく、間隔が短ければほぼフルオートに近い射撃が出来る。余談だが、慣れれば無駄撃ちも抑えられ、弾の節約にもなる。
1発1発、弾を鉄板の頭部に当てて倒していく。
「じゃあ、ニューヨークでの『S・E』強奪事件は?」
ガギィン!!
残った最後の的が、倒れなかった。頭部の側面が、僅かに抉れている。
「……」
「知ってるんだな?」
「……ああ。もうすでに犯人は確保したと言っている……『表』ではな」
「『表』では?」
ラスティーはAKMSの銃口をやっと降ろし、マガジンを取り外した。セイフティをかけ、テーブルに置く。
「事件は、まだ解決されていない」
「!?」
「それどころか、事件発生から3ヶ月が経った今でも、足取りすら掴めていない状況だ」
「……」
修羅は驚きを隠せずにいた。
事実の隠蔽も、3ヶ月経った現時点でも手掛かりを掴む事が出来ずにいるのは初めて知った。
「担当の部署は?」
「治安維持軍の捜査部だったが、先月に『RURER』の特捜部に捜査権が委託された。事件解決の報道がされたのは、今月の初旬だ」
「『RURER』の特捜部って……かなり危ないことになってそうだな」
『RURER』にも様々な部署がある。その中でも、特捜部は主要部署の1つだ。特捜部は、民間に公開できない事件の捜査を担当する、いわゆる『秘密警察』のようなものだ。
この事件を特捜部が引き受けたということは、事件の深刻さを暗示していた。
「……キースを疑っているのか?」
「!?」
ラスティーに図星を突かれ、修羅は動揺した。
「……どうしてそう思う?」
静かに訊いた。
「なんとなく、だ。今までの話からして、疑っていると判断しただけだ」
「……」
修羅は諦めたようにため息をついた。
「ああ、そうだ……今のあいつは、疑わしい。俺に何か隠している……何故だ」
「教えてやろうか?正解かどうかは保証しないが」
ラスティーは椅子に座り、修羅を見据えた。鋭い視線に、修羅は身じろいだ。
「あいつには出来て、お前には出来ないことだからだ」
「……何だと?」
「つまり、お前は『足手まとい』なんだよ」
「ふざけるな!」
ドン!と、テーブルを叩いて修羅は怒鳴った。
「俺が『足手まとい』だと!?あいつとは2年間一緒に仕事をしてきた!あいつに迷惑を掛けたことなんてない!!」
チャキ……
「うるせぇ」
ラスティーの一言に、修羅は黙った。
それだけではない。
手に握られている拳銃――マカロフが、修羅に向けられていた。
「人の話は最後まで聞け」
「……」
黙り込んだのを確認し、ラスティーはマカロフを降ろした。
「……『足手まとい』は少々言い過ぎだったな……だが、2年間やってきたからこその判断だと思う」
「……どういうことだ?」
「さぁな。そこはお前が知ってるんじゃないか?」
ラスティーはそう言うと、「飲み物持ってきてやる」と言い残し、部屋から出た。
「……んなこと、知ってたら苦労はしねぇよ」
修羅は静かに毒づき、椅子に乱暴に座った。
今の修羅には、答えを出すことは出来なかった。
「へぇ~、フィオナさんは日本出身なんですか」
「そうよ。両親の知り合いの医者の病院で生まれて、8歳の頃まで日本にいたわ」
華奈の日用品を詰めたスーツケースを、華奈とフィオナが両端を持って階段を上がりながら、フィオナは頷いた。
「日本語が上手なわけですよ」
「そういうこと……はぁ、重―い!」
階段を上がり終え、息をつきながらケースを降ろした。
「この部屋を使って。今は使っていない所だけど、綺麗にしといたから」
フィオナが扉を開けた部屋は、言った通り綺麗にされていた。
1人部屋にはちょうど良い広さで、ベッドとクローゼット、勉強机にはもってこいなログデスクが置いてあった。
「前まで『娘』が使ってた部屋なんだけどね。狭いから、隣の部屋に移せって、うるさくって」
口を文字通り尖らせて、フィオナは不満な声を上げた。
「『娘』さん?」
フィオナの言葉に、華奈は反射的に反応した。
そうだ。確かもう1人いたはずだ。
「アーニャのことよ。私達の養子。あの子なら隣の――」
「あっ!来たのね!!」
と、そこに一段と元気な声が割り込んできた。
声のした方向に華奈が振り向くと、1人の少女が隣の部屋から半身を出していた。
桜のようなピンクの髪をツインテールに纏めており、顔も小柄な感じだ。大きな目がとても可愛らしい。青のオーバーオールの下に白色の半そでシャツを着ており、服装だけで彼女の快活さ、明るさなどが目に見える。
「あなたがアーニャさん?私は――」
「ちぇいやー!!」
ガバッ!!
と、部屋から出るなり、少女アーニャは華奈に電光石火の如く駆け寄り、首に抱きついてきた。こうして見ると、身長は低い。華奈の首にしがみついている今の状態で、足が華奈の膝の少し下辺りまで浮いている。立つと、華奈の胸辺りに届くくらいだろう。
「ふぇぇ!?」
「あたしアーニャ!アーニャ・メルティオだよ!!アーニャって読んでね!!」
華奈の絶賛成長中の双丘に顔を埋めながら、アーニャは自己紹介した。
「ちょっ、アーニャさん!?くっ、苦しぃ……」
「ア~ニャ。はしゃがないの」
と、フィオナが助け舟を出してくれ、アーニャの頭を軽くチョップした。
「はうぅ……」と言いながら華奈から離れた。頭を両手で押さえて痛そうに見せる。
正直、結構苦しかった。力も見かけによらずあるようだ。
「は~……」
「ごめんごめん。つい癖で……」
と、アーニャは心配そうに声を掛けてくれた。
「い、いえ、大丈夫ですよ」
と、微笑みながら華奈が応えると、アーニャも笑顔で返してくれた。
「華奈です。よろしくお願いします」
手を、フィオナがさっきしてくれたように、差し出す。
「よろしくね!」
両手握り返し、アーニャは元気よく応えた。
「自己紹介はいいかしら?じゃあ、私は夕飯作るから、部屋で休んでて」
そう言い残し、フィオナは階段を下りて行った。
「は、はい。ありがとうございます」
遅れながら、華奈はお礼を言った。フィオナは振り向かず、手を上げながら去って行った。
「荷物置いたら、あたしの部屋においで!面白いのを見せてあげる!ああそれと、敬語はいいからね。あたし、年下だし」
「年下?」
「うん。今15歳。今年で16歳だよ」
「ええ!?その年でここに!?」
「うん。普通にグレンたちのサポートとかやってるし。先日なんか、国連のデータベースにハッキングしたんだ」
笑いながら自慢げに言い張った。言ってることは大変恐ろしいことだが。
「……アーニャも、ここに保護されてるの?」
「うーん……保護というより、家族の1人になったって言った方がいいかな」
「家族に?」
「うん。みんな、あたしを家族みたいに受け入れてくれる。だから、あたしは保護されているなんて思ってないわ」
アーニャは笑顔を絶やさず、嬉しそうにそう言った。
「家族、か……」
家族。
それは、華奈が捜しているものであり、キースたちの元に入った理由でもある。でも、アーニャは、保護された経緯は知らないが、今一緒にいる人たちを、家族と思っている。
それなら、華奈はどうなのだろう?
今、時を共にしているキース、修羅は、華奈にとって何なのか。
(何なのだろう、家族って……)
アーニャの置かれている環境も家族と言うなら、華奈もまた、彼らを家族と言えるのだろうか?
家族って、本当に何なのだろう?
そう思っていた時、外にガラガラと、車が入ってくる音がした。
「で、何処に行っていたんだ?」
「……ただの『下見』だ」
修羅の問いに、キースは静かに応えた。
アジトの外にあるベンチにキースが座り、その後ろに修羅が背中をキースに向けて立っている。
「……内容、聞くか」
キースが訊いてきた。
「ここまで来て帰る奴がいるかよ。さっさと教えろ」
不機嫌そうに修羅は言い放つ。さっきのラスティーとの会話のおかげで、キースに対する疑問は深まっていた。
「……内容は、『RURER』本部に潜入し、指定のデータをメインサーバーから直接コピーし、それを『CRADLE』に届けることだ」
「データ……」
修羅はそこで口を止めた。
データ、となると、やはり強奪事件に関するものなのだろうか。ラスティーは、『RURER』に捜査権が委託されたと言っていた。それなら、事件と、隠蔽工作に関するデータがあっても疑いは無い。
となると、目的は事件の真相か?
「行動は明日の午後の4時半。従業員の大半が出たところを狙う」
「俺はどうすればいい?」
「主に本部の電気系統システムのハッキングなどだ。詳しくは追って伝える。俺が中に入るタイミングは――」
キースは修羅に振り向くことなく、明日の依頼の作戦を淡々と伝える。
『RURER』に関する依頼だという読みは当たっていた。だが、まだ狙いは分からない。キースの本当に目的。そして、強奪事件の真相。
分からないことは多かった。
(……それでも、絶対に知ってやる。こいつが抱えていることも、事件の真相も)
そう。分からないのなら自ら調べればいい。例え、仲間を疑うことになっても。今は、仲間のことを知ることが最優先だ。
「以上だ……いいな、修羅?」
依頼を受けた時に出る、キースのいつもの言葉。
修羅は口を開き、だが、言葉が出ず、ただ「ああ」と言って、家に戻って行った。