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第七話 フルコース争奪体力テスト
「はい、次は腹筋二百回! 制限時間は十五分!」
「オス!」
「はい!」

 昼下がりの気持ちの良い日差しの下で、ヴァンとヒューゴは汗だくになりながら腹筋運動をやっていた。フラディオが木でできたボードを片手に、二人に指示を送る。その隣では、レラが時計をじっと見ていた。

「っしゃあ! 二百回終わったぜ!」
「ヴァンの記録、十一分と三十二秒」
「ふむ、ヒューゴは?」
「只今百五十を超えたとこニャ!」

 ヴァンが終わったことを聞いて発破をかけられたらしい、数を数えるレモン色のナタリーの隣で、ヒューゴのピッチが上がった。

「お、終わりです!」
「ヒューゴの記録、十二分と三秒」
「うぅ、十二分切れなかった〜」

 悔しがるヒューゴの隣で、ヴァンがガッツポーズを取る。

「晩飯のデザート、オレの勝ちだな!」
「うぅ、楽しみにしてたのに〜」
「バーベル上げの魚料理はそっちのモノだろ?」
「……その前の腕立ての肉料理と反復横飛びのスペシャルドリンクは、そっちのモノじゃないか」
「まだ砲丸投げの前菜と外周マラソンのスープがあるじゃん」

 小さくため息をつくヒューゴを、ヴァンは笑いながら励ます。ヒューゴはそれでもまだ残念がっていた。



   ◆



 事の発端は、昼食での会話だった。ピコが二人とナタリーの歓迎会として、今夜の食事を豪華なフルコース仕立てにすると言ったのである。

「ふるこーす?」

 聞き慣れない言葉に、ガブリブロースとシモフリトマトのサンドイッチを頬張りながら、ヴァンが首を傾げる。すると、白色のファーが助け船を出した。

「時間を置いて、一品ずつ料理を出すことですのニャ。格式ある場所や、パーティーなどでよく振る舞われる料理の出し方ですニャ」
「ふ〜ん」
「一応、サラダはセルフニャけど、その後、スープ、前菜、魚料理、肉料理、そして最後にデザートの順番を考えていますのニャ。スペシャルドリンクもご用意してますのニャ」
「おぉ〜、何かわかんねぇけどスゴいな!」
「かなり本格的ですね」

 ヴァンとヒューゴが手放しで褒めると、ピコは気を良くしたらしく、ニコニコ顔で、腕を奮うから楽しみにするニャ。と言った。
 すると、ピコの隣でコーヒーを飲んでいたフラディオが、ふむ。と何かを思案するように呟く。

「……二人とも、それなら争奪戦をやらないか?」
「へ?」
「争奪戦、ですか?」

 突然のフラディオの提案に、ヴァンとヒューゴは首を傾げる。斜め向こうの席で、ナタリーがレラに訊ねた。

「旦那さん。どういうことですニャ?」
「フルコースの各料理を賭けて競い合うことよ。今日は確か体力テストの予定だし、ちょうど良いんじゃない?」

 半分はナタリーに、もう半分はヴァンとヒューゴに言いながら、レラは楽しそうに笑う。それを聞いて、ヴァンは面白そうに答えた。

「やろうぜ! 面白そうじゃん!」
「……僕は普通に食べたいですけど」

 一方、乗り気になれないヒューゴは、困ったように頬を掻いた。すると、フラディオがボソッと呟く。

「参加しないのなら、筋トレの量を十倍に」
「やるやるやります!」

 フラディオの言葉に、ヒューゴは慌てて意見を変えた。フラディオは、よろしい。と笑顔で言う。

「じゃあ、一時間の食休みを置いたら、早速始めようか。レラ、ナタリー、あとファー。手伝ってくれ」
「はーい」
「了解ニャ!」
「は、はいですニャ!」

 そんな訳で、ディナーの各料理争奪戦の火蓋は切って落とされた。



   ◆



「ふ〜ん、結構意外な記録ね」

 フラディオのボードを覗きながら、レラは感心したような声を出した。その横で、フラディオも満足気に頷く。

「予想以上だ」

 そう、二人の結果は予想よりもずっと良かったのだ。
 まず、ヒューゴ。
 王立学術院で働いていたと聞いていたため、てっきり根っからのインドア派かと思っていたが、違ったようだ。何でも両親は開拓団に所属しているそうで、彼自身、幼いころから両親の手伝いで重い機材や農具を運んでいたらしい。今年で二十一になるという青年は、その歳には類稀なる重量の筋肉を高密度でその身体に秘めていた。はじめてハンマーを使ったにも関わらず、難なく扱えたという理由が、ようやく分かった。大剣やハンマー、ガンランス、それにヘビィボウガンを持たせたら、一気に頭角を表すだろう。
 続いてヴァン。こちらは同年代の竜人の少年と比べて細身の体躯ではあるが、筋肉量は負けておらず、また、まるでバネのようにしなやかであった。ヒューゴのように重たい一撃必殺の強さは持っていないが、代わりに身体のバネと持ち前の器用さを利用した戦術を取れそうだ。リオレイアの目を穿ったことから、視力や観察力がずば抜けていることも窺える。双剣や片手剣を持たせても面白いかもな。あぁ、ランスもやらせてみたい。とフラディオは思った。

「レラはどう思う?」
「んー、素質はあると思う。あとは、知識と経験でしょ」
「ん、可もなく不可もない意見だな」
「私だって、まだハンター始めて一年だし。あんまり偉いことは言えないわよ」

 レラは小さくため息をついた。しかし、その目は未知数の能力を秘めた二人を、羨ましそうに見つめる。
 そして、そんな兄妹の会話など露とも知らない二人はというと、

「うおおああぁあっ!」
「負けてたまるかああぁぁ!」

 最後の競技である外周二十周マラソンを、全く同時にゴールインしていた。ちなみに、砲丸投げはわずか五センチの僅差で、ヒューゴに軍配が上がっている。

「やるなぁ、ヒューゴ!」
「ヴァンくんこそ。あーあ、学術院じゃ一番だったのになぁ」

 ゴールしたまま仰向けに倒れた二人は、すっかり仲良くなっていた。いつの間にか、ヒューゴの敬語もなくなっている。
 レラは、それを見て小さく微笑むと、フラディオを見た。

「兄さん、本当の狙いはコレだったんでしょ?」
「さて、何のことかな?」

 レラの言葉を、フラディオはうまくかわす。それから、何でもないようにヴァンとヒューゴの元へと歩いていった。

「二人とも。走り終わってすぐに座るんじゃない。もう一周歩いてきな」
「お、オス!」
「はい!」

 フラディオに注意された二人はすぐさま立ち上がると、歩きながら先ほどの勝負の結果を語り合っていた。

「戻ったら、飯の前に汗を流すからなー!」

 後ろからフラディオが呼びかけると、二人の元気な返事が帰ってきた。



   ◆



「くぁ〜、生き返るぜ〜!」

 訓練所に隣接された露天風呂に浸かりながら、ヴァンは大きく伸びをする。その隣では、ヒューゴが首まで温泉に浸かっている。

「本当。気持ち良い〜」
「二人とも、今日はたくさん動いたからな。しっかり今日の疲れを取って、明日に残さないように」

 ヒューゴの隣で、フラディオが笑ってそう言った。二人はそれまでのお疲れモードから、一気に姿勢を正す。

「オス!」
「はい!」
「ハハハ。風呂の中でまで畏まる必要はないよ。裸の教官なんかいないさ。肩書きは服の上から着るものだよ」

 急に畏まる自分の生徒たちを見て、フラディオは笑う。その笑みは、まるで太陽のように明るい。
 よく笑う人だな。と、ヴァンは思った。まだ一日しか一緒にいないが、フラディオは笑みを絶やさない。生まれたときから笑っていそうなくらいだ。

「先生って、よく笑うんですね」

 ヒューゴもそう思っていたのか、フラディオにそう話しかける。すると、フラディオはコクリと頷いた。

「ん。これはな、親友の遺言なのさ」
「……え?」

 あまりにもあっさりとした口調で言われたので、ヴァンとヒューゴは一瞬、フラディオが何を言ったのか、理解できなかった。しかし、フラディオは相変わらず同じ口調で話を続ける。

「古竜種、テオ・テスカトル、またの名を『炎王竜』。そいつの討伐依頼で、俺の親友は粉塵爆発に巻き込まれて死んだんだ」
「…………」
「俺もその場にいてね。奴の最期の一撃を、アイツは俺を庇って一人で受け止めた。テオが死んで、アイツもいよいよ事切れそうになったとき、言われたんだよ。『笑ってくれ。ずっとずっと笑ってくれ。俺の為に泣くな。泣いたら末代まで恨んでやる』……それから、泣くのは止めたよ。笑っていた方がアイツの供養にもなるしね」

 フラディオはそこまで言うと、小さく息をついて空を仰ぎ見た。その目は、どこも見ていない。おそらく、死んだ親友を思い出しているのだろう。
 しばらくして、フラディオは二人に向き直った。

「引き返すなら、今だよ」
「……え?」

 フラディオの言葉にヒューゴが頭を上げる。フラディオの目は、真剣だった。

「今、俺が話したように、ハンターは常に死と隣り合わせだ。二人とも、技術や能力を持っているから、他の仕事でも生きていける。死ぬ確率は格段に低くなるしね」

 それでもやるかい? と、フラディオは二人に訊ねてきた。二人は考える間もなく、すぐに答える。

「やります! 僕には夢がある。そのためなら、なんだってやります」
「オレもです。この町に来るのを決めた時点で、覚悟はしています」

 フラディオは、間髪入れずに答えを出した二人をジッと見つめる。二人は目を逸らさずにフラディオを見つめ返した。少しして、フラディオの顔が緩む。

「分かった。君らは良い目をしている。俺の取り越し苦労だったね」

 フラディオはそう言うと、ゆっくりと温泉から出た。左腕に、何か鋭い牙で噛まれたような古傷が見える。

「じゃあ、明日から本格的な訓練だ。二人とも、音を上げるなよ」
「オス!」
「はい、お願いします!」

 二人がそう言うと、フラディオはまた微笑んだ。それから、そうそう。と思い出したように付け足す。

「そう言えば、今日のデザートは無しになったそうだよ」
「……へ?」

 フラディオの言葉に、ヴァンが固まった。ヒューゴも目を丸くしている。

「な、無くなったって、どういうことですか?」
「あぁ、何でも、デザートに使う予定だった熱帯イチゴを乗せた馬車が、近くでコンガの群れに襲われたらしい。運転手に被害は無かったけど、積んでた熱帯イチゴは根こそぎ食われたんだと」
「な……」

 ヴァンは言葉が続かなかった。大の甘党であるヴァンは、『ふるこーす』の中でも、特にデザートを一番楽しみにしていたのだ。

「まぁ、他の料理は大丈夫だとさ。そろそろ出来上がるだろうし、湯冷めしないうちに上がろう」

 フラディオはそれだけ言い残すと、脱衣室に戻っていった。ヒューゴもその後に続く。途中、ヴァンの横で

「残念だったね」

 と、肩を叩いてヴァンを励ましたが、その顔には明らかに安堵も混じっていた。ヒューゴが脱衣室の引き戸を閉める音が、静かに温泉に響く。

「…………ふ、ふざけんじゃねえええぇぇっ!」

 ヴァンの悲鳴混じりの叫びが温泉に響き渡ったのは、それから数秒後のことだ。


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