えー。皆さま、お久しぶりです。
大変長らくお待たせしました。
たまじゅけ、完全復活というわけではありませんが、更新です。
回想はこれにて終了です。
今回は、たまじゅけでおそらく最もえぐいシーンが出てきます。
苦手な方、ごめんなさい。
第三十九話 太陽と炎の児(後)
それは、とても幸せな光景だった。
レビィの体調が良くなり、再び狩りにも行けるようになった。村の人々とも和解でき、村から依頼を受け、レビィが火山に向かう。傍らには、今より成長した息子の一人――ティーダがいる。息子もレビィと同じく弓を背負っていた。
狩りを終えて家に帰ると、工房でもう一人の息子――ヴァンが、先日レビィたちが狩ったモンスターの素材を使って何かを造っている。それを、夫を始めとする工房の面々が、微笑ましく眺めていた。ヴァンはやがて、二人が帰ってきたことに気づくと、嬉しそうに歯を見せて笑った。自分の隣で、ティーダが優しい微笑みでヴァンに応えた。
夢に向かって歩く息子たち。それを見守ることのできる幸せ。レビィも思わず笑みを溢し、息子と夫たちに言った。
「ただいま」
◆
「ん……」
夜中、レビィは目を覚ました。それにより、今まで見ていたあの幸せな光景が夢だったことに気づいた。息子たちはまだ四歳だ。あれでは十四、五は行っていた。そんな訳がなかったのだ。
(……ちょいと残念だったなぁ)
少し残念だが、でも確かに幸せな夢だった。本当にそうなったら、どれだけ幸せかを想像し、レビィは笑みを溢した。
(……まだ夜、か……)
しかし、珍しい。レビィは滅多には夜に起きたりしない体質だ。いつもなら、一度寝れば誰かに起こされるまではなかなか起きない自分が、一人で、しかもこんな時間に目を覚ますとは。
「……珍しいこともあるわね」
誰に言うでもなくそう呟くと、レビィはもう一度眠ろうと寝返りを打った。窓の向こうに、ドーラ火山が映る。
瞬間、レビィの『千里眼』が『何か』を捉えた。
「……!?」
一瞬で目が覚めた。今まで、ハンターとしと生計を立てていた頃でさえ見たことの無かった、巨大な『何か』が火山の上空を飛んでいるのが見えた。形からして、恐らく『龍』。
「何、あれ?」
もっときちんと見ようと、レビィは窓を開け、目を凝らした。
火山に住まう飛竜種――グラビモスやリオレウスなどとは形も大きさも違う。かと言って、火山に住まうモンスターの中でも特に大きな魚竜――ヴォルガノスは、マグマを游ぐ。決して空を飛びはしない。一瞬、レビィの頭を一度だけ本で見た巨大な飛竜、アカムトルムの姿が過ったが、あれだって空は飛ばないはずだ。
得体の知れない『龍』。レビィは寒気を覚えた。
(エド……。エドを、呼ばなきゃ)
とにかく、夫を呼ぼうと窓から目を逸らしたレビィの『千里眼』が、再び意外なものを捉えた。
「……え?」
最後に視界の端に映った光景に、慌てて再び火山に目を向ける。
火山の麓を少し登った場所。そこに、頂上を目指して登る『気』が二つ。
モンスターならば、別に気にする必要などなかった。
しかしそれは確かに、ヒトの子供の形をしていた。
「まさか!」
嫌な予感がして、レビィはベッドを飛び出した。夫の部屋ではなく、息子たちの寝室にノックもせずに入る。
「…………あ」
嫌な予感が、的中してしまった。
ベッドは、もぬけの殻だった。
「そんな……!」
レビィはその場にへたりそうになるのを、何とか堪えた。いけない。あれは間違いなく息子たちだ。村の子供なら、あんな場所に子供だけで行ったりはしない。
息子たちを、連れ戻さなければ。
しかし、それを夫に頼むのは危険だった。
火山はモンスターの巣窟だ。武具を造れても扱うことのできない夫には、危険すぎる。何より、頂上付近には得体の知れない『龍』がいるのだ。そんな場所に、夫を行かせるわけにはいかなかった。
レビィは、踵を返した。自室に戻り、ベッドのすぐ脇にある棚から小さな袋を取り出す。中には、漆黒の丸薬が入っていた。
「…………」
以前、ドーラ火山にある隠れ里の長老である老メラルーから夫たちに内緒で貰った丸薬だ。簡単に言えば、一時的に身体を騙すことができる、麻薬。どんな状態でも、これさえ飲めば健康な状態とほぼ同じ力を取り戻せる。
もちろん、その副作用は半端なものではない。老メラルーも、できることなら使わないように。と、レビィに強く念を押していた。
(オジジ様、ごめんなさい)
しかし、レビィはそれを破ることにした。今は自分の身体を一番大事に思っている余裕などないのだ。
レビィの脳裏に、今日の昼間にヴァンが言っていた言葉が思い出される。
ティーダが狩ったモンスターの素材で、ヴァンが武具を造る。いつか、二人で『神の手』と謳われる高祖父――ジン・ドラグニルを超える。
それが、あの二人の夢なのだ。
母として、それを今、得体の知れない『龍』によって潰えさせる訳には行かなかった。
レビィは、一気に丸薬を飲み下した。
◆
火山の麓から少しだけ登った場所。ヴァンとティーダは小さな足をゆっくりとだが確実に頂上へと進めていた。
左手に昼間に磨き上げたばかりの水晶を持ち、右手を自分の左手としっかり繋ぎ合ったヴァンの後ろを歩きながら、ティーダは火山に起きている『異変』に首を傾げていた。
(どうして、モンスターがいっぴきもあらわれないんだろう……)
ティーダは、母・レビィの持つ『千里眼』を受け継いで生まれた。母から少しだけ使い方を教わっていたティーダは、自分たちの周り――少なくとも半径一キロ以内にモンスターが『一匹も』いないことを捉えていた。
(おかしい、おかしいよ……)
言いようのない恐怖が、幼子の心に纏わりついていた。ティーダだって、この火山がどのような場所かは知っている。ハンターがモンスターと死闘を繰り広げる『狩場』なのだ。常にモンスターが自分の命を次代へと育むために自然の脅威と戦い続けている場所。そんな場所にモンスターが一匹もいないという『違和感』は、少しずつティーダの心を蝕んでいた。
(でも、じゃああれは……?)
だが、ティーダの『千里眼』は、自分たち以外の存在を一つだけ、捉えていた。
はるか上空、まるで二人を見下ろすようにしている『何か』。それをモンスターと呼ぶべきかどうか、何故か躊躇ってしまう『何か』が、いた。
「ねぇ、ヴァン。やっぱりかえろう……」
おそるおそる、ティーダはヴァンにそう提案した。すると、やはり予想していた通り、険しい顔をしたヴァンがティーダを振り向く。顔は自分とそっくりなのだが、どこか怒ったときの父や高祖父を連想させるような激しい瞳で、ヴァンはティーダを睨んでいた。
「なんだよ! ここまできたのに、のこのこひきかえすっていうの!?」
「で、でも……」
必死に自分の感じている“恐怖”を説明しようと口を開くが、言葉が出てこない。幼いティーダは、今抱える不安をうまく表す言葉を見つけられないでいた。
そうこうする間にも、二人の足は頂上へと向かっていく。既に火山の中腹を過ぎた今、ヴァンの意識は頂上へと向かうことにのみ向けられているように見えた。
(……早くお祈りを済ませて、家に帰ろう)
結局、片割れを止める術を持っていなかったティーダは、そう結論づけた。
早いところ頂上まで登り、神への祈りを終わらせる。モンスターのことは、常に『千里眼』で見ておけば、ある程度の対処を取れるはずだと。
だが、彼は知らない。
その結論こそが、彼の人生を完全に狂わせることになることを
◆
「……は?」
ドラグニル工房で、ヒューゴが信じられない。とでも言いたげな顔で、エドガーを見ていた。隣にいるアレンも、似たような顔をしている。
「その話、本当なんですか?」
「あぁ。君たちの話す『龍』が、私の記憶にある『龍』と同一の存在なら、それはレビィとティーダを殺した『龍』だ」
火山の麓の近くで、成す術なく下山したヒューゴたちは、火山にやって来たエドガーと落ち合った。
その後、二人の話を聞いたエドガーは、二人を工房に戻し、十二年前に起こったことを話したのである。
「あの紅い『龍』、一体何なんだよ!? 一応おれだってハンターだ。現在確認されている飛竜なら、頭には入れてある。でも、あいつは初めて見た。未確認のモンスターが、十二年前に一度現れてるってのかよ、オヤジさん!」
アレンがそうエドガーに突っかかった。アレンはハンターを始めてまだ一年と少ししか経っていないが、ミミルのギルドが所有するモンスターの図鑑には一通り目を通していた。しかし、あのように後ろ足だけで直立姿勢を取る竜を、彼は一度として見たことがなかった。
それに対し、エドガーは困ったように目を泳がせた。チラリと目をやった先で、ジン・ドラグニルがパイプを吹かしている。ジンは曾孫の視線に気づくと、小さく溜め息をつきながらパイプから口を離した。
「数多の竜を駆逐させ、数多の肉を裂き、骨を砕き、血を啜り、己こそが最上であると謳いし者、最も古き『龍』に身を砕かれた。
土を焼き、鉄を溶かし、水を煮立たし、風を起こし、木を薙ぎ、炎を生み出すは最も古く、最も気高き『龍』。
その者の名は宿命の戦い。避けられぬ死。生み出されたは災厄の顕現。
天と地とを覆い尽くす彼の者は、全ての龍の祖に連なりし者。
白光、紅炎、黒鉄。
喉あらば叫べ。耳あらば聞け。心あらば祈れ。
彼らは神の代行者。罪深き者をその身に秘めし『災厄』の力によって裁く者なり……」
まるで、歌を歌うように、ジンは静かに語った。その場にいた全員が、何故か誰一人として口を挟まずにそれを聞いていた。
語り終えたジンは、それ以上自分が言うことなど何もない。とでも言わんばかりに、再びパイプに口を付けた。
ジンの口から細く紫煙が漏れる。そこでようやく、ハッとなったように、ヒューゴが口を開いた。
「今の、まさか『ミラボレアスの謳』ですか!?」
「え、ヒューゴさん。知ってらっしゃいますの?」
ヒューゴの言葉に、ピリカが首を傾げる。ヒューゴは小さく頷いた。
「学術院にいたとき、伝承を調べていた知り合いが教えてくれたんだ。かつて、大陸を統べていた王国を一夜にして滅ぼした『龍』の話……。おとぎ話や子供のわらべ歌にもある、『黒龍伝説』の一説だよ」
ヒューゴの解説に、ジンが感心したように息をついた。
「ほぉ。知っているならば話が早い。ヌシらが見た『龍』は、その『黒龍』――ミラボレアスの亜種、『紅龍』ミラバルカンじゃ」
「ミラバルカン……。はじめて聞く名前だわぁ」
ジンが示した言葉に、小さく首を傾げるのはノンノだ。他も、同じ気持ちだったらしい。アレンとピリカも不思議そうに首を傾げている。
「確かにガキのとき、兄ちゃんから黒い龍の出てくる手まり歌を教わった記憶はあるけど……。そんな名前ははじめて聞くぞ?」
「ワタクシもです。一応、ギルドの所有するモンスターの情報には一通り目を通していたはずですのに……」
「ギルドも知る情報が少なすぎて、公表するまでに至ることのできないモンスターなんす。だから、知らないのも無理はないっすよ」
聞いたことのない名前に首を傾げる一同に、レオンジがそう答える。
と、そこで、ベンケイが身を乗り出した。
「お待ちくださいニャ! では、若君とレラ殿は、そのように危険な『龍』のいる火山に、今もいるということですかニャ!?」
主君を心配し、居ても立ってもいられない様子のベンケイ。
そのベンケイに放たれたのは、あまりにも非情な言葉だった。
「いるだけではない。おそらく、ヴァンの方はそやつを追って今も火山を登っておる」
「…………」
ジンの言葉に、絶句するベンケイ。それは、ヒューゴたちもまた同様であった。
やがて、ようやく我に返ることのできたアレンがゆっくりと口を開く。
「……どういう意味だよ。それ……」
「復讐だ。ヴァンは、ミラバルカンへの復讐を考えているんだ」
エドガーの短い答え。
その答えを皆が耳にした直後、エドガーに飛び掛かる影があった。
ヒューゴだ。ヒューゴはエドガーの胸倉を掴み、激しい形相でエドガーを睨みつけていた。
「息子が復讐を企んでいると知って、山にいると確実に知っていて、貴方は何故止めに行かないんですか!」
「ヒューゴさん、止めてくださいっす!」
今にも殴りかかりそうな勢いのヒューゴを、レオンジが後ろから必死に抑えようとする。だが、ヒューゴは止まらなかった。
「子供を見殺しにする気か! 貴方はそれでも、人の親か!」
「……どうするかを決めるのは、あの子だ。私にその意思を止める権利はない」
「それ以前の問題だ! 貴方は親として、子供をみすみす見殺しにしてもいいかって」
「やめい!」
工房の中に響くジンの声。それは、決して大きな声ではなかったが、ヒューゴは何故か言葉を止めた。
ジンは再びパイプに口を付けると、一度だけそれを吸い込む。そして、ゆっくりと吐いてから口を開いた。
「お前は、命と同等の存在を、目の前で消し炭にされた記憶があるか?」
「…………」
「あの子は、ヴァンは、たった四歳だった。ただ、母を救いたいと願い、山に登ったその先で、あの子は自身の片割れと母を見ず知らずの龍に消し炭にされたのだ。そのとき、あの子が何を感じたのか、お前には分かるのか?」
「……っ……」
言葉が、詰まった。
おそらく、それを理解できるものは多くはないだろう。それから十二年間もの間、彼が何を考え生きてきたのかもまた、ここにいる誰もが知ることはできない。
やり場のない想いを巡らせる一同に、ジンが言った。
「止めに行ったところで、あの子は止まらん。それに、お前たちでは死ぬ可能性の方が遥かに高い。……今はただ、あの子を信じて待ってやってほしい」
バンッ!
ジンの言葉の一瞬後に、ドアが開いた。キィキィと情けない音を出して、ドアが前後に揺れる。
「ベンケイ!」
飛び出していったのは、ベンケイだった。ナタリーが慌ててドアを開けるが、もうベンケイの姿は見えなくなっていた。
「……くそぉおおお!」
ヒューゴは、自身の拳を工房の壁に殴りつけた。
◆
「ついたね。ちょうじょう……」
幼いヴァンとティーダは、ようやく火山の頂上に到達した。二人とも竜人の血を半分受け継いでいるとはいえ、頂上の熱気はさすがに小さな身体に堪える。額には玉のような汗がいくつも流れていた。
「はやくおいのりをしよう」
「うん……。いくよ」
ティーダの提案に、ヴァンが頷く。そうして、ヴァンは持ってきた水晶を火口へと落とした。
火口から少し離れて、二人で祈る。母の病が快方へと向かうようにと。家族が、村と仲良くやっていけるようにと。
だが、
―――――――ッ!
火口から響いた咆哮が、二人の祈りを中断させた。それと同時に、ティーダの『千里眼』が火口に潜む巨大な『影』を捕らえる。
(そんな、さっきまで、そらにいたのに!)
湧き出る冷や汗。まだこの時のティーダは知らなかったが、彼の未発達な『千里眼』には発動に要するタイムラグという大きな欠点があった。その隙に、空から火口へと『影』は移動していたのである。
二人の目の前に現れたのは、巨大な紅い『龍』だった。発達した下顎と、王冠を模したような五本の角が、『龍』のまがまがしい様子を際立たせる。
ティーダは、そのあまりの恐ろしさに、その場でへたりこんでしまった。
怖い。その感情だけが、今四歳の子供に襲い掛かる。
「ティーダ、にげよう! ティーダ!」
そんなティーダの隣で、膝を笑わせつつも何とか立っているヴァンがティーダを起こそうとその身体を引っ張る。
分かってはいた。だが、身体は言うことを聞いてくれない。
『龍』が、笑った気がした。
ゆっくりとその顎を開いていく。その奥に見えるのは、地獄の業火とも呼ぶべき火球。
死ぬ。
そう、ティーダは思った。間違いなく、自分はここで死ぬと。
きっと、罰なのだ。島の掟を破り、山へと登ったことが。
いや、もしかしたら、竜人と人間の間に生まれた子――『忌み児』として生まれてきたこと自体が、罪だったのかもしれない。
そんなことを考えているうちに、『龍』がティーダに向けて火球を放ってきた。いつの間にいたのか、『龍』の頭上に見慣れない黒い人影が立っている。
「憐れな『太陽』の児よ。愚かな村の代わりにその命を捧げるんだ」
影が言っている意味の半分も理解できなかったが、ティーダはゆっくりと瞳を閉じた。
が、突然自分の身体が吹き飛ばされ、倒されるのを感じた。
誰かが押したのか、ティーダは慌てて起き上がり、自分が先ほどまでいた場所を見る。
ヴァンが、両手を前に出した状態で、その場に突っ立っていた。
ヴァンの顔は、酷く歪んでいたが、ティーダと目が合った瞬間、彼はなんと、涙を瞳いっぱいに浮かべながらも、綺麗に笑っていた。
「……ああぁあぁぁぁああっっ!」
名前すら、呼べなかった。
手を伸ばした瞬間、火球がヴァンを喰らう。
ヴァンの笑顔を、一瞬にして喰らった。
「あぁ……、あぁあ……」
生き物が焦げる臭い。工房で当たり前のように嗅いでいたそれを、今、自身の片割れが発している。
最早原形すら留めていないそれを前にし、四歳の幼子は自分に襲い掛かる吐き気を堪えることができなかった。
吐く。
何度も。何度も。
吐くものが無くなっても、ティーダを襲う吐き気は納まろうとはしなかった。
吐きたくない。目の前にいるのは、ヴァンなのだ。片割れを見て吐くなど、あってはならない。
だが、それを幼い理性で留める術を彼は知らない。ただ、吐く自分への激しい憎悪と嫌悪感を抱いたまま、ティーダは吐き続けた。
「うぁ……、うぁああ……」
言葉にならない。
何故、ヴァンが死ななければならない。
今朝、ヴァンは夢を語ったばかりだというのに。
その夢を、共に叶えようと誓ったばかりだったのに。
ティーダが愕然としている中で、『龍』の頭上に佇む人影の双眸が、ティーダを捉えた。
「ミラバルカン。もう一度だ」
短く指示を出す声。それに応じるように、『龍』の顎の奥で再び火球が生成される。
だが、それが放たれることはなかった。
何かが風を斬る音がしたその瞬間、『龍』の左目を数本の矢が射抜いたのだ。
続けて、ティーダを守るように、人影がティーダと『龍』の間に割り込む。
「息子は……、やらせないっ!」
「……お、かあさん?」
ヴァンは、驚愕していた。
病気で起き上がることも辛い母が、ラオシャンロンの甲殻を用いた鎧を身に纏い、左手にはクシャルダオラの素材を用いた弓を携えている。
有り得ない光景だった。
「ティーダ、ごめんなさい……」
不意に聞こえる、母の声。意味が分からずに呆けていると、母は言葉を続けた。
「私がもう少し早く気づいていれば……、ヴァンは……」
違う。そう言いたいのに、言葉が出なかった。
ヴァンは、自分のせいで死んだのだ。母は悪くない。
母が、優しい笑みをティーダに見せた。
「貴方は死なせない」
強い言葉。母はそれだけ言うと、『龍』を振り返り、強く睨み上げた。
「覚悟しなさい!」
それからの戦いを、ティーダは一生忘れはしないと感じた。
あまりにも凄まじかった。はじめて見た、ハンターとしての母の顔だった。
『龍』の放つ攻撃は、一撃で人を死に到らしめるものだ。それを母は次々と避け、『龍』の見せる僅かな隙をついて矢を穿つ。少しずつ、『龍』が圧されているように見えた。
だが、タイムリミットは無情にも母へと舞い降りる。
「うっ」
小さく唸る母。その身体からは、先ほどまで感じられたはずの生気がない。力無く、膝をつく。
ティーダは知らなかったが、母はここに到達するまでに先に飲んだ秘薬の他に、鬼人薬や強走薬などの薬も服用していたのだ。その反動は、病で抵抗力を失った身体には大きすぎた。
「おかあさん……!」
力無く叫ぶ我が子を振り返る母。無意識のうちに、空いている手をティーダへと伸ばしていた。
だが、ようやく訪れた好機を、『龍』が見逃すはずもなかった。
『龍』の顎から放たれる地獄の業火。
それは正確に、母を貫いた。
「……ぁ……」
今度こそ、本当に倒される母。その手は、まだティーダに向けて伸ばされていた。
幸か不幸か、二人の間には、かつてヴァンだったものが転がっていた。母はそれに気づくと、最期の力を振り絞り、ヴァンの元まで這っていく。
「ヴァン……。私の、可愛い子……」
ようやく我が子の元にたどり着いた母は、ヴァンだったものを優しくその腕に抱き寄せた。
そして、母の瞳が、ティーダを捉える。
その瞳には、涙が溢れていた。
「守れなくて、ごめんなさい。ティーダ……」
それが、最期の言葉だった。
母はそれだけ言うと、ゆっくりと目を閉じる。
その瞳が再び開かれることは、なかった。
「ぅああ……、うぁあああああああああああああああああ!!」
火山に、幼い子供の叫び声が木霊した。
幼い願い。
あんまりに残酷な結末にしてしまいました。
しかし、彼の本当の苦悩はここからです。
『ティーダ』が『ヴァン』となった理由はもう少し後に。
伏線は幾つか張っているんですけど。
次回は現在の火山に。
頑張ります。
評価
ポイントを選んで「評価する」ボタンを押してください。
ついったーで読了宣言!
― お薦めレビューを書く ―
※は必須項目です。
+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。
この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。