初のモンスターとのバトルシーン。読みづらいかもしれません(・◇・;)
第三話 二つの戦い
ヴァンは、はじめて見る飛竜から溢れるあまりに巨大な圧迫感に、指一本動かすことができなかった。
(あれが、女王……!)
リオレイアの素材なら、何度か目にしたことがあった。父親の後ろで何度も、その甲殻の加工の難しさや、そこから作り出される武具の強さを体に染み込ませてきた。
だが、『それ』は、ヴァンの想像をはるかに超えていた。『陸の女王』と呼ばれるに相応しいその飛竜は、ヒトでは決して出すことのできない、自らをまとう鎧の凶悪な存在感を、ヴァンに見せつけていた。手が震え、足が竦む。それと同時に、今自分が抱いている夢への、あまりにも長い道のりを思い知らされた。
「はあぁっ!」
レラの力強い声に、ヴァンは我に帰った。よく見ると、リオレイアの足下でレラとナタリーが武器を構えているではないか。レラは、カンタロスの甲殻で鍛えた黒塗りの太刀『黒刀【弐の型】』でリオレイアの足を斬りつけている。リオレイアの足から真っ赤な鮮血が迸る。
「ナタリー!」
「ハイニャ!」
レラはナタリーに呼び掛けると、一歩後ろに大きく後退した。それと同時に、ナタリーがタル製の爆弾を持ってリオレイアに突っ込む。
「これでも喰らうニャ!」
ナタリーはそう言うと、爆弾をリオレイアの足下に投げた。爆弾は地に着いた瞬間に爆発し、リオレイアの傷ついた足に火傷を負わせる。リオレイアの叫び声が、ヴァンたちの耳にも届いた。
(まずい……!)
ヴァンは焦っていた。レラとナタリーの攻撃は確かに効いている。しかし、リオレイアを倒すには全然足りない。その上、リオレイアはレラたちに気付いたのか、こちらに焦点を合わせ始めた。
(このままじゃ、全員やられる!)
ヴァンは、背中の弓を手に取り、展開させた。もう片方の手で、動かない足を殴る。
(動け。動くんだ!)
そう自分に言い聞かせるが、足はなかなか動かない。それでも、ヴァンは一歩前へ踏み出した。
「ヒューゴさん、おじさんを、中へ」
「……え?」
ヴァンの隣でガタガタと震えていたヒューゴが、ヴァンを見る。そして、展開した弓を見て、目を丸くした。
「ま、まさかヴァン君!」
「オレはあいつらに加勢しに行く。このままじゃ、全滅しちまうだろ」
「でも、君の装備じゃ!」
ヒューゴは必死にヴァンを止めた。ヴァンが今着ているのは、レザーライトシリーズという、初心者が初めに装備する、防御力などほとんどないに等しい防具である。武器の弓も、駆け出しのハンターが入門用として使うものだ。はっきり言って、飛竜に挑んで無事に帰れる装備ではない。
しかし、それでもヴァンは考えを変えるつもりはなかった。
「考えがある。でも、それは弓じゃないとできないんだ」
「え……?」
「頼んだぜ、ヒューゴさん!」
「あ、ヴァン君!」
ヒューゴの制止も聞かず、ヴァンはリオレイアに向かって走り出した。走りながら、ヴァンは腰のポーチから赤色の液体が入ったビンを取り出し、弓に組み込む。
一人残されたヒューゴは、オロオロと辺りを見回した。
「と、とにかくおじさんを中に!」
まずは老運転手を馬車の中に入れようと、ヒューゴは運転席に飛び乗る。アプトノスは脅えてその場にへたり込んでいる。幸い、老運転手は体を震えさせながらも、意識はしっかり保っていた。
「おじさん、大丈夫ですか!?」
「あぁ、あぁ、わしは平気だよぉ」
「とにかく、中に入りましょう」
ヒューゴは小柄な老運転手を背中におぶさると、運転席を降り、後ろに回った。
「え……」
そこでヒューゴは、街道寄りの木立に人影があることを見つけた。その影は、真っ赤な血で濡れていた。
「そ、そこの人、大丈夫ですか!?」
ヒューゴは老運転手を座席に下ろすと、人影に駆け寄った。
◆
「せぇいっ!」
一方、レラはリオレイアに果敢に斬りかかっていた。しかし、すでに血糊で汚れた刀はリオレイアの甲殻に跳ね返され、ダメージは皆無である。
「せめて森に入ってくれれば……!」
レラは舌打ちをする。今日は故郷に帰るだけだったので、閃光玉やトラップは持ち合わせていない。隙を作れないのに砥石を使えば、リオレイアはここぞとばかりにレラたちの後ろの馬車を襲うだろう。それだけは避けなければならなかった。レラたちにリオレイアの注意を引かせ、馬車に攻撃しないように配慮をしなければならない。
「旦那さん!」
「私に構わなくていい! もう一度爆弾を!」
「り、了解ニャ!」
太刀が弾かれたのを見て、ナタリーが叫ぶ。しかし、レラは再び血糊まみれの太刀でリオレイアに斬りかかった。
突如、リオレイアが飛び上がった。そのまま体を前に回転させる。遠心力によって力が増加した尻尾の一撃が、レラを襲う。
「きゃあぁっ!」
太刀とは、大剣の派生武器で余分な刃をここぞとばかりに削り、攻撃力を上げた武器だ。大剣と違い、重い一撃は出せない分、身軽になったことで鋭く、そして疾くモンスターを切りつけることができる。
しかし、それは逆を言えば、防御において弱体化したとも言える。刃を削った分、モンスターの強い一撃を喰らえば、すぐに性能が劣化する危険性を孕んでいた。
よって、レラは尻尾の一撃を防御することができず、直撃は免れたものの、体勢を崩してしまった。そのまま風圧によって街道脇の木立まで飛ばされる。
「しまった!」
レラが舌打ちするのも束の間、リオレイアが首を上に持ち上げる。口の端から、赤い炎が漏れていた。
「やめろおぉぉ!」
レラが叫ぶ。ナタリーも止めさせようとジャンプして斬りかかるが、リオレイアの頭までは届かなかった。
レラもナタリーも諦めかけ、リオレイアが火球を吐こうとした、そのとき、
「当たれぇぇ!」
突然、リオレイアの咽喉元に、三本の矢が刺さった。リオレイアは突然自身を襲った痛みに悶え、火球を馬車ではなく空に向けて吐く。
「え?」
「な、何ニャ?」
何の前触れもなく視界に現れた矢に、レラとナタリーが目を丸くしていると、再びリオレイアの咽喉元に矢が刺さった。今度は甲殻に突き刺さるだけでなく、その皮膚をも突き破り、リオレイアの咽喉に穴を空ける。
「き、貴殿は!?」
ナタリーが矢の飛んできた方向を見て、驚いたような声を上げた。同じ方向を見て、レラもさらに目を丸くする。
そこには、矢を番えたヴァンが立っていたからだ。ヴァンは、木立にいるレラに向かって叫ぶ。
「オレがアイツの動きを止める! お前はその間に武器を研ぐんだ!」
「な、貴方、死にたいの!?」
ヴァンの提案に、レラは声を荒げる。もし、相手が熟練のハンターならば、レラは何も言わずに従っただろう。しかし、ヴァンは見る限り初心者だ。装備だって、レラのものに比べたら余りにも貧しすぎる。
しかし、ヴァンは退かなかった。キリキリと弓を引き、穿つ。今度は翼を射抜いた。
「よしなさい! 今の貴方じゃ……」
「おい、ナタリー!」
「ニャ!?」
レラの制止を遮り、ヴァンはナタリーの名前を呼んだ。突然名指しされたナタリーは、オロオロとした表情でヴァンを見つめる。
「策があるんだ。ちょっとの間、あいつを引きつけてくれないか?」
「ちょ、ふざけないで!」
レラが叫ぶ。しかし、ヴァンは真剣な表情でリオレイアを睨んでいた。ナタリーは二人を交互に見て、最後にヴァンを見つめる。
「……それは、みんなが生き残れる策かニャ?」
「あぁ、絶対大丈夫だ!」
ナタリーの問いに、ヴァンは頷いた。すると、ナタリーもコクリと頷いたのだ。
「了解したニャ。貴殿を信じるニャ」
「ナタリー!」
「旦那さん、できるだけ早く頼むニャ!」
ナタリーはそう言うと、爆弾を取り出してリオレイアに向かって突っ込んだ。ヴァンは再び矢を番え、放つ。今度は、三本同時にリオレイアの腹に突き刺さった。ナタリーが引きつけているおかげで、リオレイアはヴァンやレラの方を向いていない。ヴァンは弓から空になったビンを外し、今度は黄色の液体の入ったビンを取り出した。
「……ちっ」
レラは舌打ちをしつつ、早く戦線復帰するために砥石を取り出した。
◆
「大丈夫ですか、しっかりしてください!」
時を同じくして、ヒューゴは先ほど発見した人影を馬車の中で介抱していた。それはヒューゴたちとほとんど変わらない歳の青年で、その身にはゲネポスと呼ばれる鳥竜種の鱗と皮でできた鎧を纏っていた。怪我をして動けないでいる青年の隣には、彼の武器らしい、棘のついたハンマーが置いてある。
青年は、ガタガタと震え、とても脅えていた。
「お、俺、ランポスを、狩っていたんだ……そ、そしたら、いいきなりアイツが……」
アイツとは、十中八九リオレイアのことだろう。おそらくこの青年は、飛竜に挑んだことが一度もないのだ。そして、ここまで逃げてきたのだという。
「アイツの吐いた火が、俺の腕に当たって、俺、こ、怖くて……!」
青年はそう言うと、嗚咽を漏らし始めた。確かに、彼の右腕は酷い火傷を負っている。けがを負った青年を見て、はっきりと意識を戻した老運転手が、彼の火傷に丁寧に水をかけていた。
と、そのとき、突然外でギャアギャアと何かが泣きわめく声が聞こえた。続けて、アプトノスの叫ぶ声が聞こえる。
「な、何だ!?」
ヒューゴが慌てて馬車から顔を出すと、六匹の青い鳥竜――ランポスが馬車を囲んでいた。老運転手が、顔を出して目を丸くする。
「な、なんでここにランポスがいるだぁよ! ここはこいつらの縄張りじゃないぞぇ」
すると、今度は青年が目を丸くした。
「そ、そいつら、多分俺が狩りきれなかった奴らだ……」
「何ですって!」
「お、俺、そいつらを狩っている途中でアイツに襲われたんだ……。で、でも、俺、もう……」
青年はそう言うと、再び大きく震えだした。ヒューゴはそれを見て考える。今、ここにいて、ランポスと渡り合える可能性が例え少なくても一番高い人間、それは……。
「これ、お借りしますね」
「え?」
それは、自分だと、ヒューゴは判断した。幸い、青年の持っていたハンマーは、ヒューゴが持つのにちょうど良かった。一度だけ軽く振り、感覚を確かめる。すると、それを見た老運転手がランポスを見た時よりもさらに大きく目を丸くした。
「坊主、いったい何をする気だぁ」
「倒します。おじさんはこのまま、彼の看病をお願いします」
ヒューゴはそれだけ言うと、ハンマーを持って馬車から飛び降りた。ランポスたちが、降りてきたヒューゴを鋭い目つきで見つめる。ヒューゴは一瞬だけ身震いしたが、ハンマーを強く握りしめ、恐怖に耐える。
「うおおぉぉぉっ!」
ヒューゴは、目の前のランポスに向けて、力いっぱいにハンマーを振り下ろした。
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