ドンドルマの説明を直しました。
資料は物語を書く前に集めておくべきだと身に沁みた瞬間でした……。
そんな感じで、『たまじゅけ』記念すべき第一話目です☆
第一話 桜色の彼女
交易都市・ドンドルマ
この地方でも有数の大都市であり、さらにここ一帯の流通の中心でもある土地。かつては、その立地条件から発展が難しいと言われていたにも拘らず、国中が目を見張るスピードで発展した場所だ。
ドンドルマはこの地方をまとめるハンターズギルドの本部の他、大きな武具工房やマーケットが存在し、その名の通り、人々の生活を支える、商業の町である。
ヴァンの乗った馬車は、ドンドルマの検問を抜けると、町の端にある馬車置き場に止まった。ヴァンはすぐさま幌を捲って馬車から飛び降りる。
馬車を降りたヴァンが一番最初に見たのは、人でごった返しになっているドンドルマの広い街道だった。様々な衣服を身につけた人々が、いろいろな商品を扱った店を行ったり来たりしている。
「広っ! 人多っ! すげぇ!」
単純明快、分かりやすい感想を漏らしたヴァンは、十六歳の少年にしては子供っぽい、キラキラとした目を輝かせた。
それを微笑ましいとでも言いたげな顔で、アプトノスの手綱を外しながら老運転手が見つめる。
「坊主。ちょいとここで休憩だ。一時間したら、西側の馬車置き場に来るんだぞぇ。いいか、西側だ。間違えんなぁ」
「うん、ありがとな、おじさん!」
ヴァンはペコリと一礼をすると、アプトノスの頭を数回撫でてから、ダッシュで街へと繰り出した。
数秒して、アプトノスの手綱を外し終わった老運転手がハッと顔を上げる。
「あぁ、坊主ぅ。間違えたよぉ。ミミルは東側だぁ」
しかし、既にヴァンは街の中へと姿を消していた。
◆
ドンドルマは様々な商品を扱う大きな店が、所狭しと建てられている。武具職人だらけで、さらに工房だらけのドーラとは大違いだ。
「うわあっ。これが商業都市かぁ。どれもこれもみーんなでっかいなぁ」
ヴァンは街を見学しながら、度々感嘆の声を漏らしていた。それを見て田舎ものだと陰で笑うものもいたが、ヴァンは全く気づかずにしきりに感心し続ける。
しばらく歩いていると、ヴァンの鼻腔を嗅ぎ慣れた匂いがくすぐった。
「ん、この匂い……工房だ!」
煙突と炭の匂いを嗅ぎ付け、ヴァンは一気に走り出した。
五分と掛からずに着いた工房は、前がショーウィンドウになっていて、様々な武器や防具が飾られている。並べられている武具を見て、ヴァンはこれまでで一番目を輝かせた。
隣で武具を見ている青年がいることなど全く気にせずに、ヴァンはショーウインドウに文字通り張り付く。
「すげぇ! ドーラの武具とほとんど同じだ! 素材の味がめちゃめちゃよく出てる。やっぱりドンドルマは良い職人がいるんだなぁ」
ヴァンの実家は、昔からドーラに住まう鍛冶職人の家だ。ヴァンは工房の隅で、鉄を打つ音と溶けた鉄の熱で育った。彼自身、物心ついたときには、見よう見まねで工房の手伝いをはじめ、父や高祖父、そして工房の男たちの背中から、鍛冶の技術を教わった。背中に背負っている弓、『ハンターボウI』も、ヴァンが自分で拵えたものだ。
そんな生活を送ってきたせいか、ヴァンは武具については同年代の若者に比べてずっと詳しく、また素晴らしく目利きであった。彼は武具を一目見れば、だいたいの素材の質や量、武具としての完成度を判断することができる。
「『黒刀【零の型】』か。竜骨を基盤に、追加素材はカンタロスの甲殻に頭、あとドスヘラクレスかな。剥ぎ取り方も丁寧だし、刀身にカンタロスの素材の良さがちゃんと出てるぜー」
うっとりとした表情でショーウインドウに張り付くヴァン。彼の目の前には、黒塗りの太刀が飾られている。
すると、隣でバサバサ。と何かが落ちる音がした。
「ん?」
ヴァンが音のした方を見ると、隣で武具を見ていた青年が、しゃがんで何かを拾っていた。
本だ。それも、かなりの量の。
「わ……」
ヴァンはあまりの書物の多さに一瞬言葉を失いかけたが、青年と一緒に書物を拾い始める。
ヴァンが一緒になって拾っているのに気づいた青年は、慌ててペコペコと何度もヴァンに頭を下げた。
「あ、ご、ごめんなさい。あ、いや違うか、ありがとうございます」
青年は書物を全部拾い終えると、ヴァンに人の良さそうな笑顔を向けた。青年は、ゲネポスショートでまとめた黒髪に、ヴァンよりも大柄な逞しい体つきをしていたが、身なりから大学か研究所の人間であることが分かる。
「いや、別にいいですよ。……にしても、すごい量ですね」
「ハハハ。僕の悪い癖なんです。気になると買わずにいられなくなるもので……」
青年はそう言うと、気まずそうに苦笑いをした。書物は一人で持つには多く、青年とヴァンの二人でやっとちょうどいい量だ。これをずっと一人で持っていたのかと、ヴァンは心の奥で驚いていた。
すると、それよりも。と青年がヴァンに話しかけてきた。
「さっき言ってたけど、君、見ただけで武具の素材やその質が分かるんですか?」
「え? あ、あぁ、まぁ一応。オレ、ドーラの工房の子供だから」
ドーラでは当たり前のようになっていたことなので、ヴァンは普通じゃん。とでも言いたげな顔で言う。
しかし、青年は突然、ヴァンに尊敬に近い眼差しを向けた。
「ドーラ! 武具の聖地じゃないですか! なるほど、だからそんなに目が良いんですね!」
そうかそうか、なるほどなぁ。と感心する青年に、ヴァンはただただ圧倒された。
予想外の青年の反応にポカンと口を開けたまま立っていると、青年はショーウインドウの中を指差し、ヴァンに話しかけてきた。
「じゃ、じゃあ、あのハンマーは?」
「え、あぁ、あれは『工房試作品ガンハンマ』。火竜の体液と爆薬をマカライト鉱石製の火打石で反応させて、攻撃した瞬間に着火および爆発を起こすハンマーだ。爆撃の威力は使わないと分からないけど、あの質のマカライト鉱石なら、三百回は使っても壊れはしないだろうな」
「じゃあ、あのボウガン!」
「ヘビイボウガンの『イヤンクック砲』。イヤンクックの甲殻や鱗、それに骨が主な素材だけど、衝撃吸収剤に使われてるのはフルフルの皮だ。フルフルの皮がちょっと頼りないかもな。アレを使うなら結構頑丈な奴じゃないと」
「あの双剣!」
「『スノウヴェノム』。元々はギアノスの素材で作られた双剣にドスイーオスの牙と皮を組み合わせた、氷と毒の二つの属性を持つ剣だ。牙は相当デカイ奴の鋭利なヤツみたいだから、ありゃ痛いだろうなぁ」
青年が示す武具を、ヴァンは淡々とした口調で評価する。二人がしばらくそんな会話を続けていると、何だ何だと二人の会話を聞き付けた人々で、人だかりができあがっていた。
しかし、当の二人はそんなことを気にもせずに会話を続ける。
「あそこの片手剣!」
「あれは『デスパライズ』。素材は……」
「どけ」
「うわあっ!」
突然、青年が誰かに肩を掴まれ、後ろに倒された。青年は尻餅をつき、また書物が地面にばら蒔かれる。青年は慌てて書物を拾いはじめた。
「あっ!」
青年が最後の一冊に手を伸ばした瞬間、その一冊が誰かに思い切り踏まれた。そいつは書物を踏んだまま、ヴァンを正面から見据えた。
男だ。男はゴムのような皮と金属を繋ぎ合わせた鎧を装着し、三角帽のような兜を被っている。背中にはガンランスと呼ばれる、砲撃機能のついたランスを背負っていた。
男は、まるで見下すように顎を軽く上げながら、ヴァンを見ている。
「お前、武具職人でもねぇのに何偉そうなこと言ってんだ? 調子こいてんじゃねぇぞ、ガキが」
男がそう毒を吐くと、周りにいた人々がざわざわとざわつき始めた。それを聞いて、しゃがんで本を拾っていた青年が、バッと顔を上げる。
「そんな、言いがかりです!」
青年の言葉に、男は仰け反ってゲラゲラと下品に笑った。それから、足下の本にぐりぐりと力を入れる。本を見た青年の顔が青くなった。
「あぁ!」
「……オイ、足どけろ。彼は関係ねぇだろ」
ヴァンは自分より背の高い男をギッと睨む。しかし、男はどこ吹く風とでも言うように、本から足を退けなかった。本が少しずつ変形する。青年の顔が、更に青くなった。
それを見て、ヴァンは手法を変えることにした。あまり使いたくない手だが、致し方ない。
「あんたの装備……」
「んぁ?」
男が見下すようにヴァンを見る。一瞬で防具の情報を掴んだヴァンは、一気に捲し立てることにした。
「毒怪鳥・ゲリョスの素材だな。繋ぎの金属はマカライト鉱石に、ゲリョスの毒を防ぐ抗菌石、それに大地の結晶とドラグライト鉱石を使ってるな。あぁ、ちょっとゲネポスの素材も入ってる。武器は鉱石製の『スティールガンランス』だな」
「……だから何だよ。んなもん、カタログ見りゃ分かることだ」
そうだそうだ。と、どこからか野次が飛ぶ。それを聞いて、男はフン、と勝ち気に鼻を鳴らした。
だが、本題はここからだ。
「あんた、基本ができてないだろ?」
「……何だと?」
ヴァンの言葉に、男の声が低くなる。兜で見えないが、きっと怒りで片方の眉がピクピク震えてるに違いない。
「使っている鉱石、ちょっと荒削りだな。採掘時に傷つけて余計な成分が混ざってる。抗菌石も、にが虫のすりつぶしが足りなくて性能が出しきれてないな。ゲリョスの皮も傷が多い。大方、狩猟時にパニクってやたらめったらに攻撃したせいだろうな」
「…………」
男はプルプルと震えながら、一歩後ずさった。青年が待ってましたと言わんばかりの猛スピードで、地面の本を拾う。
ヴァンの攻撃は、更に続く。
「そのガンランスもおんなじだ。質の低い鉱石ばかりで切れ味が落ちやすい。その上あんた、研ぐのも下手みたいだから、もう砲撃部分がイカれはじめてるぜ」
「こ、このガキが……」
男の震えが大きくなった。どうやら図星のようだ。人々はヴァンの言葉に聞き入り、いつ出てきたのか、工房の職人らしき竜人も、うんうんと頷いていた。男は震える拳をゆっくりと上げる。
ヴァンは止めの一発を決めようと口を開く。
「あんた、ハン」
「ニャニャー、ギルドナイツだニャー!」
突然、人だかりの中から女の子の声が響き、ヴァンの言葉を遮った。声を聞いて、人々はすぐさまバラバラと方々に散っていく。
ゲリョスの男も、チッと舌打ちを打ちながら何処かへと去っていった。
「……何だ、今の?」
一人状況が読めないヴァンは、ポカンとその場に突っ立っていた。青年が踏まれた本についた土を丁寧に払いながら、ヴァンに近寄る。
「ギルドナイツがいるみたいですけど……」
「あぁ、あれはウソだニャ」
首を傾げようとしたヴァンの足下から、先ほどの女の子の声が聞こえてきた。下を見ると、緑の甲冑を着た、レモン色の毛並みの二本足で立つネコ――アイルーがヴァンを見上げている。
レモン色のアイルーは、両手を腰に当ててヴァンに話しかけてきた。
「あの男、貴殿の言う通り、基本のできていない愚か者だけど、腕っぷしだけは本物ニャ。あのままじゃ、貴殿は今頃そこの地面でピクピクしてたニャ」
レモン色のアイルーは、そう言って持っていたピッケルのような武器で、ヴァンの近くの地面をコンコンとつついた。なるほど。あの拳は臨戦態勢だったということか。
ヴァンはしゃがんでアイルーと目線を合わせた。
「ありがとな。えっと……」
「ウチはナタリーニャ。それに、お礼なら旦那さんに言ってニャ。貴殿のピンチに気づいたのは旦那さんの方ニャ」
「旦那さん?」
ナタリーの言葉にヴァンが首を傾げると、ヴァンの頭上に一つの影ができた。見上げると、桜色の鎧を身につけた少女がヴァンの視界に入る。
少女は前屈みの体勢で左手を腰に当て、右の人差し指をヴァンの前で上下に振った。
「あのさ、君、確かに目利きみたいだけど、あれは言い過ぎ。もっと短気なヤツもいるんだから、気を付けた方が良いわよ」
歳はヴァンとそんなに変わらないだろう。綺麗な銀髪をガウシカテールで一つに結っている。瞳は最高級のマカライト鉱石のように澄んだ、綺麗な青色をしている。ヴァンは目を丸くした。
目の前の少女は、はっきり言って美少女だ。可愛らしいドレスを着て街を歩けば、きっと十人が十人、彼女を振り向くだろう。それでいて気取っている雰囲気もなく、むしろ親しみやすい空気を纏っていた。事実、ヴァンの隣の青年は少女を見て顔を真っ赤にしている。
しかし、ヴァンだけは、他の男たちとは全く違う観点で少女を見ていた。
ヴァンは真剣な表情でスクッと立ち上がると、書物がナタリーの上に落ちるのも気にせず、ガシッと少女の両肩を掴む。少女は突然のヴァンの行動に着いていけず、頭の上にクエスチョンマークを浮かべていた。
「あんたに、頼みがある」
「……え?」
次の瞬間、ヴァンはとんでもないことを口にした。
「今すぐこの鎧を脱いでくれ!」
「……はい?」
空気が、凍った。
ヴァンの発言に、周囲の空気がまるで鉄と化したかのような固さになる。少年は再三本を落とし、本の山から抜け出たナタリーがそのままのポーズで固まる。唯一、少女のこめかみのみがピクピクと震えていた。
そんな中、一人全く空気の読めていないヴァンが、再び少女に頼み込もうと口を開く。
「今すぐこのよろ」
「誰が脱ぐかこのド変態がぁあっ!」
ヴァンが全てを言い終える前に、少女の右アッパーがヴァンの顎にクリーンヒットした。
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