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第十六話 酒宴と深まる謎
 ミミルの町の中心部。かつて、町の大半を失ったある『事件』を忘れない為に造られた石碑。その石碑の前に、ハンターズギルド・ミミル出張所はある。

 ギルドの中は、厳かな空気に包まれていた。
 そこには二十人ほどの人々が集まっていたが、誰一人として口を開かずに、受付も兼ねているカウンターの上を見つめている。
 全員の視線の先にいるのは、顎に白く長い髭を蓄えた小柄な竜人の老人――このギルドのギルドマスターだ。マスターの目の前には、二人の青年が立っている。
 マスターは口に加えた煙管を吸うと、ゆっくりと息を吐いた。吐息と共に漏れ出た紫煙の向こうから、二人をじっと見つめ、それから小さく頷く。

「ヴァン・ドラグニル」
「はい!」

 マスターに呼ばれ、青年の内の一人――ヴァンが、一歩前に進み出る。その表情はいつもの気楽そうなものとは違い、緊張で少し強張っていた。
 マスターはヴァンに小さく微笑みかけると、今度はもう一人の青年の名を読み上げる。

「ヒューゴ・レペンス」
「はい!」

 続けて、もう一人の青年――ヒューゴが前に進み出た。こちらは完全に固まっている。
 そんな彼を見て、後ろで二人を見守っていたフラディオが、小さく肩を震わせた。
 マスターは、進み出た二人を見やると、カウンターの上に立ち上がり、横に置いていた杖でカウンターを二回叩いた。

「両名を只今この時を以て、ハンター養成所ミミル支部、主任教官『赤王』フラディオ・グランエストの推薦により、Fクラスハンターと任命する。他の命を狩ることの重さとその責任を忘れることなかれ。世界の調和の為、その力を振るわれたし」
「「はい!」」

 二人はほとんど同時に返事をし、胸の前に右の拳を添え、マスターに恭しく礼をした。
 マスターは、カウンターの向こう側にいるルーシィに視線を送る。ルーシィは頷くと、二枚のカードをマスターに渡した。マスターは、それらをヴァンたちに差し出す。

「これが、主たちがハンターたる証、ギルドカードじゃ。常に携帯し、無くさぬようにの」
「はい!」
「ありがとうございます!」

 二人は顔を上げ、笑顔でそれを受け取った。鞣したケルビの皮に細かく砕いたマカライト鉱石を混ぜたカードは、見る角度によって美しい輝きを放っている。
 ギルドカードをヴァンたちに手渡すと、ギルドマスターは皺だらけの顔を優しく綻ばせ、辺りを見渡した。ルーシィがその手に酒の入ったグラスを持たせる。

「皆の衆。お待たせした。たった今生まれた二人の若きハンターの門出を祝い、酒を酌み交わそうぞ!」

 マスターがグラスを高々と持ち上げると、ギルドにいた全員が、歓声を上げながら自分のグラスを高々と上に上げた。それから、先ほどまでの厳かな空気とは打って変わって、賑やかで騒がしい空気が、ギルド内に流れる。

 ヴァンはそんな空気の中、自分の手の中にあるギルドカードを見つめた。モノクロの写真に写った自分の顔。その横に書かれたハンター登録番号と自分の名前。
 遂にヴァンは、ハンターになったのだ。

「なんか、まだ実感沸かないね」

 隣で、ヒューゴが苦笑いをしながら呟いた。ヒューゴもヴァンと同じように、自分のギルドカードを手の中で弄んでいる。
 ついさっきのことなのに、まるで夢のように思えた。
 ヴァンも、小さく頷くと後頭部をバリバリと掻いた。

「あぁ。今、『夢だったらどうしよう』って思ってる」
「あら、なら確かめてあげるわ。ほら」
「いで! あだだだだだだだっ!」

 いつの間にいたのか、突然レラがヴァンの両頬を思い切り引っ張り始めた。不意討ちに対応できなかったヴァンは、されるがままに頬を引っ張られている。

「主役の二人が湿気た顔してどうすんのよ。これは現実なんだから、しっかり楽しみなさい!」

 レラはそう言って、ヴァンとヒューゴの手を取ると、二人が少しだけ頬を赤く染めるのも気にせずに、フラディオとゴードン、それにピリカたちが囲んでいるテーブルへと向かった。
 テーブルには既に、ポポ肉と彩り野菜のテリーヌを始めとしたつまみや、普段は滅多に飲めない高級なお酒が所狭しと並んでいる。

「お、来たな主役共」

 そう言って一番に顔を上げたのは、フラディオだ。その右手にあるグラスに注がれているのは、滅多に手に入らない黄金魚のヒレ酒。
 フラディオはアプトノスの肉と激辛ニンジン、それに五香セロリの入った生春巻きを美味しそうに口に頬張ると、近くにあった二つの空のグラスに手近にあった酒を注いで、ヴァンたちに差し出す。

「飲みな。今日はお祭りだからな」
「あ、どうも」
「ありがとうございます」

 ヴァンは恐る恐るフラディオからグラスを受け取ると、その中身を覗き込んだ。澄んだ液体から、アルコール特有のツンとした匂いが鼻を刺激する。

「でも、本当に良かったわねぇ。ハンターになれて」

 サシミウオのカルパッチョに舌鼓を打ちながら、ノンノがのんびりと微笑む。その横で、ノンノの肩に腕を回したアレンが、シモフリトマトとマイルドハーフのブルスケッタを頬張りながら頷いた。

「だなだな。一ヶ月前にアニキに怒られてた奴らが、もうハンターになったんだもんな」
「それだけ実力『だけ』は高いということですわ……ってアレン! お姉さまの肩に腕を回してんじゃねえですわ!」

 丁寧なのか乱暴なのか分からない口調でアレンを叩くのは、ピリカだ。既に酒が回っているらしく、その顔はほんのりと赤い。
 それを見て、アレンは楽しそうに笑う。

「なんだよピリカ。お前もやってほしいのか?」
「な!? 貴方馬鹿!? 馬鹿ですわね! わたくしの肩は、貴方ごときが腕を回して良いものではありませんわ!」
「まぁまぁ。そう照れるなって」
「照れてなどいませんわ!」
「おぶっ!」

 ピリカの右アッパーがアレンの顎へ綺麗に決まり、アレンは顎を押さえて悶絶する。アレンの隣でノンノが、ピリカの隣でゴードンがそれを見て吹き出した。
 ピリカはフンとそっぽを向くと、兜ガニとヤングポテトに幻獣チーズをかけたグラタンを食べ始める。いつもなら丁寧に食べるものを、完全に酔っているらしく豪快に頬張っていた。
 ヴァンとヒューゴはそれを見て、苦笑いをしながらフラディオの隣に腰を下ろす。
 すると、ヴァンたちとピリカの目が合い、ピリカがムスッとした表情で二人を睨んだ。

「貴方たち、お酒はどうなさったのですか?」
「へ?」
「フラディオ様に注いでもらっておきながら、その酒を飲まれないとはどういうことかと訊いているんですの!」

 ピリカの怒りの矛先が、ヴァンとヒューゴに変わった。ピリカは近くにあった酒瓶を逆手で一本ずつ掴むと、ゆらりと立ち上がって二人に近づく。
 ちなみに、ピリカが持っているのはアルコール度数九十パーセントを誇る超最高級品『大黒正宗』という酒だ。

「ちょ、待てよオイ……」
「ぴ、ピリカさん、落ち着きましょう。話せば分かりますから、きっと……ね?」

 身の危険を感じたヴァンとヒューゴは、後ろにずり下がる。しかし、それもすぐに掛けていた長椅子と壁に逃げ道を塞がれた。
 今度は同時に立ち上がって逃げようとしたが、両脇からヒューゴはフラディオに肩をがっしりと掴まれ、ヴァンはレラに左足を思い切り踏みつけられ、その場から動けなくなる。
 そんな問答を繰り返しているうちに、ピリカが二人の目の前にやって来ていた。その目は既にトロンとしていて、口元に不気味な笑いを浮かべている。ピリカは逆手に持っていた酒瓶を上に振り上げた。

「お二人とも、今度はわたくしがお酌をしてあげますわ!」

 次の瞬間、ヴァンとヒューゴの口に、アルコール度数九十パーセントの化物酒モンスターがビンごと突っ込まれた。



   ◆



 それから、数十分後。

「教授は僕のことなんかどうせ眼中にないんです〜!」

 『大黒正宗』をらっぱ飲みし、完全に酩酊したヒューゴが、アルコール度数五十パーセントの『菊一文字』を片手に、涙をぼろぼろと溢しながらテーブルに突っ伏している。
 そんなヒューゴを、フラディオとゴードンが優しく介抱していた。だがしかし、その顔には、労りとは随分とかけ離れた、楽しそうな表情を浮かべている。
 フラディオはヒューゴのグラスに酒を注ぐと、その肩を数回叩いた。

「で、ヒューゴは一体グレンジャー教授に何をしたんだい?」

 フラディオが差し出したグラスの中身をヒューゴは一気に空けると、大きなため息をついた。

「僕は、僕は教授をですね……」

 それからヒューゴは、普段の落ち着き払った彼からは想像ができない昔の暴露話を話し始めた。

 一方、同じく度数九十パーセントの化物をらっぱ飲みしたヴァンはというと、

「へぇ〜。ヴァンって、意外とイケるクチなのね」
「んー、そうなのか? ってか、酒って結構美味いんだな」

 ザルを通り越して、ワクであった。

 ヴァンは、自分たちに酒を無理やり飲ませておきながら、自分はさっさと夢の中に落ちてしまったピリカをノンノとアレンに預け、カウンターでレラと飲んでいた。
 ギルドの中はとても騒がしいのにも関わらず、二人の周りはとても静かな空気に包まれている。
 カウンターの向こうから、ルーシィがヴァンにライムを添えた黄緑色の酒を、レラにはカシスを浮かべた赤紫色の酒を出した。

「お口直しのカクテルでもいかが? 若きハンターさんたち」
「ん、サンキュー」
「ありがとう。ルーシィさん」

 ヴァンとレラが、ルーシィからグラスを受け取ると、ルーシィは楽しそうにウインクをした。

「どういたしまして。でもヴァン。アンタ、私の目の前でレラに手を出してみなさい。ピコちゃん秘伝のフライパンを、その頭にお見舞いしてやるわよ」
「誰も手ぇ出さねぇよ。こんな女」

 ヴァンが悪態をついた瞬間、ルーシィの鉄拳がヴァンの頭に命中し、ヴァンは痛みに悶絶する。一方、レラは頬をぷくっと膨らませた。

「やだ失礼ね。これでもドンドルマではそこそこにモテてたのよ」
「なぬ! 私の可愛いレラが『そこそこにしか』モテなかっただなんて……! そいつらの目、節穴だらけだったんじゃないの!」
「ルーシィさん、そこに突っ込むのね……」

 怒りに震えるルーシィにレラが苦笑いを浮かべると、キッチンの向こうから、もう一人の受付嬢がルーシィの名前を呼ぶのが聞こえた。ルーシィは受付嬢に返事を返すと、レラににこやかな表情で手を振り、キッチンの向こうへと消えていく。 ルーシィが見えなくなると、ヴァンは小さく息を吐き、騒がしいギルドをゆっくりと見回した。

「なーんか、みんな結構楽しそうだな」
「……アンタ、自分が主役なのに、楽しくないの?」

 ヴァンの言葉に目を丸くするレラを見て、ヴァンは苦笑いを浮かべた。

「楽しいさ。祭とかお祝い事とか、結構好きだし。でも、オレはなんか、『取り残されてる』って感じがするんだよね」
「取り残されてる?」
「うん。なんつーか、オレはその内側に入れなくて、いつも外側からそれを覗き見てる感じ」

 そう。ヴァンはこういう空間が嫌いではないし、楽しいとも感じる。だが、決してその空間に馴染むことができないのだ。レラの隣に来たのも、唯一、レラの隣だけがギルドの喧騒からかけ離れて『静か』に感じたからなのである。
 まぁ、レラの隣に来たのは、それだけが理由ではないのだが。

――『お母さん』

 あのとき、レラはクシャルダオラをそう呼んでいた。自分たちとは種そのものが違うモンスターを、『母』と呼んでいた。
 一体、どういう意味なのだろう。

「……なぁ、レラ。昼間のことだけど」
「ヴァン」

 昼間のことを話そうとしたヴァンを、レラの言葉が遮った。レラは困ったような笑みを浮かべると、ヴァンと自分のグラスを手に席を立つ。

「ちょっと付き合って」
「へ?」
「いいから、ちょっと散歩するわよ」
「お、おい!」

 戸惑うヴァンを尻目に、レラは外に向かって歩き始めた。ギルドの中はまだ宴会の真っ最中で、誰もレラが外に出ていくのを見ていない。
 ヴァンは小さくため息をついて後頭部をバリバリと掻くと、レラの後を追った。

 酒場の外へと出ていく二人を、騒ぐ人々の中でゴードンだけが見つめていた。フラディオは完全に酩酊してしまったヒューゴの介抱に追われ、二人とゴードンの視線には気づいていない。
 ゴードンは、幻と名高い黄金芋の焼酎の入ったグラスを傾けながら、自分にしか聞こえないくらいの声で小さく呟いた。

運命さだめ、か……」



   ◆



 一方、ヴァンとレラは町外れにある川に来ていた。二人の近くでアプトノスの親子が草を食んでいたが、立ち去る気配はない。
 レラはヴァンにカクテルを渡すと、小高く造られた芝生の土手に腰を下ろし、夜空を見上げた。

「きれー。こういうの見ると、心が洗われるような感覚にならない?」
「なんで散歩なんてするんだ?」

 レラの言葉に答えず、ヴァンはレラに訊ねた。さすがにヴァンもそこまで鈍くはない。レラとはまだ数ヵ月の付き合いだが、ヴァンはレラの微妙な変化に気づいていた。
 そう。まるで何かに怯えているようなレラの表情に。
 レラはしばらく黙っていたが、ヴァンがそれ以上何も言わないことを察すると、小さくため息をついた。

「昼間のこと、ギルドには報告しないで」
「……は?」
「『風翔龍』のこと。この町ではある意味禁忌タブーだから」
「禁忌? でも、古龍なんだぞ。天災級の化け物だ!」

 ヴァンがそう言うと、レラはヴァンを振り返り、自虐的な笑みを浮かべた。

「じゃあ、その天災級の化け物を母と呼ぶ私も、化け物なのかしらね?」
「!?」

 レラの言葉に、ヴァンは思わず詰まってしまった。途端に風が吹き、レラの銀髪が月に照らされて美しく輝く。
 それは、幻想的でこの世のものとは思えない美しさを秘めていた。
 レラは自虐的な笑みを浮かべたまま、小さく呟く。

「……は、私と………………たのに……」
「え?」

 レラの呟きはとても小さく、ヴァンは全てを聞き取ることができなかった。
 ヴァンが首を傾げると、レラは自虐的な笑みを消し、先ほどとは打って変わって邪気の全く感じられない笑みを浮かべる。

「何でもない! アンタになんか、絶対教えてあげない!」

 そう言って、レラは楽しそうに大きな声をあげて笑い始めた。
 ヴァンには分からなかった。今日、自分の知らないレラを見過ぎた。自虐的な笑みを浮かべたり、それでもそのすぐ後に楽しそうに笑ったり……。
 一体、どれが本当の彼女なのか。それとも、今まで見てきたすべてが道化でしかないのか。ヴァンには皆目見当もつかないのだ。

「ヴァン」

 不意に、レラがヴァンの名前を呼ぶ。ヴァンがその顔を見ると、レラはもう自虐的な笑みでもなく、無駄に楽しそうな笑みでもない、いつも通りの表情に戻っていた。

「……アンタ、故郷に戻るの?」
「へ?」
「もう一人前のハンターになったんだし、武具職人としての修行も、向こうでするのがいいんじゃないの?」

 それを聞いて、ヴァンは苦笑いを浮かべながら首を横に振った。

「いや。あそこにはもう、帰らない。行くことはあっても、帰らない」
「…………」
「オレはあの村に帰る気は更々無い。それに修行なら、ばあちゃんとこでもできるからな」

 ヴァンはそう言って笑うと、手に持っていたカクテルを半分ほど一気に流し込んだ。

「……そう」

 少しして、レラが小さく呟くように言った。それからコクリと頷くと、自分の半分ほど残っていたカクテルを一気に飲み干した。

「……戻りましょ。そろそろ、誰かが私たちがいないことに気づくかもしれないし」
「ん、そだな」

 レラの言葉にヴァンが頷くと、レラはヴァンの前を歩き出した。ヴァンも、ゆっくりとその後に続く。
 結局レラは、ヴァンに何も語ってはくれなかった。『風翔竜』とレラのことも、そして、今日見せた表情が何を示すのかも。

 二人が去った後、川原に一陣の風が吹いた。
どもです。一週間ぶりに更新しました旅がらすです。

訓練編、これにて終了です!
……ここまで長かったなぁ。本当に長かった。予定では去年のうちに終わってたはずなのになぁ……。
ここまで話進めておきながらイヤンクックすら狩れない主人公、たぶん他にはいないだろうなぁ(苦笑)
とまぁ、多少感慨深くなるものがある今日この頃です。

今回は最後の締めというか、ヴァンの物語における大事な一つの区切りであったため、今までで一番悩まされました。
本当はこれもちょっと不安要素がいっぱいです(何
ヒロイン若干壊れてますしね〜。当初の予定ではもっとマトモなはずだったのに……。
何か不自然なところがあったら、ビシバシ指摘してください。
旅がらすは辛口コメント大歓迎です(笑)

いよいよ次回からは、ヴァンとヒューゴの本格的なハンター生活が始まります。
訓練所を出てそれぞれに一人暮らしを始めた二人。
武具職人としての修行や『秘境探し』として勉強などを再開しつつも、ハンターとして生計を立て始める。
そんな二人の元に、様々な依頼と懐かしき人々が次々とやって来る。
レラやアレン、それにノンノやピリカたちなどと共に切磋琢磨しあう日々の中で、二人は何を学び、何を得ていくのか。

ようやくモンハンらしく(?)なってきた『たまじゅけ』を、これからもよろしくお願いいたしますm(_ _)m


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