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御田くんと北野さん

御田くんは、かわいいひと

作者: 片桐ゆかり



身長約180㎝、同居するお祖父さんが剣道の師範で部活動ではないけれど剣道を小さいころから続けていて、精悍な顔つきによく鍛えられた体躯は姿勢の良さと躾が行き届いているとわかる普段の様子から、『格好いい』の一言に尽きる。

そして、常に穏やか。頭脳も決してとびぬけているわけではないけれど良い方で自分の意思をしっかりと持ち、かつ、公平に優しいし注意をする時も相手を思いやって行う――そんなできすぎた彼は、私の隣の席の人だ。

彼とはなんだかんだ小学生からの付き合いである。家はちょっと近い。私の弟が、彼の家の道場に通っていたから、昔から私と彼は仲が良かった。


そして、そんな彼は、とても可愛い人だ。


「おはよう、御田くん」

「ああ、おはよう北野」


彼――御田くんは、品行方正。今日も、ちょっと早めに来た私より早く来ていて(どうやら早く目が覚めたらしい)、人もまばらの教室で二人でおしゃべりをする。

遅刻もなく、きちんと着こなした制服は、一部を除いた女の子たちにとってポイントがとても高い。

御田くんは、かっこいい。恋愛が絡んでいなくても、たよりにできるクラスメイト、みたいな。それからあわよくば、という妄想の餌食になっているのが、御田くんだ。

私を含めて、割と女の子って妄想好きだから。現実ではどうこうならなくても、こんな人と恋がしてみたいと想像するのは、とても楽しい。


御田くんは人気だ。表立っては騒がれないけれど、みんな彼のことを嫌いじゃない。

その御田くんと仲がいい私は何かと恩恵を受けているわけである。なんというか、『御田と仲がいい=いいやつ』っていう補正。

自分がいいやつかどうかはわからないけれど、御田くんとよく話しているからといって特に女子から反感を買うでもなく、私は悠々と日々を過ごしている。

そんな御田くんの可愛さについて、きっとみんなは知らないだろう。


「あ、御田くん甘いにおいがする」

「食べるか?新製品だ」


にや、と笑って御田くんが私に差し出したチョコレート菓子の箱から有難く頂戴して口に放り込む。

甘さが口に中にとろりと広がって、そして尚且つおいしい。このお菓子はあたりだと御田くんを見返すと、私が同じ感想を持ったことがうれしいのかほくほくとした顔で頷いていた。

よしよし、という言葉がぴったり似合う感じ。

このとおり、御田くんは甘いものが好きだ。甘いものなんて食べません、という外見(これは偏見)に反して大の甘党で、甘いものが朝昼晩でもいいくらい。むしろ以前それをやって、体がだるくなったと言っていた。私は少し引いた。

――その割に、自分でお菓子を作ろうとすると大失敗をして情けない顔をする、そのギャップ。

だから手作りを食べたいときは、私が頼まれる。いつもお菓子のお相伴にあずかっているからそれくらいはお安い御用だ。御田くんの家はお菓子を作るという人はいないらしい。

彼のリクエストのお蔭で私のお菓子作りのレベルは着実に上がっている気がする。


「昨日はガトーショコラ作ってもらったからな。ありがとう、北野」

「なんのこれしき。こうしてお相伴にあずかっているわけだしね」

「腕があがったな」

「ありがたきしあわせ…!」


ははー、と頭を下げたらぐ、と息を詰まらせて私の頭をぽんと小突いた。

この顔は笑いをこらえている顔だ。――実は御田くん、笑いのツボが浅い。

ちょっとした会話ですぐ笑う。でもちょっと自分のうわさを意識してるからか、堪えるというすべを覚えたようだ。

こういうところが、御田くんの可愛いところだと思う。

甘いものが大好きで笑い上戸な、みんなの知らない御田くんを、私は知っている。

肩がぷるぷるしてきているから、さっきのは余程彼の笑いのツボに入ったらしい。

正直笑いのツボがどこにあるのかわからないのでちょっと面白いのだ。御田くんが落ち着くのを見ながら、私はもう一つチョコレートをいただいた。ほのかに香るオレンジがいい感じである。


「お前は最近俺を殺しにかかってきてるな」

「ううん、御田くんの耐性が低下の一途をたどってるんだよ」

「そうか?」

「でもおかしいことじゃないよ、笑えるっていいことだと思う。御田くんは隠そうとするから余計面白くなっちゃうんじゃない?」

「だけどな、さすがに俺みたいな怖そうなやつが急に笑い出したら余計怖いだろ」

「……御田くんは別に怖くないと思うけどなあ」


御田くんが怖い人っていうのは、たぶん接点が全くない下級生の女の子たちから広まった話だろう。

一度でもかかわった人は彼が怖い人じゃないのはわかるはず。第一、御田くんに興味があるからこそでた噂だ。

その人に近づきたくて、どんな人だろうって思って、それが噂を生んでいくんだと思う。それが本人にどういう思いをさせるかを全く顧みないものだったのだとしても。

だから御田くんの噂はある種の好意からのものだと思うわけだけれど、でも、噂は噂だ。

彼は怖い人なんかじゃないし、むしろ可愛い人。

そんな彼の可愛さをいろんな人が知ればいいと思う反面、私が友達の中で一番知っているという優越感も確かに存在する。だから、たまにちょっと複雑だ。

――友達なのに、周りに優越感を感じてしまう自分が、少しだけ怖い。


「…北野は俺が怖いか?」

「御田くんのどこを怖がればいいかわかんないなあ…」


かれこれ、小学校からだから11年目くらいの付き合いになる。

何が不安なのかはわからないけれど、私はこれだけ可愛らしい人を知らないし、御田くんよりいい人を知らない。

さりげなく助けてくれたり、落ち込んでいるときや具合が悪いときは真っ先に気付いてくれる、そんな人だから。


「御田くんは優良物件だと思うけどねえ」

「……甘いものが好きでも?」

「それは結構ポイント高いよ。ギャップ萌えって言葉がこの世の中には誕生しているのだ」

「ほう、それはなんとも…いや、萌えるか?」

「好きな人は好きなんですよ!」

「北野は?」

「私ももれなく好きです。なんかね、あ、かわいい!って思えるって重要だと思うんだ」

「かわいい…」


そう、ギャップに気付いて「かわいい!」って思ったら最後だ。かわいいと思ったら、もう感情はプラスの方向に傾いている。

なんだか微妙な顔をした御田くんは私の机の上に置かれている箱からチョコレートを取り出して口に放り込んだ。甘いものを食べると、表情は変わらないけど目元がほんのり柔らかくなるのだ御田くんは。それをみると本当に甘いものが好きなんだなあとほっこりする。

かわいいって、本当にいろんなところに転がっている。

昔から見てきた御田くんのこういう可愛いところを私はいっぱい知っているので、今更怖くなんてない。


「御田くんもかわいいよ」

「……かわ、いい…」

「甘いものが好きなところとか、甘いの食べてちょっと目元が和らぐところとか。あと笑いのツボが浅いところも、かわいいと思う」


あとね、熱いものが苦手でココアを飲むときはスプーンでぐるぐるして冷まそうとして勢いつけすぎてちょっと飛ばしてるとか、ソフトクリームを一気に三個くらい食べちゃうところとか、お昼寝が好きなところとか、剣道をしてる時は真面目な顔なのに生徒さんたちがお土産にお饅頭をもってきてくれるとにやにやしてる所とか…、と指折り数えていたらその手をぎゅっと握られた。

ふ、と隣を見れば机に突っ伏して震えている御田くん。今のどこに笑いのツボがあったのか、正直不明だ。


「もういい…わかったから…」

「そう?まだあるよ?」

「いや、あの、また今度きくから」


突っ伏した御田くんはそのまま動かなくなった。私の片手は握られたままで、動かない。

空いている手を伸ばして背中をつついてみた。

反応がないので、握られた手を握り返す。そうしたら、私の握った力より強く握られた。――ちょっと意味が解らないんだけど、どうしたんだろうか。


「おんだくーん、御田くんどうしたの」

「……北野がかわいいっていう」

「え、ごめん嫌だった?」

「いやじゃない。ただ、目隠しされた状態でアッパー食らった気分」

「………なるほど、わからん」

「北野の可愛いは、どういう意味なんだ」


そこを聞くか。

私にとってのかわいい、というのは、言うまでもなくプラスの感情だ。

最初とっつきにくかった人の意外な一面で見直すとかいう、それと同じ。


「好きになるきっかけ、かな」

「もうお前怖い」

「ええっひどい!」


机に突っ伏したままそういうので、さすがの私もちょっと傷付く。

腹いせにこのチョコレート全部貰ってやろうぞ、と箱の中に手を入れて口にポンポン入れていく。

甘いものはささくれだった心を癒してくれる。

ほう、と顔が緩んでいるのがわかる。おいしいっていいことだ。


「でも、御田くんのかわいいとこをみんな知らないもんねえ」

「別に、お前が知ってればいいだろう」


復活したらしい御田くんがいつも通りに座って、今度は机から飴玉を取り出した。

それでも手は離さない。手が冷たいのかな。


「そう?だって怖いって思われたままはいやなんでしょう?」

「俺だって万人に好かれるわけじゃない。それに、近くにいる人が知っていてくれればいいから。お前がかわいいって思ってくれるなら、お前だけが分かっててくれればいい」

「あ、ごめん、かわいいって男の人は禁句だったか…!」

「そりゃ、複雑だけどな。でも、お前ならいいよ」


うん、と素直に頷いて、そしてなんだか室内の暑さが気になって空いている手でぱたぱたとあおぐ。

かすかな風よ、顔を冷ましてくれ。人が増えてきたからか、暖房もちょっと強めに設定してあるというのもあって温度が高くなっているのだろう。


「なんか、暑いね」

「ああ、そうだな…」


二人してぱたぱたと手で風を送る。

他の人たちは普通そうなのに、私たち二人だけなんだか変だ。もしかしたら暖房の風口が私たちの方を向いているのかも。


「あ、そうだ。昨日マシュマロ貰ったんだけど、御田くんマシュマロトーストに興味はない?」

「いいな。あとコーヒーに浮かべたい」

「焼いてもいいよねえ」

「北野の家に行ってもいいか?」

「もちろんだよ。じゃあ、一緒に帰ろうね」


二人で笑いながら約束をする。

甘いものもなんでも、御田くんと食べるといつもよりおいしく感じるのだ。

だから、放課後は楽しみ。

帰りにパンを買って帰ろうと計画を立てる。

放課後の甘いものを想像しているのか、機嫌のいい御田くんは、やっぱりいつもとのギャップがあってかわいいなあと思うのだ。







***

蛇足:(別名、前の席のクラスメートたちの憂鬱)


「砂を吐きそう」

「バカップル、爆発しろ」

「北野さんのスルースキルと御田の無自覚たらしが怖い」


ほのぼのしながら無自覚でいちゃつく二人を見続けることはや一年と少し、二年目に突入したわけだけれど。

硬派な御田くんとその隣にいる北野さんはクラス中が注目しているカップル(もどき)だ。

もどきというのは、二人とも自分たちの行動・思考を自覚していないから。

普段は面白おかしく、時に砂を吐きながら私たちは見守っているのだが、そろそろかゆい。


「はやくくっついてほしい」

「リア充爆発しろ」

「…でもこのままだときっと北野さん、御田くんの気持ちと自分の気持ちに気付かないままで社会人とかになるんだろうね」


……それはさすがに、御田くんが可哀想だ。

なので、早急な解決が必要だと思うので、クラス一致団結して北野・御田大作戦を発動しようと思う。





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― 新着の感想 ―
[一言] 甘い空気が漂ってきて、とても可愛いふたりでした! もう早くくっついちゃえと思ったけど、そうなったら更にパワーアップで外野は悶えますね… あと、こだわりだったらごめんなさい お菓子、「新製品」…
[良い点] 敵襲!敵襲!!敵は味方陣営にアリ!! ナチュラルに無自覚に、恐ろしいほどのノロケモドキを垂れ流す、甘酸っぱいヤツです!! これはいかん!全員退避ィィィィ・・・・あ、まにあわな・・(爆)
[一言] かわいい!かわいすぎる!好きのきっかけがいっぱいって!それはもうとても大好き!ってことなんでしょ!?結婚しろ!とあらぶりました。
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