『美味しい秋には殺意を添えて』
空腹時、閲読注意。
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「―――――――と、以上が事件の詳細よ。どう?犯人の見当はついたかしら。私はあんたと違って暇じゃないんだから早く推理して欲しいものだわ。あ、九重くんそのお漬物こっちにちょうだい」
紅葉の美しい季節となりつつある11月初旬。
ここ神田古書店街に程近い場所にある自宅では私と先生、そして桐生警部が少し遅めの夕食を摂っていた。
筍の炊き込みご飯、厚揚げの鳥そぼろ餡かけ、秋茄子の煮びたし、豆腐と白菜が入った味噌汁、鮭のホイル焼き、ささみといんげんの胡麻和えサラダ、ミックスベジタブル入りのだし巻き卵、秋大根の鰹節漬け。
テーブルに所狭しと並べられているのは私が腕によりをかけて作った今晩のメニューだ。ごく一般的な食事風景と違うところといえば、料理に混じって殺人事件の現場で撮られた写真が広げられていることだろう。食事中にありえないと思われるだろうがいつものことなのでもう慣れてしまった。昔と比べて随分と私の胃も鍛えられたものだ。(嬉しくなどないが)
「いいか桐生。食事とは栄養、すなわち人間が生命を維持し活動をするために必要な栄養素を摂取するための行為だ。しかしただ摂取するだけではなく家族や仲間と共に満たされた時間を和やかに過ごすため、味・嗜好を楽しむため、その時間を共有するためといった様々な目的や意味を込めつつ摂るのが食事だ。つまり俺が何を言いたいのかというと今、この時間は俺にとって、最も重要で神聖だということだ。なのに、何でお前はさも当たり前のように俺の家で飯を食い、殺人事件の内容を話し、解決を要求してくんだよ。おかげで食欲が急降下だド阿呆!」
先生は真正面に座る義姉で警視庁捜査一課の桐生櫻子警部を睨みつけた。
しかし彼女は悪態を吐く先生のことなど目もくれず満面な笑みを浮かべながら漬物の小鉢に箸を伸ばした。完全に眼中に入れていないご様子である。
「んー美味しい!歯応えがあるのがまたたまらないわね」
こんなに喜んでもらえると作った側としては冥利に尽きるというものだ。自分でもだらしなく頬が緩むのが分かった。
「ありがとうございます桐生警部。それは秋大根の鰹節漬けっていうんですが、好評のようで良かったです」
「秋大根、今が旬だものね」
「はい。瑞々しく柔らかいので大きめに切るとしゃくしゃくとした歯ごたえのある食感を楽しめるんです。漬けて数日経つと醤油と鰹節の旨みが馴染んでより美味しくなるんですよ」
「確かに、これはご飯が進むわ」
お茶碗に盛られた炊き込みご飯がみるみるうちに彼女の口内へと消えていく。普段からきっちりと食事管理をしている彼女にしては珍しく健啖な食欲だ。よく見ると瞼の下にはうっすらと隈ができており事件の捜査に行き詰まっているんだろうなと心配になった。
「犯人を教えろと言うくせしてさっきからガツガツ食ってんじゃねえよ。しかも狙いすましたようにわざと飯時に現れやがって、せっかくの飯が不味くなるんだよこの税金泥棒が」
だし巻き卵を口に詰め込みながら凄んだところで全然怖くない。そもそもこの食事はあなたではなく私が作ったものなんですがね。
「ぐちぐちぐちぐち五月蝿い男ね。ランチも取らず民間人のために汗水たらして働いた真面目な警察官に対して労いの一言も出ないなんて、あんた本当に文筆を生業とした著述業なわけ?推理作家の名が泣くわよ。全く、せっかくの食事が不味くなるわ。本当やんなっちゃう」
ですからその食事は私が…いや、やめておこう。口でこの2人に勝てるわけがない。悟った私は諦めて厚揚げを口にした。あぁ、美味しいなー。
「で、犯人の目星はついたの?つかないの?」
「まだ続いてたのかよ」
黒縁眼鏡を自身のくたくたなネクタイで拭いながらうんざりな様子で答えた。
「当たり前でしょう。じゃなきゃ九重くんのご飯があるからってあんたの家になんて来るわけないじゃない」
「仕事中毒のお前がなんの企みも魂胆もなくタダ飯を食うためだけにわざわざ神保町に来るはずねえから怪しいとは思っていたが、まさかこんなことになるとは…」
頭を抱え込みながら苦々しく呟いた。ご愁傷様です先生。
「これは先生、諦めて真面目に事件解決に努めたほうがいいんじゃないですか?そもそも桐生警部から事件の相談をされた時点で僕たちに勝ち目は無いんですよ」私は苦笑いを浮かべる。
彼、鬼頭宗一郎は相談役と称して警察から捜査協力を依頼されることがある。大半は桐生警部からだがその推理力が評され噂を聞きつけた他の警察署からもしばしばお声がかかるのだ。
―――――紹介ついでに言っておくと九重とは私の名前だ。九重千紘、どこにでもいるごく普通の男子高校生でとある事情から先生の元で助手としてお世話になっている。と、言っても助手とは名目ばかりでようは面倒臭がり屋で出不精な彼の代わりに身の回りの世話や資料集めをする所謂ただのパシリである。
「…警察官の癖にやってることはヤクザとなんら変わんねえんだよお前は」
ぼさぼさの髪を掻きながら先生は拗ねた口調で言った。ほぼ自棄糞な彼の言葉を了承と受け取ったのか桐生警部はすっと真剣な表情になり警察手帳へと視線を落とす。
「じゃあもう一度説明するわよ。一昨日、千代田区霞が関にある自宅でジュエリーショップの女社長が殺されたの。名前は鵜野美恵子、69歳。死亡推定時刻は午後9時から午後11時の間。その写真を見て分かると思うけど被害者は今の私達と同様、夕食の途中だったみたい。死因は紐状のもので頸部を圧迫されたことによる絞殺。顔面の鬱血や腫脹が強く眼の結膜や顔面皮膚に溢血点があったことに加え吉川線が顕著だった。他殺で間違いないわ」
写真を見ると確かに鵜野さんの首には引っ掻いてできた爪の跡がはっきりと残っていた。なんとか逃れようと懸命に抵抗したようだ。
「凶器は見つかったんですか?」
「残念ながら発見には至らなかったわ。犯人が凶器を持参し、殺害後持ち去ったというのが警察の見解よ」
だとすると犯人は最初から鵜野さんを殺すのが目的だった計画殺人といえる。
「被害者はジュエリーショップの社長、となると最初は物取りの犯行を疑ったんだけどドア、窓にもこじ開けた跡はなく盗られたものもない。遺族の話によると鵜野さんは非常に用心深く見知らぬ相手ならまず自らドアを開けることはなかったそうよ」
「つまり犯人は顔見知りでごく身近な人物が濃厚、というわけか」
えぇ、と桐生警部が頷いた。
「なら動機は怨恨ですかね」
「うーん、被害者はかなりのワンマン社長で横柄な企業方針と気難しい性格が相まって多方面から恨まれていたからその可能性もあるけど、高齢ということで遺産相続や次期社長の取り決めの件でもかなり揉めていたから疑わしき容疑者がごまんといるのよ。現時点ではまだ動機は絞り込めていないわ」
遺産相続、保険金目当てに加え社長の椅子を狙っての醜い争い。まさに昼ドラマのような展開だ。
「おいおい、まさかそのわんさかいる容疑者の中から犯人を探し出せなんて無茶言うんじゃねえだろうな」
「馬鹿ね、話は最後まで聞きなさいよ。私たち警察の地道な捜査の結果、有力な容疑者を5人まで絞り込むことができたの」桐生警部は警察手帳を捲り容疑者リストを読み上げ始めた。
1人目の容疑者。鵜野遼太、72歳。鵜野ジュエリーの副社長で殺された被害者の夫だ。次期社長として注目視されているが同じく社長候補である専務との激しい派閥争いを繰り広げていた。被害者との夫婦仲は完全に冷え切っていたため現在は別居中。赤坂にあるマンションで一人暮らしをしている。事件当夜はレストランで食事をしたあと酔いを覚ますために徒歩で帰宅したということで確固たるアリバイはなかった。
2人目の容疑者。鵜野梨花、45歳。鵜野夫妻の娘でRINKAという芸名で活動している占い師だ。しかし認知度は低くあまり人気がないどころか客から当たらなかったとクレームをつけられ現在裁判沙汰となっている。新宿の路上で占いをしていたと証言したが、頭からすっぽり被ったベールで隠れていたので本人だと断定できずアリバイが認められなかった。
3人目の容疑者。鵜野圭一、43歳。こちらも鵜野夫妻の息子で鵜野ジュエリーの宝飾デザイナーだ。デザイナーというと聞こえはいいが実際はそんな才能はなく両親の資産を頼って毎夜遊びほうけている典型的な親の七光りだ。事件当夜も銀座にあるバーでしこたま酒を呷った後、自宅で寝ていたと証言したが酷く酔っていたためか記憶が曖昧で参考にならなかった。
4人目の容疑者。韮沢眞一郎、45歳。鵜野ジュエリーの専務で次期社長候補の1人だ。噂では社長になるため鵜野さんに近づき愛人になったと言われているが真偽の程はまだ不明である。こちらも四ツ谷にある自宅で仕事用の書類を作成していたということでアリバイは成立しなかった。
5人目の容疑者。小高晴臣、48歳。鵜野ジュエリーの常務だ。担当部門をはじめ経営方針に寄与する立場だったため常日頃から鵜野さんと言い争いが絶えなかった。もともと生真面目な性格で社員たちからも人望がある彼は鵜野社長の放漫なやり方が気に入らなかったらしい。永田町にある自宅で映画鑑賞をしていたということでこちらもアリバイなし。
「疑わしき容疑者は全員アリバイなしか」
「それだけじゃないわ。この5人は遺体の第一発見者でもあるのよ」
「は?どういうことだ」
推理作家は怪訝な表情を義姉に向けた。
「遺産相続、次の社長を決める話し合いを午前9時から鵜野さんの自宅でする予定だったのよ。全員集まったところでチャイムを鳴らしたけど応答なし、ドアの鍵はかかっていない。何かおかしいと不安を感じた5人は急いで部屋に入りリビングで変わり果てた姿の鵜野さんを発見したってわけ。遺体発見時刻は午前9時15分頃。ちなみに言うと鵜野さんの自宅に到着した順は専務、常務、副社長、占い師、最後にデザイナーよ」
桐生警部の話に耳を傾けながら私は遺体の周りを写した現場写真を眺め深い憤りを感じていた。争ったために無残に散乱した料理の残り、箸、スプーン、大小様々な食器類。全く、なにも晩ご飯の最中に殺害しなくたっていいじゃないか。なんて勿体ない。1粒のお米には7人の神様がいるんだぞ!食べ物を粗末にする犯人なんて早く逮捕されてしまえ!
「確か被害者の最後の晩餐は、松茸ご飯、秋刀魚の刺身、なめこと秋茄子の味噌汁、ローストビーフと温野菜のサラダよ。さすが社長ともなると食材のグレードが高いわね。羨ましいわ」
「なんでお前が鵜野の晩飯事情を知ってんだよ」
これよ、と桐生警部が呈示したのは文字が書かれた和紙を写した写真だった。
「鵜野さんは書道の段持ちでね、一流ホテルか老舗旅館の気分に浸れるからって食事の際は和紙に自筆で品書きを書くのが日課だったみたいなのよ」
なるほど、それで鵜野さんが食べていたメニューが分かったのか。しかしそれが分かったところで犯人の手がかりにはなりそうにないな。一度先生の意見を仰ごうと隣へ視線を向けると彼は1枚の写真を片手にまるで携帯のバイブレーションの如くぶるぶると震えていた。覗き込むとお菓子の外箱が5つ仲良く並んだなんの変哲もないもので、いったいこれのどこに彼を震えさせる原因があったのだろうか?と私は首を傾げた。
「あぁ、それは鵜野さんの自宅に訪れた際に持参した各々の手土産よ。彼女は大の甘党でスイーツに目がなかったんですって。確か韮沢さんが羊羹、鵜野副社長がカステラ、梨花さんがモンブランタルト、圭一さんがシュークリーム、小高さんがかぼちゃプリンを持ってきていたわ」
私は思わず眉根を寄せた。
「うっわ皆さん媚を売る気満々ですね」
「そうね。まぁこの話し合いで自分の未来が決まっちゃうんだもの、あの5人からすればそれだけ必死だったってことね」
「そうじゃねえよ!」
私たちの会話を大人しく聞いていた先生が突如として大声を上げた。どうしたのだろうか、と私たちは呆気にとられる。
「これ!このモンブランタルトが入っている外箱!アルファのマークが入っているじゃねえか」
「だから?それがなによ」
彼女の言葉に信じられないとでも言わんばかりに大きく双眸を見開いた。
「おいおいおいおい馬鹿言ってんじゃねえよ。これはタルト専門店アルファの秋期限定スイーツだぞ。これを食わねば秋は訪れないといっても過言じゃない。あぁ、俺としたことが執筆にかまけていたせいですっかり失念していた」
いえ、過言です。そしてあなたの本業を『かまける』と言わないでください。
「よく見ると他の4つも有名どころじゃないか。羊羹は白鷺という希少価値が高く非常に高価な小豆から作られた最高級煉羊羹で有名な細石屋、カステラは歴史上の偉人も愛したと言われる長崎の老舗甘味処で有名な甘都茶房、シュークリームは洋菓子の世界大会で優勝したパティシエがいる銀座のオフ・ドール、かぼちゃプリンは期間限定で1日30個しか販売されない神戸の赤宮工房だ。鵜野はこの至宝とも言えるスイーツを一口も口にすることなくこの世を去ったのか。こりゃ化けて出ても不思議じゃないな」
「不思議なのはお菓子の外箱を見ただけでお店の詳細をすらすらと説明できるあんたの脳内よ気持ち悪い。あ、九重くんご馳走さま」
「甘党の人間からすりゃこんなの一般常識なんだよ素人が。九重ごっそさん」
「はいはい2人とも、すぐに喧嘩腰になるのやめてくださいね。お粗末様でした」
たくさんあった料理は見事なまでに空となっていた。今日も気持ちの良い食べっぷりだったなと感心する。
「あぁもうスイーツなんてどうだっていいのよ。そんなことより今の概要で何か気づいたことはないの?犯人が分かったのなら大歓迎なんだけど」
んな無茶な。
先生はおもむろにスラックスのポケットに入れていた棒つき飴を咥え出した。彼は何か考え事をする際に飴を舐める癖があるのだ。(本人曰く糖分補給作業と呼ぶらしい)
しばし頭上を仰いでいた先生は気だるげに「目星がついたかもしれない」とんでもないことを言ってのけた。
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まさか。
これだけの情報量だけで誰が犯人か特定できたというのだろうか。いや、そんなこと有り得ない。
「九重はどうなんだよ。なにも気づかないのか?」
やけに自信に満ちた声だ。やはり先生はこの事件の謎が解けているらしい。悔しいが私にはいったい何が糸口となり彼を真相へ導いたのかさっぱり分からなかった。
何も答えられずにいる私に先生ははぁ、とわざとらしく大きな溜め息を吐き現場写真を1枚手に取る。被害者が倒れている周辺を写したものだ。
「九重、間違い探しゲームだ。この写真に写っているものの中には不必要なものがある。無いはずのものがあるからそれを探してみろ」
無いはずのもの?
「そんなもの本当にあるの?」
「ある。写真を見てお前が鵜野の品書きを読み上げたところからずっと引っかかっていたんだ。九重、お前が作った飯もヒントに入るんだぜ。ここには無くて写真の中にはあるもの、よく見比べてみろ」
言われた通りテーブルと写真を交互に見やる。先生はこの写真を見て、鵜野さんのお品書きを読み上げたところから引っかかっていたと言っていた。しかし照らし合わせてみても主食、副菜、主菜に一汁という食事の基本スタイルに相違はなかった。じゃあ何が違う?ここには無いけど写真の中にはあるものとは一体なんなのか?
「無いはずのものがある…無いはずのもの…」私は呪文のように何度も呟き写真を凝視する。
絶命した被害者の遺体、散らばった料理の残り、箸、スプーン、食器――――――――――ん?
「スプーン!」
にやりと先生が笑った。どうやら解答欄に記入した答えは正解だったようだ。
「スプーンですって?」
桐生警部はきょとんとした顔をした。
「そうだ。九重の飯同様に鵜野が作った飯も全てスプーンを使わないものばかりだっただろう?にもかかわらず現場にはスプーンが存在していた。それは何故か」
「別におかしいことなんてないんじゃない?食べ方なんて十人十色なんだからもしかしたら被害者には家族ですら知らない箸とスプーン、両方を使う奇異な癖があったかもしれないわ」
直ちに警部が異議を申し立てる。
「なら桐生、スプーンには晩飯で使用した痕跡があったのか?」
彼女は途端に言いにくそうにした。
「それは、なかったけど…」
「お前の言うとおり食い方は十人十色、それについて異論はない。だが鵜野は晩飯の最中だったんだよな。箸とスプーンを両方使い分ける食い方だとしてもスプーンが全くの未使用なのはちっと不自然じゃないか?」
「じゃああんたは何のためにスプーンが用意されたものだと考えているわけ?食事に使わないんだったらあとはデザートぐらいしか思いつかないわよ」
「そのとおり」先生は指をパチンと鳴らし得意気に言った。
「鵜野は甘いものに目がない大の甘党だって話していたよな?だからこのスプーンはきっと食後のデザート用に鵜野自身が用意していたんじゃないかと思われる」
「ですが先生、お品書きにはデザート云々について書かれていませんでしたよ。食事を作る度にわざわざお品書きを書くような人が自分の大好物を書かないはずないじゃないですか」
彼の推理が納得いかず私は反論した。すると、
「…訪問者がいたのね」
桐生警部が小さく呟いた。それに先生が力強く頷き話を続ける。
「犯人は鵜野の晩飯の最中『スイーツを持って伺います』とでも電話で伝えたんだろう。鵜野はその言葉にいたく喜び我慢できずスプーンを用意してルンルン気分で訪問者が来るのを首を長くして待っていたんだ。自分が殺されるとも知らずにな」
鵜野さんを殺害後、そんなものを用意して待っていたとは知らなかった犯人が現場から逃走し未使用のスプーンが残されることになったというわけか。
「翌日。いくら鵜野がもうこの世にはいないと知っていてもだ、手土産のひとつも持参して行かないのはまずい。しかもそんじょそこらのものじゃ他の4人や警察に怪しまれる可能性だってある。『あいつ1人だけ安物のスイーツを買ってくるなんて、もしかして鵜野社長が死んでいるのを知っていたんじゃ?』とな。だから鵜野に伝えていたスイーツを持ってくることにしたんだろう。それを知っているのは被害者と自分だけだからな。さて、今までの情報を踏まえて考えると容疑者5人が持参したスイーツは羊羹、カステラ、モンブランタルト、シュークリーム、かぼちゃプリンだったな。この中でスプーンを使わなければ食べられないものといえば?」
あ。
「かぼちゃプリン!被害者を殺した犯人はかぼちゃプリンを持ってきた小高晴臣ね!」
バッと勢い良く立ち上がり嬉しそうに桐生警部が声を出した。
「おい勘違いすんなよ桐生。今話したことはあくまで俺の想像上の話だ。こんなもん証拠もなけりゃ犯人を追い詰める要素にもなりゃしねえ。全てを鵜呑みにすんじゃねえぞ」
「分かってる分かってる」
口を酸っぱくして桐生警部に言い聞かせるも二つ返事のまま彼女はさっさと身支度を整え警視庁へトンボ返りしてしまった。あの様子だと先生が危惧した展開になりそうだ。犯人はまだ小高さんだと断定したわけではないがきっと先生の推理通りなのだろう。
私はやれやれと肩を竦め、長い間放置されていた食器を片付けるべく立ち上がった。
「九重」
不意に呼ばれる。肩越しに振り向くと事件を解決した名探偵はいたく上機嫌に質問を投げかけてきた。
「食後のデザートはないのか?」
《美味しい秋には殺意を添えて 完》
安楽椅子探偵ものはいつか書いてみたいなと思っていたのでなんとか脱稿できてよかったです。食欲の秋、なんて誘惑…!