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第91話 黒騎士、襲来

 まさに、大人と子供である。

 ブレン・バイアスをも上回る巨体と、体格差をごまかすかの如く炎の体毛を燃え上がらせる小さな身体。

 両者の対峙を見守りながらシェファは、魔石の杖をグッと握り込んだ。

 右手の中指では、竜の指輪がぼんやりと青い光を発し始めている。

 自分も魔法の鎧を装着し、戦いに参加するべきなのであろうか。

 シェファのそんな思いを叱り飛ばすかのように、魔獣人間ゴブリートは言った。

「何をしている、さっさと逃げろ。この怪物は、貴様らの命を狙っているのだぞ」

 言いつつ、デーモンロードと睨み合っている。

「気のせい……かしらね」

 シェファは言葉を返した。

「魔獣人間が、あたしたちを守ってくれようとしている……ように見えるんだけど」

「世迷い言をぬかすなよ小娘」

 デーモンロードから目を離さず、シェファたちの方は一瞥もせずに、ゴブリートは言い放つ。

「俺は俺で、こやつと決着をつけねばならん。それを邪魔するなと言っているのだ」

「私と、あくまでも戦おうと言うのだなアゼル・ガフナー」

 言葉と共に、デーモンロードの右手が燃え上がる。その炎が、剣の形に燃え固まる。

「思えば……我ら魔族と戦うために造り出されたのが、貴様ら魔獣人間であったな」

「そういう事だ……ッ!」

 炎の体毛をさらに激しく燃え上がらせて、ゴブリートは跳躍した。まるで、火の玉が発射されたかのようである。

 デーモンロードが、炎の剣を振るった。凄まじい量の火の粉が、飛び散った。

 ゴブリートの飛び蹴りが、デーモンロードの斬撃とぶつかり合ったところである。魔獣人間の短い足が、激しい炎をまといながら、紅蓮の刃を蹴り付けている。

 それが、さらなる跳躍となった。ゴブリートの小さな身体が、大きく燃え上がりながら高々と宙を舞う。

 まるで太陽の紅炎の如く燃え上がった紅蓮の体毛が、地上のデーモンロードを襲った。

 熱風が、シェファたちの方まで押し寄せて来る。

「う……っ」

 シェファはよろめいた。そして踏みとどまろうとしながら、壁のようなものに軽くぶつかった。

 緑色の、金属の壁。いや壁ではない。

 すでに魔法の鎧を装着しているマディック・ラザンが、シェファを抱き支えてくれたところだった。

「……どうすれば、いいと思う?」

 面頬の内側で、マディックは頼りない声を発している。

「言われた通り……俺たちは、逃げるべきなんだろうか……?」

「…………」

 シェファに答えられる問いではなかった。

 そんな2人の視界の中、人ならざる者同士の戦いは続く。

 上空から押し寄せて来た炎を、デーモンロードは紅蓮の剣で斬り払っている。

 斬り払われた炎を蹴散らすようにして、ゴブリートは急降下を敢行していた。

 燃え盛る隕石のようになった魔獣人間が、デーモンロードに向かって、空中から翼を一閃させる。

 断頭台の刃のような翼。それが炎をまといながら、隻眼の悪魔の太い首筋を襲う。

 その斬撃をデーモンロードは、後方へと身を揺らしてかわした。

 かわされたゴブリートの身体が、半ば墜落に等しい着地を行った。砕けた石畳と土が、大量に噴出する。

 地面を蹴り砕いて、ゴブリートは踏み込んでいた。

「ぐッ……う……っ」

 デーモンロードが呻きを漏らす。青黒い巨体が、前屈みにへし曲がっている。

 その頑強な腹筋に、ゴブリートの右手がめり込んでいた。拳ではなく、掌だ。燃え盛る右掌。

 そこから炎が、高熱量そのものが、デーモンロードの体内にゴォオッ! と流し込まれる。

 青黒い悪魔の巨体が、後方へと吹っ飛んだ。そして瓦礫の塊に激突し、それを粉砕しながら地面にぶつかり倒れる。

 さらなる攻撃を加えるべく身構え、踏み込もうとしながら、しかしゴブリートは横へ跳んだ。回避の跳躍。

 瓦礫を蹴散らして伸びて来たものが、直前まで魔獣人間の立っていた辺りの地面を直撃し、石畳を灼き砕く。

 炎の、鞭だった。

 それを、赤い大蛇の如く右手から伸ばし、うねらせながら、デーモンロードはすでに立ち上がっている。

「さすがに貴様の炎は大したものだ……が、私のはらわたを灼き尽くすには足りぬ」

 隻眼の異相が、不敵に凶悪に牙を剥いて微笑む。リムレオンによって切り裂かれ、隻眼となった顔面。

 だが今、ここに彼はいない。

 シェファはつい、そんな事を思ってしまった。

 着地したゴブリートを、デーモンロードがなおも挑発する。

「……竜の御子の炎は、こんなものではなかったぞ?」

「ほざくな……!」

 竜の御子、という言葉を耳にした途端、魔獣人間の小柄な全身に力が漲った。そのように見えた。

 そう見えた時には、火の玉のようになったゴブリートが、デーモンロードに向かって突っ込んでいた。

 衝撃が起こり、火の粉が散った。

 炎の剣の一閃が、ゴブリートの突進を跳ね返したところである。

 跳ね返され吹っ飛んだ魔獣人間が、しかし着地と同時に地を蹴って、別方向からデーモンロードにぶつかって行く。

 拳か、蹴りか、体当たりか、翼の斬撃か。とにかく激しい炎をまとうその一撃を、デーモンロードは剣で受け流す。

 受け流されたゴブリートが、大量の火の粉を飛ばしつつ踏みとどまり、踏み込み、デーモンロードを襲う。

 それが、繰り返された。

 炎の剣はいつの間にか2本になっており、それらを左右それぞれの手で振るいながら、デーモンロードは巨体を躍動させている。

 その周囲を、無数の火の玉が飛び回っているように見えた。

 ゴブリートの、燃え盛る拳。紅蓮の蹴り。炎をまとう翼の斬撃。

 それらが目視不可能な速度で連続し、様々な方向からデーモンロードに叩き込まれているのだ。

 叩き込まれる全てを、しかしデーモンロードは左右2本の剣で受け止め、弾き返し、受け流していた。

 青黒い巨体が、凄まじい量の火の粉を散らせて、猛々しく舞い続ける。微塵の隙もない、炎の剣舞。

 シェファは、思わず見入ってしまった。

 やはり勝てない、と思った。魔獣人間の1人や2人では、この怪物には勝てない。

「うおおっ……!」

 怒声で悲鳴をごまかした感じの声。そんなものを発しながらゴブリートが、シェファの近くで地面に激突し、石畳の破片を大量に舞い上げた。炎の剣に叩きのめされ、吹っ飛んで来たようである。

 小柄ながら筋骨たくましい肉体。その右胸板から左脇腹にかけて、裂傷か火傷か判然としないものが刻み込まれている。滲み出す鮮血が炎で蒸発し、血生臭さを立ちのぼらせている。

 そんな傷を負いながらもゴブリートはよろりと立ち上がり、だが立ち上がれずに片膝をついてしまう。

 そこへデーモンロードが、ゆったりと歩み寄る。

「終わりだなアゼル・ガフナー……貴様の守り抜いた唯一神教が、哀れなほどに腐りきったこの時代で、まあ安らかに眠るが良い」

「……ほざくなよ、デーモンロード……!」

 そう言ったのは、マディックだった。言うだけでなく、彼は動いていた。

「唯一神教は腐ってなどいない……俺が! 立て直して見せる!」

 片膝をついたゴブリートの眼前に、まるで楯か壁の如く立ちながら、マディックはデーモンロードと対峙している。

 そんなふうに庇われて喜ぶはずもなく、ゴブリートが怒りの声を発した。

「貴様、まだ逃げていなかったのか……」

「逃がしてくれる相手ではない事を、俺たちは知っている……身にしみているんだ」

 魔法の槍を右手で構えながらマディックは、背後に向けて左手をかざした。

 癒しの力が、発動した。ゴブリートの全身が一瞬、白い光に包まれる。

 火傷か裂傷か、とにかく小柄な胴体に惨たらしく刻み込まれていた傷が、その一瞬の間に塞がってカサブタとなり、綺麗に剥がれ落ちた。

「うぬっ……貴様、またしても……!」

 傷の失せた己の身体を見下ろしつつゴブリートが、うろたえたような声を出す。

「何という事だ……貴様ごときに、2度も借りを」

「別に貸したつもりはない……貴方が殺されれば、俺も死ぬ。それだけの事だ」

 この魔獣人間を怒らせるのを覚悟の上で、マディックは喋っているようだった。

「はっきり言うぞアゼル・ガフナー殿。戦いを見ていてわかったが、貴方ではデーモンロードには勝てない。このまま1対1の戦いを続ければ間違いなく、貴方はデーモンロードに殺されるだろう。その後間もなく、俺たちも殺される……いくら逃げたところで、この怪物が俺たちの命を諦めてくれるはずがない」

「よくわかっているではないか」

 デーモンロードが、せせら笑う。

「傷を治してしまうマディック・ラザン、そして私の身体を大いに灼いてくれたシェファ・ランティ……貴様たちを見逃してやるわけにはゆかぬ。アゼル・ガフナーと結託し、この場で戦うが良い。まとめて叩き潰してくれる」

「まとめて、だと……貴様、俺をこやつらと十把一絡げに扱うのかッ!」

「いい加減にしなさいよね……魔獣人間になると、まともに物考える脳みそも壊れちゃうわけ?」

 激昂しかけたゴブリートの眼前に、シェファは進み出てマディックと並んだ。

「どう考えたって、ここは3対1で戦うとこでしょうが……武装、転身」

 左手に魔石の杖を持ったまま右手を振るい、身を翻す。

 竜の指輪から、青い光が大量にこぼれ出し、少女の全身にキラキラとまとわりつく。

 マディックが、気遣わしげな声を出した。

「シェファ、君は……」

「逃げろ、とか言わないでよねマディックさん」

 言いながらシェファは、魔法の鎧を装着し終えていた。

「知ってるよね……あたし1度、逃げた事あるの。ブレン兵長たちを、この化け物の前に放置して」

 あの時も、結局は逃げきれなかった。黒薔薇夫人の城まで追い付いて来たデーモンロードと、結局は戦う事になったのだ。

「いくら逃げたってね……最終的には、戦う事になっちゃうのよ」

「……そうだな」

 マディックがシェファと並び、魔法の槍をブンッと構え直す。

 ゴブリートも渋々ながら、共闘の体勢を受け入れたようだ。

「くそっ……弱いくせに物事をはっきりと言う奴らだ。この命知らずどもがッ!」

 魔獣人間の小さな身体が燃え上がって火の玉となり、デーモンロードに向かって跳躍する。

 それに合わせて、シェファは魔力を解放した。青い魔法の鎧の全身で、いくつもの魔石が輝きを発する。

 それらとほぼ同数の火球が空中に生じ、発射され、燃え盛る流星雨の如くデーモンロードを襲った。

 左右2本の炎の剣で、デーモンロードが猛々しい剣舞を披露する。紅蓮の刀身が、幾度も閃いて真紅の弧を描く。

 その弧に触れた火球が、ことごとく爆発し、青黒い巨体を全方向から爆炎で照らした。

 シェファの放った火球たちを、そんなふうに斬り払いながら、デーモンロードはハッと顔を上げて空中を睨んだ。

 遅かった。

 空中から襲いかかったゴブリートが、炎をまとう翼を一閃させる。

 血飛沫が噴出し、即座に蒸発した。

 ゴブリートの翼が、デーモンロードの太い首筋に食い込んでいる。

 並の怪物であれば綺麗に斬首されているであろう一撃を、頑強極まる首の筋肉がガッチリとくわえ込んで止めている。

「ぐっ……こ、これしきッ!」

 暴れるデーモンロードの首筋から鮮血が噴き出し、炎熱で蒸発し、血生臭い霧となって漂う。

 その赤い霧の中からゴブリートが離脱し、代わりにマディックが踏み込んで行く。

 激しく突き出された魔法の槍が、白い光を帯びた。癒しの力と根源は同じながら効果は正反対の、神聖なる殺傷の光。

 それをまとう槍先が、デーモンロードの腹筋に突き刺さった。シューッ! と白煙が立ちのぼった。

 聖なる殺傷力が、悪魔の巨体を、傷口の内部から灼いているのだ。

 悲鳴を噛み殺すように牙を食いしばりつつ、デーモンロードは隻眼を燃やし、マディックを睨み据える。

 面頬の内側から一瞬だけ睨み返した後、マディックは槍を引き抜いて跳躍し、その場を離脱した。

 それを確認しつつシェファは魔石の杖を構え、魔力を一気にぶっ放した。

 杖の先端の魔石から、最大限まで凝縮された高熱量の魔力光がドギュルルルルッ! と発射され、まっすぐにデーモンロードを襲う。

 勝った、と思う前にシェファは息を呑み、面頬の中で両目を見開いた。

 何者かが、どこかから跳躍し、デーモンロードの眼前に着地したのだ。

 人間の若い男、に見えた。

 髪は焦げ茶色、整った容貌をしており、均整の取れた長身に粗末な雑兵鎧を着用している。

 そんな若者が、襲い来る真紅の魔力光に向かって左腕をかざし、呟いた。

「悪竜転身……」

 そう聞こえた瞬間。シェファの魔力光が、若者の掲げられた左前腕に激突する。

 その左前腕が膨れ上がった、ように見えた。

 直後。一直線にデーモンロードを灼き殺すはずであった真紅の魔力光が、折れ曲がった。そして、あらぬ方向へと向かった。

「うそ……!」

 唖然とするシェファの視界の中で、凄まじい爆発が起こった。

 角度を変えられた魔力光が、そのまま廃墟の一部を焼き払っていた。すでに瓦礫となっていた建物が無数、爆炎の中で灰に変わってゆく。

 その爆発が収まった時。廃墟と化していた街並の、およそ4分の1近くが消え失せていた。建物の土台が少し残っているだけの、焼け野原と化している。

 シェファは、弱々しく膝をついて座り込んだ。

 全魔力を注ぎ込んで放った攻撃魔法が、標的たるデーモンロードに火傷1つ負わせる事なく向きを変えられ、大量の瓦礫を灼き砕いただけで終わってしまったのだ。

 その原因を作った焦げ茶色の髪の若者は、すでにいない。

 今デーモンロードの前に立っているのは、黒い甲冑に身を包んだ1人の騎士である。

 いや、甲冑ではない。がっしりと力強い全身を包み込んでいるのは、鎧のような黒い外骨格と鱗である。そんな身体が、一対の皮膜の翼を背中に生やし、大蛇のような尻尾を伸ばしているのだ。

 首から上は、角の生えたカボチャである。両目と口の形に切り抜かれた部分から、爛々と赤い光が溢れ出している。

 掲げられた左前腕からは、分厚い甲殻が、楯の形に広がっていた。頑強なる外骨格の楯。

 それが今は、ひび割れて白煙を発し、震えている。

「……恐ろしい火力だな、小娘」

 口の形をしたカボチャの裂け目が、言葉を発した。

「貴様の、この力……使いどころを誤るなよ」

 ひび割れた楯を広げる左前腕から、ぽたぽたと鮮血がしたたり落ちる。

 この楯で、シェファの渾身の魔力光を、防いで逸らせたのだ。

 楯自体の強度もさる事ながら、恐るべき防御の技量であると言わざるを得ない。

「レボルト・ハイマン……貴様……」

 助けられたデーモンロードが、助けてくれた魔獣人間に怒りをぶつけようとする。

「言うまでもない事だがデーモンロード殿、私は貴公が憎い。状況が許せば、あやつらに味方したいほどにな」

 レボルト・ハイマン、という人間の名を持つらしい魔獣人間が、こちらを見た。

「だが今は状況が許さぬ……わかるであろう、貴公を死なせるわけにはゆかぬのだ。魔族にあって我が国の民を、女子供だけでも守って下さる御仁は、デーモンロード殿だけなのだからな」

「私が、こやつらに殺されると……?」

 デーモンロードが激怒しかける。レボルトは、怯まない。

「少なくとも無傷では済むまい? 貴公がそう何度も傷を負うようでは、魔族の内部にも良からぬ考えを持つ者が現れるであろう……デーモンロード恐れるに足りず、とな」

 負傷した左腕をだらりと弱々しく垂らしながらもレボルトは、デーモンロードの楯となって立ち続ける。

「貴殿には、磐石の支配者でいてもらわねばならんのだ。バルムガルドの民のために」

「……そういう事か」

 ゴブリートが、腕組みをしながら言う。魔獣人間同士、どうやら面識があるようだ。

「この国の女子供ほぼ全員を人質に取られ、貴様はデーモンロードに臣従を強いられていると。そういうわけであったのだな、ジャックドラゴンよ」

「ゴブリート……アゼル・ガフナーと言ったか。他者と連携して戦うという事を、ようやく学習したようだな」

 魔獣人間ジャックドラゴンが、そんな言葉と共に、頭部の中で赤い光を激しく燃やす。

 両眼から、口から、禍々しい真紅の輝きが溢れ出す。

「私も不本意ながら連携を取らせてもらう。やるぞ、デーモンロード殿!」

 その口が開き、紅蓮の光が球形に固まって吐き出される。

 火の玉だった。

 それも1つや2つではない。5個10個と、火山弾のような炎の塊が間断なくジャックドラゴンの口から発射され、降り注いで来る。

 ゴブリートが翼を広げ、はためかせた。その羽ばたきが、襲い来る火の玉をことごとく打ち砕く。

 砕かれた火球が爆発し、魔獣人間の小柄な身体を爆風爆炎でよろめかせる。

 よろめきながら、ゴブリートは叫んだ。

「くっ……き、貴様ら自力で身を守れ!」

 言われるまでもない事ではある。

 シェファは無理矢理に立ち上がろうとして失敗し、無様に尻餅をついた。

 気力の全てを魔力に変換し、放出し、標的を仕留め損ねたのである。

 もはや動けぬシェファに向かって、ジャックドラゴンの火球が1つ、流星の如く突っ込んで来る。

「シェファ……!」

 マディックが飛び込んで来てくれた。シェファの眼前に立って槍を構え、何かを念じている。

 唯一神の加護が、見えざる防壁となってその場に出現したのが、シェファにはわかった。

 飛来した炎の流星が、その防壁に激突し、爆発した。

 白い光の破片が、爆風に飛ばされてキラキラと舞う。

「ぐぅっ……」

 マディックの身体も爆風に圧され、シェファの上に倒れ込んで来た。

 緑色の鎧をまとう身体を、膝の上で抱き止めてやる。そうしながらシェファは、凍り付いた。

 身体も心も、凍り付いたように硬直した。

 デーモンロードが、眼前に着地していた。

 立ち上がれぬシェファに、マディックに、炎の剣が突き付けられる。

「なるほど……連携、か」

 怒り狂っているのか笑っているのか、よくわからぬ感じに、デーモンロードが牙を剥く。

「レボルト・ハイマン……本当に気に入らぬ男だが、役には立つ。この気に入らぬ思いは、貴様たちに叩き付けるとしよう」

 降り注ぐ火球を左右の翼でことごとく粉砕し、爆風によろめきながらゴブリートが、こちらの危機に気付いてくれたようではある。が、ジャックドラゴンの吐き出す火球は、なおも容赦なく彼を襲い続ける。

 シェファたちを助けてくれる者は、誰もいない。

「安心しろ。他の者どもには、間もなく後を追わせてやる」

 炎の剣が、振り上がった。

 他の者ども、の中には当然リムレオンも入っている。

 自分が殺された後、リムレオンも殺される。それだけが、シェファの頭に満ちた。

 マディックが何か叫びながら、シェファの膝の上から立ち上がり、デーモンロードに挑みかかろうとする。

 そこへ、炎の剣が振り下ろされた。

 緑色の光をキラキラと飛び散らせながら、マディックは倒れた。

 魔法の鎧が一撃で粉砕され、光の粒子に戻っていた。そして倒れたマディックの右手中指、竜の指輪へと吸収されてゆく。

 倒れたまま動かなくなったマディックの身体を、デーモンロードが片足で踏み付けようとしている。魔法の鎧を失った人体など、この怪物に踏まれれば一溜りもない。

 シェファは立ち上がっていた。

 魔石の杖を振りかざし、デーモンロードに殴り掛かって行く。

 そんな愚劣極まる動きを、しかしシェファは止められなかった。

(リム様……あたし、たぶん死ぬから……)

 喧嘩別れをしてきた相手に、つい心の中から語りかけてしまう。

(その後で、デーモンロードが殺しに行くから……ちゃんと逃げなきゃ駄目よ、リム様。領民を守ろうとか考えないで……恥も外聞もなく無様に逃げて逃げまくって、カッコつけずカッコ悪く生き延びなさいよねっ)

 魔力の尽きた身体で、ただ魔石の杖を振り立て、デーモンロードに叩き付ける。

 叩き付けようとした杖が、ブンッと爽快に空振りをした。

 命中する前に、デーモンロードはその場から吹っ飛んでいた。

 青黒い悪魔の巨体が、割と原形をとどめた建物の1つに激突する。

 その建物は、完全に崩壊した。

 半ば瓦礫に埋もれたデーモンロードの肉体。その分厚く強固な胸板に、一筋の白い光が突き刺さっていた。

 細長く棒状に固まった光……矢の形である。

 深々と突き刺さってはいるが、どうやら心肺に達するほどの深手ではない。

「うぬっ……ぐ……な、何者……ッ」

 鎧の如き胸板に、光の矢を突き立てたまま、デーモンロードは瓦礫を押しのけて立ち上がった。

 ジャックドラゴンもゴブリートも、火球の発射と防御を中断し、驚愕に身を固めつつ見据えている。

 その男がゆっくりと歩み寄って来る方向を、である。

 シェファの魔力光によって生じた焼け野原を、黒い人影が1つガシャッ、ガシャ……ッと歩んでいた。

 ブレン兵長ほどではないにせよ大柄でたくましい身体が、黒一色で勇壮に不気味に鎧われている。黒い全身甲冑。頭から爪先に至るまで、肉体の露出は一ヵ所もない。

 そんな騎士姿の人物が、左手に携えている武器。それは弓であった。並の男では引く事も難しそうな、金属製の長弓。上下の端から、短剣よりは少し長めの刃が伸びている。とは言え、これを白兵戦で効果的に用いるには、並々ならぬ技量が必要であろう。

「…………ま……」

 辛うじて生きていたマディックが、上体だけを起こしながら弱々しい声を発する。

「魔法の……鎧……?」

「マディックさん……大丈夫なの?」

 そんなシェファの問いには答えず、マディックは言った。

「シェファ……魔法の鎧の開発者ゾルカ・ジェンキム氏は、すでに……亡くなられているのだよな、確か」

「そうよ。だから魔法の鎧を作れる人が、いるとすれば」

 ゆっくりと歩み寄って来る暗黒色の甲冑姿を、シェファもマディックも、息を呑んで見つめた。

「君なのか……」

 マディックが、やがて呻いた。

「イリーナ・ジェンキム……君なのか……」

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