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第81話 王都陥落、新王即位

 タジミ村のはずれに、巨大な食卓のような岩がある。

 その上に、魔獣人間グリフキマイラは、どっしりと腰を下ろしていた。

 一月ほど前に村を攻めた怪物たちは、彼の姿を見て、ゴルジ・バルカウスの遺作だ、などと口走っていた。

 遺作の意味をティアンナは、ゼノス・ブレギアスに説明してやった。

 つまり、ゴルジ・バルカウスが死んだらしい、という話をしたわけである。

 それ以来ゼノスは、めっきり口数が少なくなった。

 今日もまた村はずれで1人、魔獣人間の姿で、大岩の上に座り込んでいる。

 いや、1人ではなかった。頭上に、フェルディ王子を乗せている。

 この赤ん坊はゼノスに、と言うより怪物グリフキマイラに、懐いてしまっているのだ。今も魔獣人間のタテガミに埋まって、だぁだぁと楽しそうにしている。

 赤ん坊を頭上で遊ばせているゼノス本人は、しかし全く楽しそうではなかった。獅子、山羊、荒鷲、3つの顔面全てに沈痛な表情を浮かべている。尻尾の形に尻から生えた毒蛇までもが、どこか悲しげに頭を垂れていた。

「こんな所に、いたのね……」

 この男でも、こんな様子を見せる事があるのか。そんな新鮮な発見をした気分になりながら、ティアンナは声をかけた。シーリンとマチュアも、一緒である。

 女性3人を岩の上からちらりと見下ろし、ゼノスは言った。

「……また何か攻めて来たかい、オークやらトロルとか」

「いえ、ここ最近は静かなものよ。貴方のお手柄であるのは、まあ認めなければね」

 ティアンナは軽く溜め息をつき、苦笑した。この男、役には立っている。

 タジミ村への、怪物たちの襲撃は、何度かあった。

 全て、ゼノスが撃退してくれた。ティアンナも、まあ少しは戦った。

 この村は運が良かった、と言えるだろう。ゼノス・ブレギアスという強大なる防衛力を、手に入れる事が出来たのだから。

 彼がこの村にとどまっているのは、フェルディに懐かれているからだ。

 すなわち、何の役にも立たないシーリン母子の面倒を見続けてきた、村人たちの親切心がもたらした幸運である、とも言える。

 そのような幸運に恵まれなかった他の村々や町は、魔物・怪物どもの襲撃を受けて抗する術もなく、かなり悲惨な事になっているらしい。

 このバルムガルドという王国で今、何が起こっているのか、詳しい事はよくわからない。ただ、国政がほとんど機能していないのは間違いなさそうだ。

 この国で現在起こっている事態を、本当は詳しく調べなければならないのであろうが、今はこのタジミ村1つを守り通すのが、精一杯であり最優先である。ゼノス・ブレギアスの力をもってしても、一国の人民全てを守りきる事など出来はしない。

 食卓のような大岩の上に、ティアンナはひらりと飛び乗った。

「貴方でも、何か思い悩む事があるのね……」

 マチュアを、続いてシーリンを岩の上に引っ張り上げてやりながら、ティアンナは魔獣人間に声をかけた。

「悩み事を、フェルディ王子に打ち明けていたの?」

「悩み事ってわけじゃねえが……」

 3つの顔面で遠くを見つめながら、ゼノスは答えた。

「なあティアンナ姫……あんたが俺について来てくれたのは、要するにゴルジ殿をぶち殺すためだったんだよな」

「そう……私は、貴方を利用したのよ。許せない?」

「利用でも何でもしてくれりゃいいと思うけどよ……結局、無駄に終わっちまったって事だよな」

 ゼノスは、空を見上げた。

「あんたや俺に殺されるまでもねえ。ゴルジ殿は、死んじまった」

「ゼノス王子にとっては、その……主、または父上のような存在だったのですか?」

 シーリンが、控え目に言葉を挟んできた。

 その主または父親のような存在を、ゼノスは殴り殺している。シーリンを守るためにだ。

「そのような御方を、貴方は私のために……」

「ありゃゴルジ殿が悪い。義姉(ねえ)さんが気にする事じゃねえよ……それにな、あれを1匹ぶっ潰しただけじゃゴルジ殿を殺した事にゃならねえんだ」

「ゴルジ様は、数えきれないほど大勢いらっしゃいます……」

 マチュアが言う。

「あの方々の、本体……のようなものが岩窟魔宮の奥にあると、メイフェム様がおっしゃってました」

 ゴズム岩窟魔宮。それが、ゼノスに道案内をさせてティアンナが赴くはずだった、ゴルジ・バルカウスの本拠地の名であるらしい。

 その名の通りゴズム山中、このタジミ村からそう遠くない所にあるようだ。

「その本体も、どうやらブッ潰されちまったようだぜ」

 ゼノスの口調が、低く重く、怒りを帯びる。

「ゴルジ殿はな、オークやらトロルやらデーモンやら、とにかく魔物とか怪物の類が大ッ嫌えだった。そいつらが、でけえ面でのさばってやがるこの状況……ゴルジ殿が放置しとくワケはねえよ。もし生きてんならな」

「生きていないから放置されている、という事?」

 ティアンナの問いに、ゼノスは呻くように答えた。

「そう考えるしかねえ……ゴルジ殿は、殺されちまった。殺した野郎が岩窟魔宮を乗っ取って、魔物どもをバルムガルドじゅうにバラまいてやがる。そう考えるしか、ねえんだよ……ッ!」

 猛禽の爪に囲まれた左掌を、ゼノスは右拳で殴打した。大きな音が響き、マチュアがビクッと怯えてシーリンにすがり寄る。

 フェルディは怯えた様子もなく、グリフキマイラの頭部3つに囲まれて相変わらずはしゃいでいる。

 タテガミや角やクチバシを赤ん坊にいじらせながら、ゼノスは語った。

「ゴルジ殿は本当、ワケわかんねえ人だったよ。何考えてんのか、何言ってんのかも、さっぱりわかんねえ。意味不明なコト言いながら義姉さんやフェル坊に危害加えようとしやがるし、もしかしたら俺がいずれブチ殺してたかも知んねえよ。そうなる前に……恩返しの真似事くれえは、しときたかったぜ」

 ティアンナにとっては、ヴァスケリア王国のためにも滅ぼさなければならなかった相手。だがゼノス・ブレギアスにとっては、魔獣人間の力を与えてくれた恩人。

 そういうものだろう、とティアンナは思う。自分がゴルジ・バルカウスと戦う事になっていたら、この王子は果たしてどちらの味方をしていただろうか。

「俺が何にも出来ねえうちに、ゴルジ殿は死んじまった……なあフェル坊。お前の叔父さん、恩知らずな野郎になっちまったよ」

 そんな言葉に応えたわけではあるまいが、フェルディ王子はグリフキマイラの頭上で楽しそうな声を発している。

 微かな異臭を、ティアンナは感じた。マチュアとシーリンも、感じたようだ。

「フェルディ、お前……!」

 シーリンが血相を変えて立ち上がり、魔獣人間のタテガミの中から我が子を慌てて抱き上げる。

 案の定だった。ゼノスは、気付いていたのであろうか。

「ご、ごめんなさいゼノス王子!」

「いいよ義姉さん……俺なんか、ウンコまみれにでもなってりゃいいんだ」

 気にした様子もなく、ゼノスは暗い声を発している。

「ゴルジ殿……ごめんなぁ、ゴルジ殿よう……」

「ゼノス王子……」

 ティアンナは、何と言ってやれば良いのか、わからなくなった。

 シーリンが、マチュアの手助けを得ながら、息子のおむつを取り替えている。

 マチュアにいろいろと教わりながらもシーリンは、母親として様々な事をするようになった。赤ん坊の汚物に、平気で手を触れるようにもなった。

 もしも自分が子供を産んだなら、この姉と同じ事が出来るであろうか。ふと、そんな事をティアンナは思った。

 しょげていたゼノスが突然、顔を上げた。

 獅子の瞳が、山羊の両目が、鷲の眼光が、村とほぼ正反対の方向へと向けられる。

 ティアンナも、そちらを見た。

 傷病兵の一団が、姿を現していた。

 その数、15、6名。全員、バルムガルド王国軍の官製甲冑を身に着けているが、兜を失って血染めの包帯を頭に巻いていたり、肩当てや手甲を欠落させて片腕を吊っていたりと、敗残兵そのものの惨めさを露わにしている。

 槍にすがって歩いている者もいる。それすら出来ず、仲間の肩を借りて辛うじて立ちながら、死にかけている者もいる。

 兵士、と言うより騎士の一団である事が、ティアンナにはわかった。殺されたか食ってしまったかで軍馬を失い、自身の足で敗走せざるを得なくなった騎士たち。

 そうではない者が、1人だけいた。

 ティアンナとそう年齢の違わぬ、若い娘。服はボロボロで髪はほつれ、肌も薄汚れているものの、その程度では曇らぬほどの美貌である。清潔にして着飾れば自分より美しくなるのではないか、とティアンナは思った。

 負傷した騎士の1人に細い肩を貸しながら、その少女がまず声を発した。

「あの……タジミ村は、こちらでしょうか」

 ティアンナは即答をためらった。村人でもない自分が、このような来訪者たちを勝手に迎え入れて良いものだろうか。

 そう思いながらも、とりあえず応対を試みた。

「……あなた方は?」

「我らは、バルムガルド王国正規軍……」

 少女の肩を借りていた騎士が、息も絶え絶えに声を発する。

「そうは見えぬだろうが、国王ジオノス2世陛下に直接お仕えしていた者たちだ……どうか、お取り次ぎ願いたい。ここがタジミ村であるならば、シーリン・カルナヴァート殿下に」

 言いつつその騎士は、食卓のような大岩に目を向けた。

 その目が、シーリン本人を発見する前に、三つ首の魔獣人間に対して見開かれる。

「うぬ……ま、魔物どもが! このような所にまで!」

「……何だ、てめえら」

 ゼノスが、大岩の上からギロリと睨み返す。

 その眼光を受けた騎士たちが、恐慌にも等しい状態に陥った。

「だ、駄目だ……どこへ行っても魔物どもが!」

「この王国は、もはや完全に……奴らの手に、落ちたのか……」

「だ、だからと言って放っておけるか! 女性と子供が、魔物に喰い殺されようとしているのだぞ!」

 何も知らない者がこの場を見たら、確かにそう思ってしまうだろう。

「あ、あのう……そうではなくて」

 マチュアが大岩の上で立ち上がり、説明をしようとする。

 騎士の1人が、聞く耳を持たずに怒り狂った。

「魔物め、その子から離れろ! 下りて来て、我らと勝負しろ!」

「待って、待って下さい」

 その騎士に肩を貸してやっている少女が、怒り狂う怪我人をしっかりと支え捕まえたまま、息を呑んで言った。

「シーリン様……そこにおられるのは、シーリン様でしょう?」

「……リエル・ファーム?」

 いくらかは慣れてきた手つきで息子のおむつを替え終わったシーリンが、応えた。

「貴女が、何故こんな所に……それに、その姿は? 一体、何があったの……」

 どうやら顔見知りであるらしい女の子を、本当は岩から降りて出迎えたいところであろう。だが赤ん坊を抱えた状態ではそれも出来ずシーリンは、大岩の上から会話に応じていた。

「王宮にいるはずの貴女が、騎士団と共にさまよい歩いている……それだけで、何があったのかは理解しなければならないのかも知れないけれど……でも、信じられないわ」

「シーリン様……」

 リエル・ファームと呼ばれた少女が、ぽろぽろと泣き出した。その細い身体が、支えている騎士の体重に負けて、くずおれてしまいそうになる。

 そこへ他の騎士たちが駆け寄り、支えた。

 支えられながら、泣きながら、それでもリエルは、辛うじて聞き取れる言葉を発した。

「あたしたち……陛下を、お守りする事が……出来なかったんです……」

「……ジオノス2世陛下は、崩御なされた」

 比較的軽傷な騎士の1人が、重く暗く告げた。

「王都ラナンディアは、魔物どもの手によって陥落した。王族の方々で生き残っておられるのはシーリン・カルナヴァート妃殿下、貴女がた母子のみ……我らはもはや、1度は王宮を捨てた御方に頼るしかないのだ」

「王都陥落、それに国王陛下の御崩御……やはり、信じたくないお話です」

 息子をマチュアに預けてからシーリンは、危なっかしい足取りで大岩を降り、地に立って騎士たちと向かい合った。

「この村を1歩も出ていない私には、この国で何が起こっているのかが良くわかりません。それを、まず教えて下さればと思いますが」

「詳しくお話するような事なんてないんです、シーリン様……」

 リエルが、泣きじゃくりながら語る。

「魔物の群れが、いきなり攻めて来たんです。本当に、ただそれだけの事……王都だけじゃなくて、いろんな町や村が襲われて……で、でも、あたしたちは陛下をお守りしながら逃げるのが精一杯で……結局、お守り出来なくて……」

 リエルの言葉は嗚咽に潰され、もはや聞き取れない。

 騎士の1人が、引き継ぐように言った。

「陛下はおっしゃった。フェルディウス・バルムガーディ王子を、バルムガルド次期国王に指名すると……」

 言いながら、何かを大仰に両手で持ち、恭しく掲げている。

 玉石で作られた、大型の印章である。ペガサスにまたがった勇壮なる戦士、の形に彫られている。

 バルムガルドにおける王位の証、なのであろう。同じようなものはヴァスケリア王家にもあって、今はティアンナの兄ディン・ザナード4世が保持している。

「国王の玉印……赤子の手には少々、大き過ぎる物です」

 シーリンが言った。

「母親たるこのシーリン・カルナヴァートが、しばし預かる事……お認めいただけましょうか?」

「我らは、認めたくない……ヴァスケリア王家の血を引く者が、バルムガルド国王の証に手を触れるなど」

 騎士の1人が、苦渋そのものの声を発している。

「だが……ジオノス2世陛下は、お認めになるであろう」

「御心配なく。国王の母親として専横を極める、つもりなどありませんから」

 騎士の手から玉印を受け取りながら、シーリンは微笑んだ。

「今や滅亡同然のバルムガルドで、そんな事をしても……富貴栄華を楽しむ事など出来ません」

 ティアンナは軽く目を見張った。この姉が、これほど不敵な笑みを浮かべる女性だったとは。

(カルナヴァート家系の方々は……やはり一筋縄ではいかないようですね、兄上)

「……御言葉に気をつけなされよ! バルムガルドが滅亡同然だなどと!」

 騎士の1人が、激昂した。

「バルムガルド王国は滅びぬ! 滅びはせぬ! 滅びなど……」

「現実を見なさい」

 シーリンは穏やかに、だが厳しく、騎士の怒りを遮った。

「国王陛下はすでに亡く、国土は魔物たちに蹂躙され、しかもそのような状況に立ち向かうべき新たな国王はまだ赤子……これを国の滅びと言わずして、何と呼ぶのです」

 激怒しかけていた騎士たちが、うなだれて黙り込んだ。

 静まり返ってしまった彼らにシーリンはなおも、まるで女王の如く語りかける。

「滅びも同然の現状からバルムガルド復興を成し遂げるには、まず何よりも団結する事が必要となります。貴方がたも私たちも、新たなる国王の下で……1つに、まとまらなければなりません。魔物たちを斬り払う、1本の剣の如く」

 語りながらシーリンは、大岩を見上げた。

 岩の上ではマチュアが、ティアンナとゼノスの間に立ってフェルディを抱いたまま、落ち着かなそうにしている。

 少女の小さな両腕に抱かれた我が子に対し、シーリンは、

「一同……新国王ジオノス3世陛下に、忠誠を」

 言葉と共に恭しく、その場に跪いた。

 リエルが、それに騎士たちが、続いて次々と膝を屈し、頭を垂れる。

 1人の赤ん坊に対し、全員が跪いていた。

「えっ……あ、あのう」

 新国王となった赤ん坊を抱いたまま、マチュアがおたおたと慌て始める。拝跪の対象となっているのは、その赤ん坊であって自分ではない事を、わかってはいるのだろうが。

 わかっていない魔獣人間が1匹、マチュアの隣で調子に乗っている。

「はっはっは、苦しゅうないぞ。うむうむ。全員、俺とフェル坊のために励むのだぞ」

 ティアンナは魔石の剣を鞘ごと振るって、ゼノスをぶん殴った。

 どこか嬉しそうな悲鳴を垂れ流しながら、グリフキマイラが大岩から転げ落ちて行く。

 それを追ってティアンナも岩から下り、魔獣人間のタテガミを左手で掴んだ。

「ここは悪ふざけをしても良い場面ではないでしょう? ほんの少しでいいから空気を読みなさいっ」

 叱りつけながらティアンナは、跪いて頭を下げつつ、グリフキマイラの頭を押さえ付けて無理矢理に一礼をさせた。

「だっ駄目だよティアンナ姫、手で押さえるんじゃなくて足で踏んでくれよう」

「……良かった。いつものゼノス王子に戻ったわね」

 ティアンナは溜め息をつき、そして悩んだ。

 自分と、そしてこの元リグロア王太子である魔獣人間を、この騎士たちにはどう説明したものであろうか。

 フェルディ王子……否、バルムガルド新国王ジオノス3世は、尼僧姿の幼い少女に抱かれたまま、いつも通りはしゃいでいる。

 自分に向かって拝跪している大勢の大人たちなど、眼中にない様子であった。



 バルムガルド王都ラナンディアは、ほぼ完全に廃墟と化していた。

 住民であった人間どもが、あちこちで瓦礫に埋もれながら腐敗し、蛆をたからせている。

 オークロードは深呼吸をした。

 腐臭に満ちた空気が、大きな鼻から吸い込まれて全身に行き渡る。並のオークを一回り以上は上回る巨体に、活力が満ちてゆく。

 人間どもの、腐りゆく屍の臭い。これほど清々しくかぐわしいものが、この世にあろうか。

 まだ腐っていない屍もあった。

 15、6歳くらいの、若い人間の牝。どうやら、まだ殺したてである。可愛らしい顔は、血と涙にまみれたまま青ざめ、歪み、硬直している。

 その柔らかく瑞々しい裸身から、しなやかな手足が引きちぎられた。色艶の良い臓物が、引きずり出された。

 引きちぎり引きずり出したものを、3人のオーク兵士が、実に美味そうにしゃぶり咀嚼している。

 3人とも、軍装をまとっているのは上半身だけで、下半身は裸だ。この人間の牝を殺して引きちぎる前に、さんざん楽しんだのであろう。

 今のうちに楽しんでおいて欲しい、とオークロードは思う。部下たちにこんな楽しみを満喫させてやる事が、しばらくは出来なくなってしまうのだ。

 デーモンロードが、バルムガルド人の女子供に危害を加えてはならぬ、などという正気とは思えぬ布告を出したのである。

 いかに理不尽なものであっても、デーモンロードの命令は絶対だ。赤き竜亡き今、この怪物に逆らえる者などいない。逆らえばオーク族が滅ぶ。従うしかない。

「なぁに……俺が竜の御子を討ち取れば、済む事よ」

 オークロードは、にやりと微笑んだ。

 竜の御子を討ち取った者に、魔族の帝王の地位を譲る。デーモンロードは、確かにそう言ったのだ。

 オークロードは思い描いた。

 自分が帝王となり、配下のオーク族全員に、人間へのあらゆる暴虐を容認する。人間どもに対する略奪・搾取は、オーク族が真っ先に行って大部分を奪ってゆく。トロル族や悪魔族には、残り物しかやらぬ。

 使い捨ての雑兵として蔑まれ酷使されているオーク族が、魔族の頂点に立つ時代が来るのだ。オークロードが、竜の御子を倒す事によって。

 瓦礫を蹴散らす、荒々しい足音が聞こえた。複数の、耳障りな濁声と一緒に。

「おう、何やってんだぁブタども」

「だぁーれがメシ食っていいって言ったあ? 勝手な事やってんじゃねえぞオークのくせによぉお」

 巨体のトロルが5匹、どかどかと歩み寄って、オーク3人に因縁をつける。

 下半身裸のまま楽しく食事をしていた3人が、ぎょっと怯えて固まった。

「てめ……何こんなイイもの食ってんだゴルァア!」

 トロルの1匹が、食われかけの人間の牝を奪って引きずり起こしながら、オークの1人に蹴りを叩き込む。

 蹴られたオークが悲鳴を上げながら転がり、腹を押さえて身を丸める。

 仲間2人が慌てて駆け寄り、気遣おうとするが、そこへトロルたちが容赦なく暴行を加えていった。泣きながらうずくまるオーク3人に、拳を、蹴りを降らせ、口々に喚く。

「てめえらが人間のメスしゃぶろうなんざぁ1000年早ぇえんだよブタどもが!」

「ブタは犬の糞でも拾い食いしてろバァーカ!」

「こいつぁ俺らがいただく。んー、まだこんな美味そうなメスが残ってやがったとはなァー」

 トロルの1匹が、オークたちから奪い取った若い娘の屍に、かじり付こうとする。

「やめろ」

 オークロードは声を投げつけ、のしのしと歩み寄った。

 トロル5匹が、ギロリとこちらを睨む。暴行を受けていたオーク3人が、おどおどと涙目を向けてくる。

 甲冑にくくり付けて背負っていた大型の鎚矛を、右手で持って構えながら、オークロードは言った。

「餌は、それを捕えた者にのみ食らう権利がある。横取りとは、自分で餌を捕えられん者の所業よ……犬の糞でも拾い食いしておれ、役立たずどもが」

 役立たずとは、まさにトロル族のためにあるような言葉だった。

 トロルロードからの借り物であるこの低能どもが、オーク兵団との連携を無視して勝手に動き回ったおかげで、王都攻略は大いに遅れた。国王ジオノス2世も、取り逃がしてしまった。

「オークロード……てめえ、戻ってやがったのか」

 トロル5匹が、各々の得物を構えながら寄って来る。戦斧が2本、大剣が2本、トゲの生えた鋼鉄の棒が1本。それら武器が、オークロードを取り囲む。

「口のきき方に気ぃつけろよ? もう戦は終わっちまったんだ。いつまでも司令官面してんじゃねえぞ」

「このブタ野郎、デーモンロード様に呼び出されて死刑になったってぇ話じゃねえのか。国王を逃がした罪でよぉお!」

「なぁに、俺らが今ここで死刑にしちまえばいい! ブタ罪でなあああ!」

 戦斧が、大剣が、鋼鉄の棒が、一斉にオークロードを襲う。

「戦は終わった……だと? わかっておらぬ輩よ」

 嘲笑いつつ、オークロードは自身からも踏み込んで行った。一見すると肥満気味な、だが馬鹿力だけのトロルどもとは鍛え方の違う肉体が、敏捷に獰猛に躍動して鎚矛を振るう。

 金属を破壊する手応えが5つ、連続してオークロードの手元を震わせた。

 トロルたちの、戦斧が砕け、大剣が折れ、鋼鉄の棒がへし曲がっていた。

 使い物にならなくなった得物を握り、たじろいでいる5匹のトロル。そこへオークロードは、なおも容赦なく鎚矛を叩き付ける。

「戦いはむしろ、これから始まるのだ。竜の御子との戦いがなッ」

 トロルたちの醜い顔面が、綺麗さっぱり砕け散った。岩石のような筋肉が破裂し、強固な骨が砕け、汚らしい臓物がぶちまけられた。

「無論、貴様らの力など不要……竜の御子は、この俺が倒す」

 オークロードの周囲で、5匹のトロルが、もはや死体ですらない肉の残骸と化した。

 肉片や臓物の切れ端が、ぴくぴくとナメクジの如く蠢き這って寄り集まろうとするが、やがて力尽き、萎びてゆく。

 再生能力など、それを上回る破壊力の前には、何の意味も成さないのだ。

「そうして俺が魔族の帝王となった暁には……貴様らトロルなど、1匹も生かしてはおかん」

 肉の残骸たちに向かって言い放ちながらオークロードは、臓物のこびりついた鎚矛をブンッと振り上げて肩に担いだ。

 そうしてから、暴行されていたオーク兵3人に声をかける。

「おい、大丈夫か貴様たち」

「ブッ……ブヒ……」

「ブギッ、ブキキッ……」

 3人とも相変わらず下半身裸のまま、痛々しく腫れ上がった顔面の中で、両目をキラキラと潤ませ輝かせている。

 うち1人がオークロードに向かって、恭しく何かを差し出した。

 色艶の良い、健康そうな心臓である。

 トロルどもに奪われるところだった、人間の美少女の死体。そこから抉り出したものだった。

「何だ……俺に、くれるのか?」

「ブヒ!」

 顔を腫らしたオークたちが、にこにこと微笑む。

 若い娘の臓物になど、この先しばらくはありつけなくなるから、お前たちで食べるといい。

 オークロードはそう言おうとしたが、せっかくの気持ちなので、もらっておく事にした。実際、若い人間の臓物は大好物なのだ。人間は、肉よりも臓物が美味い。

 受け取った心臓を一口、かじってみる。極上の歯応えだった。

「美味い……美味いなあ、はっはっは」

 心の底から、そんな声が漏れた。

 3人のオークが、引きちぎった乳房や太股をむしゃむしゃと食べながら、本当に楽しそうに笑っている。

 思うさま人間どもを殺戮し、こうして食らいながら、楽しく笑い合う。オークとしての、至福の一時である。

(守る……俺は守るぞ、お前たちを)

 肉よりも歯応え豊かな心臓を丸かじりしながら、オークロードは心に誓った。

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