第78話 魔人と魔物と魔獣人間(中編)
片刃の長剣と両刃の長剣をぶつけ合い、交わらせ、ギリッ……と噛み合わせながら、男女2体の魔獣人間が睨み合う。
ジャックドラゴンとバルロック……レボルト・ハイマンと、メイフェム・グリム。
睨み合いながらも、メイフェムは微かに動揺していた。レボルトが、シーリン・カルナヴァートの名を口にしたからだ。
その動揺を見透かしたかのように、ジャックドラゴンがなおも言う。
「安心せよ、シーリン殿下は御無事だ。見ての通り我が国は、傀儡政権どころではなくなってしまったのでな……母子共々、タジミ村で平穏に暮らしておられる。今のところはな」
バルムガルド国内がこのような有り様では、その平穏がいつまで続くかはわからない。レボルトは、そう言いたいのであろう。
「だから重ねて言うぞメイフェム・グリムよ。私に力を貸せ。赤き魔人とデーモンロードを、この場で討ち滅ぼすために」
「おチビちゃんは……」
何か考える前に、メイフェムは言葉を発していた。
「……シーリン殿下の近くに、8歳くらいの小さな女の子がいたはずよ。その子は無事なの?」
「唯一神教の法衣を着せられた少女か? それなら安心するが良い。シーリン殿下と共に、タジミ村で守られている」
レボルトと剣を噛み合わせ、押し合いながら、メイフェムは思わず安堵してしまった。
(馬鹿馬鹿しい……何を安心してるのよ私はッ!)
噛み合っていた2本の剣が、弾け合うように離れた。ジャックドラゴンとバルロック双方、跳びすさって距離を開き、構え直し、対峙する。
睨み合いが数秒、続いた後、レボルトの方から言葉を発した。
「……守るべきものがあるのなら、私に協力しろ。赤き竜の、血族と残党……どちらを生き残らせてもならんのだ。こやつらが生きている限り、何も守る事が出来ぬ。わかるであろう?」
「守る……ね」
何かを守るために、戦う。メイフェムも19年前は、心からそう信じていられたものだ。
ちらり、と視線を動かす。
デーモンロードとガイエル・ケスナーが、こちらと同じように若干、距離を開いて睨み合っている。
青黒い悪魔の巨体と対峙する、赤き魔人の異形。
竜そのものの尻尾が鞭のように跳ね、魔獣人間の1体を殴り飛ばしたところだった。
無数の茸が集まり固まったかのような大型の魔獣人間が、滑稽な悲鳴を垂れ流しながら吹っ飛んで地面に激突し、弱々しく這いずりのたうつ。
もう1体の魔獣人間は、ガイエルの足元にいた。
赤き魔人のいかなる攻撃を喰らったものか、とにかく倒れ伏し、ガイエルの左足に背中を踏み付けられている。そして左半分だけの仮面を貼り付けた美貌を無様に歪め、悲鳴を漏らす。
「ひっ……ぐぅ……で、デーモンロード様……どうかお助けを……」
デーモンロードはしかし助けようともせず、炎の剣を一見無造作に構えたまま、微動だにしない。隻眼を激しく燃やし、赤き魔人に油断なき眼光を叩き付けている。
この怪物2体を、力を合わせて討ち取るべし、などと言っているのだ。このレボルト・ハイマンという将軍は。
「ねえレボルト将軍……貴方わかってないわ。あのデーモンロードが、どれほどの化け物なのか」
「わかっている。1度、戦い……敗れたのだからな」
屈辱を噛み締める口調で、ジャックドラゴンは言った。
「あれがどれほど恐るべき怪物であるかは、身をもって思い知った。私1人では勝てぬ……ゆえに貴様も力を貸せと言っているのだ」
「そこよ。私と貴方が手を組んだだけで勝てると思っている……だから何もわかっていないと言っているのよ」
メイフェムもまた、屈辱を噛み締めた。
「……魔獣人間の2体3体で勝てる相手なら、19年前に私たちが倒しているわ」
「何……?」
「赤き竜は死んだのに、デーモンロードは生き残った。それがどういう事かわかる? 私たちが仕留め損ねた、という事よ。最強装備に身を固めた私たち5人の力で、倒せなかった怪物……それがデーモンロードよ。しぶとさだけなら赤き竜よりも上でしょうね」
その赤き竜の血を引く若者。
ヴァスケリア前女王エル・ザナード1世専属の切り札として戦い、ダルーハ・ケスナーをも倒した怪物。
この場でデーモンロードと一まとめに始末出来る相手なのかどうか、レボルトには熟考させる必要がありそうだ。
「悪い事は言わないわ。命を狙うなら、どちらか片方になさい……どう考えても、今はデーモンロードの方を何とかするべきだと思うけれど。ガイエル・ケスナーと手を結んででも、ね」
「同じ事を何度も言わせるな……赤き魔人とデーモンロード、どちらが生き残ってもならんのだ」
ジャックドラゴンの両眼が、憎悪の光を燃やす。
いくらか恐怖に近いものが混ざった憎悪である事を、メイフェムは見て取った。
そして理解した。レボルト・ハイマンがガイエル・ケスナーと手を結ぶなど、絶対に有り得ない事であると。
この将軍は、目の前で4000人近い自軍兵士を殺されているのだ。
「……貴方は、ガイエル・ケスナーを倒すために魔獣人間となったのね。ゴルジ殿の手で」
「貴様もゴルジ・バルカウスの作品であったな……一応は、教えておいてやろうか」
レボルトは1つ、息をついたようだった。
「……ゴルジ・バルカウスは死んだぞ。デーモンロードに殺された」
「何ですって……」
「ゴズム岩窟魔宮は、魔族の城塞と化した。わかるか? タジミ村の近くに、魔物どもの本拠地が出来てしまったのだ」
シーリン母子のいる、そしてマチュアのいる、タジミ村の近くに。
「だから……どうだって言うのよ」
ざわざわと得体の知れぬ感覚が、胸の奥で渦巻いている。それを無理矢理に押さえ込み、メイフェムは言った。
「そんな事を私に知らせて、どうするの……私に何をさせようと企んでるのかしら?」
「何をするかは貴様が決める事だ……だがもう1度、言ってはおこう。守るべきものがあるのなら、私に協力しろ」
(守るべき……もの……)
19年前、恥ずかしげもなく口にしていた言葉である。
(貴方のいない今の私に、そんなものがあるの……? 教えてよ、ケリス……)
「1つ、はっきりさせておこうか」
片足で踏み付けていた魔獣人間を無造作に蹴り転がしながら、ガイエルは言った。
「貴様は俺を、殺そうとしている……と。そういう事で、いいのだな?」
「貴殿が我ら魔族に、味方せぬとあらば……!」
デーモンロードが、踏み込んで来た。
青黒い巨体が、視界の中でさらに巨大に膨れ上がった、ようにガイエルには見えた。
炎の剣が、燃え上がりながら一閃する。
ガイエルは、軽く後方に跳んでかわした。激しい熱風を伴う斬撃が、眼前を通過する。
「ふん……味方でなければ例外なく敵、殺すべき相手というわけか。なかなかに残虐な考え方だ。気に入ったぞ」
顔面甲殻の内側で、ガイエルは微笑した。
そうしながら、胸の内で熱く燃え盛っているものを、両腕へと流し込む。
「……俺も、残虐にいかせてもらうとしようか」
左右の前腕で、刃のヒレが赤く発光した。
斬撃能力を熱く高めた両腕を構えて、ガイエルは踏み込んで行った。
デーモンロードが、炎の剣で迎え撃つ。斜め上方から襲い来る、猛火の一閃。
それをガイエルは、左腕で受けた。赤熱するヒレ状の刃が、炎の剣を受け流す。
受け流しながらガイエルは身を捻り、左足を高速離陸させた。
竜の爪を生やした蹴りが、デーモンロードの右脇腹を直撃する。
「うぬっ……!」
青黒い強固な外皮に、ほんの少しだけ傷がついたようだ。デーモンロードの脇腹から、微量の鮮血が流れ出す。
一瞬、怯みながらも、デーモンロードは即座に反撃して来た。左手が燃え上がり、右と同じく炎の剣を発生させる。発生とほぼ同時に、その燃え盛る刃が突き込まれて来る。
それをガイエルは、右前腕の赤熱刃で弾き返した。火の粉が散った。
うかつな防ぎ方をしたら、刃のヒレもろとも前腕が叩き斬られる。そう確信出来るほど、強烈な炎の一撃である。
それが、立て続けに襲いかかって来た。
左右2本の炎の剣が、交互に、時には同時に、様々な角度から降り注いで来る。
赤熱する刃を備えた両腕で、ガイエルはそれらを片っ端から弾き返し、あるいは受け流した。その度に、外骨格も内骨格も砕けてしまいそうなほどの衝撃が、左右前腕に流れ込んで来る。
顔面甲殻の内側で、ガイエルは牙を食いしばった。
青黒い巨体の悪魔と、赤い竜の魔人。2色の異形が、大量の火の粉を飛び散らせながら踏み込み、あるいは退き、互いの武器をぶつけ合う。
その禍々しく猛々しい躍動が突然、止まった。
ガイエルの両腕が、赤熱する刃のヒレで、それぞれ1本ずつ炎の剣を受け止めていた。
睨み合うガイエルとデーモンロード。両者の左右2ヵ所で、紅蓮の刀身と灼熱の甲殻刃が交わってガキッと噛み合い、震えている。
「さすが……やるものよな」
デーモンロードが、忌々しげに褒めてくれた。
「竜に人間の血が入っただけで、ここまで難儀な怪物が出来上がるとは……やはり、ここで始末しておかねばならぬ」
「ふん。始末されるのは、果たしてどちらかな……」
言葉に合わせ、ガイエルの顔面甲殻に亀裂が走る。
デーモンロードの隻眼が、驚愕に見開かれた。
睨みながらガイエルは、胸の内で燃え猛る敵意を、闘志を、思いきり解放していた。
顔面甲殻が砕け散り、露わになった牙が上下に開く。
炎、と言うより爆発そのものが、ガイエルの口からデーモンロードへとぶちまけられた。
青黒い悪魔の巨体が、爆炎の激流に押し流されて吹っ飛び、ガイエルの眼前から消えて失せた。
魔獣人間ゴブリートがこの場にいれば、切り札に頼り過ぎだ、などと言うだろう。
だが切り札というものは、使うためにある。こうして至近距離から叩き込める機会があるならば、使用を躊躇うべきではないのだ。
人間の肉体であれば部隊1つ分、灰も残さず消滅させる爆炎の吐息が、まっすぐ空間を灼きながら宙を奔り、やがて消えた。
余熱で風景が揺らぎ、滲んでいる。
その揺らぎの中で、何かが動いた。
そう見えた時には、攻撃が来た。ゴォオッ! と激烈に猛る、炎の一撃。
「何……っ! ぐうッ!」
凄まじい高熱量の衝撃が、ガイエルの全身を打ち据えていた。
赤色の甲殻が砕け、その細かな破片が剥離して宙を舞う。
ガイエルは、地面に叩き付けられた。どれほどの距離を殴り飛ばされたのかは見当もつかない。
牙を食いしばって苦痛の呻きを殺しながらガイエルは、よろよろと立ち上がった。
全身の甲殻に亀裂が走り、そこから白い煙が発生している。ひび割れた外骨格の内部で、筋肉が半ば蒸し焼きに近い状態になっているようだ。
加熱された肉の臭いを発する白煙。己の全身から立ち上るそれを、ガイエルは吸い込んでみた。
「ふ……なかなか美味そうな匂いを発するではないか、俺という奴は……腹が減ったら、食ってみるか」
そんな事を呟きながら1歩、よろりと踏み出してみる。
熱を孕む衝撃が、全身いたる所で疼きくすぶっている。が、身体は辛うじて動く。
ガイエルは、前方を睨み据えた。
爆炎の吐息を至近距離から浴びた怪物の姿が、そこにあった。
その巨体のあちこちで青黒い外皮が焦げて破け、灼けただれた筋肉が、しかし活力を全く失わぬまま露出し、脈打っている。
顔面も、皮膚の大半が焼失していた。火傷した筋肉の中で、たった1つだけの眼球が、ギラギラと激しく燃え輝いている。
ガイエルは、とりあえず声をかけた。
「……貴様は不味そうだな、デーモンロードよ」
「若造が……!」
剥き出しの牙をギリギリと噛み鳴らし、その間から怒りの呻きを漏らしながら、デーモンロードは右手に持った武器を獰猛にうねらせた。たった今、ガイエルを叩きのめした武器。
丸太の如く太く燃え盛る、炎の鞭である。いや、炎の大蛇とでも呼ぶべきか。
それによる第2撃を即座に繰り出そうとしないのは、デーモンロードもまた、それなりには痛手を負っているからだろう。立っているのが精一杯、という有り様ではある。
そんな大火傷を負った巨体に、しかし少しずつ力が漲ってゆく。デーモンロードの怒りが、闘志が、活力に変換されてゆく。
「なめるな小僧……貴様とは、魔族としての年季が違うのだ」
言葉に合わせ、炎の大蛇がまっすぐに燃え固まり、巨大な剣の形になった。
先程までの二刀流ではない。1本だけの紅蓮の大剣を、デーモンロードは両手で握り構えた。
灼けただれた全身に、おぞましいほどの生命力を漲らせる、隻眼の悪魔。
片方だけの眼球が、重傷に怯んだ様子もなく、怒りの闘志を燃やす。
もう片方の眼球はしかし、いくら生命力を漲らせても再生する事などなく、切り潰されたままだ。
(誰なのだ……)
ガイエルは思った。この場にいない何者かに、思いを馳せた。
この恐るべき怪物に、一太刀浴びせて片目を奪った勇者がいる。それは一体、誰なのか。
(もし生きているなら、会ってみたい……名も知らぬ貴様よ、この難儀極まる化け物と一体どのように戦ったのだ?)
赤き魔人、それにデーモンロード。双方が、互いの攻撃で重傷を負ったところである。
その怪物2体を今ならば殺せるとは、しかしレボルトは思わなかった。思えなかった。
全身灼けただれたデーモンロードが、大型化した炎の剣を振るう。
レボルトは以前、この一撃に叩きのめされて這いつくばり、そのままデーモンロードに臣従する羽目になった。
だが赤き魔人は、左腕1本で防御しようとしている。
赤熱する刃のヒレが、ジャキッ! と大きさを増しながら、炎の剣を迎え撃つ。それは防御と言うより、迎撃であった。
赤く熱く発光するヒレ状の甲殻刃が、赤熱の弧を宙に描いて振り上がり、巨大な炎の剣と激突する。
大量の火の粉が、飛散した。その中には、キラキラと赤く輝く甲殻の破片も混ざっている。
炎の剣と刃のヒレ、両方が砕け散っていた。
左腕の武器を失った赤き魔人が、怯んだ様子もなく、そのまま踏み込んで行く。
構えられた右前腕で、ヒレ状の刃が左と同じくジャキィッ! と広がりながら、さらに激しく赤熱する。その斬撃が、デーモンロードを襲う。
襲われるのを待っていたりはせず、デーモンロードの方からも踏み込んでいた。凶悪なほどに力強い右足が、跳ね上がって突き込まれる。
赤熱の斬撃がデーモンロードを直撃する前に、その蹴りが、赤き魔人の胴体をズドッ! とへし曲げていた。
ひび割れた全身からパラパラと甲殻の破片を剥離させて、赤き魔人は吹っ飛んで行く。
そして地面に激突し、一転し、即座に立ち上がった。
白煙を立ち上らせるその身体が、右腕で斬撃のヒレを発熱発光させ、構える。刃の砕けた左前腕からは、とめどなく鮮血が滴り落ちてシューシューと地面を穿つ。
あらゆるものを灼き溶かす、竜の血液。
それが、ボッ……! と発火した。
失われたヒレの代わりを成すかの如く、赤き魔人の左前腕から炎が発生し、紅蓮の刃を形作った。
「ふ……貴様は頑丈な奴だな、デーモンロードよ」
唇も頬もない、白く鋭い牙だけの口元で、赤き魔人は笑ったようだ。
「俺がいくら残虐な攻撃を喰らわせても、全て受け止めてくれそうだ……気に入ったぞ」
「強がるでないわ小僧。貴様はここで死ぬ……竜の血族は滅び、我ら悪魔が魔族の頂点に立つ!」
デーモンロードの両手が燃え上がり、左右一振りずつの炎の剣が出現する。
赤き魔人の左腕からも、同じく燃え盛る炎の刃が生え広がっている。右腕には、ますます激しい赤熱の光を帯びた斬撃のヒレ。
それら計4つの灼熱の凶器が、またしても激突した。デーモンロードと赤き魔人、どちらが先に踏み込んだのかはわからない。
とにかく両者、負傷する前よりも激しい動きで、炎の武器をぶつけ合っている。
おぞましく灼けただれた青黒い巨体と、ひび割れて白煙を発する赤色の異形。
双方、重傷を負う事によって、明らかに戦闘能力を増している。
両者を討ち取る好機などと浅はかにも考えて攻撃を加えた瞬間、自分は死ぬ。レボルトは、そう確信していた。
「何だ……何なのだ、この化け物どもは……」
レボルトは呆然と呟いた。
「貴様の言う通り、のようだなメイフェム・グリム……我らが結託したところで、こやつらを殺す事など出来はせん……」
「1対1でデーモンロードと戦えるなんて……ダルーハが育てた、赤き竜の血筋。これほどのものとはね」
メイフェムも、同じような口調で呟いている。
「御愁傷様、としか言いようがないわねレボルト将軍。この国は、20年前のヴァスケリアと同じ事になりつつあるわ。デーモンロードを仕留め損ねた私たちにも、責任はあるでしょうけど……悪かったわね。赤き竜を倒すだけで精一杯だったのよ」
「メイフェム・グリム……貴様は一体?」
この女、まるで19年前の赤き竜討伐の当事者であるかのような口をきく。
それに、たった1度の敗北で、ここまでレボルトと戦えるほどになった対応力。歴戦の勇士、と呼べるだけの場数を踏んでいるのは間違いない。
竜退治の英雄ダルーハ・ケスナーに何名かの同行者がいたらしいという話は、レボルトも聞いた事がある。
このメイフェム・グリムが、妄想を口にしているわけではなく本当に英雄の同行者の1人であるとしたら。かつて赤き竜の軍勢と戦ったその経験は、デーモンロード及び赤き魔人を倒すための力となるはずだ。
この女を、ここで死なせるわけにはいかないか。そうレボルトが思った、その時。
2体の魔獣人間が、悪意丸出しで歩み寄って来た。
サーペントエルフとマイコフレイヤー。赤き魔人とデーモンロードから逃げるようにして、こちらに因縁を吹っかけて来る。
「……戦いの手が止まっていますよ? レボルト・ハイマン」
魔獣人間サーペントエルフ……シナジール・バラモンが、美しい顔を醜く歪めて言った。
「この私の叡智をもってすれば、お前の考えなど手に取るようにわかります。その女を生かして利用し、デーモンロード様に叛旗を翻そうと言うのでしょう?」
「アタシらの御主人様に影からコソコソ逆らおうなんて……男らしくないわねえ。女は嫌いだから2匹まとめてブッ殺しちゃうわよん?」
マイコフレイヤーが、野太い声を発する。こちらにも人間としての名前があるのだろうが、レボルトは別に知りたくもなかった。
「ま、アンタの事は後で御主人様に言いつけるとしてぇー……ゴルちんの悪趣味丸出しなそこのバカ女を、とっとと始末しちゃわないとねええ」
「貴方たち……さっきは、なかなかのやられっぷりだったわよ?」
美貌の面影が残る口元で、メイフェムは優雅に嘲笑った。猛禽の両目が、ちらりと動いて視線を投げる。
赤熱の刃を乱舞させて凶猛に戦う、満身創痍の赤き魔人に。
「身の程もわきまえず、あれに挑んだりするから……デーモンロードの目の前で、あんな無様を晒す事になるのよ。かわいそうに貴方たち、帰ったら処刑されてしまうかもね?」
「美と叡智の欠片もない女が、減らず口を……!」
シナジールは怒りながらも、明らかに怯えていた。
確かに、ここまで同行して来て女魔獣人間の1体くらいは倒せなければ、戦力外通告を受けても仕方あるまい。デーモンロードによる戦力外通告。それはすなわち処刑に他ならない。
「せめて私くらいは倒せないとねえ……いいわ、相手してあげる」
メイフェムは笑いながらも、殺意を燃やしていた。
「デーモンロードじゃなくて私が処刑してあげるわ……ケリスが命を捨てて守り抜いたこの世界で、汚らしい生き様を晒している……この腐れゲテモノどもをねえッ!」