第77話 魔人と魔物と魔獣人間(前編)
ガイエルがこれまで戦い倒してきた相手の中で、強敵と呼ぶべき者は3名。
筆頭はもちろんダルーハ・ケスナーである。ティアンナが逃げずに重圧をかけてくれたおかげで、勝てたようなものだ。
それに魔獣人間ケンタゴーレムことドルネオ・ゲヴィン。ムドラー・マグラによる横槍が入らなければ自分は殺されていただろう、とガイエルは思う。
そして今に至るまで完治せぬ重傷をガイエルに負わせた、超重量級の魔獣人間ベヒモスワーム。馬鹿力だけならダルーハ・ドルネオを上回っていた怪物である。
この3名が甦り、結託し、復讐すべく向かって来ているのではないか。
そんな事をつい思ってしまうほど凶猛な気配が、熱風の如く押し寄せて来ていた。
集落から少し離れた場所で、ガイエルは迎え撃つ事にした。
いくらか岩の多い、原野である。
裸の上半身に包帯を巻いただけの姿で、ガイエルは岩の1つに腰掛けている。
万全の状態、とは程遠い。が、来てしまう者とは戦うしかないのだ。
「ティアンナ……貴女は一体、どこで何をしている?」
返答などあるわけもない問いかけを、ガイエルは口にしていた。
ここまで身体が回復したのなら、ティアンナのいない集落など放っておいて、彼女の行方を追うべきなのだ。
そう思いながらも、集落を立ち去る事が出来ずにいる理由。それはわからない。否、本当はわかっているような気もする。だが到底、認められる事ではない。
「馬鹿な……俺は……」
ガイエルは呻き、舌打ちをした。
「あの集落の者どもを……守らねば、などと思っているのか……!」
この国で何が起こっているのかは、まだよくわからない。とにかく、全土で魔物どもが暴れている。
あの集落も、また襲われるかも知れない。その時、ガイエルがいなかったら。
「……そういうのを思い上がりと言うのだ、ガイエル・ケスナー」
己自身に言い聞かせつつガイエルは、前方を睨んだ。
毒気を含む熱風のような、禍々しくも猛々しい気配が、猛烈に強まった。
その発生源が、姿を現し、歩み寄って来る。
4つの、人影……いや、人間は1人もいない。
人型の、だが人間ではないものが4体、いささか勿体をつけた足取りで歩み迫って来る。通りすがりではなく、明らかにガイエルを目標として。
うち1体は比較的、人間に近い。ほっそりと優美な長身に、甲冑のような青い鱗をまとっている。秀麗な顔の左半分に仮面を貼り付けた、美貌の魔獣人間。
1体は、巨漢だった。筋骨隆々の巨体は、よく見ると無数の茸で構成されているようだ。頭部も茸の塊で顔はなく、口と思われる部分から、何本もの触手が生えている。
2体とも、油断ならぬ力を持った魔獣人間ではある。が、3体目の魔獣人間と比べれば、ダルーハ・ケスナーに対するオークかゴブリンのようなものだ。
黒い鎧に身を包んだ戦士。最初は、そう見えた。
力強い筋肉を強固に包む、それは漆黒の甲殻と鱗であった。
背負った翼と伸ばした尻尾は、ガイエルと同じ……紛れもなく、竜のものである。
左腕には、楯が生じていた。前腕から外骨格が広がり、楯を形作っているのだ。
首から上は、悪ふざけのようなカボチャの人面。だが煌煌と燃え盛る眼光は、真摯なほどの敵意を宿している。
剣呑極まる敵であるのは、間違いない。
だが真に恐るべきは、これら3体の魔獣人間を従者の如く引き連れて歩く、4体目の怪物である。
凶悪なまでに筋骨たくましい、青黒い巨体。翼と尻尾は、竜ではなく悪魔のそれだ。
猛獣のような、怪魚あるいは猛禽にも似た顔面には、凄惨な傷跡が走って、左目を潰してしまっている。
ダルーハ・ケスナーと同じ、隻眼の悪鬼。
魔獣人間ではない。余計なものが何も混ざっていない、純粋なる魔物だ。
「……何という姿をしておられるのか」
裸の上半身に包帯を巻いたガイエルの姿を見るや否や、隻眼の悪魔が嘆かわしそうに声を発した。
「我らが帝王の血を受け継ぐ御方が、よりにもよって人間どもを守るために戦い、そのように傷を負われるとは……」
「……何者だ、貴様」
立ち上がり、さりげなく身構えながら、ガイエルは訊いた。
「俺を殺す気満々のくせに、あまり親しげな口をきくものではないな」
「ふむ、確かに返答次第では貴公に死んでいただく事になるが」
隻眼の悪魔が微笑み、白く鋭い牙を見せた。この怪物は間違いなく人肉を食っている、とガイエルは思った。
「我が名はデーモンロード。貴公の父君に、腹心として仕えていた者だ」
「ほう、ダルーハの腹心だと? それなら俺も顔くらい見ているはずだが……知らんなあ、貴様など」
「貴公の、真の父上の話をしておる……よもや否定はするまい? その身に流れているのはダルーハ・ケスナーの血ではなかろう」
デーモンロードの隻眼が、ギラリと輝いてガイエルを睨む。
「この世で最も凶猛邪悪なるものより受け継いだ力で、貴公はこれまで戦ってこられたはずだ」
「……だとしたら何だ。俺が生まれる前に死んだ怪物の、後を継げとでも言うのか」
「その意思をお持ちならば、我らは全力で貴公の補佐をしよう……竜の御子よ」
デーモンロードが、跪いた。
「貴殿が魔族の新たなる王となり、我らを導くならば……このデーモンロード、身命を賭して竜の御子にお仕えするであろう」
「そして隙あらば俺の寝首を掻くと。そういうわけだな」
「……無論。魔族の主従とは、そういうもの」
隻眼の悪魔が、にやりと牙を剥いた。
「要は、貴公が隙を見せなければ良いのだ。かの赤き竜が、そうであったようにな」
「くだらんな。それならば今ここで俺を殺してしまった方が手っ取り早いではないか」
言いつつ、ガイエルは見回した。
魔獣人間3体が、いつの間にか左右・後方に回り込んでいる。正面では、デーモンロードがゆらりと立ち上がったところだ。
ガイエルは、取り囲まれていた。
「言われるまでもない……といったところか」
「はっきりさせておきたい。竜の御子よ、貴殿は人間どもと我ら魔族……どちらの味方をなさるおつもりであるか」
デーモンロードが、脅迫に等しい問いを発する。魔獣人間たちが、それに便乗する。
「ようく考えて、お答えなさい……否、考えるまでもありませんかねぇ」
「アタシの後輩として、コキ使ったげる。ありがたく思いなさいよね、まったく……中身ゲテモノのくせに、綺麗な皮ァ被ってんじゃないってのよバァーカ」
3体目、黒い竜の魔獣人間だけは何も言わず、ガイエルに向かって、眼光をただ炯々と燃やしている。
燃えたぎる敵意を感じながら、ガイエルは言った。
「確かに考えるまでもないな……おいデーモンロードとやら、魔族の王位など貴様にくれてやる。配下の魔物ども全員を引き連れて、今すぐ地獄へでも魔界へでも帰ってしまえ。そして2度と人間の世界に出て来るな」
「人間の世界と……認めてしまうのだな? この地上を」
デーモンロードの隻眼でも、敵意が燃え上がった。
「やはり竜は、人間どもと馴れ合ってしまう生き物か……」
「……アンタ馬鹿? こぉんな状態でアタシたちに喧嘩売るなんて」
「叡智の欠片もない、哀れなる者……せめて美しく散りなさい」
仲間たちの世迷い言に続いて、黒い竜の魔獣人間が、ようやく言葉を発した。
「赤き魔人よ、1つ訊く……貴様は、人間という種族そのものを守っているのか? それともヴァスケリア人のみに味方しているのか」
若いが暗く、重々しい声である。
「貴様は、ヴァスケリア王国に使われている戦力なのか? それゆえに……国境の戦で、4000名ものバルムガルド軍兵士を殺戮したのか」
「ほう……お前も、あの戦の生き残りか」
ガイエルは、微笑みかけてみた。
「さぞかし憎かろうな? 俺はお前の、上官か部下か、親友か、親兄弟あるいは恋人、どれかの仇だ」
「我が名はレボルト・ハイマン……あの戦で、バルムガルド王国軍を率いていた者だ」
この男か、とガイエルは思った。
官憲まがいの仕事を与えられ、バルムガルド王国内で大きな顔をしている魔獣人間たちの、元締めのような存在。
「道理でな。俺を100万回殺しても飽き足らぬ、という目をしているわけだ」
「質問に答えろ、赤き魔人……!」
他3名と連携すれば良いものを、レボルト・ハイマンは、今にも単独でガイエルに挑みかかって来そうである。
「貴様はヴァスケリア王国の、切り札と言うべき存在なのか? だからヴァスケリアを守るために我が軍と戦い、4000名ことごとく虐殺したのか」
人間ではない、とは言えガイエルは、ヴァスケリア人として20年近くを生きてきた。ヴァスケリア王族に知り合いもいる。
他国が戦争を仕掛けて来たとなれば、だからヴァスケリア側に立って戦わざるを得ない。
などと言い訳をしたところで意味はなかった。
このレボルト・ハイマンは、部下4000人近くをガイエルに殺されているのだ。その仇討ちのつもりかどうか定かではないが、恐らくはガイエルを倒すために魔獣人間となった。
そんな相手に対し、理屈で言い訳などするべきではないのだ。
だから、ガイエルは言った。
「あの時の俺は、ダルーハとの戦いで、今と同じくらいには手負っていたのが治りかけていた頃でな……回復の具合を、知りたかったのだ」
言いながら、ニヤリと嘲笑って見せる。
「3000や4000、虫ケラの如く殺した程度では……慣らしにもならなかったがな」
「貴様……!」
レボルトの頭の中で、光が燃え上がる。
カボチャの形の頭部に刻まれた両眼。そこから溢れ出す眼光を、ガイエルは嘲笑で受け止めた。
これで良い。自分はこのレボルトという将軍にとって、大勢の部下の仇。母国を脅かす怪物。それ以外の何物でもない。憎悪と殺意、以外の感情を持たれるべきではないのだ。
「……馬鹿なの?」
声がした。美しい容姿を想像出来る、若い女の声。だが。
「ここは上手いこと謝罪すれば、そのレボルト将軍を味方に引き込めたかも知れないところよ? 憎しみを煽り立ててどうするの」
少し離れた所で、こちらを見下ろすようにそびえ立つ巨大な岩。その上で若干、気怠げに腰を下ろしているのは、美しいかどうか評価の分かれそうな女だった。
「自分が不利になるようにしか振る舞えない、馬鹿な男……私の知り合いにも1人いたわねえ」
言葉を紡ぐ唇は端正で、頬や顎の形もすっきりと美しい。顔面の下半分には、人間の美女の面影が残っている。だが上半分は猛禽だった。大型のクチバシが、庇の形に張り出している。
「本当……あの男にそっくりだわ、貴方」
魅惑的な女の曲線を保ちつつもムッチリと筋肉の付いた全身は、黒く、所々に衣装の如く羽毛が生えている。
両手は、鋭利な五指を伸ばした外骨格の手甲。両足は、凶器そのものの爪を備えた猛禽のそれだ。
背中では、左右形の異なる翼が折り畳まれている。右が黒い皮膜、左が羽毛。
「これは……珍しい。女の魔獣人間とはな」
4対1が、5対1になりつつあるのか。ガイエルはそう思ったが、
「貴様は……!」
レボルトの口調は、これから一緒にガイエルを殺す仲間に対してのものではなかった。デーモンロードが問う。
「知っているのか? あの女を」
「……以前、戦った」
「ふむ、それは痛恨の出来事よな……よりにもよって、あやつを討ち損じるとは」
隻眼の悪魔と視線をぶつけ合いながら、女魔獣人間は言った。
「デーモンロード……赤き竜もダルーハも死んで、ようやくお前の時代が来たと。それで浮かれているのかしら?」
「大いに浮かれたいものだが……そのためには、こちらの御仁に死んでいただかねばならぬようだ」
燃え上がる隻眼が、再びガイエルに向けられる。
「よもや邪魔はするまいな? メイフェム・グリムよ。いかに貴様が魔獣人間になったとて、1人では何も出来まい。もはやダルーハ・ケスナーもケリス・ウェブナーもおらぬのだ……大人しくしておれ」
「赤き竜の残党風情が、軽々しくケリスの名前を口にしないように……ね」
メイフェム・グリムと呼ばれた女魔獣人間が、言いながら軽く片手を動かした。甲殻の手肌に包まれた鋭利な五指が、ガイエルに向けられる。
上半身裸で包帯の巻かれた身体が、一瞬、淡く白い光に包まれた。
「む……っ」
激痛にも似たものを、ガイエルは全身に感じた。
その激痛が、しかし負傷していた肉体に、得体の知れぬ活力をもたらしてくれる。ガイエルは、そう感じた。
包帯の下で、劇的な変化が生じつつある。
破裂していた臓物、灼けただれていた筋肉と皮膚。ゆっくりと再生治癒の進んでいたそれら全ての部分が、いきなり新しいものに取り替えられたかの如く一気に回復し、活力を漲らせてゆく。
「これは……!」
レボルトが、息を呑みながら呻いた。
「癒しの力、だと……馬鹿な、魔獣人間が」
癒しの力。
ヴァスケリア北部で出会ったアレン・ネッドやエミリィ・レアを、ガイエルは思い出した。皆、今のローエン派の中では大いに難儀をしている事だろう。
それはともかく今、ガイエルの肉体は修復を完了した。
力が、身体の奥から、泉の如く湧き出て来る。
それを落ち着かせるかのように、左手で右前腕を掴みながら、ガイエルは大岩を見上げて声を投げた。
「メイフェム・グリム殿、だったな。俺は……あんたのために、何をすればいい?」
「別に、借りてくれる必要はないわ」
女魔獣人間の姿は、しかしすでにそこにはなかった。
レボルトが、左腕を掲げた。
その前腕から広がる外骨格の楯に、メイフェムの飛び蹴りが激突した。猛禽の爪が、楯に弾かれて火花を散らす。
弾き返されたメイフェムの肢体が、空中でしなやかに捻れて錐揉み状に回転し、優雅に着地する。
「私を助けてくれた男に、貴方を治してあげるよう言われただけ……ガイエル・ケスナーというのは貴方よね?」
言いながらも、メイフェムは右手を振るう。光が生じ、棒状に実体化しながら、その右手に握られる。
一振りの、長剣だった。
その切っ先が、レボルトに向けられる。
「次は、私の個人的な用事……借りを返させてもらうわよ、レボルト将軍」
「せっかく拾った命、捨てに来たか」
会話に応じつつレボルトが、左前腕の楯から剣を引き抜いた。猛々しく反り返った、幅広く分厚い片刃の長剣。
それに比べると細く頼りない両刃の長剣で、メイフェムは斬り掛かって行った。
剣ではなく楯で、レボルトは迎え撃った。
並の魔獣人間であれば滑らかに両断されてしまうであろうメイフェムの斬撃が、甲殻の楯で弾き返される。
女魔獣人間の身体が揺らいだ。踏ん張る事が出来ず、よろよろと回り、レボルトに背を向けてしまう。
その背中に、レボルトが剣を突き込もうとする。
それよりも早くメイフェムは、身体を思いきり前方に折り曲げていた。深々とお辞儀をするかの如く上体が下がり、その代わりに右足が後ろ向きに跳ね上がる。凶暴なほど筋肉の付いた美脚が、下から上へと超高速で弧を描く。
猛禽の爪が、レボルトの身体を激しくかすめた。危うく直撃を避けた彼の、黒い鎧のような外骨格から、血飛沫の如く火花が飛び散った。
その火花が消える前に、メイフェムは身を起こし振り返り、踏み込んでいた。
両刃の切っ先が、楯をかいくぐるように一閃し、レボルトの胸板を突く。
突き刺さる前に、レボルトは身体を引いて後退していた。が、胸板の甲殻には細かな亀裂が生じ、鮮血が滲み出している。
「こやつ……!」
レボルトが逆襲の一撃を返した。突きと斬撃の中間とも言える形に、片刃の剣が鋭く繰り出される。
それをメイフェムは、長剣で受け流した。
「1度、殺されかければね……大体は、わかるものよ」
「ほう、あれで私の攻撃を……見切った、とでも言うつもりか」
レボルトが、なおも容赦なく斬り掛かる。メイフェムが、怯む事なく応戦する。
男女の魔獣人間2体の間で、片刃の長剣と両刃の長剣が、激しくぶつかり合って火花を散らせ続けた。
ガイエルにとっては、4対1から3対1へと、状況が好転したと言える。
「思わぬ伏兵、か……まあ良い、まとめて始末するだけの事よ」
デーモンロードの右手が、燃え上がった。その炎が、剣の形に固まってゆく。
「ダルーハの一味も、赤き竜の血族も、ここで私が根絶やしにしてくれようぞ」
炎の剣が振るわれる前に、魔獣人間2匹がしゃしゃり出て来た。
「デーモンロード様の御手をわずらわせる事はありません……このような者、私の叡智と力をもって!」
「そぉーよ、こんな正体ゲテモノのエセ美男子! アタシが脳みそブッ飛ばしてやるんだからァーッ!」
1匹が、茸の巨体を震わせ、口元の触手を激しく振動させる。
微かな頭痛が、ガイエルを襲った。並の人間であれば脳を破壊されてしまいかねない、魔力の波動なのであろう。
頭を襲う不快感に耐えつつガイエルは、右手で己の顔面を隠した。
指と指の間で、両眼が赤く輝く。
もう1体、半分だけの仮面を美貌に貼り付けた魔獣人間が、得意気に片手を振るっていた。いくつもの火球と一筋の激しい電光が生じ、襲いかかって来る。
それらの直撃を喰らう寸前、ガイエルは呟いた。
「悪竜転身……」
包帯が、ちぎれて飛んだ。
赤い翼が羽ばたき、火球と電光をことごとく弾き砕いた。
赤い大蛇のような尻尾を凶猛にうねらせながら、それは今、レボルトの視界の中で傲然と佇んでいる。
たくましい全身を覆う、真紅の外骨格と鱗。両の前腕から広がる、強固にして鋭利な刃のヒレ。
「赤き……魔人……」
メイフェム・グリムの斬撃を楯で受けながら、レボルトは呻いた。
赤き魔人。その姿を目の当たりにした途端、レボルトの意識は、急激に過去へと逆流して行った。
敗北の記憶が、鮮明に甦って来る。
バルムガルド軍が、削り取られてゆく。削られている、としか言いようのない光景だった。
赤き魔人が、歩きながら腕を、翼を、尻尾を振るう。その度に、それまで完全武装のバルムガルド軍兵士であった人体が、赤い削りカスとなって大量に舞い上がった。
赤き魔人が、炎を吐く。その紅蓮の一息で、バルムガルド軍の数個部隊が、焼死体どころか灰すら遺さずに気化して失せた。
あれと同じ光景が、いくらでも作り出される。赤き魔人が、存命である限り。
「駄目だ……」
先程までは、思っていた。デーモンロードを討つために、赤き魔人と手を結ぶ。それも選択肢としては有り得るのではないかと。今、現実的な禍いとなっているのはデーモンロードの方なのだから。
だが。こうして再び赤き魔人の姿を視界に入れた瞬間、そんな冷静な思考は全て、レボルトの頭からは消えて失せた。
「やはり、駄目だ……こやつを、生かしておいてはならん……」
「どこを見ているの!」
メイフェムが、怒りを宿した剣を突き込んで来る。
それを片刃の長剣で受け、刃を噛み合わせたまま、レボルトは会話を試みた。
「……メイフェム・グリム、私に力を貸せ」
「デーモンロードに仕えろとでも?」
「そうではない。デーモンロードを、討ち取るのだ」
噛み合う刃と刃を挟んで睨み合いつつ、レボルトは声を潜めた。
「赤き魔人とデーモンロード……両者を、この場で討ち滅ぼす。そうせねばシーリン・カルナヴァート元王女が平穏に暮らす事も出来んのだぞ。だから力を貸せ、メイフェム・グリム」