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第70話 魔将軍の追憶

 人間であった頃の自分の名前など、忘れてしまった。

 何しろ300年も前の事である。眠っている間に、様々な事を忘れてしまった。思い出そうという気にもなれない。

 はっきり覚えている事は、ただ1つ。

 自分は、戦うために魔獣人間となった。ただそれだけである。

 魔獣人間の力というものは、戦う以外には何の役にも立たない。

 戦わない魔獣人間など、泳げない魚のようなものだ。

「俺にとってのあやつは、魚にとっての水のようなものなのだ。わかるか?」

 集落の男たちに、魔獣人間ゴブリートは説明をしていた。

「戦う相手のいない魔獣人間は、水を得られぬ魚の如く、やがては干涸びて死んでしまう……渇き死にしてしまいそうな俺の心を潤してくれるのは、あの赤き竜の戦士だけなのだよ。だから貴様たち、あやつが万全の状態となるまで、しっかりと世話をするのだぞ」

「は、はい……」

 平伏する男たちの眼前にゴブリートは、担いできたものをズシリと投げ出した。

 1頭の、猪である。近くの山中で先程、首をへし折って仕留めたのだ。

「肉は、これで足りるか?」

「へへえ、助かります。ちょうど足りなくなりかけておりましたところで」

 男の1人が、愛想笑いを浮かべた。

「何しろ、食べ盛りのガキどもが何人もおりまして……」

「では明日にでも鹿か猪をもう1、2頭、仕留めて来てやる」

 人間とは、強い者に対して愛想笑いを浮かべながらでないと生きてゆけない者どもなのだ。

 仕方がない、とゴブリートは思う事にしていた。皆が皆、自分のように強力な魔獣人間と成れるわけではない。

「貴様たちの暮らしとて楽ではなかろうが、食い物……少なくとも獣肉は、必要なだけ俺が差し入れてやる。その代わり、赤き竜戦士の看護を抜かりなく行うように。奴が死んだら、俺は貴様らを1人も生かしてはおかぬ。そのつもりでな」

「し、死なない死なない。あれは、そう簡単には死なないよ」

 男の1人が言った。

「まだ意識は戻らないけど、身体の方は……信じられない早さで、治っていってるよ。何なら様子見てくかい?」

「必要ない。次に俺が奴と出会うのは、万全の状態で戦う時だ」

 それまで、あの黒き竜戦士……ゴルジ・バルカウスの傑作ジャックドラゴンに遊んでもらうのも、悪くはない。

(あやつも、確かに強い……が、余計なものを背負い過ぎている)

 国を守る。人間を守る。それが、あの男の足枷となってしまっている。

(あれでは、まるで昔の俺……)

 思いかけて、ゴブリートは頭を横に振った。

 せっかく忘れられていたものが、脳裏に甦ってしまうところだった。

「人間じゃない人たちに……世話になっちまってるな、俺ら」

 数人がかりで猪を運びながら、集落の男たちは言った。

「運がいいのか、悪いのか……いや、幸運なんだろうな」

「助かってるよ、本当に……ありがとう」

「黙れ」

 言い捨てて、ゴブリートは彼らに背を向けた。

 自分は別に、この者たちを助けてやっているわけではない。赤き竜の戦士に、1日も早く回復してもらいたいだけだ。

 肉を楽しみにしていたのであろう。集落の子供たちが、歓声を上げて駆け集まって来る。あの人が持って来てくれたんだぞ、などと大人たちが言っている。

 それら全てに背を向けて、ゴブリートは歩み去った。

 集落を去り、山道へと歩み入りながらゴブリートは、全身のあちこちで鈍い痛みが疼くのを感じた。

 ジャックドラゴンとの戦いで負った痛手である。魔獣人間の回復力をもってしても、まだ体内から消し去る事が出来ずにいる。

 戦いの痛み。300年も眠っていた身体を、完全に叩き起こしてくれた。

「まったく、何という事だ……久方ぶりに目覚めてみれば、楽しい事ばかりが起こるではないか」

 炎の体毛を揺らめかせて、ゴブリートは笑った。

 あの黒き竜戦士を作り上げたゴルジ・バルカウスの技術は、まあ讃えてやるべきであろう。

 それはそれとして、ゴルジを生かしておくわけにはいかない。あの男は、ゴブリートの獲物を横取りしようとしたのだ。

「それも、俺が戦っている間に掠め取ろうなどと……」

 早急に岩窟魔宮へと殴り込み、その罰を与えてやりたいところではある。だが今、ここを離れるわけにはいかない。赤き竜の戦士が、少なくとも自力で身を守れる程度に回復するまでは。

 あのような手負いの状態で、しかも人質を取られながら、彼は自力でゴルジの分身体数匹を撃滅して見せた。さすが、と言うしかない。

「とは言え、まだまだ……だな。まだ、竜の血という切り札に頼り過ぎだ」

 さすがと言うべき勇戦に、しかしゴブリートは辛口の評価を下した。

「あの程度ではあるまい? まだ貴様は強くなれるはずだ……赤き竜の戦士よ」

 この場にいない者に語りかけながら山道を歩いているうちに、洞窟の前に着いた。

 今は、ここを一時的な住処としている。あの集落の近くに、このような手頃な洞窟があったのは幸いだった。

 その洞窟の奥に、人影が1つ、横たわっている。

 ゴブリートが昨日、近くの川で拾ったのだ。

 若い女だった。20歳になる少し前、といったところであろうか。まだ少女と呼べなくもない、妙齢の娘である。外見通りの年齢であるならば、の話だが。

 昨日ゴブリートが見つけた時には、河岸の岩に打ち上げられて、死体のような様を晒していた。

 死体ではない事は、その白い肌の瑞々しい色艶を見れば明らかである。

 今は洞窟内の平らな大岩の上に横たえられ、全裸の身体に1枚の毛布を被せられている。

 その毛布をふっくらと形良く膨らませた胸が、寝息よりも弱々しい呼吸に合わせて、微かに上下し続ける。

 目を閉じた顔立ちは、作り物めいて美しい。まるで人形のようなその美貌の周囲に、ばさりと白髪が広がっている。いや銀色の髪なのだが、光の当たり具合によっては白髪に見えてしまうのだ。

 美しい女だ、とゴブリートは思う。幸か不幸か自分はすでに、人間の女に欲情出来る身体ではなくなってしまったが、この娘の裸身は美しいと思える。たおやかに見えて恐ろしいほど戦闘的に鍛え込まれた肉体である事が、一目でわかる。

 男であれ女であれ、戦う力を秘めた肉体は美しいものだ。

 そう思いながらゴブリートは、ちらりと視線を動かした。

 洞窟の壁に、一振りの剣が立てかけてある。僅かに反り返った、片刃の大型剣。

 こんなものが昨日、この娘の胸に突き刺さっていたのだ。左右の乳房の間から入って、脊柱をかすめつつ背中へと抜けていた。

 そんな状態で激流の川に流され、辛うじてとは言え生きていた女が、人間であるはずはなかった。

 刺さっていた剣を引き抜いて、最低限の手当てはしてやった。助かるかどうかはこの娘の生命力次第だが、もう間もなく目を覚ますのではないかとゴブリートは思っている。

 立てかけてあった剣を、手に取ってみた。

 握り、構えた途端、その剣はボロ……ッと崩れ、粉末状の残骸となってゴブリートの右手からこぼれ落ちた。

 魔獣人間の中には、己の体組織から武器・防具を作製出来る者が稀にいる。そういった武具は、作製者たる魔獣人間の肉体を離れると、長くとも数日で寿命を迎え、こうして崩れ消えてしまう。

 間違いない、とゴブリートは確信した。

 たった今、消え失せてしまった剣は、あの黒き竜戦士が体内から発生させたものである。ゴブリート自身、大いに斬撃を喰らったのだから間違いはない。

 この銀髪の娘は、魔獣人間ジャックドラゴンと戦い、敗れたにせよ生き延びたのだ。

「女でありながら、あやつと戦い、死なずにいられたとはな……おい、起きろ魔獣人間」

 ゴブリートが声をかけても、彼女は……銀髪の若い娘という人間の姿を被った女魔獣人間は、目を覚まさない。

 今は死にかけている、あの赤き竜の戦士と、同じ有り様である。

「赤き竜の戦士……か」

 そろそろ本当の名前が知りたい、とゴブリートは思った。



 人間1人の体内には、臓物や血管その他様々な内容物が、想像を絶する密度で詰め込まれている。解体してぶちまけると、とてつもない広さになるのだ。

 それが、視界一面に広がっていた。

 ゴズム岩窟魔宮の奥深く。岩の宮殿の大広間、と言うべき場所である。

 岩肌が、あちこちで奇怪な有機物と融合しており、広間全体が何か巨大な生命体と化したかのような有り様だ。

 ゴルジ・バルカウスという名の生命体に。

「……ご無事であられましたか、レボルト将軍」

 広間のどこかから、声が聞こえる。

 肉か臓物か判然としない様々な有機物が這い広がっておぞましく脈打っている、岩の大広間。

 その中央にレボルトは今、粗末な鎧をまとった歩兵姿で立っていた。

「無事なものか。貴様が放し飼いしている怪物と戦う羽目になってなあ、大変な目に遭ったぞ」

 若返った顔に苦笑を浮かべつつ、レボルトは軽く左腕を動かした。微かな痛みが走った。

 魔獣人間ゴブリートとの戦いで負傷した身体が、まだ完全には癒えていない。

「……よもや、貴様がこのような正体を隠し持っていたとはな」

 微痛をほぐし潰すように左肩を回しながら、レボルトは周囲を見た。

 ぶちまけられた各種臓器、血管や神経その他諸々が、一面に貼り付き、岩肌と融合しつつ蠢いている大広間。

「ここは貴様の体内というわけか……私が今、ここで暴れたりしたら、貴様にとっては大変な事になるな」

 整った顔立ちをメキッと震わせ、レボルトは微笑んで見せた。

「良かったのか? うかつに私など迎え入れてしまって」

「恐れながら……この岩窟魔宮の内部で私に危害を加えるのは、いかに将軍と言えど容易き事ではございませぬ」

 雷鳴のような音がした。

 視界全域に広がる、ゴルジの体組織。その所々で、紫色の電光が発生しバチバチ……ッとくすぶっている。レボルトに向かって一斉に放電が行われる寸前、といった様子である。

「ふん。どうやら、そのようだな」

「おわかりいただけましたか……それで将軍、私が放し飼いしている怪物とは?」

「とぼけるな。あのゴブリートとかいう魔獣人間よ。あやつのおかげで、赤き魔人にとどめを刺し損ねたのだぞ」

「……さすがでございます、将軍」

 ゴルジが、何やら敬服している。

「あれは、この岩窟魔宮の最奥部より目覚めたる者どもの中でも、最も危険なる魔獣人間。あやつと戦い、命を保っておられるとは……御無礼ながら将軍の御力、私の想定を超えておられますな」

「目覚めた、だと? 貴様の作品ではないのか、あれは」

「私の師匠と言うべき魔導師が作り上げた……レグナード魔法王国最強の魔獣人間でございますよ。あやつが今少し、私の思い通りに動いてくれれば、赤き魔人など敵ではないのですが」

「レグナード魔法王国だと……」

 レボルトは腕組みをした。

「ゴルジよ、貴様の正体に関しては様々な噂が流れている。取るに足らぬものばかりだ」

「で、ありましょうな」

「その中で最もくだらぬのが、ゴルジ・バルカウスは魔法王国時代の生き残りである、というものだ。ゴズムの山奥で300年もの間、眠りについていたのだとな」

「まさしく、くだらぬ話です。が、そのような話の中に、えてして真実は含まれているものですよ」

「……まあ、どうでも良い真実だがな。貴様の正体など」

 言い捨てながら、レボルトは見回した。

 大広間全体に広がった、様々な体組織。そのどこからゴルジが声を発しているのかは、やはりわからない。

 レボルトが魔獣人間となったのは、この岩窟魔宮の、ここよりもずっと入口に近い場所においてである。

 あの頃は、人間をやめてまで倒さねばならない相手は赤き魔人のみであった。

 同じくらいに恐ろしい力を持った怪物が、今はもう2匹、バルムガルド国内をうろついている。

 1体は、魔獣人間ゴブリート。そして、もう1体は。

「今日はゴルジよ、貴様に話があって来たのだ」

「伺いましょう」

「タジミ村に、怪物がいる……私の部下が3名、少し目を離している間に殺されてしまった」

「部下の方々のみならず、将軍の御身にも何事か起こったのではないかと、陛下が心配しておられました。1度、王都へお戻りになられては?」

 シーリン・カルナヴァート元王女の身柄確保に失敗し、手負いの赤き魔人を討つ事にも成功していない。

 ジオノス2世に顔を見せる事など、出来るわけがなかった。

 王都に戻るのは、少なくとも、そのどちらかを達成してからだ。

「……私の事など、どうでも良い。それより貴様が放し飼いしている怪物、ゴブリート以外にもいるのではないのか? それがタジミ村に棲み付き、我らの任務を妨害している。そういう事ではないのか」

「……いかにも。これは将軍に申し上げておかなければなりませんな」

 ゴルジの口調が、いくらか改まった。

「リグロアの王族が1名、生き残っております」

「それは生き残っていような。皆殺しにしたわけではないのだから」

 リグロア王国がバルムガルドに征服併呑されたのは、今から10年近く前である。征服戦の指揮を執ったのは当時、ジオノス2世による大抜擢を受けたレボルトだ。

 あの戦は、これほど上手くいって良いのかと思えるほど、何もかもが思い通りに運んだ戦だった。

 バルムガルド軍は破竹の勢いでリグロア王国領を侵略し、開戦から1ヶ月と少しで王都を陥落させたのである。

 降服してきた国王エドム6世らリグロア王家の者たちを、レボルトは丁重に扱った。情け心によるものではない。降服した相手を皆殺しにしてしまったら、それ以後の戦で相手を降服させる事が難しくなってしまうのだ。

「そう……1つ、傑作な出来事があってな」

 ゴルジに聞かせても意味のない話ではあるが、レボルトはつい語り始めていた。

「本陣で、戦勝の宴を開いていた時の事だ。私もいささか油断していてな。勝ち戦に浮かれ、ほろ酔い加減で歩き回っていた……そこを襲われた。10歳ほどの小さな少年が、いつの間にか本陣に忍び込んでいてなあ。一丁前に剣を持ち、物陰から私に突きかかって来たのだ」

 今でも思い出せる。子供とはとても思えぬ、本職の刺客かと思えるほど鋭い襲撃だった。

 だからレボルトもつい、半ば本気で応戦をしてしまったのだ。

「私はその小僧を叩きのめし、締め上げて正体を吐かせた。そうしたら何と、リグロアの王太子だなどと言うではないか」

 他の王族と同じく丁重に扱ってやろうとしたが暴れるので、レボルトはその幼い王太子を縛り上げて天幕に放り込んでおいた。

 翌朝には、いなくなっていた。

 自力で脱走したのか、見張りの兵士あたりが情け心で解放してしまったのかは、不明である。

「とにかく腑抜け揃いのリグロア王族にも、幼いながら気骨ある王子がいるではないかと、私は感心したものだ」

「気骨だけでは勝てぬと、その王子は言っておりました」

 ゴルジが、わけのわからぬ事を言い始めた。

「力が欲しいと。力がなければ何も出来ぬ、リグロア王国の仇を討つ事も出来ぬと。そう言って、あの少年はその身を私に差し出したのですよ。魔獣人間の素材として……数年前、私が目覚めて間もない頃の話でございます」

「貴様は……何を言っているのだ?」

 問いかけつつも答えを待たず、レボルトは考えた。

 国王エドム6世をはじめリグロア王家の主だった者たちは、降服した後、数年の間はバルムガルド王国から捨て扶持を与えられ、飼い犬の如く安穏と暮らしていた。

 だがある時、ほぼ全員が病死あるいは事故死を遂げた。

 本当に病死や事故死であったのかどうかは、レボルトの知るところではない。確実なのは、それによってリグロア王国再興の可能性はほぼ完全に潰えてしまったという事だ。

 現在、リグロア王族関係者で存命なのは、併呑当時には赤ん坊や幼子だった王子王女など、今では無難に無害にバルムガルド貴族の子女として生きている者たちのみである。

 レボルトの命を狙った、あの幼い王太子はどうであるか。脱走などせず大人しくしていたら、そのような無難・無害な飼い犬として安穏と生きていたか。あるいは危険分子として命を狙われ、原因不明の死に方をしていたか。

 そのどちらでもない、とゴルジは言っているのだ。

「……ゼノス・ブレギアス王子が、生きているのか」

 あの時、幼い王太子が、取り押さえられながらも名乗り叫んだ名前を、レボルトは口にしていた。

「そして貴様が、魔獣人間に造り変えたと……それが今、タジミ村にいて我らの任務を妨害していると。そういう事なのか」

「どうか御安心を。今のゼノス王子に、リグロア再興の野心やバルムガルドへの復讐心など微塵もありませぬ」

 確かに、そうでなければ単身バルムガルド王宮へ攻め込むくらいの事は、すでにしているだろう。何しろ、レボルト配下の魔獣人間3体を、たちどころに始末してしまった怪物である。人間の軍で、止められるはずがない。

「ゼノス王子の魔獣人間としての完成度は将軍、貴方と双璧を成すでしょうな。魔法王国時代の、本家本元とも言うべき魔獣人間とて……ゼノス王子にかかれば、あの通りでございます」

 ゴルジ・バルカウスそのものである大広間の片隅に、どうやら本家本元であるらしい魔獣人間たちはいた。

 岩肌に埋め込まれ、臓物らしきもので囲まれた、透明な棺のようなもの。材質は硝子か、水晶か。中身は、謎めいた液体で満たされている。

 そんな透明な棺が2つ。それぞれに1つずつ、死体が入っている。

 ゴルジに訊くまでもない。魔獣人間の死体だ。いや、まだ辛うじて死体ではないのか。

 片方は、無数の茸が集合して大柄な人型を成したような巨体。口から、何匹もの蛇あるいはミミズのような触手が生えている。

 もう片方は、青い甲冑をまとった騎士……否。甲冑ではなく、鎧状にびっしりと全身を覆う鱗とヒレだ。顔は美しかったのであろうが、今は醜く憎悪に歪み、白目を剥いている。

 そんな顔に一筋、鮮やかな刀傷が刻まれていた。手練の剣士によるものだ、とレボルトは見た。

 双方、共に胴体を豪快に叩き斬られ、大量の臓物を液体の中に漂わせている。

「そこそこ力は持っておりますが、まあ口だけの者どもでございますよ。2匹がかりでゼノス王子1人にしてやられ、このような有り様を」

「このような者たちはどうでも良い。私が知りたい事は1つ……それほどの力を持つゼノス・ブレギアスを、赤き魔人と戦わせる事は出来るのか?」

「私の狙いも、まさしくそれにございます。レボルト将軍がゼノス王子と手を結んで下されば、たとえ赤き魔人が手負いではなく万全の状態であろうと……これを討つのは、容易き事」

「さあ、それはどうであろうかな」

 バルムガルド王国への復讐など眼中にない、にしても昔、こっぴどく叩きのめした相手である。ゼノス王子がレボルトと手を結ぶ事など、あり得るのか。

 それを、しかしゴルジに訊いたところで答えを得られるはずはなかった。レボルト自身がゼノス・ブレギアスと再会し、確かめるべき事だ。

「……ゴルジよ、惜しかったな」

 レボルトは、話題を変えた。

「私がゴブリートに足止めされている間、赤き魔人の命を狙ったのであろう?」

「……恥ずかしながら、無様なる失敗に終わりましたが」

「だが惜しかった。私は本当に、そう思う」

 ミリエラ・ファームが殺された。それは、レボルトは言わずにおいた。

 どのような犠牲が出ようと、まずは赤き魔人をこの世から消さなければならないのである。

「私と貴様がもう少し、連携を密にすれば……赤き魔人に勝てる、だけではない。バルムガルド王国を、いや人間そのものを脅かす怪物どもを、この世から一掃出来る。そうは思わぬか」

「まことに……レボルト将軍は、人間という種族そのものにとっての偉大なる救世主となられるのです」

(無論、貴様も生かしてはおかぬ)

 それは口に出さず、レボルトは背を向けた。

 魔獣人間ゴブリート。ゼノス・ブレギアス王子。そしてゴルジ・バルカウス。赤き魔人を討つためには、あらゆるものを利用しなければならない。

 そうして赤き魔人の討伐に成功したら、それら利用した者どもを、片っ端から始末してゆく。そして最後に、レボルト1人が生き残ったとしたら。

(無論……私とて、生きてはおらぬ)

 それも、レボルトは口には出さなかった。

 人間ならざる者が、人間の政に介入する。その事態を防ぐべく、自ら命を絶つ。

 誇らしげに、言葉で言う事ではなかった。

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