第64話 魔獣王子、猛る
攻撃魔法と剣技を組み合わせる戦い方を、今まで独自に修得してきた。役には立っている、とティアンナは思う。
だがそんなものよりも、唯一神教ディラム派にでも入信して、癒しの力を身に付けておくべきであったか、とも思う。
マチュアと名乗った幼い少女は、額から出血していた。幸い、深刻な怪我ではないようだった。
旅の常備品として買っておいた傷薬と包帯を使う。
癒しの力を持たぬティアンナが、この小さな少女のためにしてやれる事など、それしかなかった。
「ありがとう……ございます……」
頭に包帯を巻かれた痛々しい姿で、マチュアが礼を言う。
手当てを終えたところで、ティアンナは訊いてみた。
「マチュアさん、でしたね……ここで一体、何があったのですか?」
見ればわかる状況と、言えなくもない。
レボルト・ハイマン将軍配下と思われる魔獣人間たちが、女性と子供に対し、一方的な暴虐を働いている。
ダルーハ軍であろうとバルムガルド軍であろうと、魔獣人間の行動は同じだ。弱い者に暴力を振るう。この生き物たちには、それしかないのである。
「魔獣人間が……」
マチュアが、答えてくれた。
「魔獣人間が……メイフェム様を……シーリン殿下を……」
少女の可愛らしい唇から、耳を疑うような人名が2つ、紡ぎ出された。
メイフェム様。それはヴァスケリアのサン・ローデル地方でゴルジ・バルカウスと共に悪事を働いていた、魔獣人間メイフェム・グリムの事か。
そしてシーリン殿下とは、シーリン・カルナヴァート元王女の事か。
ティアンナは、泣きじゃくる赤ん坊を抱いた若い女性を、思わずじっと見つめてしまった。
母子、であろう。
赤ん坊にすがりつくようにしているこの若い母親が、メイフェム・グリムもしくはシーリン・カルナヴァートなのであろうか。
魔獣人間には、とても見えない。ならばシーリン元王女……ティアンナの、ろくに会話をした事もない姉なのか。
それを、落ち着いて聞き出している場合ではない。
人間ではない者たちによる戦いが、視界の中で繰り広げられているのだ。
魔獣人間マンドラナーガの美しい顔が、恐怖に引きつり、苦痛に歪み、血の気を失い青ざめてゆく。
その首に、ゼノスの左手がガッチリと食い込んでいた。猛禽の足と化した左手。鋭いカギ爪が、マンドラナーガの首筋を、圧迫しながら切り裂いてゆく。鮮血が、とめどなく大量に噴出し続ける。
先程までやかましく喚いていた魔獣人間を左手1本で引きずりながら、ゼノス・ブレギアス……魔獣人間グリフキマイラは、蹄のある両足でのしのしと歩いた。
「悪い! 俺よぉ、このカラダになっちまうと手加減出来ねえんだわ。全力でテメエら皆殺しにすんけど文句ねえよな?」
そんな事を言いつつグリフキマイラが、右手に持ったリグロア王家の剣をグッと押し込んだ。
その刃を、魔獣人間メデュラハンが、同じく右手に構えた長剣で受け止めている。辛うじて埋め止めながらも押し込まれ、後退りをしている。
「ぐぅっ……貴様……!」
メデュラハンの左腕、楯に彫り込まれた醜悪な人面が、苦しげに呻く。
左右の手で、それぞれ1体ずつ魔獣人間を圧倒するグリフキマイラ。
その背後に、3体目の魔獣人間が回り込んだ。スケルウィスプ。剥き出しの全身骨格に筋肉の如くまとわりついた炎が、轟音を立てて燃え上がる。
「貴様、ゴルジ・バルカウスの作品でありながら我らに敵対するか! それはバルムガルドの民に害をもたらす行いなるぞ!」
燃え上がった炎が、スケルウィスプの怒声に合わせて骨格から迸り、グリフキマイラを背後から襲う。
振り向きもせずにゼノスは、背中の翼を1度だけバサッ! と羽ばたかせた。その羽ばたきで、スケルウィスプの炎は消し飛んだ。
「火遊びは感心しねえなあ……」
絶句しているスケルウィスプの方をちらりとだけ振り向きつつ、グリフキマイラは右足を前方に跳ね上げた。重く頑強な蹄が、メデュラハンを直撃する。
首のない甲冑姿が、グシャアッと蹴り飛ばされて地面に投げ出される。
その間ゼノスは、マンドラナーガの身体を左手だけで物のように振り上げながら、全身でスケルウィスプの方を向いていた。
そして踏み込み、思いきり叩き付ける。
マンドラナーガの首が、ちぎれた。
美貌の跡形もなく歪み青ざめた表情の生首が、グリフキマイラの左手に残った。
首のない屍となった魔獣人間の肉体が、スケルウィスプと激突し、一緒くたに倒れ転がる。
そちらに向かってグリフキマイラが、獅子の大口を開いた。咆哮と一緒に、炎が吐き出され迸った。
紅蓮の吐息がゴォオッ! と渦を巻き、魔獣人間の肉体2つを包み込む。
首のないマンドラナーガの死骸が、崩れ散って灰に変わった。
スケルウィスプの炎が、より強大な炎によって掻き消されてしまう。骨格は、焦げて崩れた。
燃やすものを失った炎が、魔獣人間2体分の遺灰を熱風に舞わせつつ、薄れ消えてゆく。
「何だ何だ、弱っちーなぁてめえら。ゴルジ殿も手ぇ抜いて大量生産に走ってやがんな」
口元にまとわりつく炎をペロペロ舐め取りながらグリフキマイラが、マンドラナーガの生首を左手でもてあそぶ。
「あの魔法の鎧着た連中の方が全然強ぇじゃねえか。そう言や今頃どうしてんかなー、兄さん。もう1回、会ってみてえよ……そうそうティアンナ姫! 俺、あんたの従兄って奴と、こないだ戦ってみたんだぜー」
「リムレオンと……?」
ティアンナは息を呑んだ。
リムレオンが、よりにもよってこの怪物と戦う羽目になったと言うのか。
「彼に……何か、ひどい事をしたのではないでしょうね?」
「いやあ、ちょいと殴る蹴るの暴行をな……けど、へこたれねえ兄さんだったぜ。ありゃ強くなるわ」
「……貴方の兄君ではないでしょうに」
「ティアンナ姫の従兄ならよー、お、俺にとっても兄貴みてえなモンだってばよォ……」
獅子、山羊、鷲と3つの頭部を有する魔獣人間の姿で、ゼノスがもじもじと恥じらいながら世迷い言を吐く。
もう1度、蹴りでも入れてやろうかとティアンナは思ったが、そんな場合ではなかった。
魔獣人間メデュラハンが、よろよろと立ち上がりつつある。
「ぐっ……ご、ゴルジ・バルカウスめ。このような化け物を、我らの敵対者として作り上げておるとは……」
「俺の方は別に、てめえらと敵対しようってぇつもりはねえぜ?」
グリフキマイラが、言いつつ歩み迫って行く。
「てめえらの方が、俺を敵に回すような行動しか取らねえからよォ……こうしてブチ殺さざるを得ねえワケだ」
「ひっ……く、来るな!」
メデュラハンが怯えながら、人面の楯を掲げた。蛇に囲まれたその人面が、血走った両眼をカッ! と見開き、眼光を放つ。
その眼光を浴びたグリフキマイラの身体が一瞬、硬直した。獣毛の豊かな体表面が、ビキビキ……ッと灰色に変色し、固まり始める。
石化の眼光。
ゼノス・ブレギアスが人間であれば、恐らく一瞬にして石像と化していたところであろう。だが。
「ん〜……悪い。おめえが何やりてえのか、ちょぉっとわかんねえなあ」
何事もなく歩き出したグリフキマイラの身体から、石の膜がボロボロと剥がれ落ちる。その下から、無傷の皮膚と獣毛が現れる。
「ば……馬鹿な……」
驚愕と怯えの表情を楯に浮かべたまま、メデュラハンが立ちすくむ。
グリフキマイラが、容赦なく歩み寄って行く。右手でリグロア王家の剣を握り、左手でマンドラナーガの生首を掴んだまま。
「ま、待て! 動くな貴様! それ以上1歩でも動いたら、そやつらを石に変えるぞ!」
メデュラハンが、人面の楯をティアンナの方に向けた。
ティアンナだけではない。マチュア、それにシーリン・カルナヴァート元王女とおぼしき女性と、その腕の中で泣きじゃくっている赤ん坊。全員が、石化の眼光の射程内にいる。
石に変えるぞ、などとメデュラハンが言っている間に、グリフキマイラは踏み込んでいた。
左足の踏み込み、そして右足の離陸。
重い蹄による蹴りが、人面の楯にグシャアッとめり込んだ。
石化の視線を放つ寸前だった眼球が、2つとも破裂した。醜い人面が、もはや醜いかどうかもわからぬほど潰れて凹む。ひしゃげた楯が、グリフキマイラの右足にまとわりつく。
それを蹴り払って捨てながらゼノスは、ぼやくように言った。
「……だからぁ、そーゆう事するから俺に殺されちまうんだろうがっ」
楯を失った、つまり頭部を失ったに等しいメデュラハンの身体が、しかし驚くべき事に長剣を振るってグリフキマイラに斬り掛かる。どこかに目があるのではないか、と思えるほど正確で鋭い斬撃だった。
それをゼノスは、おどけた動きで回避した。
「ほぉー、やるねえ。やる気満々だねえ、そんな様で……ほれ、頑張ったご褒美」
首無しの甲冑姿。その両肩の間、本来なら頭部のあるべき部分に、ゼノスはマンドラナーガの生首を置いた。
直後、その生首も、甲冑姿の胴体も、縦真っ二つに叩き斬られていた。リグロア王家の剣が、真上から真下へと一閃していた。マンドラナーガの脳髄とメデュラハンの臓物が、一緒くたにぶちまけられる。
(リムレオン……貴方は本当に、これと戦ったの?)
魔獣人間3体を危なげなく殺戮し終えたグリフキマイラを、ティアンナは思わず凝視した。
とりあえず正体を現したとは言え、ティアンナが見たところ、この男はまだ本気で戦ってはいない。
まさか、これほどの怪物だとは思わなかった。
その怪物が、しかし人助けをやり遂げたのは事実である。
「使いよう、という事ね……まあ、よくやってくれたわゼノス王子」
「いぇええええい、ティアンナ姫に褒められたぜぇえー!」
3つの頭部を楽しげに揺らして、グリフキマイラが珍妙な踊りを踊る。この男はティアンナが褒めても咎めても、こうして悦ぶのだ。
ティアンナは、ふと視線を動かした。
シーリン元王女、かどうかはまだわからぬ女性と、目が合った。ティアンナの甥かも知れない赤ん坊を抱いたまま、じっとこちらを見つめている。
ティアンナの方から、問いかけてみた。
「シーリン・カルナヴァート殿下……で、あらせられますか?」
「……殿下、と呼ぶのはおやめ下さい。王族の身分を捨て、逃げ回っている身です」
「私も同じですよ。王冠と玉座を預かる者の責務を放棄し、わがままを通しておりますから」
相手に正体を明かせと要求している以上、ティアンナも正体を隠すべきではなかった。
「ティアンナ・エルベットと申します……姉上」
「お久しぶり……いえ、初めましてと言うべきでしょうね」
シーリンが微笑した。
「王宮では、会話どころか、ろくに顔を合わせた事もなかったのだから」
「私は、姉上をお見かけした事があります……シレーヌ・カルナヴァート正王妃様の棺にすがって、泣いておられましたね」
ティアンナにとっては、この姉に関する唯一の記憶と言っていい。
「私の母は、貴女の母上をよく虐めていたと聞いたわ……気分が良かったのではなくて?」
「私は……御存命のシレーヌ様に、何か仕返しをしたかったと思っております」
偽らざる気持ちを、ティアンナは口にした。
正王妃シレーヌ・カルナヴァートは、幼い頃のティアンナにとっては、習い覚えた剣技で叩きのめしてやりたい相手の筆頭だった。
そんな相手が、しかし馬車の事故であっさりと死んだ。
彼女の棺にすがって泣いていた少女が、今や母親となり、赤ん坊を抱いてティアンナの眼前にいる。
「貴女の甥……フェルディ王子よ」
その赤ん坊を、シーリンが見せてくれた。
「まだ叔母さんと呼ばれるのは抵抗のある年齢でしょうけど……ふふっ。ほらフェルディ、お前の叔母上よ? 御挨拶なさい」
「ヴァスケリアとバルムガルド……両王家の血を引いておられる方ですね」
初めて出来た甥の顔を、ティアンナは覗き込んだ。
この若過ぎる叔母の方など見向きもせず、フェルディ王子は母親の細腕から身を乗り出し、もう1人の王子に向かって、短い両腕をばたばたさせていた。
相変わらず嬉しそうに謎の踊りを踊っている、魔獣人間グリフキマイラ。それを見てフェルディが、きゃっ、きゃっ……とはしゃいでいる。
珍しい動物、とでも思っているのかも知れなかった。
絶命の手応え、ではなかったような気もする。
急所を上手く狙えず、ただ剣で突き刺しただけの一撃になってしまった。そんなもので魔獣人間を殺せたかどうかは、怪しいところである。
とにかく、あのメイフェムとかいう名の女魔獣人間は、胸に剣が突き刺さった状態のまま、谷川の激流に押し流されて行った。
あの剣は魔獣人間ジャックドラゴンの肉体から生じるものであるから、時間が経てば、いずれ外骨格の楯から再生して来る。
激流を追って、とどめを刺しておくべきであったか。レボルトは、そう思わぬでもなかった。
いや、そこまでするほど危険な相手とも思えない。それより今は、シーリン・カルナヴァート元王女の身柄を確保する事が先決だ。
しがみついて来る女魔獣人間を引き剥がすのに、いささか時間がかかってしまった。その間に部下たちが、シーリン元王女を捕えておいてくれたとは思う。
思いながらレボルトは、背中の翼をはためかせ、断崖の上まで飛翔した。そして着地する。
目と口から真紅の光を漏らす、カボチャの頭部。暗黒の色をした甲殻と鱗。外骨格の楯を備えた左腕。黒い大蛇の如き尻尾。
そんな魔獣人間ジャックドラゴンの姿が、地に降り立って周囲を見回す。
誰も、いなかった。
部下たちは元王女の身柄を確保しながらも、レボルトを待たず探しもせず、勝手に王都へ戻ってしまったのだろうか。
そうではない事を証明するものが、そこに横たわっていた。
魔獣人間メデュラハンの、真っ二つに叩き斬られた死骸。同じく両断されたマンドラナーガの生首が、すぐ近くに転がっている。
「これは……!」
レボルトは息を呑み、部下の死体を観察した。
一撃で、鮮やかに斬り下ろされている。
魔獣人間をこのように殺害出来る者が、先程までこの場にいたという事だ。
その何者かが、シーリン・カルナヴァートを守った。あるいは奪い、どこかへ連れ去った。
レボルトの頭に浮かんだのは、ある1匹の怪物である。
「まさか、貴様か……赤き魔人……」
「……いいえ違います、レボルト将軍……」
若い女の声がした。
近くの木陰から、ほっそりとした甲冑姿が1つ、よろめくように現れたところである。
女性用の鎧を着用した、若い女騎士。普段は気丈さに満ちた美しい顔が、しかし今は青ざめている。
ミリエラ・ファーム。レボルト直属騎士団の紅一点で、確か21歳になったばかりのはずだ。妙齢である。年頃と言っていい。が、もはや嫁に行ける身体ではない。他の騎士たちと同じく、人間として生きる道を捨てた身である。
そうする事になった元凶である忌まわしい存在の事を、ミリエラは語ろうとしている。
「……ここで何が起こったのか、私は知りません。今来たばかりですから。ですが将軍、これだけは確実に御報告出来ます……かの赤き魔人は、ここにはいません」
「どういう事だ、ミリエラ」
真紅に燃える眼光を、レボルトは部下に向けた。
「……発見したのか、奴を」
「元ヴォルケット大守スタン・ルービット侯配下の残党たちが、州北西部で小さな集落を作っております……かの赤き魔人は、そこで身体を休めているのです」
「休めている、だと……」
赤き魔人が、どこかに身を隠しているエル・ザナード1世女王の密命を受けてバルムガルド国内に潜入し、本格的な破壊活動を始めようとしている。それは考えられるにしても、身を休めているとはいかなる事か。
あの怪物が身を休めなければならないほどの、何が起こったと言うのか。
「赤き魔人は今、負傷しております……」
耳を疑うような事を、ミリエラは言った。
「仕留める好機、とは言えると思います……ですが将軍……」
「あやつが負傷だと……」
ミリエラが嘘を言っているとは、レボルトは思わない。何らかの失敗をごまかすための嘘にしては、突拍子もなさ過ぎる話だ。
「私、見ました。我が軍の所属ではない大きな魔獣人間が、赤き魔人と戦っていたんです。信じていただけないかも知れませんが……赤き魔人は、劣勢でした。我が軍を、蟻の群れでも踏み潰すように扱っていた化け物が……叩きのめされていたんですよ……」
ミリエラは、ぽろぽろと泣き出していた。
「一瞬の隙をつくような感じで、赤き魔人は何とか勝ちました。その大きな魔獣人間は、死にました。でも……」
「赤き魔人も傷を負ったと、そういう事か」
あの怪物を負傷させるほどの何者かがいた、にしても死んでしまったようである。
あとは手負いの赤き魔人に、とどめを刺すだけだ。
その大きな魔獣人間とやらには、盛大に感謝しなければならない。死体が残っているのなら、立派な墓を立ててやるべきだ。
レボルトはそう思ったが、ミリエラの報告はまだ続いた。
「……化け物が、もう3匹いるんです将軍……赤き魔人は、そいつらに向かって炎を吐きました。ベロウ隊長やザルム伯爵の部隊を跡形もなく焼き払った、あの炎です……それを……それを、まともに喰らったのに! あの3匹は生きていたんです! 全然、無傷だったんですよう!」
ミリエラは、泣き叫んでいた。
「ゴルジです! ゴルジ・バルカウス! あの男が、いつか将軍に刃向かうための切り札のつもりで、あんな化け物どもを隠し持っていたに違いありません! あいつは裏切り者です! 今すぐ殺しましょう!」
「落ち着けミリエラ。ゴルジ・バルカウスはほぼ全員、すでに死んでいる」
赤き魔人に、殺し尽くされた。1人か2人は、もしかしたら生き残っているかも知れないが。
そんなものを探し出して殺すよりも今、最優先で行わなければならない事がある。
「その集落とやらに案内せよ……赤き魔人を、確実に仕留める」
「で……ですよね。だけど将軍、その後は……?」
ミリエラが、おたおたと言った。
「少なくとも赤き魔人と同じくらいの化け物が、あと3匹いるんですよ……もしかしたら、まだいるかも知れません」
「無論、そやつらも殺し尽くす。バルムガルドに禍いをもたらすものは、我らがことごとく排除する……そのための、この力だ」
「私たちの戦いは、ずっと続くんですね……」
ミリエラは、涙を拭った。泣き濡れた美貌が、ヒクッ……と奇怪な痙攣をする。
「戦いが終わって、用済みになっちゃう……よりは、ずっとマシなんですよね……」
「安心しろミリエラ。我らが用済みとなる平和な時代など、どうやら当分は来そうもない」
筆頭は、赤き魔人であろう。
その他にも、ミリエラの報告にあった3匹の怪物。それに、ここにいた部下たちを虐殺してシーリン元王女の身柄を奪った何者か。
道を歩くだけでうっかり人を殺してしまいかねない者どもが、バルムガルド国内をうろついているのだ。
レボルトは、拳を握った。
そういった怪物どもを、片っ端から殺処分する。それ以外に、この力の正しい使い道など、あるわけがない。
「人間の政に介入し、腐敗貴族どもの血で手を汚す……それにはもう飽きた。この力を叩き付けるにふさわしい相手を、ミリエラよ、よくぞ見つけてくれたな」
「私……こんな報告、するべきじゃなかった……」
奇怪な痙攣で、ミリエラは泣き顔を震わせ続ける。
「将軍が……危険な戦いに、行ってしまわれる……」
「戦うための力だ。戦わねば、意味はない」
その力で、まずは赤き魔人を殺す。負傷し、弱っている魔人をだ。
レボルトの心に、痛み、に近い疼きが生じた。
(私は……負傷などしていない、万全の状態にある貴様と戦ってみたかった……)
わかってはいるのだ。
自分が魔獣人間となったのは、正々堂々たる武術の試合をするためではない。赤き魔人を、手段を選ばず殺害するためだ。
今や赤き魔人だけではない。人間の軍事も政治も通用しない、それら全てを無意味なものとしてしまいかねない怪物が複数、バルムガルド国内に存在している。全て、排除しなければならない。手段など選んではいられない。
そんな怪物の1匹が、負傷し弱っている。これを見逃す事など、許されないのだ。
(……私を卑劣漢と罵るがいい、赤き魔人よ)