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第50話 集う鎧たち(2)

 自分のせいなのか。

 そんな思いがずっと、シェファの頭に、心に、しつこい汚れのようにこびりついている。

 自分がいきなり、何の考えもなくデキウス・グローラーの化けの皮を剥いでしまったせいで、こんな事になってしまったのか。

 だが、いずれはどこかで、あの男の正体を暴き立てなければならなかったのだ。

 領民が巻き添えとなるような場所でそれをやるよりも、エルベット家に悪意を抱く地方貴族をついでに一掃出来る、あの場で実行するしかなかった。

 自分のした事は、間違っていない。

 そう思い込もうとするシェファだったが、その間違っていないはずの行動の結果が、これなのである。最悪に近い事態であると言っていいだろう。

 なりふり構わず、助けを求めた。その相手が、かつて戦った緑の騎士であると、シェファは今ようやく気付いた。

「おい、しっかりしろ……一体、何があったんだ」

 確かマディック・ラザンという名の緑色の騎士が、シェファを抱き止めたまま優しく声をかけてくる。

 だが。すぐ近くに、あまり優しくない声を発している者がいる。

「その小娘を殺しなさい、マディック・ラザン」

 ゾルカ・ジェンキムの娘、イリーナ・ジェンキム。

 ゾルカがリムレオンやシェファに竜の指輪を託したように、彼女はマディック・ラザンに魔法の鎧を貸し与え、飼い犬の如く扱っているようである。

 そのマディックが、しかし飼い主であるイリーナに向かって、異を唱えている。

「待てイリーナ、そんな事をしている場合ではないかも知れない。どうやら何か大変な事が起こって」

「……殺しなさい、マディック」

 有無を言わさずイリーナが、緑色の魔法の鎧へと、念を送り込んだようだ。

「ぐっ! う……ぉおおおあああああ」

 左手で兜を押さえて苦しみながらマディックが、シェファの身体を突き飛ばす。

 青い魔法の鎧をまとった少女の細身が、地面にぶつかり、転がり、弱々しくも起き上がる。

 そこへマディックが、魔法の槍を突き付けてきた。

「……見ての、通りだ……俺は今、暴力が……止まらなく、なっている……」

 その槍先が、声に合わせて震えている。

「……耐えろよ……シェファ・ランティ……」

 震えていた槍が、ブンッ! と唸った。緑色の甲冑姿が、猛然と踏み込んで来る。

 槍で思いきり殴りつける、大ざっぱだが高速の一撃を、シェファはよろめくように辛うじてかわした。いや、かわしながら本当によろめいていた。

 違う。以前戦った時とは、あまりにも違う。今の一撃で、それがわかった。

 マディック・ラザンが、恐ろしく腕を上げたのか。あるいは緑の魔法の鎧が、飛躍的に性能を上げたのか。

 よろめくシェファに向かって、魔法の槍が暴風の如く唸った。

「お前も、魔法の鎧の装着者なら……少しの間でいい、持ちこたえて見せろ……」

 穂先が、シェファの左肩をかすめる。青い肩当てから、血飛沫のような火花が散った。

 イリーナの殺意に操られながらもマディックが、懸命に手加減をしてくれている。それがシェファにはわかった。

 魔法の槍が、加減された力と技で、そこそこ速く突き込まれて来る。

「あと少しで……リムレオン・エルベットが、お前を助けに来る……俺を、止めに来てくれる……」

 覚束ない足取りでかわしながら、シェファは息を呑んだ。

 この男が何故リムレオンを知っているのか、そんな事はどうでも良い。

 リムレオンが、ここに来る。それを思うだけでシェファは、目の前が真っ暗になった。重い暗闇で、心が押し潰されそうになった。

(あたし……どの面下げて、リム様に会えってのよ……)

 1人、無様に逃げ帰って来たシェファを、リムレオンは咎めもしないだろう。ねぎらいの言葉をかけてくれるに違いない。

 それが、シェファには耐え難かった。

「マディック……貴方が手を抜いて戦っている事くらい、私にもわかるわよ」

 イリーナが、静かに嘲笑う。

「何だかんだと言ったところで、私は貴方を粗略には扱えない。何故なら貴方は、私のたった1つの持ち駒だから……そんな事を考えているのだとしたら浅はかよ、マディック・ラザン」

 すっ……と、イリーナは右手を掲げた。

 白く繊細な中指に、小さな金属の指輪が巻き付いている。竜の指輪……によく似た、蛇の指輪。

「あまり自分の立場を楽観視しない事ね、マディック……貴方は私にとって、唯一無二の力というわけではないのよ?」

 冷ややかなイリーナの言葉に合わせ、蛇の指輪が光を発した。

 魔法の鎧・装着時の光、と似ているようで何か違う。

 とにかくその光が、彼女の中指から様々な方向に飛び散って広がり、空中のあちこちに、まるで液体のように付着し、紋様となった。

 様々な図形・記号を内包した、真円。

 それが10、20、いや30個近く、指輪から空中へと投影された感じに生じている。

「この子たちが頑張ってくれれば、貴方は用済みになるわね」

 イリーナの言葉に反応して、30個近い光の紋様が、一斉に雷鳴を発して輝き、地上に向かって稲妻を放った。

 それら30本近い電光が、地面に激突すると同時に、人間大の何かとして実体を得る。

 鈍色の、全身甲冑だった。

 それらが30体近く、光の紋様から出現し、様々な武器を構えつつ着地したところである。

 以前も戦った、中身のない魔法の鎧。セレナ・ジェンキムの話によると、余り物の材料で作られた粗悪な量産品であるらしい。

 が、以前とは違う。イリーナの手によって、マディックの鎧に劣らぬ改良を施されているのが、シェファにはわかった。

「私に捨てられたくなかったら、貴方も本気で戦いなさいマディック……」

 イリーナの冷たい声を合図として、中身なき魔法の鎧たちが動いた。

 長剣、槍、戦斧、鎚矛……様々な武器が振り下ろされ、突き込まれ、叩き付けられて来るのを、シェファは逃げるように回避した。

 と言うより、完全に逃げ出していた。マディックに、イリーナに、動く鎧たちに背を向け、走り出す。

 その背中を、鎚矛や戦斧がブンッとかすめて走る。

「ひぃっ……」

 走りながら、シェファは身をすくませ、頭を抱えていた。

 ブレン兵長を見殺しにして、逃げて来てしまった。

 今の自分は、野良犬に吠えられても逃げ出してしまうだろう、とシェファは思った。

 どこかで踏みとどまらなければ、自分はこの先ずっと、あらゆるものから逃げ続ける事になる。

 それを自覚していながらも、しかし逃げる足は止まらない。

「リム様……リム様……! リムさまぁ……っ」

 助けを求めながらもシェファは、リムレオンのいる領主の城の方向へと走っているわけではなかった。

「駄目……あたし、どの面下げて……ッ!」

 泣きながらシェファは、面頬にバシバシッと木の枝が当たって来るのを感じた。

 周囲の風景が、いつの間にか、鬱蒼と生い茂り連なる樹々に変わっている。

 森の中へと、シェファは逃げ込んでいた。

 サン・ローデル西部森林地帯。

 ヴァレリアが言っていた、黒薔薇夫人が眠る森。近隣の住民に恐れられる、魔の森林。

 ガサガサッと枝葉の鳴る音、ガチャガチャと金属の鳴る音。シェファの周囲あらゆる方向で、その2つの音が混ざり合い、鳴り響いている。

 中身のない魔法の鎧たちが、森の獣の如く、走って追って来ているのだ。

「助けて……!」

 両手で頭を抱え、身をすくませて、シェファは逃走を続けた。魔の森の、奥深くへと向かって。

「黒薔薇夫人でも、誰でもいい……ブレン兵長を助けて……リム様を、助けて……あたしを、助けてよォ……」



 19年前、かの赤き竜の健在なりし時。マディック・ラザンは5歳だった。

 両親は魔物どもに殺されており、マディックは難民の群れに混ぜられ、赤き竜による災禍の及ばぬ土地を求めてさすらう絶望的な日々を送っていた。

 その絶望を打ち砕いてくれたのが、ダルーハ・ケスナーである。

 かの英雄によって赤き竜が討ち滅ぼされたと聞いた時、マディックの幼い心は震えた。

 生前の両親が、常々言っていたものだ。他人に暴力を振るってはいけない、と。

 そんな両親が、魔物たちの暴力によって殺されてしまった。

 その魔物たちをヴァスケリアから追い払ってくれたのは、ダルーハ・ケスナーの暴力だった。

 マディックは両親をとても愛していたが、父も母も言う事は間違っていた、と思わざるを得ない。結局ヴァスケリア王国を救ってくれたのは、赤き竜をも上回る英雄ダルーハ・ケスナーの圧倒的な暴力だったのだから。

 暴力こそが、国を救う。人を救う。人を、守る。

 5歳の幼い心に、その思いは痛いほどに刻み込まれたものだ。

 孤児となったマディックはその後、唯一神教ディラム派のとある教会に預けられた。

 親代わりになってくれた司教は温厚な人格者で、彼の下でマディックは10年間、見習い聖職者として過ごした。

 10年目、マディック15歳のある時。その教会に司祭が1人、配属されて来た。

 30歳前後の、物静かな美しい尼僧だった。

 彼女は卓越した癒しの力の使い手であり、そして恐るべき戦士でもあった。

 凄まじい格闘技術に唯一神の加護を上乗せする戦闘方法で、彼女はある時、強盗の一団を徒手空拳で皆殺しにした。

 目の当たりにしたマディックは、その場で彼女に弟子入りを志願した。

 10年間もの平穏な暮らしで心の奥底に埋もれてしまっていた暴力への憧憬が、甦ったのである。

 自分はあまり出来の良い弟子ではなかっただろう、とマディックは思う。

 それでも彼女は辛抱強く、何種類かの戦闘技術を教え込んでくれた。

 先生、としかマディックは呼んでいなかった。本名を、彼女は教えてくれなかったのだ。

 1年間みっちりと鍛え上げられ、いくらかは強くなっただろうかとマディックが思い始めていた、ある時。親代わりであった司教が、何者かに殺害された。

 時を同じくして、先生が忽然と姿を消した。

 彼女が犯人である事が、マディックにはすぐにわかった。司教は、頭蓋骨を叩き割られていたのだ。1年前、先生によって頭を蹴り砕かれた強盗の1人と、同じ死に様だったのである。

 人格者として知られた司教が何故、殺されなければならなかったのか。それは数日後に明らかになった。彼は篤実温厚な好人物を演じながら、裏で金貸しを営んで不正な蓄財に励み、何人もの貧しい民を自殺に追い込んでいたのである。

 あの先生が、聖職者の不正を取り締まる任務のようなものを中央大聖堂から与えられていたのか、それとも個人的な義憤を爆発させてしまっただけなのか、それはわからない。

 とにかくマディックは、腐敗しきったディラム派に失望し、旅に出た。

 その旅先で、清貧を貫くローエン派の僧侶たちに出会った。マディックは深い感銘を受け、その場で改宗を行った。

 だが今やローエン派も、かつてのディラム派と同じく、世俗の汚れにまみれつつある。

 ある程度は仕方のない事なのかも知れない、とマディックは思う。

 宗教も、信者が増えれば政治をやらざるを得ない。政治をするとなれば、金や利権とも無縁ではいられない。

 だからと言って、ヴァスケリア国内に他国の侵略を導き入れるクラバー大司教の方針を、容認するわけにはいかなかった。

 大司教クラバー・ルマン、それに聖女を名乗るアマリア・カストゥール。この両名によって悪しき方向へと流されつつある唯一神教ローエン派を、正しき道へと押し戻す。そのためには力が必要だ。暴力が、なければならないのである。

 魔法の鎧を、イリーナに強化してはもらった。が、こんなものでは全然足りない。

 鎧ではなく中身、マディック・ラザン自身がもっと強くならなければ。

 今程度の力では、ローエン派全体を救うどころか、たった1体の魔獣人間にも勝てはしないのだ。

「ギルベルト・レイン……!」

 ぶつかって来る木の枝を、魔法の鎧の全身で跳ね返し押しのけながら、マディックは恐るべき敵の名を呟いた。

 ギルベルト・レイン。魔獣人間ユニゴーゴン。

 魔法の鎧の上から容赦なく叩き込まれた拳や蹴りの感触・衝撃が、マディックの全身に甦る。

 少なくとも、あの怪物に勝てる程度の力がなくては、ローエン派の悪しき流れを変える事など夢のまた夢だ。

(先生、貴女にもう1度、お会いしたい……そして俺を、鍛え直してもらいたい……どこにいるのですか、先生)

 いなくなってしまった女性に心の中で語りかけながら、マディックは立ち止まった。

 先生ではないが、探していた相手が見つかったのだ。

「きゃあっ……う……ッ」

 シェファ・ランティが弱々しい悲鳴を上げ、よろめいている。右から戦斧で、左から鎚矛で、思いきり殴られたところである。

 青い魔法の鎧から血飛沫のような火花を散らし、シェファは大木の根元に倒れ込んだ。倒れながらも、すがりつくようにして魔石の杖を構えている。

 そこへ、中身なき魔法の鎧たちが迫った。戦斧、鎚矛、長剣、槍……様々な武器を、少女に突き付ける。

 木陰から姿を現しているものだけでも5、6体。

 彼らに囲まれたまま、シェファは立ち上がれずにいた。

「嫌……いやぁ……イヤよぉ……」

 面頬の内側で、彼女は怯え泣きじゃくっている。

 この少女は先程、何やら助けを求めていた。一体何から助けて欲しい状況であるのか、無論マディックは知らない。

 明らかにわかっている事が、1つだけある。

 シェファ・ランティは、戦いに敗れたのだ。敗れたまま、さまよっているのだ。

「……俺と、同じか……」

 マディックは歩み寄り、間合いを詰めた。そして泣き怯えている少女の眼前に、魔法の槍を突き付ける。

「立て……そして戦え、シェファ・ランティ」

 自分が何故、大して親しいわけでもない、殺し合った事すらある相手に対し、こんな事を言っているのか、わからぬままマディックは言葉を続けた。

「何があったのかは、もちろん知らないが……お前が立ち直るには、戦うしかないと思う。いや、それどころか……戦わなければ、お前はここから生きて逃げ延びる事も出来ないんだぞ」

「そうよ。せめて戦ってごらんなさい」

 追い付いて来たイリーナが、近くの木にもたれて冷ややかな声を出す。

「そんな様では、せっかく改良したこの子たちの性能を試す事も出来ないじゃないの」

「……では、僕で試してみてはどうかな」

 声がした。静かな馬蹄の音と共にだ。

 身なりの質素な、だが何となく貴族とわかる1人の若者……と言うより少年が、毛並みの良い栗毛の馬にまたがっている。

 筋肉の薄い痩せた体格は、まるで先生にしごかれていた頃の自分のようだ、とマディックは思った。それまで武芸に縁のなかった肉体を、急ごしらえで鍛え上げている最中といった感じである。

「……リム様……」

 シェファが呆然と呟き、イリーナが息を呑む。

「貴方……本当に、追いかけて来たの?」

「馬に乗れるようになったのは、つい最近でね」

 馬上で、リムレオンは苦笑した。

「ここまで来るのに、少し時間がかかってしまった……シェファ、怪我はない?」

「り……リム様……あたし……」

「君だけでも、無事に戻って来てくれて良かった」

 美少女のようでもある顔立ちを、リムレオンはにっこりと微笑ませる。

 本心から言っているのだろう。だが、このような優しい言葉はシェファ・ランティを、かえって傷付け追い詰めてしまうのではないかとマディックは思う。

 そんなマディックに、リムレオンが目を向ける。打って変わった、厳しい眼差しである。

「森の入口近くで、人が大勢死んでいた。あれは貴方の仕業か、マディック・ラザン」

「あんたが……ぐずぐずしてるからだよ、領主様」

 魔法の槍をリムレオンに向けながら、マディックは答える。

「言ったろう。俺は、人を大勢殺すと」

「……でもシェファは殺さずにおいてくれた。それは感謝している」

 小さく、リムレオンは溜め息をついたようだ。

「マディック・ラザン……僕には貴方が、無意味な戦闘や殺戮を好むような人物だとは思えないんだ。その魔法の鎧に」

「操られているだけ、などとは言うなよリムレオン・エルベット」

 口調強く、マディックは相手の言葉を遮った。

 少しは、自分の意志で戦ってみろ。ギルベルト・レインのその言葉が、脳裏で静かにこだまする。

「俺は今、自分の意志で暴力を振るっている……俺を操っている奴がいるとしたら、それはこの鎧でも、イリーナでもない」

 ケスナー家の父子だ。そこまでは、マディックは口には出さずにおいた。

 ローエン派に改宗し、仲間の僧侶たちと共に旅を続けた。

 その旅の終焉を迎えたのは、ダルーハ・ケスナーの叛乱で荒廃した、北の大地においてである。

 ダルーハ軍の残党が、無法を働いていた。マディックは、それを止めようとした。

 だが、まともな武術の鍛錬を1年ほどしか経験していない自分の力では、1人か2人の兵士を殴り倒すのが精一杯だった。

 たちまちマディックは、レイニー・ウェイル共々、ダルーハ軍残党兵士らによる袋叩きに遭い、死にかけた。

 そこへ、ダルーハ・ケスナーの息子を名乗る若者が現れたのだ。

 彼はその場で人間ではないものへと姿を変え、ダルーハ軍残党を、掃除でもするかのように殺し尽くした。

 目の当たりにしたマディックの心に、幼き日の衝撃が甦った。

 赤き竜を討ち滅ぼしてヴァスケリア王国を救った、1人の英雄の圧倒的な暴力。

 その英雄の息子が、父親と同じように、マディックの心を激しく揺るがせた。

 暴力への憧憬を目覚めさせ、それをマディックの心における確固たるものにしてしまった。

 もう自分は、暴力からは逃れられない。自分を動かしているのは、ケスナー家の父子が容赦なく叩き込み植え付けてくれた、暴力に対する渇望だ。

 あのデキウス・グローラーとかいう初老の男が言っていた通り、イリーナはただ、マディックの心の奥底にあるものを呼び起こしているだけなのだ。

「……俺を止められるか、リムレオン・エルベット」

 マディックは問いかけた。

「放っておけば、俺はこれからも人間を殺す……まずは、このシェファ・ランティを殺してしまうぞ。それを止められるか? 俺に叩きのめされた貴様に」

「僕の力では無理だ。だけど力を貸してくれる人はいる……貴方に、そこのイリーナ殿がおられるようにね」

 リムレオンは右拳を握った。その中指で、竜の指輪がキラリと光を放つ。

「セレナが……!」

 イリーナの声が、引きつった。

「あの愚かな妹が……何かを、したと言うの?」

「何をしてもらったのかは、実は僕にもわかっていない」

 ちらりと彼女を睨み返し、リムレオンは言った。

「その空っぽの鎧たちの力を、僕で試してみるといい……僕は僕で、試させてもらうから」

 まるで落馬するように、リムレオンは馬上から飛び降りた。そして右拳を地面に叩き付けながら、着地する。

「……武装転身!」

 殴られた部分を中心に、地面に光が広がった。光の紋様。

 跪いたリムレオンの全身が、下方から白い輝きに包まれる。

 その光が、少年の全身で、甲冑として実体化してゆく。

 片膝をついた、純白の鎧の騎士。その姿が、やがてそこに出現した。

 シェファを取り囲んでいた鈍色の鎧たちが、標的をリムレオンに変え、襲いかかって行く。

 白い騎士が、ゆらりと立ち上がりながら、その襲撃を迎え撃った。

 純白の甲冑が、鈍色の甲冑たちの間を走り抜ける。

 長剣や戦斧や鎚矛が振り下ろされるよりも速く、リムレオンの拳が、手刀が、肘が、動いた。

 中身なき魔法の鎧たちが、バラバラと崩れ落ちた。兜や胸甲が拳の形に凹み、あるいは一緒くたにグシャリと原形を失っている。

 それら残骸を蹴散らし、歩み寄って来るリムレオンに、マディックは魔法の槍を思いきり突き込んだ。

 その穂先が、超高速で空を切った。

 かわされた、とマディックが気付いた時には、リムレオンの姿は眼前にあった。懐に、踏み込まれていた。

「貴様……っ」

 マディックの声が詰まった。

 鳩尾の辺りに、リムレオンの右掌が押し当てられている。そこからドン……ッと衝撃が流し込まれて来たのだ。魔法の鎧でも防げない衝撃が。

 マディックの身体は後方に吹っ飛び、木に激突した。その木が、バキバキッと折れてゆく。

 樹木もろとも倒れつつ、マディックは己の腹部に片手を触れた。魔法の鎧は、全くの無傷だ。

 だがマディックは、面頬の内部でゴボッ! と血を吐いていた。

 こちらに向けられたままのリムレオンの掌が、淡く白く輝いている。その光が、マディックの身体に撃ち込まれたのか。

「そんな……馬鹿な……」

 イリーナが青ざめ、絶句しながら言葉を漏らす。

「装着者の気力の、物理的衝撃変換……お父様でさえ完成させられなかった機能を……セレナが……?」

「……何だか知らんが、強くなってはいるようだな」

 マディックは立ち上がった。青ざめたイリーナを、背後に庇う格好となった。

「いいだろう……貴様程度に勝てないようでは、俺も……あの魔獣人間に勝つ事は、出来ないからな……」

「思い上がりなのを承知で言わせてもらう。マディック・ラザン、貴方は僕に……その鎧では、勝てないよ」

 リムレオンの方は、シェファを背後に庇う形となっていた。

「今、わかった。ゾルカ・ジェンキムの技術を正しく受け継いでいるのは……イリーナ・ジェンキム、貴女ではなくセレナの方だ」

「ほざくな……!」

 硬直したイリーナの代わりのように声を発しつつ、マディックは魔法の槍を振りかざし、踏み込んだ。

 いや。踏み込もうとした動きが突然、止まった。

「何……っ」

「これは……?」

 リムレオンの身体も、身構えようとしたまま止まっていた。

 霧が出ている事に、マディックは今ようやく気付いた。森の風景を白く禍々しく彩る、濃密な霧。

 濃密過ぎる。まるで白い、不定形の生き物のようだ。

 そんな霧が、緑と白、2つの魔法の鎧に絡み付いているのだ。

 マディックもリムレオンも、霧によって拘束されつつあった。魔法の鎧の怪力でも振り払う事の出来ない、禍々しい霧によって。

『……来たれ……』

 声が聞こえた。恐らくは、男の声。だがリムレオンの声ではない。

『強く……猛々しく……そして穢れなき力と魂を持つ男たちよ……我らと共に、来たれ……』

 霧が、言葉を発している。

 それはマディックの幻聴ではなく、リムレオンにも聞こえているようだ。

「誰だ、貴方たちは……?」

『我らは、お前たちの……これからの、姿……』

 リムレオンの問いに、霧が答えた。

『さあ、我らと共に来い……麗しき黒薔薇夫人が、お前たちに興味をお持ちなのだ』

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