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第39話 働く魔獣人間

 余り物の材料で造られた粗製濫造品、とは言え魔法の鎧である。

 それが蹴りの一発でへし曲がり、ひしゃげて金属屑と化した。潰れた胸甲から、左右の肩当てが、腕鎧が、兜と面頬が、バラバラと分離し、こぼれ落ちる。

「何だ、これは……空っぽの鎧が、動いているのか?」

 生首の入っていない兜を拾い上げ観察しながら、男が言う。

 ギルベルト・レインと名乗ったこの上半身裸の男が、一体何者であるのか、セレナはもちろん知らない。が、わかる事が1つある。

(人間……じゃない、よね? このお兄さんだかオジサマだか……)

 人間でなければ何なのか、それは深く考えない事にしながら、セレナは答えた。

「うん、ゴーレムを造るのと同じような手法でね……疑似生命、って言うのかな。あたしの姉貴がやったんだけど」

 魔法の鎧を、質を落として大量生産し、魔法による疑似生命を与え、兵隊として使う。

 魔法の鎧の開発に携わっていた者であれば、まあ普通に考えつく事である。

 そんな安直な考えによって造り出されたものたちが、全方向から槍や長剣を突き込んで来る。

「伏せていろ……」

 ギルベルトが言った。言われずとも、自分に出来る事など他にはない。セレナは、しゃがみ込んで頭を抱えた。

 その頭上を、ギルベルトの長い脚がブンッ! と高速で通過する。そして突き込まれて来た槍を、長剣を、片っ端から蹴り飛ばす。

 蹴り終えた足で、ギルベルトは即座に踏み込んで行った。

 中身のない魔法の鎧が2体、激しく揺らいだ。兜が、胸甲が、拳の形に凹んでいる。ギルベルトの両拳だった。左右それぞれの一撃を刻印された全身甲冑が、バラバラに崩れ落ちて動かなくなる。

 シューッ! と蒸気のような息吹を発しながら、ギルベルトは裸の上半身を捻った。がっしりと固く鍛え込まれた筋肉が、しなやかに柔らかく躍動する。右拳が、続いて左拳が、鋭い音を立てて空気を切り裂いた。

 動く全身鎧がまた2体、武器を構え直そうとしながらグシャッバキッ! と拳を刻印され、ひしゃげてバラバラに吹っ飛んだ。

(こりゃ駄目だよ、姉貴……)

 大量生産の粗悪品とは言え魔法の鎧が、少なくとも外見は生身の人間である男に、素手でことごとく破壊されてゆく。その光景を観察しながらセレナは、この場にいない姉に語りかけた。

(こんなの大量に造ったって、何の役にも立たないよ……鎧ってのは、やっぱ人が着てなきゃ)

 姉には、何度もそう言った。そのせいで、すっかり嫌われてしまった……否。あの姉には、幼い頃からずっと嫌われていたような気がする。

 それでも父が生きている間は、こんなふうに殺し合う事などなかった。

 もちろんセレナの方には、殺し合っているつもりなどない。だが姉は、この中身のない甲冑歩兵たちに、恐らくはセレナの死体を持ち帰るよう命じているだろう。

「でも無駄だよ。あたし姉貴より、少なくとも男運だけは勝ってるから……あたしを守ってくれる人、見つけちゃったから」

 力強く筋肉を躍動させる、裸の上半身。いくらか頬骨が目立つものの、頼りがいのありそうな顔立ち。高速で跳ね上がっては魔法の鎧を蹴り潰す、長い脚。

 ギルベルト・レインの戦いぶりを観賞しながら、セレナはうっとりと呟いた。

「ん〜……男は筋肉よねぇ、やっぱり」



 一般的に「北の戦災地」と一括りに呼ばれる事の多いレドン・ガルネア・エヴァリア・バスクの4地方が、ヴァスケリア王国からの独立を宣言した。クラバー・ルマン大司教も、これを支持しているという。

 つまりバルムガルド王国が、この独立の後ろ楯となっているという事だ。

 東国境の戦で1度は敗れた大国が、ヴァスケリア侵略のための次なる手を打ち始めたという事である。

「そんな事、してる場合じゃないのに……」

 村はずれの森の中をとぼとぼと歩きながら、エミリィ・レアは溜め息をついた。

 この森の中で先日、5匹ものトロルに襲われた。

 サン・ローデル西部でも、部隊規模の魔物たちが、何やら不穏な動きを見せていたという。

 人間ではないものたちが、こうして人間を脅かしていると言うのに、人間同士の争いが止まらず、なおかつローエン派がその片棒を担いでいる。

 逃げて来るべきではなかったのかも知れない、とエミリィは今にして思う。

 唯一神教ローエン派が、他国の侵略の尖兵と化しつつある。北の戦災地に残って、それを食い止めるための努力をするべきだったのではないか。

 1人、クラバー大司教のやり方を声高に批判していたマディック・ラザンは、破門・追放された。

 エミリィは声高に叫ぶ事もせず、ただ逃げて来てしまった。

 自分ごときに何か出来たのか、ともエミリィは思う。末端の聖職者が、青臭い思いをいくら燃やしたところで、教会そのものの在り方を左右する事など出来るのか。出来るわけがない。

 そう思いながらアレン・ネッドもクオル・デーヴィも今頃、悪しき方向へと流れ行く教会組織の中で、さぞかし無力感と居心地悪さを感じている事だろう。

 アレンはともかく、クオルの方はそうでもないか、とエミリィは思い直した。彼はずっと前から、クラバー大司教の秘書であるアマリア・カストゥールに御執心であった。彼女がいてくれるなら教会組織の在り方などどうでも良い、と思いかねないところがクオルにはあった。

 現在アマリア・カストゥールは北の戦災地で、まるで聖女のような扱いを受けているらしい。あの美貌で、民衆の心をつかんでしまったという事だ。

 確かに、美しい女性ではあった。美し過ぎた。同性だからかも知れないが、エミリィはあまり好きになれなかった。

 嫌い……と言うよりも、恐かった。

 人間の女性が、ここまで美しいはずがない。魔物の美貌。何の根拠もなく、エミリィはそう感じたものだ。

 あんな魔物めいた女性ではなく、本物の魔物が、今はサン・ローデル各地に出没しては住民を脅かしており、領主リムレオン侯爵もブレン兵長もシェファ・ランティも、対処に追われる日々を送っているらしい。

 先日のトロル5匹と言い、その魔物たちは一体どこから現れて来ているのだろうか。

 魔物の棲む森、と呼ばれる場所が、あるにはある。

 サン・ローデル西部森林地帯。昔から、人が決して立ち入ってはならぬ場所として語られている。

 あの森に迷い込んだ人間が、ついに出て来る事なく消息を絶った、という話はエミリィも何度か聞いた事がある。が、森の中から外へと魔物たちが打って出て人々に危害を加えた、という話は聞かない。今が、その状態なのであろうか。

 エミリィは思考を中断し、立ち止まった。

 小さな森の中の、小さな広場。両親が、アサドが、そしてゾルカ・ジェンキムが眠る場所。

 1人の女性が、ゾルカの墓前で跪いていた。

 エミリィは嫌な予感がした。北の戦災地から戻って以来、この場所を訪れる度に何やら危険な目に遭っているような気がする。

 跪いていた女性が、ゆらりと立ち上がった。

 優美な細身を、おしゃれとは程遠い灰色のローブに包んでいる。

 さらりとした髪に囲まれた顔立ちは、あのアマリア・カストゥールほどではないにせよ美しい。が、何か正常ではないものを感じさせもする。

 そんな美貌が、エミリィに向かってニコリと微笑んだ。

「ゼピト村の方?」

「は、はい」

 答えつつエミリィは、失礼にならぬ程度に見つめて相手を観察した。

 歳の頃は20歳の少し前、であろうか。少女と大人の間。18か19といったところか。

 どちら様ですか、とエミリィが訊く前に、彼女は名乗ってくれた。

「初めまして、私はイリーナ・ジェンキム……父が葬られている場所は、こちらで良かったかしら」

「貴女は……ゾルカさんの?」

 エミリィの胸で、痛みが疼いた。

 ゾルカ・ジェンキムは、この村を守るために死んだようなものだ。

「……ゾルカさんは、あたしたちの村を守るために戦ってくれました。あたしたちの、せいで……」

「駄目よ、そんなふうに考えては」

 優しく、イリーナは微笑んでくれている。

「父は、誰かに罪悪感や負い目を感じさせるために死んだわけではないと思うの。私はその場にいたわけではないけれど、何となくわかるわ。父はきっと、この村を守る事が出来て、満足しながら死んでいったはずよ。そう……自己満足に、浸りながらね」

 イリーナの口調が、微妙に変わった。

 笑顔は、にこやかなまま変わらない。その笑顔の下に隠されていたものが、口調に滲み出始めている。

「残された私は、一体どうすればいいのかしらね……」

 カチャ……と、金属的な音が聞こえた。周囲の、木陰のどこかからだ。

「本当、つくづく思うわ。死んだ人は、生きている人間に対しては何もしてくれない……生きてる人間も、死んだ人のためには何もしてあげられない……」

 カチャ、ガチャ……と、音が増えてゆく。金属製の甲冑や武器を鳴らす、不穏な音。

 その発生源が、周囲の木陰から姿を現しつつあった。

「出来る事を無理矢理にでも探すとしたら、そうね……仇討ち? くらいかしら」

 イリーナの声に合わせて、全方向からカチャ、ガチャと歩み迫って来る者たち。

 それは、完全武装した兵士の群れだった。

 頭から手足の爪先に至るまで、生身の露出が一ヵ所もない、鈍色の全身甲冑。リムレオンたちが身に着けていた、魔法の鎧というものに似ているような気がする。

 そんな姿の歩兵たちが槍を構え、長剣をギラリと抜き放ちながら、エミリィを取り囲んでいるのだ。

「私のお父様を死に追いやっておきながら、こんなお墓なんか立てて自己満足に浸っている一般人ども……あ、あれ? おかしいわ。こんな事、言いたいはずではなかったのに……」

 困ったように、イリーナは微笑み続けた。

「こんな村に来なければ、お父様は死なずに済んだ……こんな村、この世に存在しなければ良かったのに……あ、あれぇ? どうしてしまったのかしら私。お父様の分まで幸せに生きてって、ゼピト村の方々には言わなければならないのに……つい、本音が」

 魔法の鎧に似た鈍色の歩兵たちが、ざっと数えて20体近く。あらゆる方向からじりじりと迫り、エミリィに武器を向けてくる。

「あ、あの……」

「この子たちを制御する手段をね、今いろいろと試しているところなのよ」

 微笑みながらイリーナは、求めてもいない説明をしてくれた。

「とりあえず、私の思考に感応して動くようにしてみたのだけど……そのせいで、私の本音を読み取って行動するようになってしまった。ごめんなさいね? この子たち……ゼピトの人たちを皆殺しにするまで、止まりそうもないから」

(どうして……?)

 迫り来る槍・長剣に囲まれたまま、エミリィは心の中で呆然と呟いた。

(どうして、ここへ来る度にこんな事が起こるの? 教えてよ父さん、母さん、アサド……ゾルカさん……)

「……また出て来たわねえ、何か変なのが」

 声が聞こえた。聞き覚えのある、女の子の声。

 すらりと形良い太股が際どい高さまで丸見えの、短い粗末な服を着た少女。杖を携えたまま、木陰から歩み出て来たところである。その杖の先端には、魔石が埋め込まれているようだ。

「頭のおかしい奴は、もう沢山だってのに」

「シェファさん……」

 呆然とエミリィが呼びかけると、シェファは片手を軽く上げて応えた。

「久しぶり……この辺に魔獣人間が出たって話があってね。もうちょっとしたら、ブレン兵長も来ると思うけど」

「……どちら様?」

 イリーナが問いかけた。

「ちょっとした取り込み中だという事は、見ればわかると思うのだけど」

「よそでやって欲しいのよねえ、そういう取り込み事は」

 魔石の杖をくるりと軽やかに回して見せながら、シェファは言い放った。

「頭のおかしい奴は、リム様の御領内へは立ち入り禁止です。発見次第、警告無しで処刑……まあゾルカさんの御家族の方みたいだから、1回だけ警告してあげる。このガラクタどもを引き連れて即刻、エルベット家の領地から出て行って2度と来ないように」

「……父を、知っているの?」

 イリーナの美貌から、すっ……と笑みが消えた。

 まるで別人のような、冷たく鋭く険しい表情になった。

「それに貴女……その右手の中指にはまっているのは、何」

「知りたい? 知ると同時に殺し合いが始まっちゃうと思うけど、それでいい? ……警告は無視って事でいいわけね」

 左手で魔石の杖を握ったまま、シェファは優雅に右手を掲げた。

 愛らしい中指で、小さな竜が巻き付いたような指輪が、淡く青く光を発している。

「……その力で、貴女は何をするつもり?」

 イリーナが、冷たく険しく、問いかける。

「その力にふさわしいだけの事は、してくれるのでしょうね」

「例えば?」

 同じような口調で、シェファが問い返す。

「何をさせたいわけ? 開発者様の御家族としては」

「魔法の鎧の力を世に示し、ゾルカ・ジェンキムの名を知らしめる……英雄と言えばダルーハ・ケスナーの名前しか唱えようとしない、愚かな一般人どもに」

 笑顔の内側に隠していたものを、イリーナはいよいよ剥き出しにしていた。

「……シェファさん、だったかしら? 貴女にはその義務があるのよ。わかっているのでしょうね?」

「あたしにわかる事は、とりあえず1つ……あんたみたいなのは野放しにしておけないって事」

 言いつつシェファが、ふん、と鼻で嘲笑った。

「口で言ってわからせる労力を、殺して排除する方向で使わせてもらうわ。その方が手っ取り早そうだから」

「……行きなさい。その女の腕を切り落として、お父様の作品を取り戻すのよ」

 イリーナが命じた。言葉と共に、彼女の心にある憎悪の念が、甲冑兵士たちに広がってゆく。それがエミリィにはわかった。

 イリーナの憎しみに支配された鎧歩兵の群れが、一斉に動いた。槍が、長剣が、シェファ1人に殺到する。

「武装転身……」

 声と共に、青い光がキラキラと散った。

 続いてバチッ! と電光が生じた。

 シェファを突き刺し切り刻む寸前だった槍と長剣が、ことごとく折れて砕けた。甲冑歩兵が何人も、激しく感電・帯電しながら吹っ飛んで倒れる。まるで落雷の直撃を受けたかのようにだ。

 兜が、胸甲や肩当てが、鎧の手足が、バラバラに飛び散った。鎧だけがだ。中にあるべき人体は、どこにも見当たらない。

「思った通り……ガラクタね」

 電光を帯びた魔石の杖をユラリと構えたまま、シェファが言う。

 全身、青い魔法の鎧に包まれている。その上からでも見て取れる身体の曲線が、いつ見ても美しいとエミリィは思う。

「余った材料か何かで大量生産した、出来損ない……こんなもんで一体、何がしたいんだかっ」

 その見事な身体の曲線が、言葉に合わせて柔らかく捻転する。電光をまとう魔法の杖が、横殴りに大きく弧を描いた。

 横に奔る落雷、のような一撃。それに殴り飛ばされた鎧兵士たちが、バラバラに砕け飛び散って行く。兜が、胸甲が、凹みながら弱々しく帯電し、あちこちに転がる。

「エミリィさん、ごめん! 後でちゃんと片付けるから!」

 詫びながらシェファが踏み込み、優美な細腕で杖を回転させる。電光を帯びた打撃が、中身のない全身鎧たちをことごとく殴り砕く。

 最後の1体が、倒れた。兜と面頬がまとめて潰れ、胸甲にめり込んでいる。

 パリパリと電光に絡み付かれたその残骸を、片足で踏み付けながらシェファは、魔石の杖をイリーナに向けた。

「死体くらいは残してあげる……ゾルカさんの隣にでも埋めてもらうのね」

「……貴女の死体は、草木の肥やしにしてあげる。魔法の鎧を、剥ぎ取ってからね」

 イリーナには、全く怯んだ様子がない。魔法の鎧を着た相手と生身で戦えるだけの力を、彼女は持っているのだろうか。

 何にせよ、戦いを止めるならば今しかない。

 たった今、シェファが全滅させた相手は、幸いにも人間ではなく、魔力で動くだけの鎧だ。人間が死ぬ前に、止めなければならない。

「待って下さい……」

 エミリィが意を決し、シェファとイリーナの間に割って入ろうとした、その時。

 重々しい、足音が聞こえた。

 木立の奥から歩み寄って来る、人影が1つ。体型からして、どうやら男性だ。草を踏む足音と、微かに金属の触れ合う音を、同時に発している。甲冑を身にまとっているようだ。

 シェファに叩き潰され周囲に散乱しているものたちとは違う、しっかりとした人体を中身に有する全身鎧。

「余り物の材料で造った出来損ない……貴女はそう言っていたわね。確かに、その通りよ」

 イリーナが、歩み寄って来るその男の方を見た。

 シェファが魔石の杖を持っているように、甲冑姿の男も、長い得物を携えている。槍、のようである。

「出来損ないの子たちに何か大した事が出来るとは、私も思っていないわ……今から、出来損ないではない本物を見せてあげる」

「本物……?」

 シェファも、そちらを睨んだ。

 槍を携え歩み寄って来る、鎧の騎士。とは言え馬に乗っているわけではなく、徒歩でガチャ、ガチャ……ッと重々しく甲冑を鳴らしている。

 森の中にあっても周囲に溶け込む事のない、どこか毒々しい緑色。頭から手足の爪先に至るまで生身の露出が一ヵ所もない全身が、そんな色で彩られている。

 仮面そのものの面頬に刻まれた、視界用の裂け目。その奥からチラリと、エミリィの方に視線が向いた。

(え……誰?)

 気のせいではない。この緑色の騎士は今、間違いなく、エミリィの方を見た。

 だがそれは一瞬だけで、その眼光はすぐさまシェファの方を向き、青と緑の甲冑姿が睨み合う格好となった。

「我……」

 緑色の面頬の内側で、男は呟いた。若い声だった。

「汝殺すなかれ……の破戒者とならん……唯一神よ、罰を与えたまえ……」

 聞き覚えのある声、のような気がした。

 エミリィの胸の奥で、疑念がざわついた。

 どこか毒々しい、緑色の全身甲冑。その中にいる男を、自分は知っているのではないか。

「魔法の鎧……4つ目ってわけね」

 言葉と共に、シェファの方から踏み込んで行った。

「罰則なら、あたしが実行してあげる……リム様の御領内で、くっだらない事やってる罰をねえッ!」

 電光をまとう杖が、緑の騎士に殴りかかる。

 そして弾き返された。

 魔法の槍が猛烈な勢いで回転し、電光の杖を打ち返したのだ。

「うっ……」

 辛うじて得物を手放さず、それでも体勢を崩して揺らいだシェファに、緑の騎士は容赦なく襲いかかった。

 唸りを発して襲い来る槍を、シェファは暴風に煽られるように回避した。青く武装した細身が、風に舞う薄布の如くひらひらと躍り、槍の猛撃をかわす。

 4回、5回と、魔法の槍が勢い激しく空振りをする。

 第6撃目を、シェファはかわしきれなかった。

 突き込まれて来た槍を、電光の杖が、半ば受け流すように斜めに受け止める。

 青と緑の甲冑姿が、動きを止めた。魔法の槍と魔石の杖が、斜めにガキッと交わったまま静止……いや、微かに震えている。

 武器の押し合いになれば女の子の方が不利だろう、とエミリィが思ったその時、シェファが何か念じたようだ。

 魔石の杖が帯びている電光が、バリバリバリッ! と強まった。

 強烈な電撃が、魔法の槍へ、そして緑の騎士の全身へと流れ込む。

「うっ……ぐ……ッ!」

 まるで光る蛇のような電撃光にバチバチッと絡み付かれ、悲鳴を漏らしながらも、緑の騎士は力を振り絞っていた。

「ま……だ……まだだ唯一神よ、こんなものでは罰を受けたとは言えぬ……ぅうああ!」

 魔法の槍が、魔石の杖を思いきり押し返した。

「きゃ……あっ」

 押し返されたシェファの細身が、地面に倒れ込む。エミリィの両親の、墓石のすぐ前だ。

 まとわりつく電撃光を、振り払い蹴散らすように、緑の騎士は踏み込んで行った。

 倒れたままのシェファを、魔法の槍がまっすぐに襲う。

 立ち上がる暇もないまま、シェファは地面を転がって、それをかわした。

 かわされた槍が、勢い余って墓石を直撃する……寸前で、止まった。緑の騎士が、辛うじて止めた。エミリィの両親の墓を、守ってくれたのだ。

 片膝をついて身を起こし、魔石の杖を構えたまま、シェファも止まっている。反撃を、思いとどまっている。

 戦いそのものが止まった。そこへエミリィは、おずおずと声をかけた。

「……マディック・ラザン……?」

 疑念が、確信に変わっていた。

「そう……なのね? 貴方、マディックでしょう?」

「エミリィ……」

 緑色の魔法の鎧に全身を包み、素顔を晒さぬまま、マディック・ラザンはとりあえず会話には応じてくれた。

「……力が……必要なんだ……」

「マディック……」

「唯一神教は……ローエン派は……悪しき方向へと、流れつつある……その流れを断ち切り、正しき信仰を取り戻す……」

 緑の面頬の下で、マディックの眼光が燃え上がった。

「そのためには、力が必要なんだ……あの、ガイエル・ケスナーのような力が……」

「貴方にその力を与えてあげたのが私である事、忘れてもらっては困るわよ」

 イリーナ・ジェンキムが言い、そして念じた。

「さあ戦いなさいマディック・ラザン、魔法の鎧を取り戻すのよ……中身を潰して、ね」

「うぐっ……ぁあああ……」

 右手に槍を持ったまま、左手で頭を押さえ、マディックは苦しげによろめいた。

 中身のない甲冑兵士たちを操っていたイリーナの憎悪の念が、中身を有する魔法の鎧へと流れ込んでいる。そしてマディックを、支配しようとしている。

「あんた……!」

 青い面頬越しにイリーナを睨みながら、シェファが怒りの呻きを漏らした。

 イリーナが、せせら笑う。

「マディック・ラザンを哀れと思うなら、速やかに殺されて戦いを終わらせてあげなさい……そして私に返しなさい、お父様の作品を」

「で、そっちの緑色が姉貴の作品ってわけね」

 声がした。不敵そのものの、女の子の声。

 イリーナ・ジェンキムがもう1人、木にもたれて立っている。エミリィは最初、そう思った。

 よく見ると、イリーナよりいくらか年下のようである。シェファと同じくらい、であろうか。美しいが、どこか一癖ありそうな少女である。

「親父の丸パクリって感じ……ま、あたしも人の事言えないけどさ」

「セレナ……!」

 イリーナの美しい顔が、憎悪に歪んだ。

「貴女がこの辺りにいる事は、知っていたわ。あの子たちに始末を任せておいたのに……まさか生きていたとはね」

「あたしの事、守ってくれる人がいるから」

 セレナと呼ばれた少女の傍らに、確かに守護者の如く、1人の男が立っている。がっしりと力強い裸の上半身に、薪の束を担いだ男。

 エミリィは呼びかけた。

「ギルベルトさん……」

「厄介事の真っ最中、というわけか」

 並の男なら2人がかりであろう薪の巨大な束を、ギルベルト・レインは片手でひょいと地面に置いた。

 頬骨の目立つ顔が、ちらりと左右を向く。鋭い眼光が、シェファとマディックを交互に見据える。

「こいつらには中身が入っているようだな……まあ何でもいいが、この村で厄介事はやめてくれんか」

 青と緑の、魔法の鎧姿。両者の間に割って入りながら、ギルベルトは言う。

「俺も一応、村の人々には世話になっている身でな」

「……殺しなさい、マディック」

 イリーナが命令する前に、マディックは動いていた。彼女の憎悪と殺意に、魔法の鎧が感応したのだ。

 苦痛の呻きか、闘志のかけ声か、判然としないものを発しながら、マディックが魔法の槍を繰り出す。その穂先が、ギルベルトのたくましい胸板に突き刺さる……寸前で、止まった。

 穂先の根元の部分を、ギルベルトの左手がガッチリと掴んでいる。

「……貴様……!」

 マディックが呻く。

 彼の渾身の力と殺意が籠った魔法の槍を、左手だけで掴み止めたままギルベルトは、

「見ての通り、馬鹿力だけが取り柄でな……そんな俺がこの村の役に立とうと思ったら、まあ力仕事しかないわけだ」

 声を、全身を、震わせた。上半身裸の力強い肉体がメキッ! と痙攣し、変化を開始する。

「あんた……!」

 息を呑むシェファの眼前で、ギルベルトのたくましい筋肉が皮膚もろとも、さらに強固に変質してゆく。

 青銅色の、金属甲殻へと。

 下半身からも衣服がちぎれ飛んで、太股が、ふくらはぎが、甲冑の如く盛り上がる。鉄槌のような蹄が、どっしりと地面を踏む。

 猛牛を思わせる2本角と、螺旋状の1本角。計3本の角を生やした魔獣人間ユニゴーゴンの姿が、そこに出現していた。

 イリーナが青ざめ硬直し、セレナが口笛を吹く。

「へぇー、人間じゃないとは思ってたけど……いいんじゃない? 美形なだけの人間の優男なんかより、ずっとさあ」

 そんな少女の賛辞を無視しつつユニゴーゴンは、シュー……ッと蒸気のような呼吸音を発した。

「さて……力仕事を、始めようか」


   

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