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第21話 解放されし者、その2

 聞くところによると。この謁見の間では、かつて大虐殺が行われたという。

 先の戦において、ダルーハ・ケスナーに恭順を誓った地方領主およそ20名が、誓ったその場で皆殺しにされたらしい。

 戦わずして敵に降るとは、要するにそういう事なのだ。

 どういう扱いを受けても文句は言いませぬ、と宣言してしまうようなもの。なのである。

 戦わぬ人間には、それがわからない。

 わからないだけなら良いが、こうして難癖に等しい事を言ってくる。

「どうか、お考え下さい女王陛下」

 廷臣たちの居並ぶ中。唯一神教の法衣をまとった、どこか神経質そうな中年の男が、玉座上のティアンナに語りかける。頑固な子供に教え諭すような、偉そうな口調でだ。

「民を守るために戦う、それは確かに美しい言葉です。しかし守るための戦いが激化し長引けば、結局のところ民たちが、苦しみ血を流す事となるのですよ」

「だから戦うなと……バルムガルド王国の要求を受け入れ、私に退位せよと。そうおっしゃるのですね、大司教猊下」

 クラバー・ルマン大司教。

 ヴァスケリアにおける唯一神教会の、最高位に立つ人物である。

 前任の大司教は、先の戦でダルーハ軍に殺された。

 王都の中央大聖堂は、略奪と破壊の限りを尽くされた。

 ヴァスケリア国内においては、教会という組織そのものが、壊滅に近い状態に陥っていたのだ。

 それに乗じるようにして頭角を現し、教会の再建において指導力を発揮してきた聖職者が、このクラバー・ルマンである。

 自然な流れで大司教に就任し、今や一国の王に対して物申す立場にある。宗教家としてはともかく政治家としては優れた人物なのだろう、とティアンナは思うのだが。

「他国の侵略を、抵抗する事なく受け入れよと。それが民衆のためであると……ローエン派の方々は、本気でそうお考えなのですね」

 この世界の唯一神教会は、大きく3つの宗派に分かれている。

 排他的・攻撃的で、時には他宗教に対する迫害・虐殺なども行ってきたアゼル派。

 それとは逆に、ひたすら平和主義を掲げるローエン派。

 両者の中間たるディラム派。

 唯一神教会の歴史とは、すなわちアゼル派とローエン派の抗争の歴史である。と言っても過言ではなかった。

 抗争の中、両派の分別ある者たちによってディラム派が結成された。彼らはアゼルとローエンの仲裁をしながら巧妙に立ち回り、やがて唯一神教会の主流となった。

 現在、主流から離れた所でローエン派は細々と信者を保ち、アゼル派はほとんど消滅に等しい状態にある。

 ヴァスケリアにおいても、ここ100年近く、大司教の地位はディラム派の聖職者たちによって占められてきた。

 クラバー・ルマンは、およそ100年ぶりに現れた、ローエン派の大司教という事になる。

「陛下、お考え下さい。いえ、お考えになるまでもなく明らかな事でございます。平和とはすなわち戦わない事。戦争とは、抵抗をするから続いてしまうのです」

「汝の隣人を愛せ。右の頬を打たれたら、左の頬を差し出すべし……唯一神教ローエン派には、そのような教えがあるそうですね」

 思わず怒鳴ってしまいたくなるのを懸命に堪えながら、ティアンナは言った。

 この場合の隣人とは、すなわちバルムガルド王国である。かつてリグロア王国を侵略併呑し、ヴァスケリアと国境を接する事となった、軍事大国。

 すでに、一国を滅ぼしているのである。

 このような相手に左の頬を差し出したら、頬を打たれるどころか、骨までしゃぶり尽くされる。それが、ローエン派の聖職者たちには本当に理解出来ていないのか。

 そう言えば、リグロアは自分が嫁ぐはずだった王国である。

 ちらりとだけ思い出しつつ、ティアンナはさらに言った。

「平和主義は、とても素晴らしい事……ですが平和主義とは、平和な時に唱えるものです。お引き取り下さい大司教猊下。そして今が平和な時であるのかどうかを今1度お考え下さい」

「平和ではないからこそ、一刻も早く平和をもたらさなければならないのです。まだ1滴の血も流れていない今こそが、その機会なのですよ」

 退出せよ、という女王の命令に平然と逆らいつつ、クラバー大司教が言い募る。

「1滴でも血が流れれば、そこに憎しみが生まれてしまいます。憎しみが報復を、報復がさらなる憎悪をもたらし……戦が、際限なく続いてしまうのです。民が苦しむのですよ女王陛下。今ここでバルムガルド国王の要求を受け入れ、シーリン・カルナヴァート様に王位をお譲りになれば、憎しみの連鎖は未然に防げるのです。戦争が、起こらずに済むのです」

「そしてバルムガルド軍がヴァスケリア国内に入って来て、我が物顔に振る舞う事になりますね。そうなれば民がどのような目に遭うか、お考えになった事はありますか?」

 様々な光景が、ティアンナの脳裏に甦った。

 ダルーハ軍に襲われた村。兵士に、殴られ蹴り倒される男。さらわれる女子供。焼き殺される村人たち。

 人間としての全てを否定され蹂躙され尽くした、無惨なる「姉妹」。

 あれらと同じ事をバルムガルド軍が行わないという保証が、一体どこにあるのか。

 戦わずして国を明け渡す。それは敵軍による、あのような行いを、黙認してしまうという事なのだ。

 クラバーの神経質そうな顔が、いくらか引きつった。

「民を言い訳に使うのはおやめなさい女王陛下。貴女は民を守るためと言いながらその実、御自分の王位を守ろうとしておられます。戦争に勝つ事で守られるのは、民ではなく政権の命なのですから……古来、戦争とはそのようなもの。権力者が、民衆を守るためと言いながらも己の保身のために」

「無礼ですぞ大司教猊下!」

 ティアンナではなく、居並ぶ廷臣たちが怒鳴った。

「女王陛下に対し何たる物言い! いかに大司教と言えど、許されるものではありませんぞ!」

「民の生活と安全を守るため、女王陛下がどれほど心血を注ぎ! 心を砕いておられるか!」

 ティアンナは片手を上げ、廷臣たちを黙らせた。

 民のため、などという言葉がこれほど繰り返されると、やはり安っぽく煩わしいものである。

「……大司教のおっしゃる通り。確かに私は、ダルーハ卿からいただいたこの玉座に未練があります。今は私がこの国を立て直さなければならないと少々うぬぼれてもおりますし、王位を失った私がバルムガルドからどのような扱いを受けるのかと、怯えてもおります」

 言いつつ、ティアンナは微笑んで見せた。

「……と、私が正直に申し上げたところで。大司教猊下、貴方も正直におなりなさい。包み隠さず、おっしゃって下さい」

「な、何をですかな……」

「バルムガルド国王ジオノス2世から、一体どれほどの餌を与えられたのですか?」

 クラバー大司教の顔が、さらに引きつった。恐怖、に近い表情だった。

 間違いない、とティアンナは思った。自分は今、先の戦においてバウルファー・ゲドン侯爵の子息を斬り殺した時と、同じような顔をしている。

 自覚しつつもティアンナは、表情と口調を変える事は出来なかった。

「バルムガルド国内の唯一神教信者をも統べる権利……2国にまたがる大司教の地位。そんなところでありましょう? 落ち目のローエン派を唯一神教主流に押し上げるには、良い機会かも知れませんね」

「な……何たる……女王とは言え許し難き暴言妄言……」

 恐怖と屈辱が、クラバーの神経質そうな顔面に満ち、何とも言えぬ滑稽な形相が出来上がっている。

 少し変だ、とティアンナは思った。

 これほど容易く頭に血を昇らせ、それを隠す事も出来ない人物が。教会組織の再建を行うような政治的能力を持っている、ものであろうか。

(……と、今の私も感情的になりかかっているわね。気をつけなければ)

 内心で、ティアンナは咳払いをした。

 と同時に。玉座の傍らに立った人物が、現実的に咳払いをした。

「真実がどうであるか、は問題ではないのですよ大司教猊下」

 モートン・カルナヴァート副王だった。

「この国の教会の頂点に立たれる御方が、今この時期に無条件降服論を口になされる……バルムガルド王国と裏で繋がっている、と思われて当然でありましょう。真実がどうであるかに関わりなく、周りの者はそうとしか見ません」

 滑稽な顔をしたままクラバー大司教が、息の詰まったような声を漏らした。

 モートンは、さらに言う。

「ここは大司教猊下、一言の捨て台詞も吐かずに退出なさるべきです。この場で何か喚き散らしたところで、無様な事にしかなりませんぞ」

 モートン自身、かつて大勢の村人の前で無様に逆上し、喚き散らし、ティアンナに殴り倒され、ガイエルに同情された。

 無能王子と呼ばれた兄が、しかし経験を活かしてはいるようだ。

 女王に対する様々な罵詈雑言を、噴火寸前のまま辛うじて呑み込みながら。クラバー大司教が、退出して行く。

 見送りつつティアンナは、溜め息をついた。

「……感謝いたします兄上、いえ副王殿」

 ここで兄が何か言ってくれなかったら自分は、廷臣らの面前で大司教を斬殺していたかも知れない。そして王国内外の唯一神教徒全員を、敵に回していたかも知れない。

「あの大司教は、北に勢力基盤を持っております」

 モートンが言った。

「ダルーハ・ケスナーの叛乱によって荒廃した、王都以北の各地方で、ローエン派の者どもは大々的に布教を行っていたようですな。復興のあまり進んでおらぬ地方の、もはや神にすがるしかないほど困窮した人民の心を……まあ、上手く掴んだという事です」

 ディラム派を主流とする王国内の教会勢力が、ダルーハによって一掃された後だからこそ、出来た事であろう。

 この度の戦災に上手く乗じてローエン派は今、台頭しつつある。

 にしてもそれは、あのクラバー・ルマン1人の力によるものなのだろうか。

 あの大司教がそこまで政治的な大人物であるとは、ティアンナには思えなかった。モートンも、同じ疑念を抱いているようだ。

「クラバー大司教の背後には、何者かがおります。ヴァスケリア国内のローエン派教会を、女王陛下の敵対勢力として育て上げようとしている、何者かが」

「バルムガルド王国……」

 他に、考えられなかった。

 思い通りに動かせる人間をヴァスケリアの大司教に就任させ、宗教方面からエル・ザナード1世の政権を攻撃する。その一方で、シーリン・カルナヴァート元王女を新国王として擁立しようともする。

「バルムガルドのジオノス2世王は、権謀術数に長けた人物であると聞いてはいましたが……あの手この手で仕掛けるもの、なのですね。国同士の争い事とは」

 ティアンナは呻いた。

「政治力というものが根本から欠如していたダルーハ卿よりも……ある意味、恐ろしい相手かも知れません。ジオノス2世国王は」

「私は、そうは思いませんな」

 モートン副王が、即座に否定した。

「小賢しい政治的手段に頼る必要なく、暴力だけで我欲を満たせるケスナー家の怪物父子の方が、私に言わせればずっと剣呑です」

「暴力だけで……ですか」

 ケスナー家の父子はティアンナに、本当に強烈に教え込んでくれた。

 暴力を振るわなければ守れないものがある、と。

 暴力という言葉が悪ければ、戦う力、でもよい。

 戦わずに守れるものなど、ありはしないのだ。



 ゴルジ・バルカウスの言う通り、魔獣人間には適性というものがあるようだった。

 広大なサン・ローデル地方全域から、大量の人体を集めてはみたものの、その全てが魔獣人間になれるわけではない。

 1人いた。とある豊かな村の村長で、領主バウルファー・ゲドン侯爵に昔から賄賂を贈り続けていた男である。それが発覚して村人たちに追い出され、領主に泣きついて来たところ、ゴルジの実験室へと回された。そして、めでたく魔獣人間となった。

 それをバウルファー侯爵が勝手に使い、死なせてしまった。

「本当に……困りますわ侯爵閣下。あのような事をなされては」

 言いながらメイフェムは、槍で突きかかって来た衛兵に、蹴りを叩き込んだ。

 すらりと長く白い左脚が、白刃の如く一閃し、槍を叩き折りつつ衛兵の腹にズンッ! と重くめり込む。

 血、だけではなく潰れた臓物の汁気をもゴパァーッと嘔吐しながら、その衛兵は絶命した。

「魔獣人間はまた新しく造ればいい、にしても……私たちの動きが、女王陛下の伯父君に知られてしまいました」

 言葉を続けながら、メイフェムは後ろを向いた。背後からも1人、衛兵が襲いかかって来ている。槍が、メイフェムの背中に突き込まれようとしているところだった。

 1人蹴り殺したばかりの左足を、メイフェムは後ろを向きながら振り下ろした。振り下ろされた左足が、衛兵の槍を踏み折った。

 その左足を軸として、メイフェムの身体がギュルッと回転する。凹凸の見事な胴体が螺旋状にねじれ、美しく引き締まった右太股が、法衣を割って跳ね上がる。

 跳ね上がった右膝が、衛兵の側頭部を直撃した。

 眼球がポポンッと飛び出し、眼窩から大量の血が噴出する。血の涙を流しているような状態で、2人目の衛兵も絶命した。

 否、2人目ではない。

 十数人もの衛兵たちが、同じような屍となって、領主の間のあちこちに転がっている。

 彼らが命がけで守ろうとした人物が豪奢な椅子の上で震え上がっていた。

 サン・ローデル地方領主、バウルファー・ゲドン侯爵。

 立派な体格を縮こまらせ、青ざめている彼に、メイフェムは優しく声をかけた。まだ辛うじて、優しい口調を保つ事が出来た。

「今頃は、女王陛下のお耳にも入ってしまっているでしょうね。サン・ローデル領主が、魔獣人間を使っての叛乱を企てていると……まだろくに準備も出来ていないと言うのに、もう発覚してしまいました。ねえ、どういたしましょうか?」

「ぐっ……お、大きな口を叩くでないぞメイフェム・グリム。貴様らのもたらした魔獣人間とて存外、役に立っておらぬではないか」

 震えながらもバウルファーは、言葉を返してくる。

「カルゴの身柄を押さえておけば、人質として女王に揺さぶりをかける事も出来たのだ。それがどうだ、非力な地方領主の1人も拉致出来ぬとは」

「そうね。魔獣人間1匹の力など、所詮はそんなもの……」

 衛兵たちの死体を、メイフェムはちらりと見回した。

「それでも、この程度の事は出来るわ。今ここで貴方の、その愚かな頭を蹴り潰してあげる事も……ね」

 優しい口調を、メイフェムは保てなくなり始めていた。

「……勘違いしない事ね。魔獣人間の素材を集めるのに領主の権力があった方が便利だから、私たちは貴方に力を貸してあげているだけ」

「ひ……ぃ……」

 怯えるバウルファー侯の胸ぐらを、メイフェムは思わず掴んでいた。大柄な領主の身体が、尼僧の細腕で、椅子から引きずり立たされる。

「担ぎ上げる地方領主なんて、いくらでもいるのよ……大人しく担がれていて下さる方なら、私たちは誰でもいいの。おわかりかしら侯爵様? 私たちはねえ、御自分では何も出来ない貴方だからこそ担いであげているのよ? 何も出来ない人が私たちに断りもなく何かやったら、邪魔にしかなんないに決まってんでしょうがねえちょっとコラ」

「そこまでにしておけ、メイフェム殿」

 仮面を着けたローブ姿の男……ゴルジ・バルカウスが、いつの間にか領主の間に入って来ていた。

 そして衛兵たちの死体を見回し、いくらか嘆かわしそうな声を出す。

「もったいない……皆殺しにするくらいなら私に譲ってくれれば良いものを」

「魔獣人間造りも大切だけどゴルジ殿。バルムガルドとの連携は、上手くいきそうなのかしら?」

 ゴルジ・バルカウスが一体何者であるのか、メイフェムはよく知らない。

 ただ、この男の自宅と言うか本拠地がバルムガルド国内にあるのは間違いないようだ。軍や王家とも、何らかの繋がりを持っているらしい。

「ジオノス2世王は、いよいよ力押しを決行するつもりのようだ。国境近辺で、軍が本格的に動き始めている」

 ジオノス2世。権謀術数に優れた野心家として名高い、バルムガルド現国王である。

「もはや力押ししかないという段階であろうよ。エル・ザナード1世は、1歩も退かぬ構えだ。宗教方面からの揺さぶりも、あの女王にはどうやら全く効果がなかった」

「例の、ローエン派の大司教ね」

「まったく平和主義者という輩は、何の役にも立たぬ。やはり教会関係者で頼りになるのはメイフェム殿、貴女たちアゼル派の方々よ」

 宗派など、どこでも良かった。

 アゼル派が古来、秘伝としてきた、神の力の戦闘的使用法。赤き竜との戦いにそれが必要だったからメイフェムは、ディラム派からアゼル派へと改宗した。ただそれだけの事である。

 ゴルジが、仮面の下で笑った。

「……まあジオノス王の計略などで容易く潰れるような女王では、我らも困る。エル・ザナード1世には、とにかく戦乱を起こし、長引かせてもらわねばならんのだからな」

「戦乱……そうね」

 メイフェムは思う。

 人間という生き物が、ケリス・ウェブナーの言っていたような、強く心優しく賢明な素晴らしい存在、であるならば。自分たちやジオノス2世が何をしようと、戦乱など起こるわけがないのだ。

(いよいよ本当に試させてもらうわよ、人間ども……ケリスが一体、何のために命を捨てたのかを)

「それにしても……興味深いのはカルゴ・エルベット侯爵の御子息よ。3体もの魔獣人間を、立て続けに打ち破るとは」

 あの魔法の鎧の中身、の事をゴルジは言っているようだ。

「ゴルジ殿。魔獣人間を倒したのは、あの鎧よ。誰が着ても、そのくらいの事は出来る……厄介な代物であるのは確かね」

 中身を潰して持ち帰る、つもりであったが、ゾルカ・ジェンキムが直々に現れたので断念せざるを得なかった。あの男が本気になって攻撃魔法を使ったら、人間をやめた自分でも、少なくとも無傷ではいられない。

「戦災の復興、それにバルムガルド相手の政略やら戦争やらで、エル・ザナード1世女王は今お忙しい」

 楽しそうにゴルジが言う。仮面の下にどのような笑顔があるのか、メイフェムには想像もつかない。

「人間ではない者どもの相手は、魔法の鎧の装着者に一任するおつもりのようだ。つまり我々の正式なる敵、というわけだな。カルゴ侯爵の御子息殿は。果たしてどれほどの敵であるのか、次は私が確かめてみようと思う」

「……では、私も一緒に」

 メイフェムの言葉を、ゴルジは片手を軽く上げて遮った。

「メイフェム殿には、バウルファー侯のお傍にいていただきたい。侯爵閣下が、また何か困った事をなさらぬように」

 バウルファーは床に尻餅をついて青ざめ震えており、2人の会話が聞こえているのかどうかも疑わしい。

「メイフェム殿の力をもってしても傷1つ付かぬ、魔法の鎧……実に興味深い。一体どれほどの敵となりうるものか。我らの手に余るようであれば、ゼノス王子をバルムガルドから呼ばねばならぬが」

「……暇そうにしているから、呼べば来てくれるでしょうけど」

 あの男の力を借りるほどの事ではないだろう、とメイフェムは思う。所詮は、鎧だ。

 要注意なのは魔法の鎧よりも、その制作者である。

「……ゾルカ・ジェンキムにだけは気をつけてねゴルジ殿。はっきり言うけど魔術師としては、貴方はあの男の足元にも」

「及ばぬという事はわかっているとも。竜退治の英雄の1人に、攻撃魔法で正面から挑もうとは思わんよ」

 竜退治の英雄の1人。一応、メイフェムもそうだ。赤き竜との最終決戦においては、攻撃の要であるダルーハの治療を担当し、そこそこは役に立った。

 が。自分の治療魔法などでは、一瞬にして灰も遺さず燃え尽きたケリス・ウェブナーを助けてやる事は出来なかった。

(ケリス……貴方が生きていてさえくれれば、私もこんな……)

 脳裏に浮かぶ面影に語りかけようとして、メイフェムは軽く、頭を横に振った。

 語りかけたところで、死んだ者は、何も応えてはくれない。喜びも悲しみもしない。何をしてくれる事もない。

 自分がゾルカに対し、偉そうに語った事である。

 ……わかっていながらも、しかしメイフェムは語りかけてしまう。

(貴方が生きていたら絶対に許してはくれない事を、私はしている……でもねケリス、それは貴方のせいよ。貴方が死んだりするから、悪いのよ……ケリスがいないから、私はもうやりたい放題……ふふっ)

 メイフェムが何をしようと、止めてくれる者はいない。

 それは、解放されたという事なのだ。


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