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第1話 魔獣人間

 森の中、である。

 森林地帯を貫いて流れる川の、岸辺。

 森の中にあってこの河原一帯は開けており、今は大勢の人間が群れ集まっていた。

 ざっと目で数えられる者、だけでも15、6人……いや20人はいるだろうか。

 規格統一された鎧を身にまとう男たち。一応は、兵隊である。

 だがその実態は、強盗・山賊の類と大して変わりはしない。

「へへ……お、追い詰めたあぁ」

「もう逃げられませんぜぇお姫様。庶民の怒りを、受けてもらいましょうかい」

「ああ畜生、綺麗な肌してやがんなあ。身体のお手入れに、どえらい金かけてやがんだろうなああ」

「許せねえな、お高くとまった王家のメスガキがよぉお」

 兵装をまとった荒くれ男たちが、口々に汚い言葉を吐きながら、包囲の輪を狭めつつある。

 河原の大岩を背にして佇む、1人の少女に向かってだ。

 純白のマントを羽織った、細く小柄な肢体。

 ゴロツキ同然の兵士たちに囲まれながらも凛と、毅然と、立って身構えている。

 まだいくらかは、発達の余地がありそうな身体ではあった。

 青い胸甲に包まれた、小振りな胸。その可憐な双丘を精一杯、強調するかのように、健やかにくびれた腰。うっすらと走る腹筋の線と臍の凹みが、愛らしい。

 尻周りに巻き付いたスカート状の腰鎧は小さく短く、可愛らしい尻の肉感を、あまり隠せてはいないようだ。

 スラリと惜しげもなく露出した白い太股は、少しの弛みもなく引き締まっており、こうして動かず佇んでいるだけで躍動感を感じさせる。

 膝から下は、やはり青色の脛当てとブーツ。若いカモシカを思わせる両の美脚を、清楚に活動的に彩っている。

 日光を受けて清かな色艶を帯びた金髪が、マントと一緒に風に揺れた。

 周囲に群れる兵士たちを油断なく見据える顔立ちには、美しさよりは、まだ可愛さの方が出過ぎているようだ。

 頬の曲線は滑らかで柔らかく、顎は小さく綺麗に尖っており、鼻梁もすっきりと愛らしい。

 丹念に手入れされた眉の下で、澄んだ大きな瞳が、怯えのない眼光を放つ。

 薄桃色の可憐な唇が、兵士らに向かって言葉を紡いだ。

「お退きなさい、逆賊たち」

 言い放ちながら少女は、左腰から吊られた物に、右手を伸ばした。

 青色の鞘を被った、やや細身の長剣。その柄に、繊細な五指がそっと絡み付く。

「私に、人殺しをさせないで……お願いよ」

 スラッ……と、鞘から刃が滑り出た。

 うかつな斬り方をすると折れてしまいそうな、細く鋭利な両刃の刀身。

 その根元、刃と柄の境界といった辺りに、黒っぽい宝石が埋め込まれている。

 抜刀と同時に、その宝石が、うっすらと光を発し始める。

 魔石である。人間の微弱な魔力を、増幅強化する性質を持った物体。

 それが埋め込まれた剣を、少女は右手で構え、兵士たちに切っ先を向けた。

 これまで剣士として腕を磨きつつ、攻撃魔法兵士としての修練も積んできた。

 突き詰めれば、それは人殺しのため。だが積極的に人を斬ろうとは思わない。

「退きなさい。そしてダルーハ卿に伝えて下さい。このティアンナ・エルベットを捕えるなり殺めるなりしたいのならば、卿が御自身で来られるようにと」

 ティアンナ・エルベットの下に、本来ならば、ヴァスケリアの王家である事を表す家系名が何区切りか長ったらしく続いている。ティアンナ自身、時々思い出せなくなるほどだ。

「そうはいかねえんですよ王女様」

 兵士の1人が、へらへらと笑った。

「あなた様のお身柄をどう扱うかは、俺ら前線の下っ端どもに一任されちまってますからねえ。とにかく王家の連中は皆殺し、ってのがダルーハ様の御命令なもので」

「だけど姫様、アンタの命だけは助けて差し上げねえでもない」

「俺らの穴奴隷としてゲヘヘへ、大事に飼ってあげますぜえぇ」

 聞くもおぞましい言葉を発しながら、ダルーハ軍の兵士たちが、にじり寄って来る。

 ダルーハ・ケスナー。竜退治の英雄。だが今は、その英雄としての力を、己の野心を満たす方向で振るっている。

 そして、ここヴァスケリア王国を大いに蹂躙しつつある。

(ダルーハ卿、貴方にも言い分はおありでしょう……)

 ここにはいない逆賊の総大将に、ティアンナは心の中で語りかけた。

(私たちヴァスケリア王家の治世が、民衆にとって理想的なものであった、などとは確かに言えません。我々に、私に、貴方を責める資格はないのでしょうね……)

「それでも私は申し上げますダルーハ卿、貴方は間違っていると!」

 心中の語りを、肉声の叫びに変えながら、ティアンナはくるりと細身を踊らせた。艶やかな長い金髪が、宙を撫でる。

 と同時に、閃光が走った。

 間近に迫っていた兵士が1人、噴水のように鮮血をしぶかせた。

 その身体が鎧もろとも、真っ二つになって左右に倒れてゆく。

 凛とした眼光を、他の兵士たちにも叩き付けながら。ティアンナは、斬撃の手応えが残る右手で、微かに長剣を揺らめかせた。

 その刃が、ぼんやりと白い光を帯びている。

 ティアンナの微弱な魔力が、魔石によって増幅強化され、刀身に流れ込んでいるのだ。

 魔力の光。それが細身の長剣に、物理を超えた強度と破壊力を持たせている。

 少女の腕力でも、人体の両断が可能となる。

「逃げるのならば追いはしません……だから何度でも言います。退きなさい」

「おっ、おおおおおお! なぁんか生意気なコト言ってるうぅぅぅ!」

 獣同然の兵士たちが、いよいよ本格的に、ティアンナに迫り始めた。

「ぶっブチ込む、その生意気なお口にィっ!」

「お口だけじゃねえ、いろんな穴ァぐっちゃぐちゃに抉ってブチ殺す!」

「だァから殺しちゃ駄目だって言ってんだろォ? 肉便所だよ穴人形だよオォォ!」

 憎悪と劣情の叫びと共に、幾本もの槍や剣が、あらゆる方向からティアンナを襲う。

 殺すため、ではない。少女を押さえつけて動きを止める、ために振るわれる武器。

 いや、素手で飛びかかって来ている愚か者もいる。

「私を……馬鹿にしないでッ!」

 ティアンナは叫び、踏み込み、身を翻した。

 それと共に、刃の輝きが閃いた。

 一瞬の光の弧が、2つ、3つ。少女の小柄な細身の周りに、生じては消える。

 切断された槍先が、何本も宙を舞った。血飛沫も散った。

 兵士たちが5人、6人、次々と倒れてゆく。

 倒れゆく身体から、ころころと生首が転げ落ちる。

 辛うじて斬撃を逃れた兵士たちが、少女に襲いかかろうとしていた動きを止めて、立ちすくんだ。

 彼らにピタリと切っ先を向けて、ティアンナも動きを止めた。そして言い放つ。

「どうあっても退かないのなら……戦うつもりであるならば。つまらない事は考えず、私を殺すつもりで挑んで来なさい」

 明らかに怯んでいる兵士たちの群れに、白く輝く長剣をまっすぐ向けながら。ティアンナは言い、そして念じた。

「私も、もはや躊躇いはしません。王家の者として……貴方たちを、処刑します」

 刀身の根元に埋め込まれた魔石が、光を発する。

 自分の体内の微弱な魔力が一気に膨れ上がり、右手から剣に流れ込んで行くのを、ティアンナは感じた。

 ゴォッ! と炎上の響きが起こった。

 ティアンナの緊迫した美貌が、赤く鮮烈に照らし出される。

 魔石の剣。その細身の刃が、炎に包まれていた。

 松明のようになった剣を構え、ティアンナは再び舞った。

 軽やかな踏み込み、と共に、燃え盛る刃が横薙ぎに閃く。

 兵士が5人、悲鳴と同時に爆散した。

 生首が、手足が、胴体の破片や臓物が、炎に包まれ焼かれながら、火山弾の如く飛び散る。

 それを避けるように、ティアンナは跳躍した。

 着地と同時に一閃、踏み込みと共にもう一閃。

 純白のマントと長い金髪が荒々しく舞い、それに合わせて炎の剣が連続で、斬撃の弧を描く。

 兵士たちの生首が、手足が、次々と宙を飛びつつ、灰と化してさらさらと降る。まるで粉雪のように。

 森の中から続々と、ダルーハ軍の兵士たちが現れていた。

 ティアンナに殺された分が、即座に補充されてゆく。

 森林地帯全域に散らばっていたのであろう兵士たちが、この河原に集結し始めていた。

 ティアンナ王女を捕える、あるいは殺すために。

「来るといいわ……私は、逃げも隠れもしないっ!」

 ティアンナは叫び、念じ、そして身を翻した。半裸に等しい細身がクルリと躍動し、巻き付くように金髪が舞う。

 それと共に、炎の剣が弧を描いた。

 右下から左上へと、新月の形に火炎が奔る。

 その紅蓮の弧が高速で伸び、河原全体を一瞬、駆け抜けた。群れるダルーハ軍を、薙ぎ払いながらだ。

 河原のあちこちで兵士たちが、炎上しながら吹っ飛んだ。そして焦げ崩れ、砕け散る。

 自分は今、殺戮を行っている。ティアンナは強く、そう思った。

 もはや何の綺麗事も言えない。王族たる自分が、ヴァスケリア国民である事には違いない男たちを斬殺し、あるいは焼き殺しているのだ。

 同じような殺戮を、数日前にも行った。

 王都城外でダルーハの叛乱軍を迎え撃った際。王国正規軍の一員としてティアンナも戦い、ダルーハ軍の兵士たちを、こうして大いに虐殺した。

 自惚れるつもりはないが、味方の士気を多少なりとも高める役には立ったのではないか、とティアンナは思っている。

 あの戦は、王国正規軍が圧倒的に優勢だった。

 ダルーハ・ケスナー自らが戦場に突っ込んで来るまでは、だ。

(私はあの時、逃げてしまった……大勢の兵士たちを戦場に残して……うん?)

 暗い記憶に苛まれかけたティアンナの視界に、奇妙なものが入った。

 岸辺に、人が倒れている。

 兵士の死体、ではない。ティアンナがこの河原に逃げ込んで来る前から、倒れていたようだ。

 若い男の、裸体だった。

 河岸の岩の上に、漂着物の如く打ち上げられている。どこからか流されて来たようである。

 しっかりと筋肉が付いて引き締まった。力強く若々しい裸の身体。

 その肩や背中に、濡れた髪が貼り付いている。男性にしては少し長めの、赤い髪。

 死体、ではないようだった。美しく筋肉の形が浮かんだ肌には、健康的な血色がある。

 気を失った、全裸の若者。

 まだ大量の敵兵が周囲で生き残っていると言うのに、ティアンナは思わず見入ってしまった。

 こんな状況でなければ、落ち着いて介抱してやりたいところである。

「殿方の……裸……」

 魔石の剣を振るいながら、ティアンナは呆然と呟いた。

 だが無論、今はそんな場合ではない。

「こぉの役立たずども、小娘1匹に何を手間取ってやがるかあぁ」

 怯む兵士たちを蹴散らすようにして、巨体が1つ。地響きの如き足音を立て、進み出て来ていた。

 人間なのかどうか疑わしくなるような、でっぷりと肥えた巨漢である。

 頭髪の1本もない頭は瘤状に膨れ、目鼻口の並び方もどこか歪だ。

 筋肉太りした身体のあちこちに、鎧の切れ端を貼り付けている。その巨体に見合う甲冑が、なかったのだろう。

 兵士たちが、ざわついた。

「た、隊長……」

「よォく見てろ。この俺様がよぉ……オンナの虐め方ってもんを教えてやっからよおお」

 どうやら隊長であるらしい禿頭の巨漢が、得物を構えた。

 巨大な鉄板のような、両刃の剣。それが、のろのろと振り上げられる。

 振り下ろされるのを待ってやる理由もなく、ティアンナは1歩だけ踏み込んだ。

 そうしながら炎の剣を、左下から右上へと一閃させる。

 魔石が輝き、刀身にまとわりついていた炎がゴォオッ! と激しく空中に燃え広がった。

 その紅蓮の荒波が、隊長を一気に包み込む。

 大型剣を振り上げた姿勢のまま、巨体が炎に包まれ、肉の焼ける異臭を発した。

 炎の轟音に負けぬ悲鳴を発しながら、隊長はしかし死ねずにいた。燃え盛る炎の中で、巨体がまだ原形をとどめながら、苦しげにもがいている。

 楽にしてやるべくティアンナは、身を低くして両手で剣を握った。

 炎の消えた刀身が、雷鳴を発しながらバリバリと光を帯びる。

 目に見える、放電現象だった。

 電光をまとう刃を構え、ティアンナが踏み込もうとした、その時。

 隊長の巨体を包む炎の中から、何かが飛び出した。鞭のような、細長い高速の物体。

 それが何であるかを目で確認する前に、ティアンナは反射的に剣を振るった。

 電光を帯びた刃が、襲い来る何かを打ち据える。

 切断は出来なかった。叩いただけだ。

 打ち払われ、微量の電光を流し込まれつつ、空中でうねっているもの。

 それは、1匹の蛇だった。男性の腕ほども太い、大蛇。炎の中から伸びて来ている。

 燃え盛る隊長の身体から、もう1匹。いや2匹。炎を蹴散らすようにして大蛇が生え、牙を剥き、ティアンナに向かって高速で伸びた。

「これは……」

 息を呑みながらもティアンナは、避けず踏み込んだ。ふわりと躍動する少女の周囲で、電光の剣が一閃し、弧を描く。

 その弧に触れた大蛇が、2匹とも叩き斬られて落下した。パリパリと帯電しながら地面でのたうち回り、弱々しく干涸びてゆく。

 だが。頭部を失った大蛇の胴体は、炎の中から生えたまま、元気良く空中を泳ぎ続けた。

 その断面から急速に骨が伸び、そこに肉がまとわりつき……大蛇の頭部が、再生してゆく。

 再生能力を有する大蛇。

 そんなものたちを身体から生やしている隊長が、炎に焼かれながらも叫んだ。

「ぐぁあああああ……かっ可愛いなぁお姫様、あんまり可愛すぎて俺もう人間じゃいられねええええええええええ!」

 その絶叫に弾き飛ばされたかの如く、炎が消えた。

 言葉通り人間ではなくなったものの姿が、そこにはあった。

 瘤状の禿頭はバックリと割れ、その裂け目からは巨大な眼球が現れていた。

 脳そのものが変化したのかと思える、巨大な単眼。それが、元々あった2つの目を、完全に押し潰してしまっている。

 巨体は、筋肉と脂肪でさらに醜悪に膨れ上がり、もはや歩行する事もままならぬように見える。

 短い両脚を覆い隠して膨張した下腹部からは、まるで露出した臓物の如く、8匹の大蛇が生えていた。様々な方向に向かって空中を泳ぎ、牙を剥いている。

 ティアンナは息を呑み、後退りをした。

 可憐な唇から、この世で最もおぞましい単語が漏れてしまう。

「魔獣人間…………!」

 王都城外のあの戦でも、何体か投入されていたという。だが目の当たりにするのは、ティアンナは初めてだった。

 魔獣人間。ヴァスケリア王国正規軍と比べて圧倒的に兵力の劣るダルーハ軍が、この世ならざる力をもって造り上げた、生ける兵器。

 その魔獣人間としての正体を現した隊長が、凶暴に嬉しげに叫んだ。

「ゲェへへへそうよ、俺様こそは栄光あるダルーハ軍最強の魔獣人間サイクロヒドラ……もらったぜ姫様よォオオオオオオオ!」

 絶叫に合わせて、8匹の大蛇が、高速で空中を泳いだ。

 電光の剣を振り上げようとしたティアンナの両手に、ビシッ! と衝撃が巻き付いて来た。

 大蛇の1匹が、少女の両手首を絡め取り、束ね、そして思いきり持ち上げる。

「くっ……!」

 気丈な闘志に満ちていた少女の美貌に、狼狽の表情が浮かんだ。

 頭上で交差した格好のまま、ティアンナの両手は、大蛇によって拘束されている。

「へっへへへ……ずいぶん暴れてくれたなぁ嬢ちゃんよお。ホント可愛かったぜぇえ」

 巨大な1つ目を血走らせて笑う、魔獣人間サイクロヒドラ。その巨体を狙ってティアンナは、

「こっ……このッ!」

 右足を跳ね上げた。蹴り。だが命中する前に、他2匹の大蛇がシュルッと動いた。

 回し蹴りの形に高々と跳ね上がった少女の右足が、そして軸となった左足が、絡め取られた。青い脛当ての上から、大蛇が幾重にも巻き付いている。

 捕えられた両脚が、そのままグイッと左右に開かれた。

「きゃっ……!」

 可憐な唇から、黄色い悲鳴が漏れてしまう。

 3匹の大蛇が、ティアンナの身体を宙に持ち上げていた。

 1匹が両手を縛り束ね、2匹が、じたばた暴れる両脚をゆっくり左右に広げてゆく。

「やっ……やめなさい! このっ!」

 柔らかな感じに引き締まった両の太股が、大蛇の力に抗って、元気に悶えた。

 その間では、清楚な白い下着が、愛らしい丘の形に盛り上がっている。

 兵士たちが、そこに嫌らしく視線を注ぎながら群がって来た。

「へ……っへへへへ、たまんねえ格好ですなぁお姫様」

「よくも散々やってくれやがったなぁ……もっもう、ただの犯られ方じゃ済まねえぞお?」

「死んじまった連中の分まで、たっ楽しませてもらうからよぉギヘへへへへ」

「おらぁあ、寄って来るんじゃねえ役立たずどもがあああ!」

 サイクロヒドラが、残り5匹の大蛇を暴れさせて、兵士らを追い払う。

「この姫様は俺がいただく! テメエらぁそれ見て自分でイジってろやああ!」

「そ、そりゃ殺生ですぜ隊長!」

「ねえ触ったり揉んだりするくらいイイでしょお隊長様ぁ」

「し、しゃぶったり、しゃぶらせたりするくらいなら、いいでしょおおお?」

「へへへ、うぇっへへへへへお姫様あぁ」

 捕われの少女に、未練がましく群がりつつある兵士たち。

「嫌…………ッ!」

 ティアンナの声が、顔が、引きつった。

 凛とした闘志に満ちていた美貌が、ほんのりと赤く染まる。初々しい、羞恥の赤みだ。

 萎縮しかけた勇気を、ティアンナは必死に奮い立てた。

「……おっ、お前たち……っ!」

 群がり迫る兵士たちを睨みつける瞳から、じわっ……と綺麗な涙が溢れ出す。

 その時。

「これは……夢か……?」

 声がした。若い、男の声。

 河岸の岩に漂着物のように打ち上げられていた、全裸の若者が、目を覚ましたところである。

「あまり、良い夢ではないな……ずいぶんと汚らしい者どもが見える……」

 美しく筋肉の締まった裸身が、どこを隠す事もなく立ち上がる。

 自分が裸である事に、この若者は、もしかしたら気付いていないのかも知れない。

「……貴様らの事だよ。わかっているか?」

 弱々しく呻くようだった若者の口調が、次第にしっかりしたものになってゆく。

 顔が、ようやく見えた。

 魔獣人間に捕えられたまま、ティアンナは思わず見入った。

(綺麗……)

 そんな、あまりにも単純な思いが、まず胸の内に満ちた。

 年の頃は、ティアンナよりもいくらか上。20歳前後といったところであろう。

 男性にしては少々長めの赤い髪に囲まれた容貌は、甘美なほどに秀麗で、一見すると女性的である。

 だが明らかに男性そのものの、芯の太さのようなものも、間違いなくある。

 眠たげだった両目が、鋭い眼光を孕んで、魔獣人間を、兵士たちを、睨み据える。

「何だ、てめえ……」

 睨まれた兵士らの何人かが、裸の若者に向かって行った。

「てっきり死体かと思ってたぜ。野郎、おとなしく死んだふりしてりゃいいものを」

「見て見ぬふりして、よぉく見てりゃいいものをよおぉ」

「……黙れよ、虫ケラども」

 若者の声が1段低くなり、どこか物騒な響きを帯びる。

「俺はどうも、いろいろな事を忘れているらしい。何故こんな所にいるのか、全く思い出せん……が今、1つだけ思い出した」

 非武装のまま、裸のまま。若者は逃げようとも、どこか隠そうともせずにいる。

「俺は、残虐なのだ……よって貴様たちを皆殺しにする」

(綺麗……)

 魔獣人間に捕えられ、あられもなく両脚を開かれた姿勢のまま。

 ティアンナは呆然と、半ば陶然と、心の中で呟いた。

(殿方の裸……とっても、綺麗……)

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