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第140話 紅蓮の女帝

「うおおおおおッ!」

 気合いの声と共に、黒い疾風が吹いた。

 ラウデン・ゼビル侯爵。黒い魔法の鎧をまとう身体が、まさに疾風の速度で踏み込んで行く。2つの白い光を、左右交互に一閃させながらだ。

 両端から刃を生やした、黒い長弓。それが、ラウデンの手によって猛回転し、リムレオンを襲う。

 リムレオン・エルベット。

 白い魔法の鎧は、まるで金属の悪鬼とも言うべき形状に異形化しているが、中身がリムレオンである事は間違いない。

 その両手が、跳ね上がった。

 左右の白い手甲が、ラウデン侯の斬撃を無造作に弾き返す。

 弾き返された長弓を握り直しつつ、ラウデンは後方へと跳んだ。そうしながら、弦を引く。

 引き伸ばされた魔法の長弓に、光の矢が生じ、つがえられる。

 着地と同時に、ラウデンは弦を手放した。

 光の矢が放たれ、即座に砕け散った。

 リムレオンの左手が、近距離からの射撃を打ち砕いていた。

 白い悪鬼とも言うべき姿が、光の破片をキラキラと蹴散らし、踏み込んで行く。

 白色の流星、あるいは隕石。

 そう表現するにふさわしい、強烈な拳の一撃が、ラウデンを直撃した。

 黒く力強い甲冑姿がドグシャアッ! と激しく回転しながら吹っ飛んで行く。

 そして瓦礫に激突した。その瓦礫が、砕け散った。

 崩落した城壁の破片に埋もれ、立ち上がれずにいるラウデンに、リムレオンがゆっくりと歩み寄る。

「立ち上がれ……そして振るえ、蟷螂の斧を」

 悪鬼の頭蓋骨、とも言える形状の面頬から、リムレオンの声が流れ出す。

 紛れもないリムレオン・エルベットの声で、しかし白い悪鬼は、リムレオンが決して言わぬ事を言っている。

「俺に、弱い者いじめを楽しませろ……さあ!」

「……やめろ、リムレオン・エルベット!」

 シェファの傍らで、緑色の甲冑姿が立ち上がった。

 マディック・ラザン。魔法の槍に、しがみつくようにして立っている。

「俺には、わかるぞ。メルクトやサン・ローデルの民を守るために、あんたは力を求めたんだろう。力を求めるあまり、何やら馬鹿をやらかした結果が……それなんだな」

「民を守るための力、か……俺もかつては、そんな事をほざいていたものだ」

 とりあえず立ち止まったリムレオンが、こちらに眼光を向けてくる。

 面頬の下で禍々しく輝く、右側だけの眼光。

「民を守る、などという言葉……本気で口に出せるのならば、貴様たちはどうしようもなく幸福だ。幸せなまま死ぬが良い」

「わかるわよ。民衆って奴ら、本当にうざったいわよね」

 シェファは言った。

「リム様ほんとギリギリまで税、安くしてたもんね。なのに領民の連中、やれ景気が悪いだの貧乏で結婚も出来ないだの子供育てられないだの、全部リム様のせいにして……そんな奴らを守らなきゃいけないなんて格好付けて、本当バカじゃないかって思ってたわよ。思うだけじゃなく言ったけど」

 そのせいで、あんな子供じみた喧嘩になってしまったのだ。シェファが悪い、と言えない事もないのか。

「あんな連中守ってやるの、もうやめたってんなら大賛成よ。領主の地位なんてゲドン家の残党どもに譲って、メルクトのお屋敷に引きこもっちゃえばいい。引きこもりのダメ貴族でいいじゃない、リム様なんて。守る守る格好付けてるより、ずっとマシよ」

「気が合うようだな小娘。確かに民衆とは、すなわちクズ……だがな、この小僧の気持ちもわかってやれ」

 リムレオンが言った。

 否。リムレオンではない何者かが、彼の声を使って馴れ馴れしい事を言っている。

「こやつはな、弱者であるがゆえに力を求めているのだ。力ある君主として、領民どもに大きな顔をしたいのだ。俺のような無法者に対し、せめて蟷螂の斧を振るえる程度の力が欲しいのだ。引きこもってなどおれぬ、それが男というもの。わかってやれ」

「誰だか知らないけど引っ込んでなさいよね。あたしは今、リム様と話してんの」

 黙らせなければならない、とシェファは思った。

 この何者かを黙らせ、リムレオン自身に喋らせなければならない。謝らせなければならない。

 シェファの全身、青い魔法の鎧の各所で、いくつもの魔石が赤く輝いた。

 魔力が、燃え上がる。

 右手に握った、魔石の杖。その先端でも、大型の魔石が真紅の輝きを発している。

 かつてデーモンロードを退却に追いやった、全魔力の集中射撃。あれを、リムレオンに撃ち込まなければならないのか。

 全ての魔力を消耗する大技である。使いどころは、見極めなければならない。

「……切り札を隠し持っているようだな、小娘」

 白い悪鬼が、シェファに向かって隻眼をギラリと光らせた。

「面白い、放ってみろ。かわしはせんから安心するがいい……受けきり、打ち砕いてくれる」

「……下がれ、シェファ」

 マディックが槍を構え、シェファを背後に庇い、格好を付けた。

「まだデーモンロードもいる。君の魔力は、温存するべきだ」

「ほう……この俺に対し、力を温存とは……なぁ」

 禍々しく異形化した、白い甲冑姿が、ゆらりと前傾した。

 踏み込みが来る、とシェファは感じた。自分もマディックも、もろともに粉砕される……

 そう思われた瞬間。何者かが、瓦礫を粉砕しながら飛び込んで来た。

 黄銅色の力強い人影が、飛び込んで来たと言うより吹っ飛ばされて来たのだ。

 ブレン・バイアス。

 魔法の鎧をまとう巨体が、吹っ飛んで来て倒れつつ、ごろりと一転して起き上がる。魔法の戦斧を、防御の形に構えながらだ。

 そこに、強烈な斬撃がぶつかった。

 白い光で出来た長剣。

 皮膜と羽毛、左右で形の違う翼を激しくはためかせる女魔獣人間が、場に飛び込んで来ると同時にブレンを襲撃していた。

 異形と言えるほどに筋肉量を増しながら、魅惑的な女の曲線だけは辛うじて維持した裸身が、空中でわけのわからぬ形に回転する。

 猛禽の爪を生やした左右の蹴りが、長剣に続いてブレンを襲った。

 黄銅色に武装した巨体が、いささか怯んだように後方へ揺らぐ。魔法の戦斧が、目まぐるしく動いて火花を散らす。

 メイフェムの蹴りを辛うじて防御したブレンが、戦斧を構え直す。

 その間に魔獣人間バルロックは軽やかに着地し、そして白い悪鬼と目を合わせた。

「貴様は……」

 リムレオンが、息を呑んでいる。

 メイフェム・グリムとの再会は確かに驚くべき事、なのかも知れないが、そうではない何かをシェファは感じた。

 久しぶりに会った強敵……以上の因縁が、両者にはある。リムレオンであってリムレオンではない何者かと、メイフェムとの間には。

「この女いずれ人間をやめるのではないか、とは常々思っていた」

 白い悪鬼の面頬から、楽しげな含み笑いが漏れた。

「よもや魔獣人間とはな……行き着く所に落ち着いたようではないか? メイフェム・グリムよ」

「……1度や2度、殺されたくらいで貴方の魂が唯一神の御もとに召されるはずがないとは思っていたけれど」

 メイフェムの方は、苦笑している。

「まさか、こんな所で会うなんてね……非力な坊やの身体、居心地はどう?」

「悪くはない。この小僧、鍛えがいがありそうだ」

「それは良かったわね。だけど、ごめんなさい……ちょっと、そこから出て行ってくれないかしら」

 ビシッ! と左手の鞭を鳴らしながら、メイフェムは言った。

「貴方にじゃなくて、リムレオン・エルベットに話があるのよ」

「……本当に、リムレオン・エルベット……なのだな、そやつは」

 声がした。

 ラウデン・ゼビルが瓦礫を押しのけ、ようやく立ち上がったところである。

「よもや、とは思っていたが……エルベット家の若君! 誰よりも女王陛下に忠誠を尽くさねばならぬ身でありながら、何を血迷っておるか!」

「いささか血迷っておられるにせよ貴公ほどではないよ、ラウデン・ゼビル侯爵」

 ブレンが言った。

「アマリア・カストゥールなどという紛い物の聖女と結託し血迷っている、場合ではないという事がわかったろう。力を貸せ……メイフェム・グリム、あんたもだ」

「力を貸せ、と?」

 メイフェムが嘲笑う。

「貴方と私は今、殺し合いの真っ最中なのよ」

「ゴルジ・バルカウスと結託し、サン・ローデルにて様々な悪逆非道を働いていた女……もちろん許しておくわけにはいかん。それはそれとして、今は我々に協力しろ」

 ブレンが魔法の戦斧を構え、リムレオンと対峙する。

 同じ対峙を、シェファはかつて黒薔薇夫人の城において目の当たりにした。あの時はブレンの方が正気を失っており、リムレオンが無理をして命懸けの説得を行ったのだ。

 そのリムレオンは今や白色の悪鬼と化し、魔法の鎧の装着者や魔獣人間といった者たちに包囲されつつ、傲然と佇んでいる。

「数が揃ってきたではないか……いいぞ。弱い者いじめは、こうでなければならん」

「俺は……貴方が何者であるのか、存じ上げているような気がする」

 ブレンが、意味不明な事を言った。

「1度でいい、直にお話をさせていただければと思っていた……このような形で、ではなくだ!」

 黄銅色の、魔法の鎧。

 光の当たり方によっては黄金色に見えなくもない豪壮な甲冑姿が、猛然と踏み込んで行く。

 電光を帯びた魔法の戦斧が、リムレオンを襲う。

 別方向からは、またしても黒い疾風が吹いた。

 ラウデン・ゼビル侯爵。黒色の鎧をまとったまま、白色の光を閃かせている。

 両端で刃を輝かせる魔法の長弓が、疾風の如き踏み込みに合わせ、回転していた。2つの刃が、白い悪鬼の首筋を狙って一閃する。

 計3つの刃が、激しい火花を散らせながら、あらぬ方向ヘと揺らいだ。

 リムレオンの両手。防具と言うより、五指の形をした凶器とも言うべき左右の手甲が、魔法の戦斧を受け流し、長弓による斬撃を弾いていた。

 防御に用いた両手で、リムレオンは即座に拳を握った。

 左右の拳が、ブレンに、ラウデン侯に、白い隕石の如く叩き込まれる。

 黄銅色と暗黒色、2色の魔法の鎧が、それぞれ鍛え抜かれた武人の肉体を内包したままグシャッ! とへし曲がり、倒れ伏した。

 連携、なのであろうか。その時にはメイフェム・グリムが、跳躍と飛翔を同時に行っていた。

 左右で形の異なる翼をはためかせながら、魔獣人間バルロックが上空、リムレオンの頭上で、白い光の長剣を構える。構えたまま、急降下して行く。

 降り注ぐ切っ先を、リムレオンは見もせずに回避した。

 その傍らに、メイフェムが勢い激しく着地する。

 猛禽の爪を伸ばした足が、着地と同時に跳ね上がる。

 蹴り、と言うよりも足の爪を用いた斬撃が、左右立て続けに一閃してリムレオンを襲った。

 白い悪鬼が、足取り滑らかに後退し、それをかわす。

 空振りした足を着地させながら、メイフェムは踏み込んでいた。白い光の長剣が、リムレオンの喉元に突き込まれてゆく。

 光の破片が、キラキラと散った。

 メイフェムの剣は、白い悪鬼の手刀によって打ち砕かれていた。

「以前から思っていたのだがな、メイフェムよ」

 リムレオンが言う。メイフェムが、声を詰まらせる。猛禽の爪を生やした両足が、じたばたと地を離れてゆく。

 白い悪鬼の左手が、女魔獣人間の頸部を掴み、吊り上げていた。

「あまり得物を使った戦いをしない方が良いぞ。貴様はな、どうやら徒手空拳の方が遥かに強い」

「……死人の分際で……偉そうな口を……ッッ!」

 凶器の如き五指に、喉と首筋を圧迫されながらも、メイフェムは言葉を搾り出している。

「貴方は、もう生きてはいないのよ……迷って出るのは勝手だけど、そこからは出て行きなさいよね……私は! リムレオン・エルベットに話があるのよッ……!」

 その口から、怒声と共に鮮血が溢れ出す。

「先生……!」

 無謀にもマディックが、魔法の槍を構え、白い悪鬼に向かって突進する。

 そこへリムレオンは、捕えていた女魔獣人間の身体を放り投げた。

 物のように投擲されたメイフェムを、マディックが抱き止める。

 そちらへ、リムレオンが右掌を向けている。

 揺らめく闘気が、その右手に集中し、放たれた。

 気の奔流が、メイフェムとマディック、それにシェファをも襲う。

 3人、まとめて吹っ飛んでいた。

 全身で瓦礫を粉砕しながら吹っ飛んで行くのを、シェファは感じた。魔法の鎧がなければ、自分の身体の方が砕け散っていたところである。

「なるほど、この鎧……己の気力を、攻撃手段として発現させる事が出来るのか」

 リムレオンの声が、いくらか遠い。

 かなりの距離を飛んだ後、シェファの身体は石畳に激突して止まり、倒れていた。

「ゾルカめ、このような便利なものを今頃になって……あの時、この鎧があれば」

 白い悪鬼が、嘆息している。

「かの赤き竜を……今少し、楽に倒す事も出来た。ケリスも死なずに済んだかも知れん。なあメイフェムよ」

「…………」

 メイフェムは、何も応えない。姿は見えないが、どこかに倒れてはいるようだ。マディックもだ。

 倒れた者たちを、白い悪鬼が隻眼で睥睨している。

「どうした? もう動けんのか蟷螂ども。斧を振るう力も失せたのなら、もはや踏み潰すしかあるまいか……」

 轟音が、リムレオンを黙らせた。

 炎が、渦巻いている。

 うねる紅蓮の荒波が、赤い大蛇……否、竜の形を成しつつ、リムレオンを襲う。

 それをかわした白い悪鬼に、語りかける少女がいた。

「人の引き起こす騒乱は私が平定し、人ならざるものによる暴虐は貴方が鎮圧する……最初はそのはずだったのよね、リムレオン」

 エル・ザナード1世女王……ティアンナ・エルベット。

 まるで下着のような鎧をまとう、しなやかな半裸身が、軽く片手を掲げて佇んでいる。

「そうも言っていられなくなってしまったわ。自分の力不足、などとリムレオンは思ってしまうのでしょうね」

 何匹もの炎の竜が、王女を護衛するかのように渦巻き、燃え盛る牙を剥いていた。

「けれど、それは違う……今は、力ある者ならば誰もが戦わなければならない時」

 ティアンナの言葉に合わせ、何かが光を発している。ゆらりと掲げられた彼女の右手で、何かが。

「私には、戦う力がなかった……ずっと、だから戦いを、汚れ役を、殿方に押し付けなければならなかった。貴方たち、それにガイエル様やゼノス王子に」

 シェファは、己の目を疑った。

 ティアンナの右手中指で、光を発しているもの。赤く、燃え盛る炎の如く、輝いているもの。

 それは紛れもなく、竜の指輪であった。

「今、私には力がある……やっと、戦える」

 指輪を輝かせる右手が、す……っと真横に動く。赤い光がキラキラと、火の粉のように散った。

「力を求めるあまり道を誤った、あの魔獣人間たちと……私は今、同じものに成り果てようとしているのかも知れないわね」

 一瞬、ティアンナは苦笑した。

 その表情が、引き締まった。可憐な美貌に、凛とした闘志が漲る。

「それでも構わない。戦う事が出来るなら……リムレオン、貴方を助ける事が出来るなら」

 真横に伸ばしていた右手を、ティアンナは己の眼前にかざした。

 竜の指輪が真紅の輝きを強め、凛とした美貌を、赤熱の輝きで包み込む。

 その光の中で、ティアンナは強く両眼を見開き、声を発した。

「武装……転身……!」

 炎の竜たちが咆哮し、ティアンナの周囲で渦巻きながら、爆炎と化す。

 細かな瓦礫を蹴散らしながら荒れ狂う、爆炎の渦。

 その中から、赤く光り輝く姿が1歩、踏み出していた。

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