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第109話 竜退治

 実に綺麗な火花だった、とガイエルは思った。

 目の前であれほど見事な火花が散ったのは、ダルーハに叩きのめされた時以来である。

 ゼノス・ブレギアス。あの拳や頭突きの一撃一撃が、本当に美しい火花をガイエルに見せてくれた。

 あれなら、任せられる。少なくともガイエルがいない間、ティアンナを守り通してくれる。これまでも、そうしてきてくれたように。

 タジミ村には、魔獣人間ドッペルマミーが潜り込んでいる。だがゼノス・ブレギアスがいる限り、村が深刻な危機に陥る事はないだろう。

 ガイエルとしては心おきなく、デーモンロードと決着を付ける事が出来る。

「ティアンナ……悪いが少しの間、野放しにしてもらうぞ」

 貴方を野放しにしてはおけません。ティアンナは、そう言っていた。

 正しい、とガイエルは思う。自分はこれからも、誰かに制限されない限り、際限なく人を殺すだろう。

 そしてガイエル・ケスナーを制限する事の出来る者は、この世ではティアンナ・エルベットただ1人なのである。

 だから彼女には何も告げず、村人たちの目に触れる事もなく、ガイエルは1人ひっそりとタジミ村を出た。

 行く先は、魔族の本拠地……岩窟魔宮。

 そこに向かってガイエルは今、ゴズム山中の荒涼たる岩場を歩いていた。

 強い風が、赤い髪を舞い上げる。ぼろ布のようなマントが、ちぎれてしまいそうに激しくはためく。

 強風に抗って歩を進めながら、ガイエルは前方を睨んだ。

 男が1人、巨大な岩にもたれ、腕組みをしている。

 焦げ茶色の髪をした、少なくとも外見は若い男だ。粗末な歩兵の軍装を身にまとっているが、武器らしきものは帯びていない。

 そんなものを必要としていない男が、敵意に満ちた視線と言葉をガイエルに投げてくる。

「どこへ行くつもりだ、ガイエル・ケスナー」

「言わねばわからんのか、レボルト・ハイマン」

 とりあえず、ガイエルは歩みを止めた。殺し合う前に、会話くらいはしてやっても良い。

「思った通り……デーモンロードの命を、狙って来たか」

 言葉と共にレボルトが、友愛をまるで感じさせない笑みを浮かべた。

「貴様のように行動を読み易い敵というのが、実は一番厄介なのだ。小細工を弄する必要がないほどの力を、持っているという事だからな」

「確かに、小細工を思いつくような脳みそは俺にはない。父親譲りの、頭の悪さでな」

 ガイエルは言った。

「そんな俺の頭でも、わかる事が1つある。今この国を襲っている厄介事を片付けるには、デーモンロードを始末するしかないという事だ……俺だけではない。誰の頭でどのように考えても、結論はそこにしか行き着かぬと思うのだがな」

 言っても無駄だろう、とガイエルは思った。

 レボルトはレボルトで、ガイエルなどよりもずっと優れた頭脳で考え抜いた結果、バルムガルドの民を守るには魔族に臣従するしかないという結論に達してしまったのである。

 とっさに、ガイエルは左腕を動かした。

 レボルトが背もたれにしている巨岩。その陰から、何かが姿を現したのだ。禍々しい気配を、ガイエルは先程から感じてはいた。

 光が、襲いかかって来た。

 ガイエルの左腕がメキッ! と音を発して甲殻化し、刃のヒレを広げる。その刃が赤熱しながら一閃し、襲い来る光を弾き砕いた。

 砕かれた光の飛沫が、キラキラと散った。

 巨岩の陰から姿を現したもの。それは1頭の、地を這う巨大な生き物である。

 象ほどの大きさのトカゲ。だが足は8本あり、頭部には王冠のような鶏冠が立ち、両眼は赤く爛々と発光している。その目から光が迸り、ガイエルを襲ったのだ。

 バジリスクである。赤き竜の下僕たる魔物たちの中でも特に厄介なものの一種で、その眼光を浴びた者は石に変わってしまう。体内を流れる血液は猛毒そのもので、うっかり槍で突き刺そうものなら、その槍を通じて戦士の身体に毒が回り、死に至るという。

 全て、幼い頃のガイエルにドルネオ・ゲヴィンが語って聞かせてくれた事である。ドルネオいわく、ダルーハは剣1本でバジリスク5匹を斬殺し、5匹分の猛毒に耐えて見せたらしい。

「デーモンロードから、戦力を借りて来たのか……だが、そんなもので」

 俺を止められるつもりか。などと言っている暇もなく、ガイエルは跳躍した。足元から、凶悪な攻撃の気配が盛り上がって来たのだ。

 地面が、凄まじい勢いで隆起していた。人型の隆起だった。土と岩で出来た大男、とでも言うべき怪物が出現し、太い腕を振るう。その腕が、跳躍したガイエルの足元をかすめる。

「悪竜転身……!」

 ガイエルは空中で、己の顔面に左手を当てた。すでに赤く異形化を遂げている左手。固く節くれ立った指と指の間で、両眼が光る。

 いつ破けても良い服が、破けて散った。尻尾が大蛇の如く伸び、皮膜の翼が背中から広がる。

 その翼でバサッ! と空気を打ち、ガイエルは空中に留まった。

「貴様が竜の御子か。ふん、すばしっこいだけのコウモリではないか?」

 土と岩の大男が、滞空する赤き魔人を見上げ、不敵な口をきいている。

 その首から上は、頭蓋骨だった。眼窩の奥では、黄色っぽい眼光が不吉に輝いている。

 応えている場合でもなくガイエルは翼をはためかせ、その場を離脱した。

 上空からも、襲撃が来ていた。

 バジリスクよりは小柄な、それでも大型の軍馬ほどはある巨体が1つ、急降下して来てガイエルの身体を激しくかすめた。

 翼ある巨体だった。

 ガイエルのそれと形は同じ、だが大きさはずっと上回る、皮膜の翼。それに、鉄のような爪を生やした両足。

 首も尻尾も長く太く、刃物のような背ビレをびっしりと生やしている。その背ビレは尻尾においては特に鋭利で、ほとんど棘か針と言っても良い。しかも、何やら毒々しい汁気をしたたらせ飛び散らせている。

 頭からは後ろ向きに角を伸ばし、大きく裂けた口の中では、鋭い牙の列が光る。翼があって前足がない竜。そんな姿の怪物だ。

 ワイバーンである。バジリスクに劣らぬ危険な怪物で、その尻尾には毒を有する。

 かつてヴァスケリア王国レドン地方にも1匹現れ、領民を何人も食い殺した。そして領主ダルーハ・ケスナー侯爵に退治された。レフィーネが生きていた頃のダルーハは、領主としての仕事を一応はこなしていたのである。

 今、ダルーハはいない。自分が退治しなければならない、と思いつつガイエルは空中で身を捻り、右足を振るった。

 ワイバーンの、毒針を生やした尻尾が、鞭の如く襲いかかって来たのだ。

 その尻尾の一撃と、爪の生えた右蹴りが激突する。毒液の飛沫が、飛び散った。

 ガイエルは舌打ちをした。やはり空中では、今ひとつ蹴りに力が乗らない。翼があると言っても、自由自在に空中戦が出来るわけではないのだ。

 人型の生物は、やはり地上戦こそが本領なのである。

 問題は、ワイバーンの背に、何者かが乗っているという事だ。

 筋骨たくましい大柄な肉体は、獣毛に覆われている。力強い右手には戦斧が、左手には手綱が握られ、その手綱は大型の馬具のようなものでワイバーンの顔面と繋がっていた。

 毛むくじゃらの胴体からは、まるでゼノス・ブレギアスの如く、3つの頭部が生えている。

 肉食獣の如く、鼻面の迫り出した顔面。その額の辺りに、巨大な眼球が1つだけ埋まっている。そんな頭部が3つ、牙を剥き、単眼を血走らせ、ガイエルを睨み据えているのだ。

 油断なく睨み返しながら、ガイエルは急降下を敢行した。地上で待ち構えている、土と岩の大男に向かってだ。

 頭蓋骨そのものの頭部を有する巨体が、太い両腕を広げて、ガイエルを捕えんとしている。

 眼窩の中で黄色い光を輝かせているその顔面を狙って、ガイエルは空中から左足を突き込んだ。飛び蹴りである。

 だがその一撃は、土と岩で組成された強固な両腕によってガッと防御された。防御の姿勢のまま、巨体が微かに後方へと揺らぐ。

 その間にガイエルは着地し、空陸双方の敵に対して身構えた。

「紹介しよう。この度、新しく魔人兵から魔獣人間へと進化した者たちだ」

 ひらりとバジリスクの背にまたがりながら、レボルトが言う。

 ワイバーンに騎乗した3つ首の怪物が、まずは名乗った。

「我が名は魔獣人間ケルベロプス……見知りおき願おう、竜の御子殿」

「俺は魔獣人間アースワイト。貴様を倒し、魔族の帝王となるべき者よ!」

 土と岩の大男が、自己紹介と同時に襲いかかって来た。巨大な腕がブゥンッ! とガイエルに向かって唸りを立てる。

 凄まじく重いその一撃を喰らう前に、ガイエルは右拳を叩き込んでいた。固く節くれ立った五指がガッチリと握り固められ、アースワイトの顔面を直撃する。

 岩と土で構成された巨体が、揺らいだ。が、揺らいだだけだ。

 ガイエルは続いて左拳の一撃を見舞ったが、岩盤で出来た頭蓋骨とも言うべき魔獣人間の顔面には、亀裂1つ入らない。

「何とも優しい拳よなあ竜の御子殿……いや、すばしっこいだけが取り柄のコウモリの御子殿よ」

「ふん、貴様は頑丈さだけが取り柄かッ」

 言葉を返しながらガイエルは、右腕を振るった。ヒレ状の甲殻刃が、赤熱しながら一閃する。

 アースワイトの巨体が、斜めに灼け斬れた。その胴体に斜め一直線の裂け目が走り、その内部が真っ赤に灼ける。

 岩と土で組成された魔獣人間が、呻きながら倒れた。倒れた巨体が、そのまま地面に溶け込んで消えた。

「何っ……」

 さらなる一撃を加えようとして出来なくなり、ガイエルは見回した。

 どうやら大地と同化出来るらしい魔獣人間の姿を、見回しただけで見つける事など出来ない。

「どこを見ている! 魔族の帝王たる者は、この俺だ!」

 魔獣人間ケルベロプスが、ワイバーンの上で戦斧を振りかざし、叫んだ。それと共に、3つの顔面から何かが発射される。

 眼球だった。

 3つの頭部それぞれに1つずつしかない眼球が、飛び出しながら視神経を引きちぎり、流星の如くガイエルに向かって飛ぶ。

 空になった眼窩の奥からは、新たなる眼球が盛り上がって来て、再生が完了すると同時にまた発射される。

 それが、繰り返された。無数の眼球が、ガイエル1人に集中して降り注いで来る。

 翼で、尻尾で、両手で、ガイエルはことごとく打ち払った。

 打ち払われた眼球たちが、爆発した。爆炎が、あらゆる方向からガイエルを襲う。

「うぬっ……?」

 衝撃と共に身体が硬直するのを、ガイエルは感じた。

 両腕が、翼が、尻尾が、ピキピキッ……と灰色に固まってゆく。

 石化。

 ギルベルト・レインの炎と同じような性質を有する爆炎。それを内包した眼球が、際限なく降り注いではガイエルの全身を直撃する。

「このような……もので……ッ!」

 爆発の衝撃と、石化の硬直。全身を襲うそれらに、ガイエルは気力で抗った。気合いを、燃やした。

 石の灰色が、砕け散ったように消え失せた。その下から、魔人ガイエル・ケスナー本来の赤い体色が甦ってくる。

 ワイバーンの背の上で若干の狼狽を見せた魔獣人間を、ガイエルは見上げて睨んだ。

 そして燃え上がる気合いを胸中に集め、上空に向かって口から解放した。

 顔面甲殻が砕け散り、牙が上下に押し開けられ、そして爆炎が迸った。

 噴火にも似た爆炎の直撃を喰らったワイバーンが、断末魔の絶叫を上げる暇もなく灰に変わり、粉雪のように振る。

 だがケルベロプスは、ガイエルのすぐ近くに着地していた。着地したその足で地面を蹴り、戦斧で斬り掛かって来る。

 石化状態から解放された身体で、ガイエルは応戦した。左腕を振るい、刃のヒレで戦斧を受け流す。ケルベロプスの巨体が、前のめりに泳ぐ。

 そこへ一撃を叩き込もうとしたガイエルの身体が、またしても硬直した。

 今度は石化ではない。足元から地面が盛り上がり、その隆起から腕が生え、ガイエルの身体にがっしりと巻き付いたのだ。

 アースワイトだった。土と岩で出来た左右の剛腕が、ガイエルの両腕も胴体も翼も一まとめに拘束し締め上げる。

「貴様……ぐぅ……っ」

 ガイエルは魔獣人間の剛力に抗おうとしたが、出来なかった。全身から、一気に力が抜けてゆく。

 アースワイトの胴体で、真っ赤に灼けた裂傷が急速に塞がり、癒えてゆく。

 ガイエルの、体力あるいは生命力と呼ぶべきものが、魔獣人間に吸収されていた。

「貴様の力、全て吸い尽くしてくれる。このままコウモリの干物にでもなるがいい!」

「調子に……乗るなよっ……虫ケラが!」

 ガイエルは無理矢理に両腕と翼を広げ、アースワイトの腕力を振りほどいた。そうしながら、思いきり左足を突き込む。爪の生えた蹴りが、土と岩の巨体を吹っ飛ばす。

 吹っ飛んだ魔獣人間の巨体が、倒れながら地面と同化し、消え失せた。

 次は、どこから現れて攻撃を仕掛けて来るのか。それに備える暇など与えてくれるはずもなく、ケルベロプスが突進して来る。

 猛烈な勢いで振り下ろされた戦斧を、ガイエルはよろめくようにかわした。生命力をいくらか奪い取られた身体が、危なっかしい回避行動を取りながら、ふらふらと揺らぐ。

 揺らぐ両足でガイエルは無理矢理に地面を踏み締め、踏み込んだ。戦斧による横薙ぎの一撃を、左腕で受ける。ヒレ状の刃が、魔獣人間の重い斬撃と激突して火花を散らす。

 その衝撃に耐えつつ、ガイエルは右拳を叩き込んだ。グシャッ! と強烈な手応えが伝わって来た。

 ケルベロプスの3つの頭部、その中央の1つが砕け散っていた。潰れた眼球の飛沫や脳髄の破片を噴出させながら、魔獣人間が吹っ飛んで倒れる。

 残る2つの頭も、粉砕する。そのつもりで踏み込もうとしたガイエルの全身をその時、光と衝撃が襲った。

 バジリスクの眼光だった。

「うぐ……ッ……!」

 倒れたガイエルの身体が、ピキピキッ……と灰色に固まってゆく。

「このような者たちが、これからも魔人兵の中から際限なく進化してくる……岩窟魔宮の守りが万全であるという事、そろそろ理解したであろう」

 バジリスクの背の上でレボルトが、左腕を掲げながら言う。

「人間の兵士では、いくら数を揃えたところで貴様には勝てぬ。だから人間ではない戦力を活用し、なおかつ私自身も戦う。貴様を相手に、辛うじて通用する兵法よ……悪竜、転身」

 掲げられた左前腕で、甲殻の楯が広がった。

 レボルトの全身から歩兵鎧がちぎれ飛び、その下からもっと重厚な黒い鎧が盛り上がって来る。甲冑の如き、外骨格。

 バジリスクの背の上に、魔獣人間ジャックドラゴンの姿が出現していた。

「ガイエル・ケスナー……貴様がタジミ村から出て来るのを待っていた。もはや村には帰さぬ、ここで死ね」

「ふっ……俺とて貴様を、デーモンロードのもとへ帰してやるつもりはない……ここで、始末を付ける!」

 ガイエルは気合いで、石化能力をふりほどいた。全身を覆いかけていた石の灰色が、灼き砕かれたかのように消え失せた。

 元に戻った身体で、ガイエルは跳ぶように駆け出した。バジリスクに騎乗した、黒色の魔獣人間へと向かってだ。

「ふん……魔獣人間やバジリスクの石化能力が貴様に通用するなどとは、元より思っておらぬ」

 レボルトの言葉に合わせ、バジリスクも駆け出していた。ジャックドラゴンを背に乗せたまま、8本の足を素早く動かし、巨体に似合わぬ速度でガイエルに迫る。

 その両眼が禍々しく輝き、石化の眼光を迸らせる……よりも早く、ガイエルは最後の1歩を詰めながら右腕を振るった。

 ヒレ状の甲殻刃が、バジリスクの太い頸部に叩き込まれた。

 大量の鮮血が、激しい音を立てて噴き上がった。猛毒を含む、どす黒い血液。それがガイエルの全身にぶちまけられる。

 思わず出てしまいそうになった悲鳴を、ガイエルは牙で噛み殺した。

 激痛が、全身を襲う。あのクローラーイエティの麻痺毒に匹敵する毒気が、甲殻から、鱗から、凄まじい勢いで体内に染み込んで来る。神経と筋肉をまとめて灼きちぎられているかのような激痛である。

 痛いだけだ、とガイエルは思い込んだ。人間ならば即死している猛毒だが、自分にとってはただ痛いだけだ。

 ガイエルがそう己に言い聞かせ、毒気と激痛に耐えている間。

 首を半ば切断されたバジリスクの屍から、レボルトが地面に降り立ち、ガイエルに向かって口を開いていた。

 裂けたカボチャそのものの大口が、隕石のような炎の塊を吐き出した。

 毒気を掻き消すほどの衝撃と熱量が、ガイエルの全身を襲った。至近距離からの、火球の直撃。

 赤き魔人の身体が、爆炎に包まれながら後方に吹っ飛び、地面に激突する。

 よろめき、立ち上がったガイエルに向かって、ジャックドラゴンが火球を乱射した。燃え盛る炎の塊が5発、7発と立て続けに吐き出され、紅蓮の流星雨となって赤き魔人に集中する。

「ぐッ!……う……っ」

 翼を閉じて防御する暇もなく、ガイエルは全ての直撃を喰らった。

 そして、気が付いたら倒れていた。

 赤い甲殻が全身でひび割れ、何ヵ所かが剥離し、筋肉が剥き出しとなって焼けただれている。

「さすがよな……まだ動けるとは」

 レボルトが、そんな事を言っている。自分はどうやら動いているらしい。ガイエルはぼんやりと、そう思った。

 ひび割れ、焼けただれた身体が、よろよろと半ば無意識に立ち上がろうとする。

 立ち上がろうとしたところで、動かなくなった。ずっしりと重い束縛を、ガイエルは感じた。

 岩と土で出来た太い両腕が、身体に巻き付いて来ている。魔獣人間アースワイト。いつの間にか、足元の地面から出現していた。

「その、しぶとい生命力……全て俺がもらうぞ。貴様の命を吸収し尽くし、俺は最強の魔獣人間となる」

「ふ……俺の……命……貴様ごときに、受け入れられるかな……?」

 吸い尽くされようとしている力を振り絞って、ガイエルは右膝を叩き込んだ。アースワイトの巨体がズドッ! と前屈みにへし曲がる。

 へし曲がった魔獣人間を振りほどき、放り捨てながら、ガイエルはよろめいた。踏みとどまろうとして失敗し、片膝をついてしまう。

「聞きしに勝る化け物よ……だが単身で岩窟魔宮に乗り込もうなどとは、いささか自惚れが過ぎたようだなぁ竜の御子よ」

 魔獣人間ケルベロプスが、立ち上がっていた。潰された頭部が、グジュグジュと盛り上がって形を取り戻しつつある。眼球と同じく、頭の1つや2つは再生してしまうようである。

「自惚れに満ちた生を、歩んできたのであろうなあ。今、終わらせてやろうぞ」

 そんな事を言いながらアースワイトも巨体を起こし、ガイエルに迫る。

 レボルトは何も言わずに、ただ左腕の楯から長剣を引き抜いた。カボチャをくり抜いたような両眼と大口から溢れ出す炎の輝きが、芝居がかった脅し文句以上に激しく殺意を表明している。

(……勝てんぞ……ガイエル・ケスナー……)

 薄れかけた意識の中で、ガイエルは己を怒鳴りつけた。

(こやつらを倒せないようでは……デーモンロードには勝てんのだぞ……! さあ立て、戦え……!)

「ふっ! はっはははははは、はぁっはっはっはっはっは!」

 笑い声が聞こえた。朗々たる、だがどこか邪悪な笑い声。

「ぬうっ……何奴」

「どこにおる、姿を見せい!」

 アースワイトとケルベロプスが、ぎょろぎょろと周囲を見回す。

 その男は、場を見下ろす岩壁の上に傲然と立っていた。

「ここだ、ここだ! 俺はここだぁあ!」

 身なりは粗末だが体格は立派な、若い男。鞘を被った大型の長剣を、鎖でくくり付けて背負っている。

 ゼノス・ブレギアスだった。

「ザシャアッと参上、グシャッと虐殺! 人呼んで正義の」

「誰も呼んでおらん」

 ガイエルは言った。

「それに、その口上……俺は昔、吟遊詩人の歌か何かで聞いた事があるぞ」

「うーん、駄目かなー……つうかテメエ、一体何やってやがる」

 ゼノスが、岩壁の上からギラリと怒りの眼光を向けてくる。

「バカ野郎が、勝手に村から出てんじゃねえ!」

「それは、こちらの台詞だ……貴様が村を出て来てどうする!」

 ガイエルは怒鳴り返した。

「貴様の役目は、あの村を! ティアンナを! 守る事だろうが!」

「そのティアンナ姫がなあ、てめえの事心配してんだよォオオオオオオオオッ!」

 怒りの咆哮に合わせ、ゼノスの全身から衣服がちぎれ飛んだ。

 筋肉と獣毛が盛り上がり、翼が広がり、3つの頭部がそれぞれ角を振り立て、クチバシを突き上げ、タテガミを震わせて牙を剥く。

「ああああもう、変身セリフ言う前に変身しちまった! どーしてくれんだコラァア!」

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