第9話 竜の血は怒りに燃える
「親父殿の下へ帰れ、だと……」
ガイエルは露骨に鼻を鳴らし、嘲笑って見せた。
「何もわかっていないようだな魔獣人間。俺はただ、あの男が大嫌いだから、こうして袂を分かっているのだ。神の如く、大勢の人間を守ろうなどと……ダルーハに育てられた俺が、そんな事を考えると思うのか」
「貴殿のこれまでの行動が、全てを物語っているのだよ若君……」
言いながらドルネオは、4つの蹄で地面を蹴った。
「ヴァスケリアの民を守り救うため、我らダルーハ軍と戦い続ける! 貴公のその愚かなる意志をなあ!」
魔獣人間ケンタゴーレムの巨体が、再びガイエルに向かって突っ込んで来た。地響きを伴う、超重量かつ高速の突進。
ガイエルは今度は避けず、身を低くして右腕を後ろに引いた。
引いた右拳を、グッと握る。
前腕から生え広がった刃状のヒレが、ジャキッ! と音を立てて大型化した。
斬撃凶器と化した右前腕を構え、ガイエルの方からも踏み込んで行く。そして右腕を振り上げ、刃のヒレを一閃させる。
ケンタゴーレムが右拳を打ち下ろし、その斬撃を迎え撃つ。
両者が、勢い激しく擦れ違った。
衝撃が起こり、鋭利な破片がキラキラと散る。
刃状のヒレが、粉々に打ち砕かれていた。魔獣人間の、岩石質の拳によって。
「ぐっ……」
ガイエルは左手で、右腕を押さえた。
手甲のような右前腕の外骨格がひび割れ、その亀裂から血がしたたり落ちる。
鮮血の雫がジュッ! と土を溶かして地面を穿つ。
激痛に耐えてガイエルが振り向く、よりも早く、ケンタゴーレムの右の後ろ足が跳ね上がった。重い蹄が、下から上へと一閃する。
「ぐあ……ッ!」
背中に痛撃を喰らいながらも、ガイエルは悲鳴を噛み殺した。
翼が片方折れて、ガイエルの背中から弱々しく垂れ下がる。
「飛ばれては厄介ゆえ……な」
振り上がった後ろ足を着地させつつ、ケンタゴーレムが巨体を振り向かせ、踏み込んで来る。
岩塊の如き左拳がブンッ! と振り下ろされる。
よろめき、辛うじて倒れず振り返ったガイエルの顔面に、その拳が叩き込まれた。
顔面甲殻が、砕け散った。
直撃の瞬間ガイエルは上下の牙を食いしばったが、それで殺せるような衝撃ではなかった。頭蓋骨の中で脳が激しく揺れ、脳漿がたぷたぷと波打つ。
自分が倒れている事に、ガイエルは気付いた。
吹っ飛びかけた意識を無理矢理に繋ぎ止めながら、起き上がる。
「お……のれ……っ!」
怒りと闘志の混ざり合ったものが、胸の内で燃え盛る。
それをドルネオに向かってぶちまけるべく、ガイエルは口を開いた。
開いた口を、すぐに閉じた。
自分とケンタゴーレムの周囲では、ダルーハ軍と王国正規軍が乱戦を繰り広げている。どの方向に爆炎を吐いても、王国正規軍兵士を最低でも4、5人は巻き添えにしてしまうだろう。
剥き出しの牙をギリ……ッと噛み合わせて固まってしまったガイエルに向かい、ケンタゴーレムが、
「恨むなら……味方を巻き込んでしまうような切り札しか持っておらぬ、己の未熟さを恨むのだな」
1歩、ずしりと踏み出した。1歩、ガイエルは後退していた。
(俺は……勝てないのか……敗れるのか……)
噛み合った上下の牙の内側で、ガイエルは呻いた。
(あの時のように……くっ!)
後退した片足をガイエルは無理矢理、前方に踏み出し、駆け出した。
あの時、やはり今のように、容赦なく叩きのめされた。相手はドルネオではなく……ダルーハ・ケスナー。
そう。自分は再び、あの父と戦わなければならない。
父の腹心でしかない魔獣人間ごときを相手に、苦戦などしている場合ではないのだ。
真っ正面から突っ込んで来るガイエル、を迎え撃つ形に、ケンタゴーレムの両前足が跳ね上がる。
攻城鎚にも似た左右の蹄が、高速で襲いかかって来る。のをガイエルは、跳躍してかわした。
そして空中で竜巻の如く身を捻り、左足を振るう。回し蹴り。ブーツ状の甲殻凶器と化した脛と足首が、しかし直後、ケンタゴーレムの巨大な右前腕とぶつかり合った。防御されていた。
その間。魔獣人間の左拳が、下方からガイエルの腹に叩き込まれていた。
「がっ……!」
噛み合っていた上下の牙が開き、血反吐の飛沫が散る。
ガイエルは、宙に浮いていた。高々と吹っ飛んで行きそうになったその身体を、しかしケンタゴーレムが両手で捕まえる。そして。
「……終わりだ、若君」
魔獣人間の首の後ろに、ガイエルの身体は仰向けに担ぎ上げられていた。顎の辺りを右手でガッチリと掴まれ、太股を左手で捕えられ押さえられる。
仰向けに担ぎ上げられたガイエルの胴体が、弓なりに固定された。
固定された身体を、ドルネオが両腕で折り殺しにかかる。
岩石質の五指で顎を、首を圧迫され、ガイエルは声を漏らす事も出来なくなった。
ケンタゴーレムの太い首の後ろで、ガイエルの胴体が思いきり反らされて背骨がミシミシッ……と悲鳴を発する。力強い腹筋が、ちぎれそうなほどに引き延ばされる。
「ガイエル様!」
白く発光する剣でダルーハ兵の槍を切り払いながら、ティアンナが叫んだ。
彼女の足元付近ではモートン王子が、腰を抜かして座り込み、青ざめ震えている。
「……逃げろ……ティアンナ姫……」
何の拘束も受けていない両腕で、しかし何の反撃も出来ぬまま、ガイエルはようやく辛うじて声を発した。
このまま自分が真っ二つに折り殺されれば、ドルネオ・ゲヴィンを止められる者はもはやいない。この魔獣人間によって、王国正規軍は皆殺しにされる。否、ドルネオ配下の兵士たちだけで充分だ。完全に勢い付いた彼らによって王国正規軍は、諸侯から兵卒に至るまで殺し尽くされる。
ティアンナ姫1人だけなら、血路を開いて逃げる事も不可能ではない。気の毒だが、モートン王子まで助かるのは無理だろう。
「貴女、1人だけでも……ティアンナ姫……ッ」
「ふざけた事を言わないで!」
戦場と化した本陣内に、凛とした怒声が響き渡る。
自分が怒鳴りつけられたわけでもないのに、モートン王子がビクッと震え上がった。
そんな王子に狙いを定めて、ダルーハ兵が3人。それぞれ槍を、剣を、大斧を振り上げ、凶暴に群がって行く。
彼らの眼前に、ティアンナは軽やかに踏み込んだ。
「ガイエル様、貴方は思い上がっておられます。御自身が討ち死になされたら、王国正規軍が総崩れになるなどと……」
言葉と共に、ティアンナは動きを止めた。白く輝く魔石の剣を、ぴたりと静止させる。
槍を、剣を、大斧を振り上げていたダルーハ兵3人の身体が、硬直し、揺らぎ、そして倒れた。倒れゆく3つの胴体から、ころ、ころり、と生首が転げ落ちる。
腰を抜かしている兄王子の眼前で、ティアンナは言い放った。
「ヴァスケリア王国軍の総司令官は、こちらのモートン・カルナヴァート殿下であらせられます。この御方が健在であられる限り、王国正規軍の敗北はあり得ません……そうですね? 兄上様」
「あ……あわわわ……」
怯えた悲鳴を漏らすしかない兄を足元に庇い、ティアンナは周囲を睨んだ。
ヴァスケリア王国軍の中枢たる兄妹を討ち取るべく、ダルーハ軍兵士たちが様々な方向から襲いかかって行く。
「王国軍は、王国軍の……私は私の、戦いをするだけです」
ティアンナは自身の方からも踏み込み、白く輝く剣を、まずは正面に向かって叩き付けた。びゅっ、と空気の唸りが起こると同時に、脳漿が飛び散った。ダルーハ兵の顔面が1つ、叩き割られていた。
「逃げるか否かは、私が決めます。そして私は逃げません」
下着同然の鎧をまとう少女の半裸身が、力強く翻った。白い斬撃の弧が一瞬、生じて消える。
幾本かの槍が、叩き切られて飛んだ。ダルーハ兵の生首が、2つ3つと宙を舞う。
「……ですからガイエル様、貴方は貴方の戦いをなさって下さい」
微かに息を弾ませながら、ティアンナはなおも剣を振るう。
王女の戦いぶりに、王国正規軍の兵士たちが明らかに触発されていた。本陣のあちこちで敵精鋭部隊の猛攻を跳ね返し、形勢逆転とまではゆかぬものの、五分五分の状態にまで持ち直しつつある。
ケンタゴーレムに担ぎ固められたままガイエルは、その戦いを見物し、呻いた。
「逃げて……くれないのか……重圧を、かけられてしまったな……」
ガイエルがこのまま殺されれば、ティアンナも殺される。彼女を守るには、勝つしかないのだ。
「……認識を、改めねばならんか」
ガイエルの背骨をミシミシと圧迫しながら、ケンタゴーレムは言った。
「あの王女は、危険だ。雑魚の群れに過ぎぬ王国正規軍が、ティアンナ王女1人の力で際限なく強くなってしまう……生かしては、おけんな」
「ドルネオ……貴様っ……」
「若君の次は、あの王女だ。腑抜けのヴァスケリア王族らしからぬ勇戦に敬意を表し、一撃で砕き殺す……女子供であろうが、戦う者を俺は差別せぬ」
ガイエルの身体がミシッ……と、さらに弓なりに曲がった。
「それが許せぬならば、守って見せろガイエル・ケスナー……」
「うぐっ……あ……ッ!」
もはや呻く事すらままならぬガイエルの視界の隅で、その時、何かが動いた。
「……良い様であるなぁ……ガイエル・ケスナァアー」
ムドラー・マグラ……魔獣人間ヴァンプクラーケンが、立ち上がったところだった。
ガイエルに叩き潰された顔面の肉が蠢き、その中から2つの眼球がギョロリと現れて憎悪の視線を放つ。
破裂した吸血触手もウニュウニュと肉を盛り上げ伸ばし、ゆっくりとではあるが元の長さを取り戻しつつある。
サイクロヒドラやワイヴァートロルほどではないにせよ、再生能力は持っているようだ。
そんな再生回復の進むヴァンプクラーケンの身体に、しかし1カ所だけ、新たな傷が生じていた。
でっぷりと肥えた、腹部。そこが縦にザックリ裂けながらも血は流さず、露わになった肉を左右に開いてゆく。
開きゆく裂け目からやがて、赤い、ぼんやりとした光が漏れ始める。
「貴様は、貴様だけは許さぬぞ、間違って生まれただけの怪物……私が、この世から消してくれる。骨の一片も残さずになぁああ」
魔石だった。
赤ん坊ほどの大きさの魔石が、ヴァンプクラーケンの腹の中に埋まっているのだ。そして赤い光を放ち、その輝きを徐々に強めてゆく。
「この私の魔力が、魔石で増幅された時……一体何が起こるのか、とくと見せてくれようぞ。ドルネオ! そやつを放すでないぞ」
「おい、やめろムドラー殿……」
ドルネオの言葉は、しかし今のムドラーには届かない。
「死ねガイエル・ケスナー! 貴様がこの世から消え失せれば、もはや私の作品を超えるものなど存在しなくなるぅぁああああああ!」
魔石の放つ赤い光が、ヴァンプクラーケンの腹部から激しく迸った。
炎でも雷でもない、赤色の光。
それは強いて言うなら、ティアンナの剣が放つ白い光と性質が似ている。魔力を、純粋に破壊力へと変換したものである。
そんな赤い光の奔流が、ガイエルの身体を呑み込んだ。ケンタゴーレムもろとも、だ。
真紅に輝いて猛り狂う破壊力の奔流が、ガイエルの身体を、ケンタゴーレムの両腕からもぎ取って吹っ飛ばす。
翼が折れて飛べないガイエルの身体が、そのまま地面に叩き付けられた。
少し離れた所に、ケンタゴーレムの巨体が倒れ込んで地響きを起こす。
その地響きに揺すられ、ガイエルは起き上がった。
全身至る所で、痛みが熱を持ってヒリヒリと疼いている。が、身体は動く。
「ば……馬鹿な……」
ヴァンプクラーケンが、巨体をよろめかせて狼狽している。
「何故、生きておる……何故、消し飛んでおらぬ……」
「この愚か者……貴様の魔力ごときで、この若君を仕留められる! わけがなかろうがああああああああッ!」
倒れただけで無傷のケンタゴーレムが、怒声を響かせながら立ち上がり、重い蹄で踏み込みながら左拳を振るった。
ヴァンプクラーケンの身体が、錐揉み回転をしながら地面に叩き付けられた。
再生したばかりだった顔面の肉が、眼球もろとも潰れて飛び散る。その一部は、ケンタゴーレムの巨大な拳にこびりついている。
「がっ……ど、ドルネオ貴様……」
潰れた顔面を地面にぶちまけたままヴァンプクラーケンが、それでも声を発している。
「恩人たる……創造主たる、この私に……何たる無礼、何たる反逆……」
「おうよ。貴様は俺にとって、この力をくれた恩人だ」
左拳の汚れをビチャッと払い落としながら、ケンタゴーレムが言い放つ。
「だから殺さずにおいてやる。去ね!」
「お……おのれぇえ……」
呻くムドラーをそれきり無視してドルネオは、4本脚の巨体を素早くガイエルの方に向き直らせた。そして言う。
「……若君こそ、今のうちに逃げておけば良かったものを」
「逃げんよ、俺も」
応えつつガイエルは、左手で軽く右腕を押さえた。
甲殻のひび割れた右前腕の出血が、先程よりもひどくなっている。
「……ドルネオ卿、あんたは確かに強い。化け物じみている……だが俺はな、あんた以上の化け物と戦わなければならん。こんな所で、逃げてはいられないのだよ」
大量の血が地面に流れ落ち、ジュージューと土を溶かし続ける。
声がした。
「それが、貴方の血……」
涼やかな、若い女の声。そよ風のように、ガイエルの耳元をくすぐる。
ティアンナ、ではない。彼女は少し離れた所で兄王子を庇いながら、勇ましい気合いの声を発して剣を振るい、ダルーハ軍兵士を叩き斬っている。
ティアンナではない若い娘が、姿を現さぬまま、なおも囁く。
「あらゆるものを灼き尽くす、悪竜の血……それが貴方の力。どうか忘れないで……」
周囲で激戦を繰り広げる、王国正規軍とダルーハ軍。両軍兵士らの間をすり抜けるように、何か黒っぽい人影のようなものが踊っている。
ようにガイエルは感じたが、見回して確かめている場合ではなかった。魔獣人間の強固極まる巨体が、眼前でまだ健在なのだ。
「あくまでも、父君と戦われるおつもりであるか」
ケンタゴーレムが、攻撃ではなく無駄な問答を仕掛けてきた。
「……何故だ、若君。そこまでして何故、御大将に刃向かおうとする? ヴァスケリアの救い難き愚民どもを救い、守るためか。その類い稀なる力を、己のためではなく他者のために振るおうなどと何故、思えるのだ」
「気遣いは要らん。俺はこの力を、自分のためにだけ振るっている」
様々なおぞましい光景が、ガイエルの脳裏に甦っていた。
町や村を襲い、人々を蹂躙するダルーハ軍兵士たち。
醜悪な魔獣人間に捕われ、下劣な行いの餌食となりかけているティアンナ王女。
黒焦げの子供を抱いて泣き崩れる母親。
それら不愉快極まる光景を造り出した元凶たる、1人の男……ダルーハ・ケスナー。
竜の爪に左半分を削られた、隻眼の異相。その下に隠された、人間ではないものの素顔。
思い浮かべた瞬間、ガイエルの胸の内で怒りが、憎しみが、殺意が、燃え上がった。
(ダルーハ…………ッッ!)
だがもう1つ、ガイエルの胸中に甦ってくるものがある。病床にあった、母の言葉。
あの人を止めてちょうだい……ガイエル、お前に頼むしかないのよ。ごめんね……
(おふくろ様……俺が! 言われた通りに止めていれば……親父殿が、こんな馬鹿をやり始める前に……!)
自分は、あの父を止められなかった。
だから今、こうして様々な、不愉快な光景を見せつけられている。
「……俺はなドルネオ卿。あんたが御大将などと呼んでいる男を、殺したくて仕方がないのだよ。奴は俺を、実に不愉快な気分にさせてくれたからな」
胸の内で燃え盛っているものが、ガイエルの全身を激しく駆け回る。
そして、右腕に集まって行く。
「俺は……俺を不愉快にさせるもの全てを滅ぼすために、この力を振るっている……」
右前腕からの出血が、激しさを増した。
溶岩のような血液がドビュウッ! と噴出し、そして、
「全て、俺自身のためだ……他者のため、でなど……あるものか……ッッ!」
発火した。
ガイエルの右前腕から、外骨格をさらにバキバキと砕き破りながら、炎が噴出する。
噴火のようなその炎を、振り回す感じに、ガイエルは右腕を後方に引いて身を低くした。
体内の血が、右前腕から噴出しつつ発火し、その炎が轟音を立てて燃え延びる。打ち砕かれた刃のヒレ、の代わりのようにだ。
「……くだらん話は終わりだドルネオ・ゲヴィン。不愉快な相手だから殺す、滅ぼす! 何故なら俺は残虐だからだ! 文句があるかッ!」
「……お見事でございます、若君」
ケンタゴーレムが、言葉と共に駆け出した。巨体がガイエルに迫り、岩塊のような拳が振り上がる。
「その傲岸不遜にして残虐なる生き様……お見事なれど、ここで終わらせてくれる!」
「やってみろ! 結局はダルーハに逆らえぬ飼い犬風情が!」
ガイエルも踏み込んだ。踏み込みつつ全身を捻り、右腕を振るう。
炎のヒレがゴォオオッ! と巨大に燃え広がりながら、一閃した。
一方。ケンタゴーレムの拳は、ガイエルの頭部をかすめて空振りをしていた。
右拳を振り切ったケンタゴーレム、と擦れ違ったところで、ガイエルは動きを止めた。前腕でヒレの形に燃え盛っていた炎は、完全に消えている。
ドルネオが、呻いた。
「…………見事……!」
ケンタゴーレムの巨体は、上下真っ二つになっていた。巨馬の下半身から、甲冑のような人型の上半身が、ゆっくりと滑り落ちる。
露わになった2つの断面が、ぼぉっと赤く輝いていた。
刃のヒレを成していた炎が、ケンタゴーレムの体内に、残らず流れ込んだのだ。そして上半身を、下半身を、内部から灼いている。
地面に落下する前に、ケンタゴーレムの上半身はひび割れ、砕け、粉末状に崩れて灰と化した。一瞬遅れて、下半身も。
つい今まで巨大な魔獣人間であった大量の灰が、ザァーッと地面にぶちまけられる。
「そう……それが、貴方の血。貴方の力……」
姿なき若い娘が、またしても言った。いや、どこかに姿はあるのだろうが、今のガイエルの目では捉えられない。
「それさえ、お忘れにならなければ……負けるはずがないのですわ。貴方が、魔獣人間ごときに……」
「……誰だ、貴様……」
問いかけながら、ガイエルは倒れていた。
身体が、うつ伏せに地面にぶつかる。土や砂利の感触が、痛い。
頑強な甲殻も鱗も全て、人間の皮膚に戻ってしまっていた。