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枯れ尾花

作者:宵野遑
 空地の隅に群生するススキの茂みに分け入ると、そこだけぽっかりと何も生えていない空間がある。僕はその中で静かに腰を屈めた。かくれんぼには打って付けの場所だと思った。
『にじゅういち……にじゅうにぃ……にじゅうさぁん……』
 鬼役の子の声が微かに聞こえてくる。ここからは茂みの外の様子が見えないので、僕は耳を澄まして鬼が数え終わるのを待った。
『……ごじゅう! もおいいかぁい!』
 いよいよ鬼が動き出すようだ。
 じっと息を殺す。ここなら簡単には見つからないだろうと初めは得意気になっていたのだが、しばらく鬼の気配を窺っているうちに怖くなってきた。本物の鬼がススキを掻き分けてくるのではないか。鬼だけじゃなくお化けまで出てきたらどうしよう。悪い想像が勝手に膨らみ出して、手の平が汗ばんだ。
「坊や。かくれんぼかい?」
 突然、耳元で低い声がして身が縮み上がった。恐る恐る横を向く。和服を着た老人がすぐ隣にしゃがんでいた。驚きのあまり声も出なかった。
 本当にお化けが出た。
 瞬間そう思ったものの、よく見ると足があるし、その姿は透けていない。
「おっと、失礼。大きな声を出したら鬼に見つかってしまうな」
 老人は潜めた声で言った。
「あの……えっと……」
 僕が口籠っていると、柔らかそうな白い口髭をふわりと動かして、老人が微笑む。その優しげな笑顔を見ていたら、幾らか心が落ち着いた。
「びっくりした。お化けが出たのかと思った」
「おやおや。驚かせてしまって済まなかったね」
 老人は髭を一撫ですると、「坊やは」と言って僕の目をじっと見た。
「横井也有を知っているかい?」
「よこいやゆう?」
「江戸時代の俳人だよ。化物の正体見たり枯れ尾花――彼が残した有名な句だ」
「枯れ尾花ってなに?」
「枯れたススキのことさ。ほら、ゆらゆら揺れる白い姿がお化けみたいだろ」
 老人が上方を指差したので、僕はその先を見上げた。確かに、風になびくススキの穂はお化けのように見えなくもなかった。
「つまりな、この句は化物の正体が単なる空目だったことを詠んだものなんだよ。疑いの心は、時として 虚妄の存在を顕現させてしまうというわけだ」
「ふうん。そういえば、僕もさっきお化けのことを考えてた」
 何となく分かったような気がして、教わった句を口に出してみる。
「化物の、正体見たり、枯れ尾花」
 それを聞いた老人は満足そうに笑った。なんだか嬉しくなって笑い返そうとした時、茂みの外から声が聞こえた。
「そこに誰かいる!」
「お! やっと見つけたのか?」
 いつの間にか鬼が一人増えていたようだ。見つけられた人は鬼役に回るのがルールだった。声がした方から、がさがさと音が鳴り始める。二人相手には逃げられそうにない。ススキを掻き分ける音がだんだんと大きくなる。
「おじいさんが話しかけるから、ばれちゃったよ」
 唇を尖らせながら振り向くと、そこには誰もいなかった。辺りを見回してみても、老人の姿はどこにも見当たらない。
 やっぱり彼はお化けだったのだろうか……。
 呆然としていると、目の前のススキの群れが勢いよく左右に割れた。
「そこにいるのは分かってるんだ! 観念しろ!」
 したり顔をした鬼役の子と目が合った。
「……あれ、おかしいな」
 彼は広げた両手でススキを押さえたまま、不思議そうな顔つきで僕の方を見つめている。
「どうした?」
 あとから来た子も顔を覗かせた。
「誰もいなかったよ。確かに誰かいると思ったんだけどなあ」
「なんだ。何かと見間違えたんじゃないのか?」
 二人はけらけらと笑い声を上げながら、もと来た方向へ戻っていった。
 秋のそよ風が僕の頬を撫でた。

 ――了

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