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警視庁本部庁舎6階
Welcome To The Jungle (3)
「これでベンダーと便所の場所は大丈夫だよなぁ?」
「…大部屋に着くまでに目にしていました」
 フォルダのついた紙カップ式のコーヒーを携えた奇妙な二人組みが、行き交う職員を掻き分けつつぎこちない言葉を交わしていた。
「ほう、流石は優秀な巡査部長さんでいらっしゃる」
「それくらい誰だって。…ところで、その“巡査部長”という呼び方やめて頂けないでしょうか?」
 どこか人を小馬鹿にしたかのような妙典の口調に真壁は釘を刺した。
「じゃぁ、何と呼べゃいい? …巡査部長殿」
「…普通に“真壁”で結構です」
 それを聞いた妙典は、ふと何か物思いに耽り口を尖らせ言った。
「真壁伸一…。イニシャルは…SM。…お前、変態だろ?」
 真壁はコーヒーを口にしていなくてよかったとこれ程思ったことはない。もし口に含んでいたならば間違いなくダークスーツと白いワイシャツを迷彩色に変えていたことだろう。しかしいくら先輩刑事とは言え、この妙典という男のデリカシーのない言動には不愉快以外に何も感じなかった。徐々に肥大化する苛立ちを抑えつつ真壁は問い返す。
「…で、自分の方からは何とお呼びすればよろしいのでしょう?」
「はぁん? 何でも構わねぇーよ」
 紙カップのコーヒーを一口含んだ妙典はぶっきらぼうに答えた。
「…では、“妙典さん”…で、よろしいでしょうか?」
「オーケー、オーケー。大概の奴はそう呼ぶしなぁ」
 Tシャツには何がしかの拘りがあるようだが、それ以外の事柄には無頓着なこの男に益々興味を失いつつあった真壁は自分を律する為、ドクロTシャツの刑事にさらに問いかけることにした。
「…で、妙典さん。次はどちらを案内してくださるのでしょう?」
 こっちこっち…と右の親指を立てヒッチハイカーの様に前後に動かす妙典の先には「喫煙ルーム」と書かれたガラスパーティションがあった。
 非喫煙者の真壁からすれば苦痛極まりない場所である。正直、入室するのは気が進まなかったが、新入りの身として諦めにも似た境地で横開きのドアをくぐることにした。

 副流煙で霞みがかっているせいか、予想以上に広く感じられる明るく綺麗な部屋である。右手を軽く上下に揺さ振って青いビニールの包み紙から煙草を咥え出す妙典の仕草を横目に眺め、部屋の奥へと進んでいった。早々とジッポーライターに火を点し、煙を深く一吐きする妙典はエアリウムカウンターに片肘をつき、紙カップを持って硬直する真壁に問いかける。
「ひょっとしてお前、吸わない派?」
「無駄な税金は払いたくない主義なんで…」
「その税金が回り回って、俺らの給料になってんだけどなぁ」
「それ以前に発癌性物質の塊を吸うこと事態、大きな問題かと…」
 ふーん! と鼻から煙を抜き、つまらなさそうな顔をした妙典は真壁に小声で凄んだ。
「確かにここはなぁ、健康にとっちゃ最悪の場所かもしれんが、情報収集には最適の場所だったりするんだぜぇ…」
 言っている事が理解できず、きょとんとする真壁に妙典は続ける。
「ほら、あそこ。捜査二課の奴らがかたまってるし、あちらさんはさっき飛び回りだした9係の係長。鑑識も共助課も生活安全部の連中も皆ここに来る。そば耳たててりゃ、よその部課の話なんぞ自然と入ってくるとこよぉ」
 副流煙被害者の真壁にしてみれば非喫煙者に対する喫煙者の言い訳にも聞こえなくもなかったが、確かに一理ある話ではあると思った。普段自部署と現場を往復するだけで他部署の捜査情報の多くは過去形でしか伝わってこない。しかし、ここでは現在進行形の話を聞くことが可能である。まさか軽薄なドクロTシャツの刑事に目を覚まされる破目になるとは思いもしなかった。
「…それに、広報やミニパトのねぇちゃん達も来るぜぃ!」
「………」
 真壁の中で構築されようとしていた畏敬の念がもろくも一瞬で砕け散った。
「それにしても、お前いい所に来たよなぁ。第四強行犯捜査13係。おまけに六階だぜ、ここは。これ以上不吉な数字が並んだ部署なんて他にねぇわな」
 妙なことを力説する妙典に冷ややかな口調で真壁は問う。
「不吉な数字に何か拘りでも?」
「大有りよ! 悪魔の数字、ザ・ナンバー・オブ・ザ・ビースト。魔力の刻印ですぜ。6のゾロ目だと言う事なしなんだけどなぁ」
「何なんですか? それ」
「アイアン・メイデンの名盤じゃねぇか! …ま、お前さんみたいな眼鏡小僧が知らんのも無理はねぇかもな」
 生まれてから今日に至るまで一度も耳にしたことのない言葉を並べたてられ、返答に困る真壁は紙カップに口をそえ、音を立ててコーヒーを啜った。
「お前のイニシャルは変態のSMかもしれんが…」
 真壁は既に変態認定されている事実に敢えて突っ込みを入れることはしなかった。
「…俺様のイニシャルは、HM! まさにヘヴィメタルの申し子っ! …いい名前付けてくれたと、そこに関しては親に感謝してる」
「ヘビメタ? 不潔で喧しくて猥雑で残忍なサタニズムな音楽が趣味なんですか?」
「悪ィィか? 変態眼鏡小僧。言っとくが“ヘビメタ”じゃなくて“ヘヴィメタル”だからな!」
「まぁ…個人の趣味趣向なので咎める権利はありませんが、自分の趣味の範疇でないことだけは、はっきりと申し上げておきます」
 興味のない話を押し聞かされるほどの苦痛はない。まさに今の真壁がその状態であったが、それもまた刑事の仕事のひとつである事も事実である。
「なぁ、真壁よぉ。お前の変態も趣味趣向だから俺様は何も言わんが、ここの捜一って何気にロック度高いから、気ィつけとけよ。雷門さんがブリティッシュ・ハードロック語りだしたら熱すぎて地球温暖化に貢献しちまうし、馬場さんもああ見えて酔っ払うとビートルズの“ヘルター・スケルター”をカラオケで熱唱する熱いロック親父だ」
「えぇっ!? あの係長が…ですか?」
「お前、馬場さんのこと演歌親父だと思ってたろ?」
「ええ、まぁ。…それもそうですが、ビートルズってポップスじゃなくてロックになるのですか? …だいたい音楽の教科書にも載っていたくらいですし…」
「おいおい、そんなこと馬場さんの前で言ってみろぉ。“サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド”と“ホワイト・アルバム”百万回聴かされる破目になるからな!」
「わ…わかりました。以後、気をつけます」
 聞き慣れない言葉を並べられ、既成概念の崩壊も否定できなくなった真壁は逃げ込むかのように紙カップのコーヒーを再度啜った。
「おおっと! 腹のパトランプが回りだした! …すまん! ちょっくら駆け込み寺に行ってくるわ!」
 妙典は紙カップのコーヒーを一気に飲み干し、いい加減にもみ消した煙草の煙を残して喫煙ルームからそそくさと去っていった。

 妙典の危機迫る後姿を眺め、ボーっと紙カップを携える真壁に呼びかける声がした。
「真壁…真壁君だったよね?」
 ハッと我に返った真壁が顔を向けると9係の係長が傍らに立っていた。
「…本日より着任しました、真壁です。今後ともお願いします」
「まぁまぁ、9係の大場だ。ちょっと驚かせたかな?」
 反射的に紙カップをカウンターに置き一礼する真壁を制するように大場が言った。真壁は一呼吸おいて社交的な言葉で切り出した。
「今は事件でお忙しいんじゃありませんか?」
「いや、部下が走り回ってるうちはそうでもないよ、管理職って…。だから吸い溜めとかなきゃな、今のうちに」
 指に挟んだ燻ぶる煙草を見せ、茶目っ気ある笑顔で語る今の大場に大部屋で部下に指示を飛ばしていた面影は見受けられなかった。
「なかなか大変な奴だろ? …妙典って」
「い…いや、まだ着任したばかりで正直判断しかねますが、良い先輩の下に就いたと思っています」
 警官という職業に着いていながら、見え透いた嘘を吐いてしまったと真壁は自身を恥じた。
「自分も刑事だから、そんな社交じみたこと言っても意味ないの分かるよな?」
 まったくもってその通りである。気まずく思った真壁は口を噤むしかなかった。
「一緒に居て、とにかく疲れる奴だよ。妙典は。…でもなぁ、あいつは凄い奴だ」
「………」
 真壁は黙って大場の言葉に耳を傾けた。
「あいつは自分の事を不死身だと心底信じているし、実際不死身なのかも知れない。…昔、マル暴にガサ入れた時も至近距離で数発撃たれた筈なのにかすりもしなかった。逃走犯確保時にスタンガン当てられても何ともなかった。そんな伝説まがいな光景をこの目で幾つも見てきた。…だからあいつは余計に無茶しやがる」
 大場の真剣な表情に真壁は思わず息を呑む。
「だから、大目に見てやってくれ。最初は鬱陶しく感じるかもしれないが、最後には頼りになる男だ」
 真壁は雷門管理官が妙典の服装や言動、そして存在そのものを容認している理由を少しだけ知り得た気がした。
「ほれ! そろそろ行ってやれ。ああ見えて寂しがり屋だからな。自分はまだ吸い溜めなきゃならんし…」
 煙を吸い込み指の間で濃い赤に変色した煙草で大場は喫煙ルームの出入口を示した。
「ご指導ありがとうございました」
 真壁は大場に一言礼を言って出入口に向かったが、二・三歩進んだ所で飲みかけの紙カップ・コーヒーに気付きエアリウムカウンターに踵を返す。大場も何かを思い出したかのように真壁に顔を向けた。
「…あと、係長の馬場さん。あの人の勘は神懸ってる。自分も捜一の連中も馬場さんの刑事の勘に一度は助けられてる。馬場さんの勘、妙典の強運的体力、そして真壁…お前さんの頭脳がそろえば13係はとてつもない力を発揮する。…雷門さんもそれを期待して13係に呼んだんだ」
 正直、真壁は照れくさかった。配属早々、先輩刑事に激励され嬉しくない筈はなかったが、照れくささには勝てず俯き加減で答えた。
「ありがとうございます。精一杯頑張ります」
 そして真壁の脳裏に聞きいておくべき事柄が浮かんだのはその時だった。
「ところで、大場係長。係長には好きなミュージシャンっていらっしゃいますか?」
「…ん? ミュージシャン?」
 突拍子もないことを聞く真壁に少々驚かされた様子の大場であったが、眉間に皺を寄せつつもニヤリと口元を緩め言った。
「ピンク・フロイド。無人島に持って行くなら“ザ・ウォール”以外は考えられん」
刑事 警察 アクション サスペンス ロック ハードロック ヘビーメタル ガンダム ガンダム台詞 カレー 音楽 バディ 会話 台詞 セリフ 警視庁 捜査一課 13係 コンビ ウィット ユーモア コメディ お笑い 掛け合い コミカル 現代 完結


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