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警視庁本部庁舎6階
Welcome To The Jungle (2)
 到着を知らせるベル音と共にエレベーター・ドアが開き、一歩足を踏み入れると一階ロビーからは想像もつかない光景を目の当たりにした。書類を手にした制服や私服が右往左往入り乱れ足早に行き交う廊下。新参者のその男に目を向ける者など誰一人いやしない。目的地は自分で探すしかないだろう。ダークスーツの男は眼鏡のブリッジを中指で一度押し上げた後、部屋のプレートをひとつひとつ確認して回った。

 ダークスーツの男は「第四強行犯捜査」と書かれたプレートの部屋の前でもう一度眼鏡のブリッジを押し上げ一呼吸おく。流石に緊張した面持ちで扉を開け、踏み込んだ途端張りのある声で「失礼します!」と挨拶し一礼をした。
 顔を上げ一瞥すると大部屋には三分の一くらいの人数しかおらず、張り上げた声が虚しく響く閑散とした状態であった。しかし呑気という形容は全く当てはまらず机に噛り付く者、書類を持って闊歩する者、電話の応対をする者、各々の作業に没頭し誰一人ダークスーツの男に興味を示しはしなかった。
 しばらくすると窓際のワークデスクからいかにも私服警官らしいグレーのツーピースに身を包んだがっしりとした体型のオールバックの男が立ち上がり手招きをする。背筋を今一度伸ばし、諭されるように歩を向けると雷門史彦らいもんふみひこ管理官であることがすぐに判別できた。
 しっかりした足取りで雷門管理官の傍まで行くと再度背筋を伸ばし、またも声を張り上げる。
「本日付けで捜査一課に配属になりました真壁伸一まかべしんいち巡査部長です。ご一緒できて光栄です。以後、よろしくご指導ください」
「所轄以来ですね。久しぶりです、真壁巡査部長」
 冷静な息づかい、鋭い眼光、短く整えられた髪と髭、浅黒く日焼けした風貌。そこからは想像もつかない穏やかな口調で雷門は言った。
 警視庁捜査一課はスカウト制である。試験等に合格して配属されるものではない。所轄勤務だった真壁を警視庁捜査一課に勧誘したのが、この雷門管理官である。
 一呼吸おいて辺りを見渡すと数人の在庁刑事が「真壁」と名乗る若いダークスーツの男をノートパソコン越しに物珍しげに伺っているのが分かった。
 そんな気配と一瞬の静けさを察知したのか雷門は先ほどとは異なり、大部屋全体に行渡る大きな声で新入り刑事の紹介をした。
「今日から13係に配属になった真壁君だ。まだ若いが、皆ビシビシ頼むぞ!」
「はいっ!」
 雷門の一声に一瞬の沈黙が掻き消された。
「…で、真壁君。君の席なんだが…」
 雷門に歩を連ねる真壁に在庁刑事のかすかな呟き声が耳に入る。
「へぇ、彼が13係とはなぁ…」
「建前的にそういう部署だから、適材なのかもね」
「しかし…真面目そうなだけに、奴とはどうかだなぁ」
 真壁は気にするまいとは思ったものの一抹の不安が過ぎったのも確かであった。

 雷門に連れて来られた先は大部屋の一番奥、日当りもままならない更に閑散とした島机だった。
「係長、こちら新任の真壁君です」
 雷門が声をかけるとパソコンの画面から声のする二人の方へ、うだつの上がらなそうな中年男がずれ落ち気味の老眼鏡を向けた。
「あ…ああ、真壁君ね。係長の馬場です。雷門さんからは、とても優秀な若者だと聞いています。よろしく頼みますよ」
 立ち上がりながら禿げ上がった頭を掻き揚げ笑みを浮かべる馬場という中年太りの男、一見すれば刑事には不向きなくらい人が良さそうで、雷門管理官とは真逆のタイプの人間である。しかし捜査一課の係長を任されているのだから、何かしらの能力に長けた人物に違いないと真壁なりの推測を胸に一礼をした。
「真壁と申します。こちらこそよろしくお願い致します」
「じゃぁ、係長あと頼みます」
 そう言い残し雷門は自席に戻っていった。
「…13係はね。まだできて間もなくて、人手も少ないんだよ。真壁君と私に、もうひとり…」
 そう、もうひとり。13係の島机に来てからというもの、両手をポケットに突っ込み壁際のビジネスチェアーに踏ん反り返って足を投げ出す、終始真壁の顔をニヤついた微笑で睨みつけ悪態をつく男が気になって仕方がなかった。
「…こちらが妙典君。捜査一課は長いから何でも彼に聞いて」
 洗いざらしのジーンズに不気味なドクロの絵柄の黒Tシャツのその男。まるで一昔前の刑事ドラマのような出で立ちである。いくら私服が認められているとはいえ、その格好はあり得ないだろうと真壁は思った。あの雷門管理官がよく許しているものだと溜息混じりに眺めていると…。
「妙典だ。まさかお前さんみたいな眼鏡小僧が来るとは聞いてなかったけどなぁ」
 いきなりの嫌味である。先程、在庁刑事が呟いていた不安要素とはこの人物のことを指しているのだろうと即座に解釈できた。
「真壁です。今日からお世話になります」
「おうおう。女と金以外なら何でもお世話してやるさ」
「おい! 妙典。階級は巡査部長だ。…お前さんよりお偉方だよ」
 張り詰めた場を和まそうと馬場が諫めに入った。
「ええー、係長。こいつ部下じゃなくて上司なんスかぁ!? それを先に言ってくんないと!」
 妙典はスクっと立ち上がり、手短に身なりを整え「妙典博道みょうでんひろみち巡査長です。刑事やってます」と終始真壁に顔を合わせることなく凛々しいきおつけの姿勢で形式的な挨拶をした後、落下するかのようにストンと席に着いた。
「…まぁ座れや。真壁巡査部長殿」
 妙典は向かいの机を指差し、元の横柄な口調に戻った。
 確かにこの係の島机は大窓に対して平行に置かれている係長の机に妙典の机ともうひとつの机が向かい合わせで縦並びになっており、真壁の座席はここでしかないであろうことは刑事でなくとも察しがつく。
「今朝届いてた真壁君の荷物、机の横に置いてありますからね」
 目を脇に向けると係長の言うとおり、真壁が先週所轄でまとめた段ボール箱が自席机の横にきちんと積み重ねられていた。まずはこの荷物を整理することが先だろうと段ボール箱と机を交互に眺めていたところ呼び止める妙典の声がした。
「まぁ、落ち着きなって。新米さん」
 新米という言葉に真壁は一瞬ムっとし、妙典を睨んだもののどうしてもドクロの黒Tシャツに目が行ってしまった。
「ん!? どうした? 何か付いてっか?」
 両手を広げ、おどけて見せる妙典に真壁が言い返す。
「いえ。…そのTシャツです」
「おう、コイツか。今日新入りさんが来るって聞いてたもんで精一杯歓迎してやろうと思ってな。お洒落してきたんよ」
 妙典は左手の親指で右胸を指し示し、プリントされている字の上を左になぞった。

“Welcome To The Jungle”

 不気味なドクロに重なるように大きくプリントされていた。
「捜査一課へ、ようこそ! …ってこった」
 得意げに話す妙典に真壁は釘を刺す。
「ジャングル? 捜一がですか?」
「ああ、思いっきりジャングルだ。眼鏡くんにも直に分かるさ」
 妙典は後頭部で手を組みTシャツを一層強調するかのように椅子に踏ん反り返った。
 真壁はこのわずか数分の間で妙典という奇妙な男とは馬が合いそうもないことを十分に理解し、半ば諦めの境地で自席に座ろうとした、その時であった。雷門管理官の卓上電話が鳴り響く。
「はい。捜査一課、雷門です」
 所轄で初めて会った時同様、落ち着いた力強い声が真壁の背中に伝わった。
「はい、…はい。そうですか。本庁から直ちに向かわせます」
 雷門は受話器を静かに置き、先程までの静かな口調から一転して声を張り上げた。
「江東区南砂町の集合住宅で刺殺体発見。第七方面本部にて捜査本部設置。9係は木場警察署、方面本部と連携をとり直ちに現場へ急行。鑑識課にも応援要請!」
 真壁が振り向くと、この島机に辿り着くまでに妙典のことと思しきことを呟いていた在庁刑事たちが緊張感みなぎる表情で一斉に動き始めた。
「白井と小熊、藤は方面本部に急行。柴田は所轄、三原は方面本部と連絡。あとは在庁待機! 手配怠るな!」
「はいっ!」
 てきぱきとした9係の係長と冷静な雷門管理官の姿を誇らしげに眺めていた真壁の背後から場にそぐわない悠長な声がする。
「なぁ? ジャングルだろぉ?」
 ジャングルという形容に違和感を覚える真壁は妙典の呑気な態度にいささか嫌気がさし、鼻から大きく息を抜いた。
「まだ俺らには何にも出てねぇーんだから、のんびりやろうや」
 そう言うや膝を押さえ、ゆっくりと立ち上がった妙典は出入口の扉に向かって顎をしゃくる。
「ほんじゃ係長。ちょっくら新人さんをご案内してきますわ!」
 真壁はいまだ自席に着くことも許されず、自分のペースを狂わされ続けている事に少々苛立ってはいたが、妙典に導かれるがまま歩を進めた。パソコンモニターの後ろから、またかと言わんばかりの馬場の目が相反する奇妙な二人組みに注がれていることも真壁は十分に意識していた。

「どうです? あの二人」
 殺伐とした雰囲気が漂う奇妙な二人組みが大部屋から出て行くのを確認し終えた雷門は馬場に歩み寄り問いかけた。
「…いいコンビになりますよ。…きっと」
 馬場は老眼鏡を外し、引き出しから取り出した速乾性ウェットタイプのメガネクリーナーで拭い始めた。
「馬場さんの神懸った刑事の勘ですか…」
「まぁ、何の根拠もありませんけどね」
刑事 警察 アクション サスペンス ロック ハードロック ヘビーメタル ガンダム ガンダム台詞 カレー 音楽 バディ 会話 台詞 セリフ 警視庁 捜査一課 13係 コンビ ウィット ユーモア コメディ お笑い 掛け合い コミカル 現代 完結


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