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アカネコ
Fight Fire With Fire (8)
「いやぁ…まったく、あそこの営業部長には毎度毎度まいるよなぁ…」
 石田はスーツの襟裏に仕込まれたピンマイクを左手で覆い、音を拾わぬ様に呟いた。その右横で木下は電信柱の地番表示用のプレートを目で追い、辛うじてピンマイクが拾う程度の声量で現在地の報告をする。
「一丁目25から26へ移動中。マル被、千代通り入り口方面へ向かっております」
 狭く薄暗い一方通行の路地の右側にある路側帯を沿うように、新聞を左脇に挟んだ被疑者から十数メートル離れた位置で石田と木下は尾行を続けていた。通常、尾行の時は尾行対象者に対して左寄りに歩くのが定石である。人が後方に振り向く際、首を右に向けるのが一般的であり左に振り向くことは確率的に低いからだ。しかしこの狭い路地において電信柱ばかりで路側帯のない左側を通行するのは不自然極まりない。石田が営業帰りのサラリーマンを装っているのは不自然さを少しでも緩和する為である。飲料の自動販売機が立ち並ぶアパート前を過ぎ、T字路に差し掛かった。右に曲がれば代々木駅方面、直進すれば河口が車内で張り込む千代通り入り口交差点へと向かう。石田と木下は被疑者の動きに注視した。被疑者・西川は何の躊躇いもなくT字路を直進した。その旨を木下は伝える。
「マル被、直進。千代通り入り口交差点へ入ります」
『…了解』
 ノイズ雑じりの河口の声がイヤホンから発せられた。石田と木下も後に続くかの様に直進した。被疑者は未だ一度たりとも振り向きもせず千代通り入り口交差点に向かっていた。
『交差点までに被疑者との距離を縮めておけ』
 イヤホンの河口の声に従い、石田と木下は歩幅を若干広げた。千代通り入り口交差点の赤色に灯る信号機が目に入る。路側帯に連なるように横断歩道があり、被疑者は左隅で足を止めた。二人は被疑者から半歩下がって右側に並び寄るように信号待ちをする。
「…で、どうする? …一杯引っかけて帰るか?」
 石田は被疑者に聞こえるかのように呟いた。石田の右隣に立つ木下は腕時計を見て時間を確認する。
「まだ8時過ぎですか。…そうしますか、先輩」
 木下も続けて言い放ち、被疑者の顔を石田越しにチラリと見やる。横顔ではあるが間違いなく西川はそこに居た。あれだけ顔写真を見た張本人なのだから見紛うことはない。やがて信号が青に変わり、横断歩道の両端を若干の間はあるものの、ほぼ横一列になって一人と二人の男が歩を進めた。
 石田と木下は右に曲がりJR代々木駅方面に向かう。西川は左に折れ小田急小田原線方面を目指した。
「石田、木下、両名…JR代々木駅へ向かいます」
 左襟から手を離した石田はピンマイクの向こうの河口に告げた。
『ご苦労さん。後はこちらで現認引き継ぐ』

 エステティックサロンの前で停車するワゴン車の運転席からミラーに映る新聞を小脇に抱えたアカネコの姿を目の当たりにした。被疑者は対向の歩道をまっすぐに歩んでくる。西川はさも普段通りの様子で道を挟んでワゴン車の横を通り過ぎて行く。河口にはひとつ懸念があった。この先には五差路の代々木一丁目交差点がある。見失う可能性があるとすればそこ以外にない。河口は被疑者の後姿を見送り思案に耽った。千代通り入り口交差点から代々木一丁目交差点まで右に折れる道はひとつもない。ここは代々木一丁目交差点まで先回りするしかないだろう。
 河口は覆面ワゴン車のサイドブレーキを下ろし、右ウインカーを点滅させ輸送トラックを一台やり過ごした後にアクセルを小さく踏んだ。輸送トラックに連なる様ゆっくりと代々木一丁目交差点へと向かう。途中、被疑者の歩く横姿を一瞬見やり直進した。
「妙典さん、真壁さん。当方にて尾行引継ぎ。マル被は代々木一丁目交差点に進行中。代々木一丁目交差点にて先回りし待機する」
 小学校前で張り込む本庁の二人の刑事に河口は告げた。暫しの間があり『了解』とだけ妙典からの応答があった。代々木一丁目交差点を越えたすぐ先の左手にコンビニの灯りが見え、その奥の酒屋の前でワゴン車を路側帯に寄せ駐車させた。河口はインカムをむしり取り、車外に飛び出てコンビニを足早に目指す。来客ベルと共に雑誌コーナーに向かい、ウィンドウを背にした雑誌ラックから無造作に一冊を抜き取った。立ち読み客に混じって無意義にページを開き、あたかも立ち読み客を装うかのように振る舞い店外の様子を窺った。幸いにもここからは代々木一丁目交差点の五差路が一望できる。ページの間にインカムを忍ばせマイクだけが頭を出す状態で被疑者を待ち続けた。
 対向の歩道を注視し雑誌を握る手に自然と力が入る。三度、被疑者の姿が目に飛び込んできた。灯りの消えた営業後の喫茶店の前を通り過ぎたものの右に曲がる気配はない。手前に植え込みのあるビルに差し掛かると同時に被疑者の進行方向が急変し、植え込みに沿うように右に折れ曲がった。この先には小田急小田原線の小さな踏み切りがある。
「妙典さん! 真壁さん! …マル被、二丁目に入りました。小田急小田原線の踏み切りを渡る模様。…北代々木小学校方面に向かうと思われます」
 間髪入れず『了解。…先回り試みる』との妙典の声がインカムのヘッドホンから届く。ホッと一息ついた河口は手にした雑誌を閉じ、元の位置に戻した。おもむろに雑誌の表紙を見やると「投稿! 人妻歓楽温泉50連発!!」という文字が目に入る。これ以上ない恥ずかしさと気まずさが込み上げ、河口は赤面し俯くしかなかった。

「なぁ、真壁ぇ。お前の携帯で地図見れるだろ?」
「え…ええ、見れますが。妙典さんのだってGPS付いていますよね?」
「う、うるせぇっ! ごちゃごちゃ言ってねぇで、早ぇぇとこ地図見せろやっ!」
 真壁は渋々内ポケットから携帯を取り出し開いた。左の親指を小刻みに素早く動かし暫らくの間の後、妙典に告げる。
「…出ました。妙典さん」
 真壁が手を返して携帯を向けると妙典は首を伸ばして覗き込んだ。
「ん? この二重丸が現在地か?」
「そうですね。二丁目35…まさしく北代々木小学校前です。…河口警部補の話から察するに、小田急小田原線南新宿駅から若干外れた踏み切りを渡って代々木二丁目に入った様ですから、この道を直進していると思われます」
 真壁は液晶画面を指差し妙典に分かるように地図上の道を辿った。すると妙典は何かに気付いたかのように呟いた。
「なぁ、昨日最後に行った雑居ビルってここだよなぁ?」
 妙典は液晶画面にはっきりと指紋が残るくらいの圧力で指を差し、やや迷惑気に真壁は答えた。
「そ…そうですね。…確か、代々木二丁目32の雑居ビルでした」
「…てぇと…真っ直ぐここに向かってることになるわなぁ。…ここら辺、他に映像会社の入居するビルってあったっけか?」
 妙典の言葉に反応し真壁の頭が急速に回り始めた。
「あ…あります。その前の犯行現場は二丁目34で…32の近辺には他にも映像会社の入居するビルがひとつだけありました。…それも対向かいにっ!」
「そこ臭くねぇかぁ。…しかし何でまたわざわざ南新宿まで行って遠回りするんだろうなぁ? …千代通り入り口からまっすぐ行けばすぐじゃねぇか…」
 真壁は眼鏡のブリッジを押し上げ妙典に向き直った。
「犯行、特に窃盗や放火などを行う者は比較的見通しの良いまっすぐな道を嫌います。やましいと思う心理が働くからでしょう。河口警部補の示した道は程よく右に曲がっています。千代通り入り口からだと道幅も広く直線で見通しも良いです。…この道を通るのは、犯罪心理学上いたって正しい動きですね」
「ほぉ~、流石は変態オタク眼鏡小僧! …そういうことはやけに詳しいなぁ」
 妙典は液晶画面から顔を逸らし真壁の顔をマジマジと眺めた。携帯を片手に上目の真壁は妙典と目が合った。
「…妙典さん、警察学校で習いませんでしたか?」
「ん? …そんなの習ったっけ?」
「習いました。基本中の基本です!」
 ふて腐れた妙典はポケットに両手を突っ込み、顎を左に向け叫んだ。
「河口さん! 聞いてるか!? 代々木三丁目から西新宿方面回ってマル被が通った道を逆走してもらえねぇか!」
 しばらくの沈黙の後、ノイズ音が聞こえくぐもった河口の声がイヤホンから響く。
『…聞いております、妙典さん。…何故そんなことを?』
「おそらくマル被は先週の犯行現場の対向かいのビルに向かうつもりだ。それを現認してもらいてぇ。それと二丁目32に追い込んでもらいてぇんだっ!」
 イヤホンの向こうでガシャガシャとしたノイズ音が聞こえる。河口が地図を広げ位置を確認していると思しき音であった。ノイズ音がいささか小さくなりイヤホンから声が飛び込んできた。
『了解しました。…二丁目36辺りでハザードランプを点滅させ停車させます。張り込み状況は逐次報告致します』
「河口さん、よろしく頼む」
 妙典は河口に応答し、再び真壁の携帯に目を向けた。
「…で、真壁よぉ。昨日行った雑居ビルって何て名前だったっけ?」
「…確か“北代々木ヒルズ”でしたね」
「えぇ!? あんな、きったねぇビルのくせして、そんな洒落た名前つけてんのかぁ? …まぁ、いいや。そこに行くにゃぁ、どう行けばいい?」
 真壁は携帯を顔に近づけ液晶画面を凝視した後、舌打ちをした。
「妙典さん。…残念ながら一旦小田急小田原線を越えて大回りしないといけませんね。…でないとマル被と鉢合わせます」
 妙典は両手をポケットから出し、半ば諦めたような口調で告げる。
「…ったく、しょうがねぇなぁ。…突っ走るしかねぇか。まぁ、まさに“Run To The Hills”っちゅう訳だな」
 それを聞き終えた真壁はパタンと閉じた携帯を内ポケットにしまい、小田急小田原線高架下を目指し一目散に走り出した。
「妙典さん! こっちですっ!!」
 一瞬出遅れた妙典も全力で走りだした。
「真壁ぇっ! てめぇっ! …勝てると思うなぁ、小僧ぉっ!」
 思わぬ台詞を耳にした真壁は一瞬ではあるが腰が砕け、走る速度がガクンと落ちた。追い付いた妙典に真壁は顔を向けることなく問うた。
「…妙典さん。…まさかシロッコをご存知で?」
「何だそれ? …甘いのか?」
「…安心しました。今の台詞、パプテマス・シロッコの名言なんです」
 二人の刑事は薄暗い高架下を通過し、人っ子一人いない寂れた商店街を駆け抜けた。
刑事 警察 アクション サスペンス ロック ハードロック ヘビーメタル ガンダム ガンダム台詞 カレー 音楽 バディ 会話 台詞 セリフ 警視庁 捜査一課 13係 コンビ ウィット ユーモア コメディ お笑い 掛け合い コミカル 現代 完結


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