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『生きているからこそ――』~あやかしファイル【番外編】~

作者:富山 K2
□◆□◆



 『溢鬼いつき』という妖怪をご存じでしょうか。
 それは、怨みを持って死んだ者の怨念から生まれる魔物。

 『溢鬼』は深い疲労や悩みなど、心身虚脱で気力が弱っている人間の心の隙間に忍び寄ってくる。少し考えてしまった「死にたい」という気持ちを増幅されてしまい、生者は自死へと誘い込まれてしまうのだそうです――。



 彼女は木の傍にいた。なんとか見つけることはできたが、太い木の枝から下がっているロープを細い首に巻いている。一刻の猶予もない。
 私は走るスピードを上げた。

 ここはとある森のなか。日中だというのに、多くの木々が影をつくっているので薄暗く雑草の背丈も短い。しかし、ろくに整備もされていない足場は悪く、朽ちて倒れた木や苔が私の邪魔をする。

 朽ちた木を積み上げただけの不安定な土台。その上に立ち、放心した表情をしている彼女が土台を崩した。

「絶対に死なせないわ!」

 間一髪の差で、私は彼女の足を支えることができた。成人女性のズシリとした衝撃に負けないよう力を込める。
 この重みは命と人生。私が支えているのは彼女だけではない。

 脱力した彼女から白いもやが出てきて形作っていく。

<うぬぬ、邪魔をしおって……。消え失せろ人間ッ!>

 怨みのこもった声。
 般若のような目に耳まで裂けた口、こいつが彼女を自死に誘った妖怪『溢鬼いつき』。

「消え失せるのはお前の方だ」

 走ってきた男性がそう言いながら飛び上がった。次の瞬間――

<ギェェェ……ッ!>

 『溢鬼』の断末魔が森に響き渡る。

 男性は霧散していく『溢鬼』には目もくれず、刃となっている右腕で彼女をつなぐロープを切った。

 私は彼女の首に巻かれているロープを解いて呼吸と脈を診る。

「よかった。生きてる、生きてますよ川霧さん」

 涙を拭った私に、その男性――川霧刃さんは一瞬だけ柔らかな笑みを見せた。

「救急隊が待機しているはずだ。急いで戻るぞ」

 川霧さんは刃だった腕を普通の右腕に戻し、彼女を抱きかかえた。

「はい!」

 足場が悪いなか、飛ぶように走って行く川霧さんを追いかける……が、私が戻るまでにはずいぶん時間がかかりそうだ。

◇ 


 私の名前は崎守桜香。東都の警視庁に新設された、特殊事件広域捜査室所属の新人刑事です。主に『妖怪』が絡んでいる事件を捜査する部署であり、今いた川霧刃さんはその同僚になります。
 おかしな話かもしれませんが、その部署にいる『人間』は私だけで、他の捜査員は全員『妖怪』なんです。もちろん、右腕を刃にしていた川霧さんも妖怪なんですよ。

 なぜ、私と川霧さんがこんな森のなかにいたかというと――それは、今朝の出来事までさかのぼります。



 出勤時、私は室長の代田さんと一緒になりました。そこで、娘さんの捜索願を出す御家族と出会いました。

 社会に出て十年。年頃の彼女に変わった様子はなく――いえ、それは少し違うのかもしれない。
 日付が変わってから帰ってくる仕事のせいなのか、それともプライベートに問題を抱えていたのか……。もともと口数が少なかったことに加え、社会人になってからは家族とも顔を合わせることも少なくなっていた彼女。その変化は家族にもわかりにくく、気付いた時には行方不明になっていた。

  〝私はひとりぼっち……。もう、死にたい〟

 そんな置手紙があったという――。

 慌てた家族が連絡をしても、電話からは機械の声で感情のないアナウンスが静かに響くだけだった。
 行方が判らないと知った時、彼女の祖母は泣き崩れた。丸一日、父と母は方々に連絡をしたが居場所はつかめない。何度電話をしても、そのたびに機械の声を聞くことになった。

 生きた心地のしない家族は眠れない夜を過ごしたのだろう。皆の顔は睡眠不足であることが見て取れた。
 この日の朝は今年一番の冷え込み。

「かわいそうに、寒かったろうね……」

 どこにいるのかもわからない彼女を想い、祖母はそう言ってまた涙を拭った。

 連絡のつかない行方不明に、最悪の事態だけが頭を廻る。それを否定しようとすればするほど、その想像は強くなった。

 不安で胸が潰れそうな家族は、わらにもすがる思いで捜索願を出しにきたのです。

 交通機関のカメラが彼女の姿を捉えていた。私たちはその行き先から、一時期には人生に絶望した人が訪れると有名になってしまったこの森へとたどり着いたのです。



 彼女は救急隊によって病院に運び込まれた。幸いなことに、気絶をしているだけで命にかかわる事はないそうだ。
 駆けつけてきた御家族にそのことを伝えると、安堵から家族全員が涙した。

 『溢鬼いつき』には人を直接傷つける力はない。けれども、人の心の闇に忍び込んでは蝕んでいき、その人を自死へと誘うことに長けているのだという。本人にはそんな自覚がないことと、責任感の強い人が憑りつかれやすいというのが特徴らしい。

 病室で目を覚ました彼女だが、その目は虚ろで視点があっていない。

 彼女は心にどんな闇を抱えていたのだろう。誰かに追い込まれたのか、自分で自分を追い詰めてしまったのか……。

 私はそっと、彼女に手紙を手渡した。
 それは彼女に伝えたいことを書き記した手紙。「説教をするな」・「あなたには関係ない」・「私のなにがわかる」と破り捨てられるかもしれない。それでも、私の口から言うよりも、彼女の、自分自身の心の声で読んでほしかった――。


 手紙を読み終えた彼女は、私に小さな会釈をした。彼女は無表情なままで、伝わったのかはわからない。


 御家族と入れ替わり、私は病院を出た。外では川霧さんが待っていてくれた。
 太い柱に背をもたれ、腕を組みながら眠そうな目を向けてきた彼がひと言、

「おせっかいなやつだ」

私にそう言って歩き出した。

 おせっかい――たしかにその通りなのかもしれない。けれども、私は彼女に前を向いて歩き出してほしかった。

 『溢鬼いつき』はどこにでもいる恐ろしい妖怪である。しかしその力は弱い。
 ふさぎこんでしまう前に、ちょっとしたストレス解消で心をリラックスさせれば『溢鬼』は憑りつくことができない。心を健やかに保てば、『溢鬼』を恐れる必要はないのだ。

 川霧さんを追う私は、一度だけ彼女の病室を見上げた。閉じていた窓が少しだけ開かれており、白いカーテンが揺れている。

 どうか、その風と御家族の愛情が、彼女の心を癒してくれますように。

 そう願わずにはいられなかった――。



 ここに、彼女へ送った手紙の一文を記そうと思う。
 人によって受け取り方は違うかもしれないけれど、前を向いて動き出す何かを感じてくれたらいいと思うから――。



 ――――前文略。

 貴方の命は貴方のモノです。でも、貴方の人生は決して貴方だけのものではないのです。

 生まれた時、貴方は小さすぎる手足をもぞもぞと動かすことしかできなかった。
 貴方のおしめを何度も交換し、泣いてはあやした。
 そして御家族は、貴方のつかまり立ちに驚き、歩いたことに手を叩いて喜んだそうです。

 御家族だけではなく、貴方の人生には多くの人たちが関わっている。
 たとえ今、貴方が『孤独』を感じていようとも、それが事実なんです。

 貴方の周りには誰もいないのですか?
 貴方を心配する人はいないのですか?
 貴方を大切に想う人は、本当にいなかったのでしょうか?

 自分で自分を『孤独』にしているのではない。――そう言い切れるのかな?

 貴方の『人生』が終わることで、貴方と関わった人の『人生』が大きな悲しみで変わってしまうという事を思い出してほしい。
 貴方はそのことを知っている。けれど、今の貴方はそれを考えることができていない。

 どんなことをしても過去を変えることは出来ない。だから、新しい人生なんてないのかもしれない。
 それでも、『新しい気持ち』で人生を歩んでいくことは出来る。それは、今までの生き方を大きく変える事になるはずです。決して簡単なことではないでしょう。
 過去の自分を受け入れて、時には反省し、現在とこれからの未来を見据えて『行動』する――。そんなことが簡単であるはずがない。でも……。

 「自分は孤独なんだ」と頭を下げず、冷静になってもう一度周りを見てほしい。
 少しでいい。『思い込み』という色眼鏡をずらして、周りを見てください。

 貴方の周りには多くの人がいるのです。
 貴方を心配する人がいるのです。
 貴方を大切に想う人たちがいるのですよ。

 その人たちに助けを求めても良いのです。涙を流しても良いのですよ。

 助けを求める『声』は小さいから、貴方を想う人たちがそれに気づくのは遅いかもしれない。
 だから貴方は、「自分の声は届かないんだ……」と思ったのかもしれません。けれど、貴方を大切に想う人たちは――

 「あの時のちょっとした変化が『サイン』だったのでは?」
 「あの時の少し違った言い回しは『心の叫び』だったのでは?」

と、貴方になにも出来なかったことに苦しみ続けます。だから、

 大きな声で叫んでください。大きな仕草で表してください。

 いつだって、貴方へ手を伸ばしている人はいるのです。でも、こちらからだけでは届かないのです。

 頭を下げて膝を抱える貴方が顔を上げてくれなければ、こちらの声は届かない。
 立ち上がって手を伸ばしてくれなければ掴めないのです。その震える手を握れないのです。

 貴方が『一緒に行動』してくれなければ、闇の中から引き上げる手伝いをすることが出来ないのです。

 環境を変えるというのは、自分が頑張れる場所を模索することであり〝逃げ〟ではありません。
 誰かに支えられながらであっても、貴方があきらめなければ立っていられるのです。

 生きているからこそ『希望』が見えてくるのです。貴方が死んでしまえば……もし死んでしまったらそこで終わりなんです。
 苦しいまま、辛いままの永遠が続くのです。

 人は変化をしていくことが苦手ですよね。でも、自分から変わっていく勇気と行動が必要な時もあるのだと思います。

 貴方を変えることが出来るのは、貴方だけなのです――。


 何十年も前、海外から来たこともある女性がこんな感じの言葉を残していったそうです。彼女は目が見えず耳も聞こえないという苦労を乗り越えました。
 彼女の言った意味合いとは違うかもしれません。それに、これは誰もが知っているあたりまえのことです。もしかしたら、あたりまえすぎて意識していない言葉なのかもしれません。
 私は貴方に、こんな言葉があるということを知って――いえ、思い出してほしいと願います。


 『ひとりではムリでも、一緒なら多くを成し得る』


□◆□◆
 この物語はフィクションです。
 けれども、これは私の周り、その近くで起きた事を元に書き上げたものです。

 最初は私の言葉で書いていたのですが、なかなか文章にすることが出ませんでした。なぜなら、伝えたい想いをカタチにするには重すぎる出来事だったからです。
 結果的には「見つかってよかったね」と言えたのですが、現実にそんな場面を見てしまっては他人事ではいられません。
 そこで、自作品のキャラクターを利用することにしました。キャラクターを通した客観的な視点にすることで、なんとか最低限の形にはなったのかなと思っております。

 いろんなご意見があると思います。
 もし、「不快だ」と思われた方がいらっしゃればこの場でお詫びいたします。

  申し訳ありませんでした。

 表現の乏しい文体ですが、もし、読んでくださった皆様のなかに『生きる』ということについて感じてくれた方がいらしたら、この場でお礼申し上げます。

  ありがとうございました。

 近年、自死を選んでしまう人たちは減少したそうです。それでも、まだ年間〇万人の方々がその選択をしてしまうとか……。

 『生きているからこそ――』。この後には、どんな言葉がふさわしかったのか。
 書き上げた後ですが、まだそれを考えてしまいます。

 最後になりましたが、読んでくださりありがとうございました。

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