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時雨とエヴィルシリーズ

悪魔のルポライター

作者: 8TR残響

そんなわけで。かくして三国一の召還術師「死刑法廷」との魔術バトルは、俺様エヴィルの圧倒的圧勝たる勝利で幕を閉じた。完璧な勝ちとはこういうことか……まさに敗北を知りたい。

召還術師の中年男は言う。

「くっ……殺せ……」

俺様「まぁ生き急ぐな。それよりお前に聞きたいことがある」1


召還術師「私が素直に吐くとでも思うか?」

「負けた奴が何を偉そうにトークするか」

「ぐぅっ……」

羞恥に顔を歪める「死刑法廷」。だが俺様が欲しいのはその顔じゃないのだ。なので言う。

「いやそれは話の本筋じゃないんだ。別にお前の所属ギルドや国家の秘密なんて暴くつもりはない」2


「では何を私に求める?黒魔術師よ」

「なあお前、負けた気分ってどんな感じ?」

「…………………………」

きゅう、と口をすぼめて、ワビサビを感じさせる味わいの骨董のような顔をする召還術師。そして、



「ば、ば、ば、馬鹿にしてんのかてめええええええーーーーーーっ!!!」3



ーーー「悪魔のルポライター」上篇

「ジャアナリスト恥を知れ」



「ねえ、負けた気分ってどんな感じ?」

「馬鹿にしてんのかてめえ!」

「うーん話題がループしとる」

「何のつもりだ黒魔!」

「いや、俺様、今ルポライター(この場合の定義は「旅先でいろんなものを見聞きして文章にするジャアナリスト」)やってるんだよね。だから、いろんな話を蒐集していて」4


「…私の負けになど何の意味がっ!」

「三国一の召還術師が負けた訳だろ。【グレートリッチ】【凍れるリヴァイアサン】の並行召還術式は見事……俺様には敵わなかったが。しかし十二分に見るべきところはあるから、お前さんのメソッドを後進の為にだな。そんで、負けた心情を込みでルポに纏めて……」5


「むぐっぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐ………………」

「えーと、じゃあ、教えてくんね?負けた気分ってどんな感じ?」

「もう殺せ!殺してくれえええええええええええっ!!!」

いやんいやんな首振りをして叫ぶ中年。

「いや叫ぶのはいいから、負けた心情のリアルを10ページくらい綿密に書きた……」6


ぽかっ。

ふと気づくと、背後から俺様の銀髪な頭をこつんと叩く相棒ありけり。時雨君である。

「ちょっと痛いぞ」

「いーかげんにしなさい、武士の情けだよ。言い換えればオネストオブサムライだよ」

「あんまり言い換わってないな」

ちょっと言い回しが面白かったのでメモしておく。7


「ちょっとエヴィル君正座しなさい」

「なんで」

「正座」

「ハイ」

話が先に進まないことを危惧した俺様は従うの心。

「ええ、では今から説教します。第一エヴィル君はこの召還術師の人が、スラスラと負けた心情を告白するとでも思うの?」

「え!しないの!?」

「ルポライター失格だと思うよ私は」8



「だってさ負けたことは事実なわけじゃん!その理由を精査することによって明日の魔術学問的精進が…」

「人間そう切り替え出来たらもっと進歩してるんだろうけどね」

「ほら、時雨君だって切り替えの有用性は認めている。それくらい出来ない負け犬は……」

「もうイヤ……殺してくれ……」

最後は中年。9


中年、というか「死刑法廷」は独白する。

「……お前らのような天才にはわかるまいよ」

「何がだ」

「負ける、ということだよ」

「だからそれが知りたいんだよ俺様は。具体的にどういう心情で、個々人の触れ幅があって、追い詰めていくかを」

「はっ」

逆に笑われた俺様。

「なら黒魔、お前が負けろ」10


「逆に新鮮だぜ、その台詞は

」俺様はバトルよりもむしろ今の台詞に関心してしまった。

「黒魔、お前ルポライターになりたいんだったな。じゃあ、お前が負けろ。意味のあるルポを書くために、お前が、負けろ。そうでないルポ……ひとの心底にまで降りないルポ……文章になど、何の意味がある?」11



ーーー俺様はその指摘に、ちょっと答えられなかった。12




後篇「天才が文章を書くために必要なもの」




「どうしたもんだか」

「だから負けろ」

「お前壊れたオルゴールのように連発するなその台詞」

「クカッカカ、正論で天才をツブすのは心地いい」

俺様、時雨君、召還術師「死刑法廷」は、白詰草の敷き詰められた丘の上でぼーっと語らっていた。バトル今は遠く、しかし俺様の心は新たな戦いやもな。1


「時雨君は何か意見あるか?」

ぼーっとその辺を飛び回ってる黄色い鳥を眺めてる相棒。曰く、

「勝てばよかろうなのだぁ、ではやっぱり勝負はつまらないよ」

「しかしそれが勝負の本質だろう?」

「中級ではね」

「おっと挑んで参りました時雨選手」

「あんまりね、そういう勝負は心に残らないんだ」2


「心に残らない」

「うん、それこそ路傍の石かもしんない」

「そこまでいう。だって最大級の魔力なり剣術なり使って……」

「戦いは足し算じゃないよ」

「……要素還元法的に言ったら理解は……」

「バカか」

死刑法廷が言う。「剣聖の言ってるのは、戦いにおける【良い】の可否ではなく【流れ】の点だ」3


死刑法廷「わかりやすく言うとだな。お前が大技ブッぱしまくって、華麗に勝利を決めたとしよう。それこそ超上級魔法を5連発、みたいな」

「よくやるなあ俺様」

「でも、観客は”はいよかったね”で終わる」

「……む?」

「それは自然の暴威に、敗者が飲み込まれておしまい、と同じだ。粋がない」4


「粋がない、とはつまり、剣聖の言う【勝てばよかろうなのだぁ】式の戦いしかしていない。より高みに立つ戦いなんか目もくれてない貧しい人間なのだ。--黒魔、お前、もて囃されることが多かった人生だと思うが、もて囃されることがお前の成長に何か寄与したか?」

「……」

応えられん俺様。5


「戦いにおいて、大技ブッぱは、大小”すげー”と呼ばす。でも、より人を心から魅了する戦いは、【戦いの流れ】に沿った、人間の戦いさ。戦いにはどうしようもなく流れってもんがあってな。それで勢いづくのも、それに抗うのも、また戦いだ……そこの剣聖は知ってるだろうが」

「うん」6


「教えてやれよ」

「だって今までのエヴィル君、戦いを”手段”としてしか捉えてなかったんだもん。自分のゲットしたいものを入手するための」

「あー」

たしかにそれを聞いた過去の俺様だったら、何が悪いと言い返していた。が、今の俺様はルポライターなのだ。それではいけないのだ。7


「なあ黒魔よ、お前なんでルポライターしてんだ?」

唐突に俺様に振られる。

「……うーん。ちょい長くなるが」

「かまわん、言うてみろ」

「俺様、天才なわけじゃん」

「ハラたつが、事実は事実だ」

「いろんなことをスルりとインプットしてきて、【既存の】黒魔としては最強になったわけだ」「しかし?」8


「俺様、別に、この世になんも新しいもん、付け加えてないな、作れてないな、と思って」

「……ふむ」

「先人の作ったものを学ぶばっかりで。それじゃ学術的自慰だろう」

「そこまで言うか?」

「どうもぬぐい切れなくてな。魔術を学ぶ。学問を学ぶ。さて、その先、それで何をすべきか?」9


「この【新しいものをつくる】という意味合いにおいて、俺様は雑魚だって気づいたわけだ」

「……なるほど」

「じゃあ何をする?とりあえず今自分の中にある知見を纏める。そして、今まで研鑽の旅をしてきた道程を纏める。今進行形の旅を文章化する」

「文章にしてどうする?」10


「どうなるんだろうな、文章にして。ただ、どうしようもなく、文章にして書き残したい気持ちになったんだ。そこには、この【どうしようもない気持ち】すら文章にしたい、というのも含まれていて。だから自然魔術科学だけを書くつもりじゃなく、俺様をも含めた【人間】ってものを書きたくなった」11


「文章ってのは不思議なもので。それは誰かを打ち負かしたりするものじゃないけど、しかし自分を省察し、形作ることだと思う。今まで論文書くのをサボってきた……旅での発見のほうがオモロかったしな。でも、文章を書くことは、なんつうか、自分の中にある井戸の、水の響を聞くようなものなんだ」12


「詩的だな」

「”え、こんな響きが自分の中にあったのか?”っていう驚きだ。自分は、案外自分で知らなかったんだなぁ……っていう今更の驚き。それを、俺様は今にして思うわけで……それを時雨君に言ったら、【やっとわかってくれたんだね】だぜ。おいおい10年前に通り過ぎかよってなw」13


「ひょっとしたら、この響きは、他の人間にも、くまなくあるかもしれない。自然にも、世界にもあるかもしれない。だから、俺様はルポライターとして、響きを聞きにいってみたい、そう思ったんだ。そうすれば、自分も何かつくれるんじゃないか、って思ってな。長いな。うん」14


死刑法廷「響きを聞くんだったら、まず水瓶をぶっ壊す勢いで聞くのはもうやめにするこったな」

「いやそれは、ダイレクトに訊いたほうが素直な響きが返ってくると思って」

「そうじゃないから人間なんだよ。それに、響きってもんは、それでもまだ聞こえてこなくて……耳を澄まさなくてはならん」15


「具体的にはどうすればいい?」

ふと、この時、眼前の死刑法廷が、ずいぶん親切に俺様に「魔術物書き」としての見地を与えてくれていることに気づいた。だが話をさえぎるわけにはいかず……。

「意味のある勝負をさせてやるべきだな」

「意味のある」

「お前も、相手も、何かを汲み取れる勝負だ」16


「負けたほうもか?」

「もちろん。そして勝ったほうも【名誉欲、俺TUEEEE】だけでは留まらん知見を得るのだ」

「そんなんあるんかね」

「お前は相棒の剣聖の戦いを見てこなかったのか?」

「……?」

「なぜ彼女に数多の剣士が挑む?」

「強いからだろ?」

「違う。意味のある勝負をくれるからだ」17


「意味のある勝負……」

「そうさ、彼女は無闇に斬っているわけじゃない。お互いに意味をもたらす勝負というのをしている。人はそれを横綱相撲と呼ぶがな。【戦う】それ自体が、無限の智恵の源泉になっている、って寸法だ」

「……そう思うことはあったが……」

「ならそれを書けばいいんじゃないか」18


「この世は【意味】に満ち満ちている。だが、多くのひとはそれを当たり前と思いすぎている。ルポライターは、光を照らして世界に自然に人間に【意味】を見出し、文字が読める連中(注)の光となる……んじゃないか?ルポライターってのは」

「そうか……」

「今更納得すなよ、ルポ童貞」

「うるせぇ」19




(注)この世界には、人間だけでなく、妖精や亜人や魔物もいますが、人間に限らず識字ることが出来るひとは出来るので、こういう表現になります。20




ーーーそんなこんなを、白詰草の丘で語り合った。

しかし。これは俺様の頭の回転の遅さであるのだが、なぜこの「死刑法廷」はここまで話してくれたのだろうか?

前のナイスガイ師匠のときと同じだ。俺様が何を書こうがどうでもいいはずだったろうに……しかし、俺様は思いつく。愕然と。21


俺様は、俺様の天才を、彼らのために役立てなかったのだが、彼らは俺様の天才に期待してくれていたんだということを。

「きっとこいつは何かをしでかしてくれる」という期待でもって。そのことに気づいたとき、俺様は自分が阿呆だと思った。22


そうだ……俺様は自分の天才の価値を当たり前と思いすぎてて、それが人からどう見えるかなんて考えもしなかった。でも、彼らにとっては、それは「価値」なんだ。それくらいは、俺様もわかるようになった。


……どうすればいいのだろう、俺様は。時雨君に問う。23


「恩返し?」

「に近いもんなんだがな」

「ねえ、答えがわかってるものを訊く?」

「……」

「文章を書こうよ。その人達に届くような、良い文章を。それしかないよ。言葉が届くことへの祈りだよ」

「不確定じゃないか?」

「その理屈と、今の文章への熱、どっちが大事?」

「……そうだな」

頭が鈍い。24


ナイスガイにせよ、死刑法廷にせよ。あるいは、今まで通り過ぎてきた人達にせよ。俺様は、俺様として、何をしてきただろうか。俺様とは何なのであろうか。そして俺様を取り巻く世界、人間、自然。魔術の極み。少ない友人の顔。……そして傍らに居てくれる時雨君。25


なんで今まで書かなかったんだろう、と思い、いやこれから書きまくるぞ、と思い。

【意味】か……それは当たり前すぎるほど当たり前なんだろうが、でもそれを見過ごしてきた俺様が語れる資格はない。童貞、まさにそうだ。

だが、今20とそこらの歳だ。

……30過ぎまでの人生……俺様の寿命だろう。その半分を過ぎて、ようやくこれをすればいいのだと。26


「なんとなく、いい顔だよ」

時雨君は言う。

「いい風も、吹いているし」。

このときの感情をどう書けばいいのか、今の俺様の筆力ではまだ書けないのだが、しかし記憶して刻もうと確かに思ったのだった。27


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