異世界へ行くことになったので、クラフターを始めました
『あなたが欲しい能力を一つ、この紙にお書きください』
俺は天使っぽいお方からもらったアンケート用紙を手に、首を傾げてしまった。俺の周りにも同じような用紙をもらった人たちがいる。横目で覗いてみたが、どうやらみんな同じ内容のようだ。俺と同じように不思議そうな表情の人、驚きに目を見開く人、他にも様々な様子が見られた。
なんでもここに集められた人たちは、地球に偶然出来てしまった次元の穴に運悪く落ちてしまった人間たちらしい。気づいたら目の前が真っ暗になったのだが、アレは穴に落ちたからだったのかと納得する。どうやらこことは異なる世界と次元の間でズレが起き、その影響で穴が世界各地に生まれたのだそうだ。
現在ここにいる人たちの中には、確かに人種や髪の色、年齢すらもバラバラである。その穴に落ちると、地球から存在自体が消えてしまうため、家族も友人も誰も俺たちのことを覚えていないのだそうだ。それにショックも大きかったが、俺が死んだと悲しまれることがなかったのはせめてもの救いなのかもしれない。寂しい気持ちは残ってしまうけど。
それで穴に落ちたら死んでしまうのかと思ったら、そこで俺たちを受け止めてくれたのがこの天使っぽい方々で、落ちてしまった人間のためにフォローに来てくれたらしい。人間ではないのは、背中から翼が生えているから間違いはないだろう。元の世界に俺たちを帰すにも存在を抹消されているため、元あった居場所はすでになくなってしまっている。
「事故とはいえ、このようになってしまったのは残念なことです。しかし、我々もこのままあなた方の存在を消すのはあまりに理不尽だろうと感じ、選択肢と生きるための力を授けにきたのです」
選択肢は、全部で四つ。一つ目は存在を抹消されてしまっていても、地球にこのまま帰る選択肢。これは多くの人たちが嫌がった。俺も正直嫌だ。なんせ誰も俺のことを覚えていないし、もう一度最初から全てを築かないといけないのだ。出生すら消えている状態だから、戸籍だってない。まともな職や未来に進める可能性は低く、とんでもないハンデを背負って生きていくのだから。
二つ目は、新たな魂として、地球に帰ること。存在が消されたため、再び魂を定着させるには新しい命として生まれるしかない。この場合は当然記憶もなくなるらしい。何人かの人たちががっかりしていた。確かに記憶持ちからの再スタートだったら、色々小さな頃から自分の有利に進められる。彼らが肩を落とす気持ちもわかった。
そして三つ目の選択肢に、誰もが口をポカンと開けることになった。このまま異世界へ落ちる。現在の俺たちは地球とズレの原因となった異世界の中間地点、地球から落ちた穴の中にいる。今は天使っぽい人達のおかげで留まっていられているだけらしい。つまり、このまま落ちて行けば異世界にたどり着くことになるのだそうだ。
現在その異世界はズレを起こして不安定な状態でもあるため、俺たちの存在を有耶無耶にしながら押し込むことが可能だと説明された。簡単にいうと、これは異世界トリップと呼ばれる現象なのだろう。俺もゲームをするので、事象自体に理解はある。普通の現代人が全く異なる文化の異世界に行って、生きていく物語。つまり、それを自らが体験するということなのか。
「ズレが起きた異世界の情報は、ある程度なら調べられています。今からその世界の情報をあなた方の頭の中に送ります。言語や文字などの知識も含まれるため、多少の頭痛が起きるかもしれませんがご了承ください」
結論、普通に痛かった。かき氷ですごくキーンとなった感じに。だけどそのおかげで、俺は異世界の情報の大部分を知ることができた。人間以外の種族や魔法の存在、広大なまでに広がる大地には地球のような科学的な要素を持つ建造物が全く見られない。
しかし気づけば俺は、身体の芯まで世界の情報というプールに浸かっていた。木や石でできた家、小さな村がぽつぽつと点在する様子、自然あふれる緑、鉱石が眠る山、容赦なく襲ってくるモンスターの存在。これは、これはまさに……、俺がずっと嵌まり続けていたゲームとそっくりな世界じゃないかっ!
周りの人たちも、「嘘だろ、これ剣と魔法の世界だ!」や「小説で見たファンタジーみたい!」、「異世界なら良い男がいるかもッ!」と騒ぎになっているようだ。俺も彼らと同じように心臓のドキドキが抑えきれない。ファンタジー小説というものをあまり読んだことがないからよくわからないが、そういった物語に出てくる世界ともよく似ているらしい。
しかし、そんなことはどうでもいい。これほどの緑豊かな土地、早々見られないだろう。湖も綺麗で、あそこの平地の段差とかすごく利用してみたい。材料になるだろう木だってたくさん生えているし、あの赤茶色っぽい見たことのない木なんて、屋根に使ったら自然な色合いを再現できるだろう。鉱石だって見たことがない種類もあるし、加工したら何ができるのだろうか。うわぁ…、こんな世界でぜひアレを体験してみたいなぁ。
「この世界は地球と違い、魔法という力があります。その影響で人以外の種族や生物が誕生し、多様な進化を遂げてきた世界です。この世界に暮らす者は皆魔力を持っています。ですので、この世界に存在を定着させるために大気中に溢れる魔力を使いますので、この世界に降り立ったと同時に魔力を宿すことになることは覚えておいてください。……そして、ここからが我々からの贈り物となります」
そう言って渡されたのが、あのアンケート用紙であった。どうやら魔力を持っても、元地球人がこの世界で暮らすのは非常に厳しいものらしい。そのため、世界が曖昧な間に存在の定着と共に力を与えて、生き残る確率を上げようと考えたのだそうだ。
確かに俺は命の危険なんて普段感じることのない生活をしていた。この中にはそんな平和と無縁な人だっていたのかもしれないが、少なくとも人間や動物、飢餓や病や自然災害以外にも命の危機に溢れた異世界は厳しいものだろう。
「ちなみに、最後の四つ目の選択肢は?」
「このまま魂ごと跡形もなく消えるですね」
俺としては、完全に論外だな。だって俺はまだまだ生きていたい。そう考えれば、自然と俺に残された答えは選択肢一と三だけになる。選択肢二は俺でなくなってしまうので除外した。しかしここまで考えたが、ぶっちゃけ俺の答えはとっくに決まっているのではないだろうか。俺は渡された用紙へ視線を向け、じっと見つめてしまった。
『欲しい能力』と書かれたアンケート。……いいのだろうか。本当にもらっちゃっていいのだろうか。俺が欲しいと思っている能力が現実でも使えるようになったら、俺はきっと歯止めが効かなくなる。これほどの未知に溢れる世界なら飽きることもなく、俺は自分のやりたいことに没頭し続けてしまう。予想ではなく、これは確信。俺は震える手で用紙を握り締めながら、俺の担当らしい天使っぽい方に質問をしてみた。
「すみません。もらえる能力とは具体的にどのようなものまでいただけるのですか?」
「そうですね。あなたが想像している通りの力を、あちらの世界に適応させた感じに作り替えた能力と言えばいいですかね。完璧に再現するのは難しいかもしれませんが、固有魔法という形で魔法として刻ませることはできるでしょう。存在の定着時にあちらの世界の魔力を素体に使っているため、世界に馴染ませやすく、進化させることもできます」
「……ちなみに、俺たちに使命などはありますか? その世界で好きなように生きていいのでしょうか?」
「ふむ、使命などはありません。あなた方の言葉で言えば、フリーライフ。好きに生きていいでしょう。もともと今回のことは偶然起こった不幸な事故。あちらも向こうの世界の枠にはまる能力なら、気にしないそうです」
伝説の武器、アニメや漫画などで見たことがある能力、それこそ過去の黒歴史になるような中二病的な能力だって再現可能かもしれない。成長スピードや才能といった特殊な能力も、存在を再構成する際に取り入れることもできるらしい。なるほど、これは確かにすごいものだな。
完全に同じものは再現できないかもしれないのがネックだが、それでも魔法として俺の想像している力に似たことはできるだろうと思う。固有魔法ということで、自分で一から開発していくことにもなるだろう。しかし、……だからこそいい。簡易な説明書しかないまま、広大な自然の中に突如放り出され、そこから試行錯誤しながら自分のやりたいことを見つけていくのだ。
最初は不便だろう。できることだって少ないだろう。コツコツと地道に積み上げていくしかないだろう。近道なんてないし、誰にも理解されないかもしれない孤独な道だ。……それでも、だからこそ、面白いのだ。
「あと聞きたいのですが、異世界の土地に権利とかってありますか? 地球みたいに勝手に木を切っちゃいけないとか、勝手に生き物を殺してはいけないとか、保護地区や私有地の為勝手に入ってはいけないとか、勝手に物を作ってはいけないとか」
「はぁ…? 国や町の中、特殊な地、その近辺などでは土地の売買はあるようですが、地球ほど明確に線引きはされていません。自分が取ってきたり、作ったりした物は自らの物になります」
「そうですか。えっと家、いやいや村……ここまできたら城とかでも…。その、もしもですけど勝手に国とか出来ちゃっても大丈夫ですか?」
「えっ? 国興しでもして、王様になるのですか?」
「いえ、そんな気は全く。俺はただ家を作って、次に村を作って、理想のお城を作って。あっ、空中都市とか地下帝国とかも作りたい。異世界にも日本の神社とか武家屋敷を再現してみたいし、商店街や工場とかもあったら活気が出そうだ。土地も広いし、遊園地のようなレジャー施設も楽しそうだなぁ…」
「あの、えっと。地球とは違う世界に行かれるのですよ? それなのに、建築をするのですか?」
「えっ、あの世界を見て建築以外に何をするんですか? 素材集めに冒険はするつもりですけど、土地自由ですよ? 素材や材料取り放題ですよ? これにクラフト技術や素材からの加工技術が能力としてもらえるのなら、もう作るしかないじゃないですか。メイドイン俺の国。ザ・ドリームランド!」
不思議だ。俺にとって当たり前のことを語っているはずなのに、天使っぽい人の頬が引きつっていた。
「い、異世界に行って、建築や物作りですか。他の方は才能だったり、高位魔導具や武器だったり、特異な固有魔法を選ばれていたりしましたが、いったい何故?」
「趣味」
こめかみに手を当てだした。
「物をわざわざ作る手間などかけずとも、それでしたら他の方が選んでいた『創生魔法』で建造物や物などを一気に作ればいいのでは――」
「邪道です」
「いえ、その効率的に考えても……」
「邪道です」
「あっ、はい」
無事に納得していただけました。自分で積み上げていくのが楽しいんじゃないか。創生魔法も万能って訳じゃないみたいだし。
ちなみに異世界は当然全て立方体のような世界ではないので、そこは現実的にできないことはできないようだ。土は掘ってもただの土として、手に残るという訳だ。ただ固有魔法でブロック状に固めることはできる。さすがに空中に浮かせるようなことは厳しいらしいけど。……これは能力の確認が必要だな。
「しかしあなたの想像しているこのクラフト技術は、材料は自らが集めても、製作の過程は無視して結果を生み出しています。それはいいのですか?」
「それはいいんですよ。素材を集めて、何ができるのかワクワクして、作ってできたやつをさっそく使う。とにかくたくさん作りたいですし、色々やりたいこともあるので製作時間は勿体ないんです。とにかくどんどん作りたいんですよ。早く作ったものを試して、それに合わせた道具をさらに作っていきたいんです」
「……素材集めからもうカットしたらいいんじゃ」
「悩みました。そこは確かに悩みました。確かに天使さんの言うとおりクリエイティブ的にすれば、大規模な建造物をたくさん作れますし、きっと安全の確保も速やかに行えることでしょう。だけど俺は、新たなる大地で一から素材を捜し、悩んだり考えたりしながら、新しいものをどんどん知っていきたい気持ちの方が強いんですよっ!」
「えーと、もうそうですかぁー」
能力について相談していくほど、だんだん遠い目をするようになっていく天使っぽい方と語り合って体感時間数時間後。「この人間、他と思考回路がずれ過ぎて会話がかみ合わないよぉ……」と同僚の天使さんに慰められている俺の担当さん。俺は真面目に会話をしていたはずなんだが…。それにしても、俺の周りにはほとんどの人がいなくなっていた。みんな選択して行ってしまったのだろう。
「それで、今更ですが君は異世界組でいいのですね?」
「はい、よろしくお願いします」
「任されました。……あなたにとって良き道をお進みください」
最後は輝くような笑顔で見送って下さる天使っぽい担当さん。本当にありがとうございます。
「それでは、落ちる場所は他の皆様と同じように街の近くに……」
「あっ、土地の権利とか発生しないような街から遠い、自然豊かで建築が楽しめるような地形でお願いします」
「はいはい、もうはいはい」
あの、ちょっとせっかくの最後…。そうして、俺は異世界に落ちたのであった。
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「うーん、木の枝。木の枝はないかー? 異世界クラフトの万能アイテム木の枝さーん」
ガサガサと俺は茂みの中をかき分け、地面を這うように移動していく。小鳥の囀りや風で揺れる葉っぱの擦れる音に清々しい気分になる。早寝早起きはクラフターにとって大切なことだ。夜は危険が多く、視界も悪くなる。それは異世界でも同じだ。地球では夜遅くまでゲームや課題をしていたが、最大限に体力が使えるように気を付けなければならないだろう。
せかせかと忙しなく作業したり、効率的に動くことも必要だが、俺はのんびりと自分のペースで進めていくことが好きだった。なにより、ここはゲームに出てくるような世界で、俺の能力もそれに見合ったものであるが、現実である。動けば体力は減るし、腹も減る。病気にだってなるだろう。HPなどというわかりやすいものもないし、瀕死の状態でいつも通り動くなんてできない。死んだら終わりだ。
「リスポーンなんてないしなぁ…。まぁ、多少気を付けながら趣味を楽しめたらいいや。おっ、木の枝はっけーん!」
それなりの太さのしっかりとした木の枝を数本見つけ、嬉しさに頬が緩む。地球にいた頃は、いや、それこそこの世界の人々の誰にとっても、木の枝を日常的に探して、見つけてこんなに喜ぶ者はいないだろう。しかし、俺にとって木の枝は生命線であり、切らしてはいけない重要素材である。俺は手に持った物が、素材になるものなのかがなんとなくわかるのだ。
たとえば、木そのものに触っても特に何も感じなかった。最初にこの世界へ来て、美しい大自然や野原に圧倒された俺は当然、「よし、木を切ろう」とさっそく思った。しかし、当然ながら木を手に入れられなかった。まず、俺は何も持っていない。拳で木を切り倒すことなど、無理だったのだ。普通に考えたら当たり前だけど。
だが、俺はすぐに切り替えた。俺はクラフターである。できないことがあるのなら、できるようになるものを作ればいいのだ。木が取れないのなら、木を切れるものを作ればいい。簡単なことだ。そんな俺が初めて出会った運命の素材が、『木の枝』であった。俺は偶然見つけた木の枝を手に取った瞬間、「これは素材になる」と頭の中に浮かんだのだ。歓喜した。
「さてと、それじゃあ木の枝をたくさん集められたし、いつものようにクラフトタイムだ」
現在のねぐらへと帰ってきた俺は、集めた木の枝や草や花、木の皮などを置いた。普通ならゴミや薪の材料ぐらいにしかならないのだが、俺にとっては毎日集めてくるぐらいには重要素材ばかりである。果物は見つけられたらできるかぎり取る様に心がけているが、毎日取れるとは限らない。食材の確保についても大切であった。
『Create!』
俺が声に出すと、白い魔方陣のようなものが目の前に現れる。どうやらこれが物を作る作業台の代わりになる、俺の固有魔法らしい。この魔法陣には丸い枠のようなものがあり、セフィロトの木のようなデザインになっている。俺は四本の木の枝にタッチすると、枝が白い光に包まれ魔方陣の中に吸い込まれ、丸い枠の中に木の枝の表示が出てくる。そして次に木の皮を二つタッチすると、木の枝と同じく白い光に包まれ、魔方陣に表示された。
「よし、これで素材設置完了。『Make』!」
最後の仕上げに魔力を流し込むと、魔方陣が光り輝き稼働を始める。つくる物によって、消費する魔力量が変わるのだが、今回出来るものはそれほど大した魔力量ではなかった。このクラフト能力は俺の固有魔法によって発動しているので、分類としてはファンタジー的な魔法なのだ。
素材があればいくらでもできたゲームとは違い、このあたりは天使っぽい方が言っていた「この世界に適応させたかたち」なのだろう。その代わりなのか、能力が馴染んで進化すると言っていた通り、クラフトすればするほど能力が上がっていっているような気がする。クラフトできる使用回数や特殊効果が増えていたり、魔力の消費量が減っていたりするのだ。これには軽くカルチャーショックを受けた。これがRPGゲームとかによくある、スキルレベルというやつなのだろうか? RPGゲームを、もうちょっとやっておけばよかった。
最初は慣れない部分もあったが、今ではもう慣れてしまった。ちなみに素材の量や魔方陣への配置によって、出来上がるものが変わってくる。なんとなく、「あっ、これできそう」と配置したらふと頭の中に浮かぶのだ。そのため、何かが出来上がるのはわかるが、何が出来上がるのかは作ってみないと詳しくわからない。一応、今回できあがる物は家具だろうとは思う。そうして光が収まった魔方陣から木の枝と木の皮が消え、『木のテーブル』が魔方陣の中に現れたのであった。
「おっ、今回はテーブルかぁ。魔方陣内の木の枝の配置を変えるだけで、椅子とかテーブルが作れる訳か」
俺は木の枝と雑草をクラフトすることでできた『紙』を集めてメモ帳にしたものに、これまた木の枝と石で作った『鉛筆』で情報を書き込んでいく。木の枝の使用率マジ半端ない。だいたい欲しいと思ったものは、木の枝と組み合わせれば揃えられるのだ。このねぐらにしている小さな洞穴にある、扉や小さなベッドや松明、小物のほとんどに木の枝が使われている。しかも、木の枝を五つ揃えると上位素材である『木材』にクラフトできるのだ。木材は大事です。基本です。
そして、木の枝と硬めの石を複数クラフトしたら、『斧』ができあがる。しかし、斧なんて初めて触る俺に何本も木を切り倒す体力や力はない。俺がクラフトしたものには特殊な魔法効果がつくので、非力な俺でも斧が使えるようになる。たぶん、筋力アップとか使い方とかの効果があるのだろう。この特殊効果は、俺の求めた能力をこの世界に適応させた恩恵なのだと思う。作ったらそれが当たり前のように使えるなんて、普通はあり得ないからな。この効果には素直に助かったものだ。
それでも、石でできた『斧』程度の特殊効果では日に五、六本切れればいい方なのだ。鉱石あたりを採掘して、それでクラフトができればさらに上位の特殊効果が付くだろう。そうすればより効率的に素材集めだってできるし、たくさん物づくりができる。この初期の不便さともどかしさにうずうずする気持ちを感じるが、これこそが! とも思うのだ。決してマゾではない。なかなかやり込み要素があるってものだ。
「よいしょっと。これでだいたいの家具は揃った。しかし、やはり仮拠点とはいえ、いつまでも洞穴暮らしは嫌だなぁ。いつか村とか城を作りたいけど、まずは自分の家だ。この地での拠点を作らなければっ!」
そして作るのなら、絶対に木の家だ。そのために木材集めを頑張っていると言っていい。自然豊かな大地に立つ、素朴でありながら味のある木造の建物。農村って感じで、小さな牧場なんかもできたら嬉しい。住む人は俺一人だけだけど。……今更だが、村人を呼び込むのが一番大変なのかもしれない。いい方法とかあればいいなぁ。
俺はできたテーブルをタッチして、小型化させる。この特殊効果は俺が作った道具全てにあり、持ち運びが大変楽になる。これが地味に助かるのだ。ゲームでは当たり前に思っていた仕様だが、現実となって体験するとその便利さがわかる。天使っぽい方には「こんな力で本当に良いのですか?」と言われたが、ぶっちゃけ十分すぎるほどの能力だ。他の人がどんな能力を選んだのかは知らないけど、俺は自分が作りたい物を作れればそれでよかった。
地球での俺は専門学校に通っていて、将来は建築士になりたかった。日曜大工ぐらいなら図面をひいて、材料を買って作ることはできた。しかし、建築となれば違う。俺は大工にはなれない。自分で図面を作り、自分で土地を用意し、自分で材料を集め、自分で家を建てる。そんなことは決してできない。そう、……地球では思っていた。
不幸な事故。彼らはそう俺たちに言った。確かにそうだろう。帰る場所を、帰る人を、帰る思い出すらも一瞬で失った。それに絶望し、第四の選択肢を選ぶ人だって少数だがいたのだ。それに脆弱だ、とは決して言えないだろう。むしろ、異世界行きを選んだ俺たちの方が生き汚いかもしれない。
それでも、せっかくチャンスがあるのなら。もう俺に何も残っていないというのなら。俺がやりたかったことを精一杯にやって、満足して生きていきたい。存在の喪失に嘆く人生を送るよりも、俺は異世界で趣味を全力で楽しむバカでかまわない。それが俺に唯一残っている地球との繋がりでもあるから。地球で得た趣味と夢を、異世界で盛大な形で実現させる。自分勝手な生き方だと思うけど、だからこそ俺はこの世界で生きていけると思った。
「さてと、次は食料食料。この黄色い花と赤い花をクラフトしたら、食える花ができるんだよなー。特殊効果のおかげで腹は満たされるけど、肉食いたいなぁー。俺完全に草食系男子になっているよ。肉、肉、魚肉……魚とか釣れるかな?」
よし、釣竿を作らなきゃ! ちなみに釣竿を作る時も、木の枝さんにお世話になりました。何この木の枝さんの万能感。もう「さん」付けしないといけないレベルかもしれない。地球では普通に植木剪定材としてまとめて捨てちゃっていて、申し訳ありませんでした。いつか動物とか魔物とかを調理したり、素材をもらったりしないといけないんだし、ゆっくり頑張っていこう。
そうして魚だけでなく藻なども素材になることに歓喜し、ついつい魚釣りに嵌まってしまった。異世界で日課として、釣り糸を毎日垂らすように俺はなったのであった。
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「おい。だいぶ奥の方に来てしまっているが、大丈夫なのか?」
「それはそうですけど、あまり強い魔物はいないみたいですし、綺麗なところですよ?」
「しかし、街から随分離れてしまっている。……これは野宿かな」
三人組の冒険者は疲れを表情に出しながら、揃って大きなため息を吐いていた。討伐対象になっていた魔物退治や採取依頼されていたものを手に入れることはできたが、その代わり彼らの目に広がるのは真っ赤な夕焼け空。近くにある村までまた数日歩かなければならない。思いのほか討伐対象だった魔物にてこずってしまい、予想以上に時間を食ってしまったのだ。
緑の野原が続く平原には、先ほど通ってきた森が周りに広がっている。小さいが湖もあり、仲間の一人が言っていたが確かに美しい景色だ。それでも、やはり温かい寝床で休みたいと思うのは人として当然の気持ちだろう。ずっと野宿であったため、身体の汚れを落としたり、調理されたおいしい食事を食べたりしたい。そんな欲求もさらに強まっていた。
比較的休めそうな場所はどこかないだろうか。そんな風に肩を落として歩いていたその時、彼らの目に信じられない光景が見えた。
「おい、あれ村じゃないか!?」
「まさか、ここに村があるなんて聞いたことがないぞ」
「だが、村だな。それも、かなり立派な」
彼らは狐につままれたような気持ちだった。地図上では何もないはずの平原に堀と柵で囲まれた中、家がいくつも建っていたのだ。さらに近づいてみると、二階建ての大きな木造の建物や石造りの見張り塔まであり、花壇には色とりどりの花が植えられている。中央付近には小さな噴水まで作られていて、地面には石レンガでできた道まであった。
赤みのある木の屋根に、原木の柱と白を基調とした木の壁。細かい装飾も施されており、植木や花などが見る人を楽しませるように飾られている。村の規模自体は小さいが、それでも村というにはあまりに整い過ぎている。そこだけ世界が違うような、異様な雰囲気に三人は唾を飲み込んだ。
「全員に同じ光景が見えるってことは、幻覚ではないってことだよな」
「どうする、入るのか?」
「……どうせこのままいけば、俺たちは野宿だ。とりあえず、様子だけでも見てみないか? 村人がいれば、話だけでも聞けるかもしれない」
結論として、村に入る選択をした三人だが、入った瞬間さらにその違和感は強まっていった。全く、人気がないのだ。人がいる気配がしない。これだけ立派な建物がいくつも立ち並び、綺麗に整備された道が続いて、灯りだってついているのに。夕暮れに赤く染まる家々が余計に、彼らの中の焦燥を駆り立てた。
「おい、絶対におかしいぞ、ここ。なんでこんなにも家があるのに、使われている形跡が全然ないんだ」
「もしかしたら、ゴーストタウンってやつですかね?」
「夜になったら、ゴースト共が現れるってか」
冗談だろう、と鼻で笑う。それでも、さすがにこの村の異様さはわかる。建物というものは、住む人間がいて初めて意味があるものだ。人間がいなくなった建物は、朽ち果てるしかない。人の気配がまるでない立派な建物が並ぶ村。そう、人の気配がないにもかかわらず、全く寂れたような、朽ちた様子がここにはないのだ。状態があまりにも良すぎることが、かえって不気味さを増していた。
空を見上げれば、もうすぐ夜になることがわかる。どっちみち野宿は確定だ。不気味な村ではあるが、それでも屋根のあるところで休みたい。話し合いの結果、一晩だけここで休み、朝になったらすぐに近くの村へ行って詳細を調べよう。そう決めた彼らは、「お化けなんていねぇ!」とさっそく休めそうな家を探そうとバクバクする心臓を抑えて歩きだし――。
「えっ、もしかして第一村人きたァアアァァッーー!?」
『ギャァァッーー!?』
森から普通に素材集めと釣りから帰ってきた、ゴーストタウンの主と邂逅を果たしたのであった。
******
「渾身の力作がゴーストタウン扱いされていた。やばい、泣きそう」
「いや、普通に考えてこんな立派な村に一人しか住んでいなくて、しかも全部お前が建てたとか信じられねぇよ」
「初めて聞いた固有魔法だしな。しかも、ちゃんと宿屋や道具屋まであるし」
「えっ、村に宿屋や道具屋があるのは当然でしょう?」
「いや、そうかもしれないが。そこで同意を求められても困る」
なんでだ。村をつくるのなら、絶対にいるだろう。
「他にも誰か住んでいないのか? それか、誰か来たりとかは…」
「いんや、本当に俺一人。ここには一年ぐらいいるけど、人が訪れたのはあなたたちが初めてですね」
「……それなのに、人がいないと意味のない建物をわざわざ?」
「村なんだから当然でしょう?」
「……お前の考えが理解できん」
頭を抱えられた。なんで趣味の建築を楽しんでいただけなのに、アホを見る目で見られないといけないんだろう。
「今一年と言ったが、ずっと黙々と村づくりをしていたのか? たった一人で?」
「そうですけど」
「……一応聞くが、何故?」
「えっ? その、ここの平原、すごく綺麗ですよね? 湖もあって、自然も豊かで、高低差がない真っ平らな土地で」
「あ、あぁ」
「なので、村を作ろうと思いました」
「どうしよう、お前ら。こいつの思考回路が理解できない」
「安心しろ。たぶん誰も理解できない」
「自分の家を作るだけならまだわかるが、村まで作る必要はないよなぁ…」
こいつら本人を目の前にして、大変失礼である。価値観は人それぞれだし、クラフターは時に孤独なものだとわかっているので、別に怒りはしないが。最初は俺も自分の拠点を作るだけのつもりだったが、一軒だけポツンとあるより、やっぱり周りにも何か建てたいと考えた。でもテーマもなく無造作に作るのは嫌だったので、こじんまりとした可愛らしい村をイメージして作ってみたのだ。それがゴーストタウン扱いである。確かに村人はいないけどさ。
とりあえず、現在冒険者三人を俺の拠点に招き、飯をご馳走している。お代は彼らが持っていた素材の一部をもらった。当然最初は警戒されたが、そこは彼らの判断に任せた。少なくとも俺は彼らに危害を加えるつもりはないし、異世界で初めて出会った人間である。できれば仲良くしたい気持ちだってあった。
なにより、村を作ったはいいが、やはり第三者の意見も欲しかったのだ。俺はこの村を気に入っているし、クラフターとして作ったものを公開したい気持ちだってある。そして、もしさらに改良できる点があるのなら知りたいと思っていた。……その感想がゴーストタウンには、やっぱりショックだったけど。うん、やっぱり地味に堪えているらしい。俺の作った建物は劣化が遅くなる特殊効果があるようなので、人がいないことも合わさって不気味に見えてしまったという訳か。
「ほう、うまいな…。これはビックボアの肉か」
「それにしても、お前はよく見ず知らずの俺たちを受け入れたな。人に会ったのは一年ぶりなんだろう?」
「うーん、警戒しなかった訳じゃないけど。もし俺に危害を加えようとしたら、すぐにゴーレムが助けにきてくれるしね」
「あぁ、お前が引きつれていた石の巨人か。あれって、俺たちを襲ったりはしないのか?」
「大丈夫だよ。守護対象を設定できるようになっているから、俺と村に危害を加えようとしない限り、彼は温厚だから。それに、お近づきの印にお花をプレゼントしてくれたりもするよ。大量の石と魔石と木の枝さん少々で作った頼もしい護衛だ」
「もはや、どこからツッコめばいいのかわからない…」
ゴーレムは俺にとって大切な相棒である。彼は現在、俺の家の前に立ちながら村全体の警護をしてくれていることだろう。素材さがしや魔物退治の心強いパートナーで、彼のおかげで安全に魔物からの素材を手に入れられるようになったのだ。
自分の身を守るためにできることはなんだろう。新しい素材や肉を手に入れる為にも、なにかしら手段が必要だとは考えていた。質の良い鉱石を掘りに遠出にも行ってみたい。しかし武器や防具を作ることはできたが、俺は戦闘が専門じゃない。囲まれたらまずいし、助けてくれる相手がいない状態で怪我なんてしたら死活問題だ。傷薬的なものは作れたが、それでも痛い思いなんてしたくない。自分を守ってくれるような護衛とかがいればいいんだけど…。
そう考えた時に、思いついたのだ。襲いくるモンスターたちから助けてくれるような、クラフターにとっての最高の護衛を作ればいいじゃんと。そうして俺は、ゴーレム製作を始めたのだ。クラフターが作る護衛と言えば、やはりゴーレムである。モンスターを罠にかけて倒した時に、たまたま手に入った魔石を素材にすることで、作れそうだと考えたのだ。
そうしてたくさんの石と魔石と木の枝さんで、初めて石のゴーレムが誕生したのであった。ちなみに木の枝さんは、ゴーレムの関節部を作るための素材として必要であったらしい。ここまできたら、木の枝さんの執念のようなものを感じてきた。
「なぁ、お前は建物を建てるのが趣味で、そんでもって村人って言うか……要は人が来てほしいんだよな?」
「ん? うーん、まぁそうだけど」
「だったら、ここを冒険者の中継地点として活用させてくれないか? たぶん、この村のことを知らせれば人が来ると思うぞ。ここの周りは冒険者にとっても使えそうな素材が豊富だし、近くに休める場所があると助かるんだ」
「……冒険者のための施設ってことですか?」
彼の言葉に、俺は顎に手を当てて考えてみる。この村を作ったのは、完全な俺の趣味と言っていい。ここの拠点として作った二階建ての俺の家は勝手に利用されたら困るけど、それ以外の建物は内装を時々弄るぐらいでほとんど活用されていない。それは確かに、寂しい気持ちがあったのだ。
俺は自分の作りたいものが作れればそれでいい性格だけど、だからって作ったものを蔑ろにしたい訳じゃない。有効活用してくれる誰かがいるというのなら、それは俺にとっても建物にとっても嬉しいことだろう。建物とは、結局は人に使われるからこそ意味があるのだ。趣味として自分の満足のために、お飾りのためのデザイン建築。それを悪いとは思わないけど、誰かの役に立つものを作りたい気持ちだってない訳じゃないのだ。
そうだ、ここは異世界だ。ゲームのようなシングルモードじゃない。たくさんの人がいて、それぞれが思うように暮らしているのだ。趣味でこれからも建築をしていくが、それでももし叶うのなら誰かに必要とされるものを作ってみたい。俺が作った建物に村人が来てほしいのなら、それを求める相手のところへ行って作ればいい。そうすれば、俺も新たな村人もハッピーエンドじゃないだろうか。
「それに、お前の固有魔法には素材が大量にいるんだろう? ここに冒険者が集えば、彼らに依頼として護衛や採取を頼むことができる。そっちにとっても、悪い話ではないと思うんだが」
「……この村を必要としてくれる人がいるのなら、俺はかまわないです。大切に扱ってさえくれれば」
「そうか。そういえば、お前は冒険者になる気はないのか? 珍しい固有魔法持ちだし、それこそ国とかにでもいけば、お抱えとかにもなれるかもしれないぜ」
「その、……俺は自分が作りたいものを作れればそれでいいと思っている人間です。頼まれれば作ってもいいかな、とは思いますけど、やっぱり自分のペースでやりたいです」
冒険者の仕事について聞いたが、あまり俺にとってメリットはなさそうだ。モンスターの情報などが得られたり、一つの身分証明になったりするのは魅力的だが、冒険者にならなければならないかと言われればそうじゃない。俺が魔物を倒すのは素材や食料を手に入れるためだ。冒険者は魔物の討伐の証に、その魔物の部位を持ち帰って換金してもらうことで生計を立てる。その部位は討伐の証であると同時に、役立つ何かに加工できるから集められているのだ。
つまり、その討伐部位は俺も欲しい素材である。他にも採取依頼だって、俺のクラフトにもろ被りだ。冒険者としての実績を上げるには、俺はクラフトを我慢しなければならないことになる。そんなのは当然嫌だ。せっかく苦労して集めた素材を、どうして渡す必要がある。
お金だって、特になくても困らない。欲しいものは自分で作ればいいのだから、正直使い道がない。おいしい料理を食べるぐらいなら使ってもいいかなぁ程度だ。それで多少不便な思いをするかもしれないが、まぁ許容範囲だ。我慢ではなく、納得できる。決してマゾではない。
そんな会話があって半年過ぎた頃には、この村には多くの冒険者が集まる様になっていた。初めはこじんまりとした村で、時々人が来ては施設を使っていく感じだった。俺は彼らからの意見や要望を聞き、作ってみたいと思ったものを作ったり、改良したりするようになった。俺が作った家具も素材と交換したりもした。
ちなみに武器や道具類は表に出さないように気を付け、建築関係のみを示す様にする。物づくりは好きだが、それでも俺がやりたいのは建築である。便利な道具を欲しがられるより、こういう建物や家具が欲しいというアイデアの方がありがたいからだ。あとは冒険者から鉱石や魔石をもらえたので、さらに強度の増したゴーレムが増えた。おかげで村や守りも固くなった。
あと村で騒ぎを起こした奴は、大量のゴーレムに囲まれて宙にぶっとばされるので、この村での喧嘩はご法度である。建物を壊したり、盗むやつは俺が直々にゴーレムに敵対宣言をさせるので、村に近づいた時点で大量のゴーレムが腕をブンブン振り回しながら追いかけてくるようになる。それを見て真っ青になる冒険者。うん、この村は今日も大変平和である。
そうして、さらに半年後。冒険者やたまたま出会えた俺と同じようにトリップした同郷と素材集めをし、この地域にある素材はほぼ手に入れることができた。仲良くなれた同郷には、サービスとかもしたな。平和な雰囲気の通りのほのぼのとした村づくりも満足いくようになった。そうなれば俺が次に求めるのは新たなる素材、新たなる大地である。
とりあえず、大量のゴーレムを連れていくことはできないので、多くはこのまま村の守り神代わりに置いて行くことにする。きっとこれからもこの村は平和であろう。そうして俺は、村で仲良くなった冒険者にくっ付いて出発することになった。木造は色々作ったから、今度は頑丈な石造りの建築が映えるところがいいなぁ。俺はゴーレムの肩に乗って道中を移動しながら、新しい設計図作りに勤しんだのであった。
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「そんな訳で、ドワーフ族のための巨大鍛冶工房付きの石レンガの街だろう。遊び好きな妖精族のためのツリーハウス風巨大アスレチックに、竜神族のための古代遺跡風な趣のある空中都市とかも作ったぞ。あぁ、どれも本当に楽しかったなぁー」
「……なんで異種族の街ばっかり作っているの?」
「人間側の要求ってちょっとありきたりなんだよね。俺なりの遊び心にまで、時々文句言ってくるし。たまにならいいけど、面白い建物を作る方がワクワクするじゃん。そうしたら自然と、要求の楽しそうな方へ」
「本当に趣味全開ね…」
質問したのは自分であるが、正直聞かなきゃよかったと思うような自由度100%な答えが返って来た。女性は呆れたように半眼の目で、己と同郷で同年代ぐらいの日本人の男性を睨み付ける。しかしそれに全く堪えていないというか、そんな扱いに慣れているような振る舞いだ。こいつ、マゾなんだろうか。大変失礼なことを彼女は考えるが、溜息を一つ吐いて紛らわせた。
地球から異世界の穴へと落ちて、もう何年も経つだろう。彼女は他の同郷にも会ったことがあるが、ここまで自分の趣味のみを追い求めるバカを見たのは初めてだった。落ちた当初は十代だった彼女は、様々な経験を経て、大国の姫騎士とまで言われるようになっている。空を鳥のように飛んでみたいという思いから、風に関する能力をあの時にもらっていた。この風の力を使えば、行きたい場所へすぐに飛んで行けるのだ。
その所為で、この趣味全開の青年のストッパーを毎度請け負うことになってしまった苦労人でもあった。だいたいは「お前、ちょっとは自重しろやっ!」と鉄拳を食らわせにいくことになる。ちなみにゴーレムも、そこは空気を読んであえて主人を守らずにスルーしている。そんな相棒にすらちょっぴり裏切られていても、当然彼が堪えることは一度もない。一度でもいい、へこたれろ。彼女の切実な願いであった。
「……それで、今回は何をやらかしたのよ? 前回の荒野に突然現れた、ご当地ゆるキャラ巨大オブジェシリーズの所為で、うちの国の宰相が胃に穴をあけたんだからね」
「あれ、帝国のお偉いさん方の中では腹を抱えるぐらい好評だったんだけどなぁ…。だってあの荒野、本当に何もなくてつまらなかったからさ。つい記念オブジェが作りたくなった」
「ついで六十メートル級を複数作るなァッーー!! 私のいる国からオブジェがちょっと見えて、目にするたびに集中力が切れるんだけど!? あと帝国のやつら覚えていろっ!」
「オブジェは巨大展望台に改良して、王国の貴族たちの別荘地になっただろ。娯楽や商業施設も一緒に作っておいたから、結果的には王国の利益になって税収も上がった。……壊したら損害の方がデカくなると思うけど」
「知っているわよッ! だから宰相が、毎日窓から見えるゆるキャラに胃を痛めているんでしょうがァッーー!!」
清々しい朝を迎え、温かな日が昇ると同時に見える巨大梨の妖精。今にも飛び上がらんばかりの精巧な作りに、最初の一ヶ月辺りは彼女も精神的なバッドステータスに苦しんだ。能力だけに溺れず、過酷な経験を糧に最強の姫騎士として名を馳せている女性に、膝をつかせた恐ろしい巨人。オブジェは王国の人々の胃に見事進撃を果たした。
「えぇー、俺にどうしろって言うんだよ」
「文句ぐらい聞きなさいよ。それか帝国の近くにも、進撃の梨とか林檎を作りなさい」
「俺、同じような建造物を建てるのは好きじゃないんだよなぁ…。うーん、そういえば帝国の南側には海があったか。……海から出てくる、巨大チンアナゴオブジェとかどう?」
「うん、そのゆるくてかわいいけどさっぱり訳が分からないチョイス。さすがよ」
カッコよく親指を立てられる。どうやらお気に召したらしい。彼らの中だけでは丸く収まったようだ。クラフターは鼻歌を歌いながら、巨大チンアナゴ製造の図面を頭の中で描き、海の中はゴーレムたちに作業をお願いしようと考える。数年ぐらい前から、彼のクラフトスキルが上がったからか、ゴーレムも建築を手伝ってくれるようになっていた。さすがに細かい指示は難しいが、単純作業や壁や床造りの効率が恐ろしいほどに上がったのである。これで海の水抜きも巨大建造物もウハウハだった。
「……で、話を戻すけど何をやった?」
「おどろおどろしい魔王城の建築をしてほしい、って頼まれただけだけど」
「まッ! 魔王ッ!? 半年ぐらい姿を見せなかったと思ったら、――ってよく無事だったわね!?」
「ちゃんと仕事をしたからな。かなりの力作だ」
魔王が突然現れて、「年季の入った魔王城を新しく建築してみないか?」と言われたので、即行でOKを出して魔界へ行ったなんの捻りもない経緯。『魔王城の建築』という素敵ワードに、見事に釣られた。もちろん時々「生意気な人間めッ!」と魔物に襲われることもあったが、そこはゴーレム軍団の正当防衛のおかげで問題はなかった。
昔は腕をブンブン回して追いかけるモーションだったが、最近は蹴りや武器といった戦闘術を身に付けたようで、大変頼もしい限りであった。中には、何故か翼が生えた個体までいた。魔王城のガーゴイルも超ビックリする。しかも相手は魔物だから、倒したらゴーレムの核となる魔石を落としてくれるのですぐに大量生産が可能。一時期、魔王城は悪夢だった。
「……そ、それで、魔王城はどうなったの?」
「立派な地下帝国になりました」
「魔王城が廃墟になっていた、って信じられない報告の原因はあんたかァァアアァッーー!?」
「ゴーレムファイトでちょうど崩れたから、『地下帝国に凄いの作りません?』って魔王様に提案をしたら、すごくノリノリでGOサインを出してくれたので。うん、良い雇用主だった。遊び心もわかるし」
「あぁ……、やりやがった。こいつ」
姫騎士は本気で項垂れた。彼が建築で妥協などするはずがない。確実にやばい地下帝国が出来上がっている。このバカの暴走を止めることを、彼女は王国から言われていた。しかし、さすがに今回ばかりは気にしてほしかった。
「あ、あんた本気でどうするのよ…。さすがに色々な所から建築の支援や援助を受けているとはいえ、下手したら人間側から敵と見なされるわよ」
「はい、魔王様からもらった直筆の書状。なんでも数十年前に魔王城の場所が人間にばれてから、毎回どこからか勇者がやってきて狙ってくるから、仕事や婚活に集中できなくて大変だったらしい。しばらく地下でゆっくり寝て、のんびり仕事や嫁探しがしたいからもう数百年ぐらい放っておいてほしい、ってさ」
「あぁ……、胃が痛い。これを王国へ報告しにいかなきゃいけない未来に胃が痛い」
ちなみに余談だが、異世界へのトリップ能力に『せっかく力が手に入るのなら、最高の男と婚活をッ!!』的な内容を選んでいた肉食系女性が、見事紆余曲折を経て婚活をしていた魔王様と結ばれたらしい。それにより、魔族と人間は少しずつ和解の道に進んでいくようになったそうだ。さすがにとあるクラフターが告げた『毎回もうすぐ婚活が成功しそうになった瞬間に攻め込んでくる勇者の所為で、フラグが消滅してしまった回数』の裏事情に人間側も目を逸らしてしまうぐらい悪いと思ったらしい。
この結婚は、時々地下帝国に内装を整えに来たり、彼らの暇つぶしになりそうなアトラクションや施設を作りに来たクラフターの仲介によって成立したようだ。本人的には、「魔王様がちょうど婚活しているんだけど、行ってみる?」的な同郷へのサービス程度だったのだが、あまり深く考えていなかったのは事実だろう。今は二人のための新居作りに、精を出していた。
そんな彼は晩年になっても、木の枝さんを片手に自分が作りたいものを作り続ける生涯を送った。大量のゴーレムにどこか生温かく見守られながら、いつも胃を押さえて説教する女性を隣に連れて。彼が長い年月をかけて建築した最高作品にして、最大の作品である『ドリームランド』は、様々な種族が住めるようにバランスやデザインを考慮してつくられた、――まさに夢の国となった。ちなみに、国の改名を求める声は未だにちょっとあるらしい。
異世界に大量に建築された彼の遺物の存在感は衰えることはなく、大量のゴーレムたちも元気に村を、街を、城を、国を跋扈する。そんな異世界で、新しい法律が全ての国で共通として発表されることとなった。
簡潔に、――土地の権利はちゃんと決めよう……と。




