表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Cubさん。  作者: 牧村尋也
9/20

09 小道のさき

 カブさん。

 年齢は40代前半。男性。現在は独身。

 サラリーマンではなく、自営業とも違う、あえて言うなら自由業。

 相棒はホンダ・スーパーカブ90カスタム。

 のんびり走るのが好き。

 田んぼ道が好き。

 田舎が好き。

 コーヒーが好き。

 独りが好き。

 話しをするのも好き。

 大勢の中にいると少し疲れる。

 人混みは苦手。

 忙しいのも苦手。

 いつでもノンビリと、あっちへフラフラ、こっちへフラフラしてる。

 ちょっと変な大人。

 変なヒト。

 それがカブさん。



 09 小道のさき



 そこは新緑のキレイな場所だった。

 4月26日。

 陽射しは柔らかで、空は青い。

 私はあまり着ることのないスーツとネクタイに居心地(いごこち)の悪さを感じながら、ベンチに座って空を見上げていた。

「ごめん、待った?」

 彼女はシックな色のスーツ姿で、走ってきたのか息を切らせながら私に聞いた。

 短い髪も、ちょっと目尻(めじり)の上がった大きな瞳も、昔とあまり変らない。実際の年齢よりも5歳以上若く見られるだろう。

「いや、僕も今来たところだから」

「そう、良かった」

 彼女の呼吸が落ち着くのを待つ。

 彼女はフーと大きく息をつくと、真面目(まじめ)な表情をつくった。

「ありがと。行こ」

「うん」

 玉砂利(たまじゃり)()かれた小道(こみち)を2人で並んで歩く。

 毎年、こうして4月26日にはここを歩いて、その場所へ向かう。

「スーツ、似合(にあ)うじゃない」

「そうかな?」

「落ち着いて見えるわ」

「いつもと変らないと思うんだけどな」

「あなた自身はね。でも服装で見た目の印象って結構変るのよ」

「そんなもんかな。…君は昔とあんまり変らないね。若く見えるよ」

「あら、お世辞(せじ)なんて言えるようになったの?」

「本音だよ」

「ありがと」

 並んで歩きながら、出来るだけお互いに自然に振舞(ふるま)おうとしている。その証拠に、こうして話しながらもお互いの顔は見ない。

 相手の顔を見て、(つら)い表情をしていたらどうしよう、と臆病(おくびょう)になっている。

 小道(こみち)の先がひらける。

 きれいに手入れされた区画に整然と四角い石が立ち並ぶ景色。

 霊園。

「…‥」

「…‥」

 私達は言葉も無く、静かに砂利(じゃり)を踏んで目的の墓石の前に立つ。

 花を(そな)え、線香(せんこう)をあげて、手を合わせた。

 2人とも無言だった。

「7年も()っちゃったのね…」

 彼女がポツリと(つぶや)いた。

「7年か…」

 私もまるで彼女の声につられるように(つぶや)いた。

「…私も、すっかりオバサンになっちゃったな」

 彼女はまるで何かを飲み込むかのように空を見上げる。

「…君はまだまだオバサンなんていうには早いよ。今だって充分若い」

「ありがと。でも、良いんだ。オバサンになってようやく、あの時のことをちゃんと受け止められるようになったと思うの」

「…‥」

 私はなんと答えるべきか迷った。無性(むしょう)にタバコが吸いたくなった。

 彼女は空を見上げたまま、言葉を続ける。

「あなたはいつだってアタシを支えてくれたし、優しかった。それに甘えちゃってたのよね。7年も()ってようやく受け止められた。この子が小学生になる年になって、アタシに「しっかりしなさい!」って言ってくれたような気がするの」

「…うん」

 私はようやく、(しぼ)()すように一言(ひとこと)だけ返し、(うなづ)いた。

 彼女の視線が空から私に移る。

「あなたにはきっと「ありがとう」って言ってくれてるわ」

「そう…‥かな?」

「そうよ。それとも何か言って欲しいことがあるの?」

 ()かれて、少し考えた。

「ん…‥しっかりしなさい、かな」

「どうして?」

「結局僕はふらふら、ふらふら、あっちへ行ったりこっちへ行ったりしているだけで、大人として胸をはれるようなことを何も出来ちゃいない。こんなのがお父さんだったら困るだろ?」

 私はチラリと墓石に視線をやり、彼女の顔に戻す。

「…ふふ。あなたはそれで良いのよ。あなたにはそれが必要なの」

 彼女は笑いながらくるりとその場で回り、こちらに背を向けた。

「あなたは今のままで良いの。…ううん、今のあなたが良いわ」

「?」

 どういう意味だろう。

 彼女はただ笑って、私の先を歩き始める。

「ね、お昼ごはん食べていかない? 通りの向こうにちょっと良い感じのイタリアンがあったわ」

「イタリアンか。この格好(かっこう)なら本格的なフレンチだって入れるよ」

「いいのよ。ねえ、私の好きなもの、覚えてる?」

「カルボナーラ」

「ふふ、よくできました」

 新緑の小道(こみち)を彼女が短い髪を()らしながら歩いていく。

 私はふっと空気が変わったように感じた。

 長かった私達の夜がようやく夜明けを迎えようとしている。

 そうだ。

 いつだって、明けない夜なんて無い。



『カルボナーラ (Carbonara)』

 カルボナーラは、「炭焼のパスタ」(炭焼職人風)といわれるパスタソースの1種で、チーズ、黒コショウ、グアンチャーレ若しくはパンチェッタ(いずれも塩漬けの豚肉)、鶏卵(卵黄又は全卵)を用いて作られる。

 元々はローマの料理で、パンチェッタかグアンチャーレを使用し、チーズにはペコリーノ・ロマーノやパルミジャーノ・レッジャーノを使う。パスタにはスパゲッティを使用したものが一般的で、これをスパゲッティ・アッラ・カルボナーラ(Spaghetti alla carbonara)という。

 日本でも人気の高いパスタメニューである。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ