07 思い出
カブさん。
年齢は40代前半。男性。現在は独身。
サラリーマンではなく、自営業とも違う、あえて言うなら自由業。
相棒はホンダ・スーパーカブ90カスタム。
のんびり走るのが好き。
田んぼ道が好き。
田舎が好き。
コーヒーが好き。
独りが好き。
話しをするのも好き。
大勢の中にいると少し疲れる。
人混みは苦手。
忙しいのも苦手。
いつでもノンビリと、あっちへフラフラ、こっちへフラフラしてる。
ちょっと変な大人。
変なヒト。
それがカブさん。
07 思い出
キン、パチン、キン、パチン…
「…‥」
キン、パチン、キン…‥
手の中で古びたオイルライターをもてあそぶ。
私はタバコを吸わない。
いや、吸わなくなった。
かつては1日に2箱も吸うヘビースモーカーだったが、ある時からすっぱりと吸わなくなったのだ。
別にタバコが無いとイライラする訳でもなく、吸わなくても良いか、という程度だったので『禁煙』という感覚も無い。
ただ、パートナーのことを考えた結果、吸わなくなっただけだ。
それが昨日の夜、押入れを片付けていたら、古いダンボール箱からひょっこりとその銀色のライターが現れた。
Zippo。
ステンレス製のケースは無地で個性的な刻印も無く、ヘアライン加工がされただけの地味なもの。あちこちについているキズが、愛煙家だった15年ほどの期間を思い起こさせた。
「もう吸わない理由も無いんだよな」
呟いてみたものの、吸い始める理由も無いことに気がつく。
パチン
手首を返してジッポーを閉じた。
「ちょっと出るか…」
ライターをポケットに押し込み、ヘルメットを片手に家を出る。
スーパーカブはすぐに目を覚まし、私を近くのコンビニまで運んでくれた。
「セブンスターのソフトパッケージはありますか?」
「こちらですね。460円になります」
「えぇ! あ、はい…」
驚いた。
タバコの値段が昔の倍以上になってる。
懐かしいパッケージをしげしげと眺めながら、再びバイクに跨る。
アクセルを開いて、近くの川の土手へ向かった。
平日の昼間だ。
土手には散歩をしている老人がいるくらいで、間抜けなくらい静かだった。
バイクを止め、草の上に腰を下ろしてライターとタバコを取り出す。
親指でカバーを弾いた。
キンと乾いた音が響く。
微かに漂うオイルの匂い。ライター用のオイルも同じく古いダンボールの中にあったので、足しておいた。
フリントローラーに指をかけて回す。
シュッという音と一緒に火花が飛んで、芯にオレンジ色の炎が灯った。
ユラユラと揺れる炎。
懐かしい色だ。
パチン
人差し指で開いたカバーの頭を弾いてライターを閉じる。
「…‥」
ソフトパッケージを開けてタバコをくわえる。
ジッポーを、ジーンズを履いた脚に当て、ククイッと手首を返す。
ライターを目の前に持ち上げるとオレンジ色の炎が揺れていた。
タバコの先にかざして軽く吸う。
先端が赤く染まって火が移り、ふーと口の端から吐いた息に煙が混じった。
パチンとライターを閉じる。
煙を吸い、吐いた。
懐かしい味だった。
同時に苦い味でもある。
私にも独りではない時があった。
そして、それは笑顔に溢れていた。
ただ、ちょっとしたボタンのかけ違いと、不幸な偶然が重なって、その笑顔の溢れた時間は終わりを告げた。
煙を吸い、吐く。
タバコの先からゆっくりと昇っていく紫煙が目にしみた。
煙を吸い、吐く。
少し昔を思い出し、視界が涙で滲んだ。
大人だって泣きたい時くらいはある。
ただ、男は黙ってそれを誤魔化すだけだ。
煙を吸い、吐く。
ああ、煙が目にしみる。
『ジッポー Zippo』
ジッポーは、長い歴史と世界的な普及率の高さからオイルライターの代名詞、一般名称として認識されている。
高い耐久性と耐風性を誇り、メーカーは永久修理保証をうたっている。
1933年の第1号発売以来、基本構造にはほとんど変化がないが、外側のケースには様々な意匠を凝らした豊富なバリエーションがあり、世界各国に収集家が存在する。