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Cubさん。  作者: 牧村尋也
11/20

11 雨の季節

 カブさん。

 年齢は40代前半。男性。現在は独身。

 サラリーマンではなく、自営業とも違う、あえて言うなら自由業。

 相棒はホンダ・スーパーカブ90カスタム。

 のんびり走るのが好き。

 田んぼ道が好き。

 田舎が好き。

 コーヒーが好き。

 独りが好き。

 話しをするのも好き。

 大勢の中にいると少し疲れる。

 人混みは苦手。

 忙しいのも苦手。

 いつでもノンビリと、あっちへフラフラ、こっちへフラフラしてる。

 ちょっと変な大人。

 変なヒト。

 それがカブさん。



 11 雨の季節



 降水確率30パーセント。

 それが今日の数字。

 私のようにスーパーカブでブラブラしているだけの者をバイク乗りと呼べるかどうかは別にして、バイクのように屋根の無い乗り物に乗っていると、天気予報が気になるようになってくる。

 今朝の予報では、降水確率は30パーセント。

 降るかもしれないし、降らないかもしれない、なんとも微妙な数字。

 それでも、出かける時には暑いくらいの太陽が得意げな顔を空に浮かべていた。

 …ところが1時間経った今、太陽はそれまでの元気がウソの様に、どんよりとした灰色の雲の向こう側に隠れてしまい、ちっとも顔を出そうとしない。

「いやな空だな…」

 自分の名前を呼んでいるみたいで、『空』と言う単語を口にするのは好きではないのだが、それでも自然と(つぶや)きが()れる。

 不安になって空を見上げる回数が多くなり、ヘルメットの向こうを流れていく景色もいまひとつ頭に入ってこない。

 目の前の信号が赤に変った。

 ゆっくりと停止線で止まる。

「あ…」

 対向車線にもバイクが1台止まった。

 ライダーがカッパを着ている。

「…‥」

 これはつまり、このまま進むと雨になるということだ。

 私はウィンカーを出し、左に()れてコンビニの軒先(のきさき)にバイクを止めた。

 タシ、タタシ…

 途端(とたん)に、ヘルメットの上に雨粒の当たる音が響く。

「降ってきたか…」

 ギリギリ間に合った…‥と言うべきだろうか?

 まあ、出先で雨に降られてしまっている時点で、すでに間に合っていない気もするが。

 フウとひとつ溜息(ためいき)をついて頭を振り、気持ちを切り替える。

 ここからは雨天走行か…‥

 雨の中を走ること自体はキライではない。

 カッパを着る手間と、洗車などの後始末が面倒だと思うだけだ。

 とはいえ、それすらも始めてしまえば楽しくなってしまうのだが。

「それでも、やっぱり面倒くさいと思っちゃうんだよなぁ」

 空を見上げながらタバコをくわえ、火をつける。

 ムームームー、ムームームー

 電話だ。

 ポケットからスマートフォンをとり出す。

「もしもし」

「おう、カブか?」

 聞き慣れた声がスピーカーから聞こえてきた。

 私は声のトーンをひとつ落とし、ぶっきらぼうに答える。

日下部(くさかべ)だ」

「だからカブだろ? 雨降ってきたけど、今どこだ?」

 コイツは一体、こちらの話しを聞く気があるのだろうか?

 声の主は『悪友』の部類に入る古い友人だった。これから彼の経営する店に行くことになっている。

「橋の手前のコンビニ。これからカッパを着る」

「そうか。気をつけて来いよ、タオルは用意しといてやる」

 ありがたいんだか、なんなんだか。

「…なあ、ヤマ」

「なんだ?」

「用事って、今日じゃなきゃダメなのか?」

「コーヒーも()れといてやる。気をつけて来い」

「…‥」

 切れた。

 タバコの煙りと一緒に大きく息を吐いた。

 行くか。

 カッパを着、再びスーパーカブのシートを(また)いでエンジンをかける。

 ヘルメットにもカッパにも、次々と雨粒が当たって水玉模様を(えが)き始めた。

 アクセルを開く。

 ヘルメットのシールドに()った(くも)り止めが、当たった雨粒を後ろに弾き飛ばす。

 降り始めると雨足は一気に強くなり、路面はみるみる()れていく。

 タイヤがシャーと雨の日特有の音を上げ始める。

 すっかりカッパが()れてしまうと、(しず)んだ気分の私に代わって、雨の中、ヘルメットの内側でニコニコと笑う私が現れる。

 鼻歌まじりでスーパーカブを走らせる。

 ()れてしまえば楽しさのほうが勝る。

 カレンダーはもうすぐ6月。

 雨の季節はまだまだこれからだ。

 いつ降ってくるか解らない雨を気にしていても仕方(しかた)が無い。

 楽しんでしまえばいい。

 いつだってそうやってきた。

 それに、ヤマの店までの距離はもうほんの少しだ。

 辿り着けば温かいコーヒーが待っている。

 (しゃく)な話しだが、アイツの()れるコーヒーは、間違いなく美味(うま)い。



合羽カッパ

 カッパは雨具の1つで、身にまとって雨や雪を防ぐ外套(がいとう)

 ポルトガル語の「capa」から生まれた外来語で、語源は英語のケープ(cape)と同じ。漢字の「合羽(かっぱ)」、「雨合羽(あまがっぱ)」は江戸時代から使われ始めた当て字である。

 16世紀ごろ、日本に来航したポルトガル人によってラシャ製の「capa」が伝えられ、外衣として珍重された。

 カッパは厚手で防水性もあるため、雨具として使われるようになり、明治以降には防寒具として用いるものが「マント」と呼ばれるようになったため、雨具として用いるものを「カッパ」と呼ぶようになった。

 現在ではいわゆる「レインコート」を「カッパ」「雨ガッパ」と呼ぶ場合が多い。

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