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毒薬と約束
作:英華



4、一致した利害


4、一致した利害

 このごろ、蘭が塞ぐことがある。
 それはぴんと張りつめていた気がわずかにゆるんでしまう、ほんの一瞬だ。ときどき、遠くを見つ
めるみたいに、力なくぼんやりとする。かと思うと、びっくりするくらい上機嫌に笑ったり、あとは
なんでもない表情をして、にっこりと笑う。いつもそうしていたように。
 でも、ふと陰る顔を見てしまった以上、笑った顔さえ痛々しく見えてしまう。もっともっと自分に
正直に感情を吐露すれば楽になるはずなのに、と園子は思うのに、蘭は変なところで虚勢を張ろうと
する。
 もっとも、帰るあてのないあの幼なじみを、ずっと待ち続けていたのだ。果てしなく続くと思えた
その時間。それに屈しないように、大丈夫、と言い聞かせるようにして、我慢して強がっていても不
思議ではなかった。
 でも、新一は帰ってきた。となりのCRに彼はいる。新一は進級と引き換えに編入試験をクリアす
ることで、帝丹高校三年生へと無事復帰を果たしていた。約一年ぶりにもなる新一の姿に話は持ちき
りで、春休みあけの、それでなくとも騒々しい教室に拍車をかけていた。
「蘭、どうしたの」
 園子は訊く。またぼんやりと押し黙ったようにしていたからだ。
 新一が帰ってきた今だったら、なにも問題はないはずなのに、と園子は思う。ただひとつ、偶然と
はいえ、伊豆で目撃してしまったあのことさえ除けば。
 大丈夫?、と訊きながら、蘭の前の席に腰かける。
「やだ園子ったら、どうもしてないわよ」
 ほら、ね、と空元気みたいに言い、笑う。心配してんのに。非難めいて言うと、ありがとう、と言
い、蘭はやっぱり笑った。
「新一くんさぁ、無事復帰できたんだね」
 数秒の沈黙があって、
「そうだね」
 と力なく蘭は答える。まるで他人事みたいに。その言い方は感情がごそりと欠落している。
「蘭、あんたどうしたの?嬉しくないの?」
 顔を覗きこみながら園子は訊く。
 うーん…、としばらく躊躇して、やがて蘭はゆっくりと口を開く。
「新一ね、女の子を連れて帰ってきたの。春休み中、博士の家の前で見ちゃって」
「女の子?」
 その発言に、園子も少し頓狂な声を出して驚いた。
 そう、女の子、と蘭はつぶやくように繰り返し言って、驚いてあたり前だよね、と絶望的な顔をし
た。
 杞憂であってほしい、そう願っているのに、その願いはいとも脆く崩れ去る。まちがいなく、あの
彼女。よりによって蘭に見られていただなんて。

「蘭には会ったの?」
 春休み、園子は伊豆から帰ってくるなり、新一に電話をした。あいつも米花町に戻ってきていると
踏んだからだ。
「園子から連絡が来ると思ったから、確認してからにしようかと」
 工藤邸で久しぶりに会った新一はあっさりとそう言った。あんまりにも淡々と言うから、呆れるよ
りほかなかった。
「蘭には言ったのか?」
「知らないほうがいいこともあるでしょう。莫迦ね」
 そだな、と新一は言い、苦笑いをした。
 知らないほうがいいこともある。ほとんど無意識にそうして、蘭にはうそぶいた顔をつくろう。後
先なんてまるで考えてない。
「私はね、蘭を傷つけたくないの」
 園子は強く主張した。それだけが気がかりだった。
「俺だって、傷つけたくない」
 あたり前だろ、と新一はきっぱりと言った。

 傷つけたくない、新一はたしかにそう言ったのに。
 園子が新一と秘密うちに会った数日後、新一が帰ってきたの、と蘭が告げたときも、ちっとも嬉し
そうにしていなかった。めがねのがきんちょがいなくなってから、急に増えたため息だって、まるで
そのままだった。目を潤ませて、よかった、と言うと思っていたのに。あるいは、笑いながら冗談み
たいになじるとか。そのどちらでもない予想外の反応に園子は気色ばんだ。
 でも、詰問するには咎めた。「実際のところ」を知っているだけあるし、少なからずそれに対して
うしろめたさを感じていた。それでも、親友がこんなに塞いでしまうまで放っておけるほど、冷淡で
はない。
 園子は神妙な面持ちで、蘭の手をわしづかみにして強く言う。
「詳しく話して、蘭」
 蘭を泣かせるなんて、私が許さないんだから。
 蘭は園子の手をぎゅうと握り返して、目をつぶって小さく息を吸う。
「どうしたらいいの?」
 蘭の、心臓の奥底に引っかかっていた弱音がぽろりとこぼれた。

 蘭によると、その女の子を見たのは偶然で、新一から連絡があった少し前のことだという。
 時期からするとおそらく、あのふたりが伊豆から帰ってきたときだ。
 工藤邸の前を通り眺めて、そうして帰路に着く。蘭は思いついたように、ときどきそうしていた。
そのある一日の、目に飛びこんできた偶然。
 待っててくれ、とだけ言い残していった。そうして、忘れたころに電話を寄越してふたたび音信普
通になる。一方的に心臓をざわつかせて、またふいっといなくなる幼なじみ。
 待ちわびた幼なじみが突然目の前に現れて、喜びに心が躍ったのはほんの束の間のこと。
 駆け寄ろうとして、足がすくんだ。
 新一のとなりには、きれいな女性。ふたりの表情に釘付けになった蘭。なにかしら近寄りがたいも
のを感じて躊躇していたら、キスをあてられた、というのだ。
 それじゃあ、私があいつに話しに言ったときには、蘭はすでに杞憂を抱えていた、ということにな
る。

「取引成立だな」
 蘭は傷つけたくない、きっぱりとそう言ったあと、少しの間があって、新一は唐突にそう言った。
 なによそれ、と眉間にしわを寄せながら園子は訊いた。
「蘭を傷つけたくないんだろう?」
 そうよ、とはっきりと言い、眉間のしわをさらに険しくする。
「だから、利害が一致したってことだ」
 つまり、黙っていろ、ということだ。それが言わずとわかって園子は唇をかんだ。
 これだから嫌だ。蘭に内緒で取引するみたいなのも、手のひらで転がされるみたいに話されるのも。
 弱みを握られて身動きがとれなくなる。
 でも、取引は無事ではなく、結果として一方的に反故されたみたいな風だ。新一がこのことを知っ
てか知らないでか、蘭はこの上なく深く傷ついている。
「すっごくきれいな子でね。色が薄くて髪なんてきれいな茶色で、折れそうなくらい線が細くって、
でも存在感はあるって感じの子」
 ため息みたいに蘭は言う。
 突然現れた彼女の素性はなにひとつわからなかった。得体の知れない女。彼女を思いだすと、園子
でさえ訝しげな表情をしてしまう。

 新一とひと通りの話が終わったあと、せっかくだからと、彼女を紹介してくれた。有能な科学者だ
から、顔見知りになっておいて損はないはずだ、と。
 はじめまして、と彼女は言い、ひんやりとした顔に作った笑みを浮かべた。そうして、宮野志保だ
と名を告げた。彼女曰く、新一の主治医だと。私のことは心配しないでいいとも。
 たしかに伊豆で見た彼女だった。あの時は少し遠くてはっきりとわからなかったけれど、実際、彼
女はきれいだった。女の私から見ても。
 蘭から話を訊きながら、これは新一に問いただす必要がある、園子はそう思った。自分でさえ口封
じに行ったみたいな、とにかく気にそまない取引だったけれど、これが上手くいけばお慰みだ。園子
は蘭に気づかれないように小さく笑った。
「この園子様にまかせて」
 ね、と同意を求めるみたいに、園子は言った。自信たっぷりのその態度に、蘭は苦笑しきりだった。



+++
 こんな風にあたり前にそこにいる新一を見るのは、ちょっと意外だった。自宅である工藤邸でもな
く、そのおとなりの博士の家。博士とは昔なじみだとはいえ、と蘭は顔をしかめた。
 園子に事の顛末を話すと、心配事は解決すべき、と言った。早いほうがいいとも。
 昔みたいに帰りは一緒に、と淡い期待を抱いていたのに、新一は授業が終わるや否や、さっさと姿
を消してしまった。別々の場所で、それぞれが暮らした一年。たった一年だと思うのに、ひとってこ
んなに変わってしまうのだろうか。
「そんなこと、気にしなくったっていいのよ」
 園子はあいかわらず自信たっぷりだ。
「そうよね、きっと杞憂よね」
 だから、なにも押しかけなくても、と及び腰になる私の腕を、園子は強引に掴んだまま離そうとし
なかった。新一の家に行くまでの途中、歩きながら、園子はぽつりと言った。目を逸らしちゃだめだ
よ、と。
 あんまりにも唐突だったし、その上いつになく真剣な口調で、しばらく呆気にとられてしまった。
けれど、すぐに、そうだよね、と言い、大きくうんと頷いた。
 親友の力強い言葉はなによりも心強い。それだけでまっすぐにいられると、蘭は思う。たとえ、そ
こに散散たる結果が待ち受けていたとしても。

 ふたりでせっかくやってきたというのに、工藤邸からは一向に人の気配がなかった。返事のない呼
び鈴に諦めて背を向けたとき、蘭と園子に声がかかった。
 渦中の彼女だった。
 新一は阿笠邸にいる、と言う。それを訊いて、園子は手間が省けた、と言うし、あの彼女は邪魔だ
から引き取って、などと冗談ともとれない冗談を言う。
 訳がわからなかった。訳がわからないまま、ずるずると引きずられるようにして阿笠邸へとあがっ
た。
 どうぞ、という声がして、目の前に紅茶が置かれた。ありがとう、と言い、ひと口啜る。啜りなが
ら、ふたりの様子を交互に見た。
 新一は我関せずと、本に夢中になっているし、あの彼女はキッチンに戻って、珈琲を淹れているよ
うだった。
 ふうん、珈琲なんだ、と蘭は思い、一年か、とつぶやくように言う。待ち続けるだけしかできなか
った時間。なにもできないであっさりと過ぎ去ってしまったことに、中途半端に哀しくなっていた。

「どうしたんだ、ふたり揃って」
 あの彼女が珈琲の入ったカップを置く。と同時に、杞憂の原因である新一が訊いた。
 どうしたじゃないでしょう、とため息とともに答えたのは、あの彼女だった。
 彼女が視界に入るとほとんど無意識に身体をこわばらせてしまう。頭の中を過ぎる、唇を重ねたふ
たり。思いだすたびにため息がこぼれてしまう。
「彼女が迎えに来てくれたのよ。さっさと帰りなさい」
「いーじゃねーか。どうせ飯もここで食べるんだ。このまま居る」
 新一は言い、開いていた本にふたたび視線を落とす。
 わがままを言う子どものようだと、蘭と園子はぎょっとして、ふたりの様子に沈黙してしまった。
「ご飯の時間になってからいらっしゃい」
「ここにいるのはいつものことだろ」
「論文を仕上げたいの」
「志保は地下に行けばいーじゃん」
「あなた呼びつけるじゃない。うるさいもの」
「珈琲はあと食後でいい。おとなしくしてる」
「いつも口だけでしょう」
「俺、信用ない?」
「欠片もないわ」
「ひでっ。すっげー傷つくんですけど」
「蘭さんに癒してもらいなさい」
「お前なあ、仮にも主治医だろーが。心の傷は身体の不調にも影響すんだろ」
「精神は守備範囲外。おあいにく様ね」

「あれ、新一くん?」
 新一と志保が会話を交わす中、園子はぽつりと訊く。
 たぶん、と蘭は苦笑しながら弱々しく頷く。ふたりで顔を見合わせ、ぎこちなく笑う。その間も渦
中のふたりは話続けている。
 言いあっているかのように思える会話も、対等に接して遠慮がないだけだ。でも私の知っている新
一は昔からかっこつけのはずだし、私とはもっとやんわりと噛んで含めるような話し方をする。自分
と話す様とはまるでちがう、なめらかな会話。
「変わったみたい?」
 園子もそう思うよね、とふたたび蘭は頷く。
「もう少し、かっこつけだったよね」
 春休みに会ったときは、あんなに幼くなかったよ。蘭は困惑した表情をして、ふたりを見つめる。
 見つめながら、はっきりさせるべきことを思いだす。蘭はソーサーごとカップを机に置いて、顔を
まっすぐにあげて背をぴんとさせる。

「ひとつだけ訊きたいの」
 蘭はふたりの会話を遮るように、唐突に話し出す。となりに座る園子が緊張した顔になるのがわか
って、にっこりとした顔をむけて、大丈夫だから、と言う。
「新一が春休みに帰ってきて、初めて電話をくれる少し前にね」
 蘭は言い淀みながら、ゆっくりと言葉をつむぐ。
「博士の家の前で、その、彼女と…」
「”キスしてた”」
 三人が一様に志保の顔を見る。
「そう、キスしてたって訊きたいんでしょう」
 志保は小さく笑う。蘭はたちまち赤面して沈黙してしまった。
「間違えているんじゃないかしら」
 志保はあっさり答えた。落ちついていた新一の顔が急に歪んで、志保、と強く言う。いいから、と
咎めて志保は続ける。
「たぶん、黒羽くんと間違えているのよ」
 彼、工藤くんと似ているから。背格好も、顔さえも。
「会わせてあげたいくらい」
 志保は同意を求めるみたいに、ね、と新一に言う。新一は顔を歪めたままだったけれど、曖昧に頷
く。志保はあいかわらず小さく笑ったままだ。
 黒羽くん、と言われたって、どこの誰だかちっともわからない。けれど、あのキスの相手が新一で
はない。途端に嬉しくなって体中の力が抜けていく。立ちこめていた霧がいっぺんに晴れたみたいな
清々しさ。
「それに、工藤君に幼なじみのかわいい彼女がいることは知ってるわ。お似合いのカップルですもの」
 私は単なる医者。だから気にしないで。志保は言い、ぬるくなった珈琲を啜る。
「お前なあ、あんな───」
 言わないで、と言って、志保は新一の口に指を当てた。
「主治医だって的確な表現よ。私がいなければ、あなたは生きられないのだから」
 もう、おしまい。志保は子どもに言い聞かせるように言って、新一の背中をポンとたたく。
 ふたりの距離がないとか、会話がなめらかだとか、来たときには思った不穏なことも、もうどうで
もよかった。新一は待っててくれ、と言って、私はそれを律儀に守って、約束通りにちゃんと帰って
きてくれたのだから。杞憂は杞憂だった。単なる取り越し苦労。

 蘭は残っていた紅茶をごくりとひと息で飲み干して立ち上がった。
「新一、帰るよ」
「は?」
 その場にいた誰もが唖然として蘭を見た。だから、帰りましょう、と繰り返して言う。
「えっと、志保さんだっけ?ごめんね。新一がお邪魔したみたいで」
「え、いいえ」
「ほら、新一行くよ」
「ちょっと、蘭ったら、いいの?」
 園子は慌てている。でも、うん、いいの。と言う。
「だって、お医者様なんでしょう。彼女、私たちのこと知ってるみたいだし」
 志保が新一の背中をポンと押す。
「長いあいだ、待たせた彼女なんでしょ。ほら」
 蘭に便乗して志保が言う。
「蘭さんにお願いするわ。工藤くんのこと、見張ってて」
 志保の穏やかな物言いでないことに驚いて、玄関へと向けた歩みを止めた。
「派手な行動を自重するように。むやみやたらに出歩かないこと。風邪でもなんでも、体調の異変が
少しでも見られたら、すぐにでも連れてきて。でないと」
「でないと?」
 目が怖かった。人を見透かすあの目。
「目立てば殺されるわ。体調が悪化すれば死ぬわ。だから、頼んだわよ」
 もういなくなって欲しくないのでしょう。
「・・・うん」
 ごくり、と息を呑んで、首をたてに振る以外できなかった。彼女のはっきりとした強い口調は、冗
談ではなく真剣そのものだ。



+++
 新一がふたたび志保のもとに来れたのは、陽が沈んでからだった。蘭はおっちゃんの夕食の用意を
気づかせるまで、とても解放なんてしてくれそうもない勢いだった。
 いろんな表情をする蘭を知っているはずだった。けれど、あれだけ上機嫌で、かと思えば、目を潤
ませて懇願するように見る彼女は、異様と言ってもよかった。
 蘭が帰ったあとに残ったのは、ぐったりとするような疲労感。はっきりさせてしまうことに対して
躊躇する焦燥感。
 志保だって、米花町へともどってからというもの、どうにも手に負えない。いや、もともと手に負
えるような女ではなかったのに、伊豆で抱きしめた彼女は夢だったかと思うほど、今ではもう影も形
もない。
「持ち帰らないでね」
 伊豆から帰る間際、志保は唐突にそう言った。
 なにを、と訊くと、ここでのこと、私たちのこと、と言う。なんで、とさらに訊くと、蘭さんを傷
つけたくないから、と言う。まるで他人事のように言ってのけるその様子は、つい数時間前までのそ
れとは不釣合いなくらい、滑稽に見えた。
 まったく滑稽だ。志保も園子も、あるいは自分でさえ、傷つけたくないと、必死で蘭をかばう。
 こんなはずではなかったのに。そう思いながら、新一は合鍵で玄関をがちゃりと開けて阿笠邸へと
入っていく。そうしてまっすぐに地下へと向かう。途中、博士が新一の歪んだ顔にどうしたんじゃ、
と訊いたけれど、なんでもねぇよ、とだけ言ってそのまま通りすぎた。
 
 志保はいつものように地下にいて、論文を書きしたためているようだった。
 新一の存在に気づいて、志保はごはん?と訊く。なにもなかったように言う志保に、そんなことじ
ゃねえ、と咎めた。
「随分、怖い言い方するんだな」
「正直に言ったまでよ」
「蘭も園子も怖がっていた」
「それくらいでちょうどいいのよ」
 あなたにも。彼女にも。志保は言い、振り返ったところで目があう。
「まさか、お前が蘭を丸めこむとは思ってなかった」
「お褒めいただいて、痛み入るわ」
 志保はにっこりと笑う。これで元どおりでしょう。ふたたび背を向けて、パソコンへとむかう。
 元どおり。志保にそんな風に言われるのは、不愉快でしかなかった。
 蘭に指摘されたあのキスの一部始終だって、自分もあるいは志保でさえ、蘭がいたことはわかって
いた。わかっていて、志保に手を伸ばした。そうして、あてつけるようにしてキスをした。
 伊豆から帰ってきたその日の昼下がり。
 志保は、いい訳を考えておきなさい、と言ったけれど、弁解することなんてちっとも思い浮かばな
かった。

「あなた、勘違いしてるのよ」
 一点を見つめたまま、志保は言う。
「あの閉ざされた空間にふたりきりしかいなくて、それであなたは魔が差したの」
 それだけなのよ。感情をこめずにそう言って、こちらを見ようともしない。
 もし、あの時間がなかったら、と新一は思う。志保の言うとおり、ほとんどなんの迷いもなく、蘭
を好きだと疑わずにいたのかもしれない。ただ、あの閉ざされた時間があって、それで気がついてし
まっただけだ。
 決して後悔しているわけでもない。むしろ、あれでよかったのだと思っている。あのとき、志保を
放っておけなかったし、抱きしめていたかったのだ。
 新一は黙って志保に近づいた。志保はなによ、と訝しげにして見上げた。
 そうしてなにも言わずに、唇を塞いだ。堰を切ったように、互いの手が互いの頭と背に回り、舌が
絡み、時が永遠かと思うほど存分に味わって、ようやく離される。
「こんなキスしても?」
「それでも、あなたはここにいるべきではないのよ」
 行き止まりだ。まったく動じる様子もない志保に、新一は深々とため息をついた。
 志保は思ったより頑固なのだ。彼女の意思を曲げさせるのには、骨を折るくらい苦心する。
 わーった、ため息とともにそう言って、新一は阿笠邸をあとにした。


 大変お待たせしました。更新遅めと予告した通り、本当に遅めです。
 もしかして、と思うのですが、ブログに載せたこれを見たという奇特な方が中にはいらっしゃるかもしれません。
 大まかな筋としては変わっていませんが、読みやすくなったかと思います。たぶん。
 どうも全体の歯切れが悪くて、4、をごっそりと書き直しました。(ブログも修正済)
 ごめんなさーい!(泣)
 次回の更新もまちがいなく遅めです。次回は5、恋人に望むこと、その次は6、罠(仮)、次は7、俺の女(仮)。
 てな感じです。今ほしいのは果てしない自由な時間とどこでもドア。それではまた。













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