第18話 4月 4日(月) きっと何部にも入れないお前たちに告げる
現在の所持能力
①リーナマリーの身体能力
②そこそこの学者の知能
③そこそこのアイドルのメイク技能
④コッキーのシャーマン能力
⑤そこら辺の生徒の 手首から糸を出す能力
●目標「部活に入ろう」
●詳細「本日は部活動説明会、色々見て回って入る部活を決めよう」
「……よし、行くか!」
俺は気合を入れてドアを開けた。
「暗いな。ルイージマンションかよ」
おどけている俺の後ろでバタンと扉が閉まりガチャンと音がした。ドアノブを手に取り回そうとしたが動かない。
「鍵かけられたか、どうやら大歓迎ってわけじゃないみたいだな」
カーテンが全て閉め切られた建物の内部は暗い。やがて目が慣れてくると、ここが白と黒の市松模様の絨毯が敷き詰められた広々としたホールであること、そしてその中央に大きな円卓と15脚の椅子が配置されていることがわかった。
「ん? どうしたんだ?」
「……」
先に入ったリーナマリーが円卓の少し手前で立ち止まっていた。俺は歩いて顔を覗き込む。リーナマリーは何を言うでもなく円卓の向かい側の席を睨んでいる。
「?」
俺も目を凝らしてみる……するとそこには思いがけない人物が座っていた。
「よう、来やがったな」
座っていたのはカイゼルヒゲを蓄えた袴姿のオッサン。そんな威厳たっぷりの風貌とは裏腹に、口調は軽い。こんな特徴的な人物は日本に一人しかいない。
俺が『ゲッ西園寺竜王!? なんでここに!?』と言うよりも早くリーナマリーが「やってくれたわねっ!」と叫びながらオッサンに向かって一歩を踏み出していた。
それを見て竜王は舌打ちする。
「落ち着けバカ生徒。そんなんじゃあ淑女になれねぇぞ」
竜王の指が弾かれると同時にリーナマリーがフッと消えた。
「なっ!?」
「おっと動くんじゃねぇぞ? この部屋にはそこかしこに落とし穴が設置されてんだ」
俺は踏み出そうとしていた足をピタリと止める。竜王は嘘もハッタリも言わないことで有名なのだ。竜王が『そこかしこに落とし穴がある』と言うのなら本当にある。約束は絶対に守る最高の政治家かつ最強のヒーローが西園寺竜王なのだ。
「リーナマリーは無事なんでしょうね?」
「安心しろい、我が校の生徒を危険にさらす真似はしねぇよ」
俺は竜王の発言に眉をしかめる。
「娘、じゃないんですか?」
「俺は子供に蛇蝎の如く嫌われてるんでな」
竜王はカッカッカと笑った。それはヒーローの先輩としての笑みでもあり、父親として娘の反応を楽しんでいる笑みでもあった。
「……そうですか」
俺はホッと胸をなでおろした。イヤ、マジでリーナマリー側から聞いた話だと実の子じゃないとかそういう話もありそうだったんでな。
「それで、俺……いや俺とリーナマリーを呼んだ理由はなんですか?」
「ああ、スマンスマン。そこにかけてくれぃ」
竜王はそう言って椅子に座るように促してきた。しかし俺は苦笑して肩をすくめる。
「はい、と言いたいのは山々なんですが……落とし穴の場所を」
竜王はニカッと笑った。
「簡単だよ。黒い所は全部落とし穴だ」
「……それはどうも」
俺は喉をゴクリと鳴らしてツバを飲み込んだ。この落とし穴の数はちょっと予想していなかった。そして柄にもない冷や汗を垂らしながら白い床のみを踏んで進み、椅子に到達した。
「結構な深さの穴ですね」
通る途中、リーナマリーの落ちた穴を覗いたのだが光源のない室内から見る落とし穴は暗く、底が見えなかった。
「安心しろぃ。殺す気で育てはするが殺そうとは思ってはいねぇよ。そもそもこの程度の罠では俺の子供は死なんさ」
「ドSですね」
「よく言われる。さて、それでは本題に入るとしようじゃねぇか」
竜王は円卓に肘をついて俺を見る。碇ゲンドウさながらだな。
「村主公人、そして西園寺リーナマリーに退学処分を命じる」
「……は?」
あまりにも一方的かついきなりな退学勧告に俺は呆気にとられた。そんな俺を放置して竜王はあたかも苦渋の決断をしたかのように目を閉じて首を横に振る。
「皇衆会に入る資格を持った優秀な生徒を手放すのは惜しい。しかし、これは決定事項だ、悪ぃな」
「どういう事だよ!?」
俺は円卓にバンっと手をついた。円卓から振動が伝わり建物が揺れる。しかし、その程度のことでは竜王は動じない。こちらを射抜くような視線を送ってくる。
「納得いかねぇか?」
「あったりまえだ! 俺がこの学校に入るためにどれだけの苦労をしたと思ってんだよ!」
竜王は「ふぅ」っとため息を付いた。そして一語一語を杭で打ち込むかのようにこう言い放った。
「努 力 や 苦 労 な ん て ヒ ー ロ ー に な る も の は 誰 で も や っ て ん だ よ」
「グッ……!」
名実とともに世界トップの竜王の言葉だ。迫力が違う。流石の俺も少し怯んだ……しかし、すぐに自らを奮い立たせ竜王に向かって掌を伸ばし、握りつぶすように拳を作って言い放った。
「俺 を そ こ ら の 雑 魚 と 一 緒 に し て ん じ ゃ ね ぇ よ」
「……」「……」
数秒間の沈黙が市松模様のホールを駆け抜けたあと、竜王が初めて口角を上げた。
「そこまで言うのなら見せてみろ。村主公人のしてきた苦労の成果をな」
竜王が指をパチンと弾く。「何を」しやがる、という俺の言葉は最後まで竜王に届くことはなかった。なぜなら……
「白が落とし穴じゃないとは言ってない、か」
高速で落下する椅子に座ったまま俺は呟いた。落とし穴だ。やられた。竜王が指を弾いた瞬間、竜王の周辺を除く全ての床が落ちたのだ。
「『こんなことするか?』ってことを率先してするのが西園寺 竜王だってのは解ってるつもりだったのに完璧に油断してたな」
俺は「あーあ」とため息を付いた。冷静でいるように見えてかなり落ち込んでるのは理由がある。それは『竜王にまんまと嵌められたから』という小さなものではない。密かに頭の中で押していたストップウォッチが2分57秒で止まってしまったのだ。
「あと3秒で竜王のスキルをコピーできたんだがなぁ……まあ俺のスキルは竜王も承知の上か」
竜王があのタイミングで落とし穴を使ったのはワザとだろう。あのヒーローはそれくらいの事はする。
「……それにしてもこれどこまで落ちるんだ?」
かれこれ俺は十数秒ほど落ち続けている。もうそろそろ地面に到達してもいいと思うのだが、下を向いてもまだ先は見えない。俺は「まさかこのまま落ち続けるなんてことは……ないよな?」と苦笑いする。冗談じゃない。そんな氷河期の就活みたいな感じになってたまるか!
プシューッ!
「うぉっ!?」
そろそろ糸を飛ばすかどうかを思案しはじめた瞬間、壁からピンク色の煙が噴射された。
「クッ!? 吸い込んじまった!?」
慌てて口を塞ぐがもう遅い。俺の意識は急速に遠のいていった。
「睡眠ガスかよ……こ、こんなことなら俺の心臓が止まった途端スマホが爆発するような設定をしとくんだった…………」
■目標「部活に入ろう」
■結果「部活には入れなかったが眠りに入りました」
西園寺リーナマリー(寝ながら)
「……やだもう……キミトやめてよ……たこ焼きにバニラエッセンスは邪道よ……」
「……ウェヒヒ…………蓮花ちゃんKAWAII……」