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一人鬼ごっこ

作者: 藤野

「始終」と合わせてお読みください。

 男は逃げていた。

 何からかはわからない。後ろを振り向いても、追いかけて来るものの姿は見えないのに、それでも何かは近づいて来ている、と感じていた。その何かから、もう長いこと逃げ続けている。

 男は、どうして逃げているのかもわからないでいた。気づいた時には逃げ出した後だった。きっと、忘れてしまったのだろう。

 相手も理由もわからないまま、闇雲に逃げている。ここがどこなのかも知らない。ただ、人と人との間を縫うようにして逃げていた。

 もう、どれくらい逃げ続けているのだろう。左の手首を見ても、周囲を見ても時計は無い。人々は一度も男に目を向けることはなく、現れては消えていく。


 「そうだ、人混みに紛れてしまえばーーー」


 男は、人々の消えていく先に目をつけた。当てもなく逃げ続けていては、いずれ捕まってしまう。捕まったら終わりだ。逃げなければ。逃げ切らなければ。

 流れの中にそっと自分を紛れ込ませて、乱すことのないように同じ速度で移動する。その間にも何かが近づいて来ていると感じていたが、誰も騒ぎ出したりする気配がないから、見つかっていないのだと思う。

 少しの余裕ができて、近くにいる人の話を聞いてみたが、男には彼らが何を言っているのかわからなかった。人の数が多いからか、雑音が酷い。男は早々に諦めた。

 さて、これからどうしようか。人の行き着く先には限界がある。流れが途絶える前に、次の手段を考えなければならない。いや、まずは人々がどこへ向かっているのかを知らなければならない。


 「この先に、何があるんですか?」


 隣の人に尋ねてみるも、聞こえていないのか返事はない。逆隣のひとも、前の人も、後ろの人も、誰も。それが、とても気持ちが悪いと思った。

 今度は、すれ違う人に聞いてみた。声は聞こえなくとも、手を上げるなりすれば気づいてくれるだろう。

 ちょうど、向かってくる人がいた。ヒールをかつかつと鳴らして、時折時計を気にしている。まずは声を掛けてみた。反応はない。手を上げて、振ってみた。反応はない。大きく動かしているのに、どうしてだろう。不思議に思っても仕方がない。男は、肩を叩いた。

 彼女は心底びっくりしたように体を跳ねさせて、辺りを見回した。その目が自分を見ることはない。必死だった表情が強張っていき、青ざめていった。ヒールの音が遠ざかっていく。緊迫した面持ちで逃げるように駆け出して行く後ろ姿を見送った。

 ああ、そうだ。自分も逃げなくては。あれはもうすぐそばにーーーそこで、男は気がついた。

 逃げ切ることなど、不可能だったのだ。

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