悪役令嬢は、やっぱり、メンヘラです(終話)
最後は、ディアンテ視点です。
「ディアンテ、今日も頑張ったね。ほら、おいで」
そんな、初対面の時からでは考えられない、甘くて優しい声に誘われて、私は、その腕の中に飛び込むと、遠慮なくその胸にすり寄った。
アリス王太子殿下は、そんな私に対して、嫌がる様子を見せるでもなく、むしろ、ご機嫌にクスクスと笑う。
こんな関係は、私たちがそれぞれ、実際に国王陛下や王妃殿下のお傍について仕事を教えていただくようになってからのことだから……14歳の時から続いている。もう、かれこれ、2年だ。殿下と正式に婚姻を結ぶのは18になってからだから、あと2年くらいこんな感じが続くと思う。
はじめは、こんな関係、殿下が面倒臭くなって、すぐに、なくなるだろうと思っていたんだけど、思いのほか2年も続いてしまったので、このまま少なくとも2年は、この状況が維持されるような気がしている。正直、婚姻がなされたら、どう転ぶかわからない。……なんてことをうっかり殿下の前で口にしてしまい、“そんな心配しなくてもいいんだよ”とめちゃめちゃ甘やかされた。
私が何を言おうが、殿下は、重いだの鬱陶しいだのと言うことなく、それどころか、やり過ぎなくらいに甘やかしてくれるので、私も、つい、殿下の前だと気が抜けて、頭で考えていることが、言っていいことかどうかとか、どういう言い方をするべきかとか……色々と考える前にぽろっと口から出てしまう。
……ええ、もう……私が不安になるくらい、殿下に依存しきっています。殿下がいなくなってしまったら……殿下に捨てられてしまったら、私は生きていくことができなくなるのではないかと言うレベルに依存してしまいます。
その“もしも”のことを考えると、恐ろしくてならないんだけど、今のところ、殿下が私を捨てるような兆候は見えない。……私の性質上、それでも安心しきることはできないんだけど。
6歳のあの日、イオアネス様から、アリス殿下は、私に劣等感を抱いているということを聞いて、ひとつだけ、対応策を思いついた。
バランスを取ることである。
しかし、一か八かの策であるとも思った。
なんのバランスをどうやって取るかというと……仕事面では私が優位になる代わりに、私生活――精神面では殿下に、私が頼り切りになることで、トータルでの力関係のバランスを取ろうということなのだ。
私の弱点は何か、そう考えた時、精神の脆弱さが、まず、頭に浮かんだのだ。
私が自分のことを大嫌いであるがために、大嫌いである要因ともなる“弱点”は、潰せるならとことん潰すことにしている。それは、私にとって……私の精神衛生上、必要なことである。それを考えると、一生私の弱点のままであり続ける部分と言えば、精神の脆弱さ以外のものは断言できない。
……ええ、それだけは、きっと、一生私についてまわるものでしょう。悲しいことに。
私は完璧人間などではなく、ちゃんと欠点のある人間であると理解していただくことも必要だけど、その上で、私が殿下を支えるだけでなく、殿下に私も支えていただいているという実感を得ていただくことが必要だと思ったのだ。
殿下は、私にとって必要な人間であり、殿下がいないとダメなんだと、殿下に自信をつけていただく必要がある。
色々と遠回しに語ってしまったけど、簡潔に述べると……仕事でバランスが取れないなら、私生活のバランスも傾け、総合でプラマイゼロにしましょうかっていう……。
なんなら、いずれは、殿下が私の能力を上回ったとしても、殿下さえそれでよければ、仕事面とプライベートの両方とも殿下にリードしていいただくのは、私の心情的には構わないのだ。
たださ、殿下が、メンヘラな私のことを、重い、面倒だって思ってしまったら成り立たないわけですよ。私のさらし損なわけですよ。そんなことにでもなれば、私、立ち直れません。また、自殺しかねません。
ものすごく迷いましたが、6歳の時点では、結局、怖気づいて実行できませんでした。
辛うじて、殿下に“国を守る同志として認めてください”とお願いし、認めていただいたけれど。
幸いだったのは、アリス殿下が、私が前世で読んだ悪役令嬢物語に出てくる王道な馬鹿王子なわけではなく、6歳ながらも、ちゃんと物事や自分の立ち位置に関することがわかっていらした方だったことである。
きちんとお話のわかる方だったので、私がきちんと接すれば、きちんと返してくださる。
しかし、年を重ねるごとに、殿下は私と距離を置くようになってしまわれた。やはり、劣等感について、どうにかしなければならないらしい。
再び、そのことに悩み始めたのが8歳の時。
殿下のお人柄の良さはわかっている。殿下が私を避け出した時も、イオアネス様が、殿下は、私のことが嫌いなわけではなく、一緒にいたら当たってしまいそうになるとこぼしていらっしゃったと教えてくださった。
やっぱり、バランスを取らなければならないのだろう。別に、プライベート――精神面で、殿下に頼り切りということについて、私の方に関しては問題ない。しかし、この、重っ苦しいまでのメンヘラ具合な私を、殿下が受け止めてくださるかどうか……。
悩んでるうちに、殿下との距離は広がっていくばかりで、もうそろそろ、なんらかの手を打たなければマズいだろうと腹をくくるのに、1年近い時間を要してしまった。
……のわりに――私の心配や不安をよそに、殿下は、初めは戸惑っていらしたようだけど、案外あっさり、私を受け止めることに成功してしまったのだ。
臆病者な私は、はじめは、控えめに殿下を頼っていたんだけど、“俺をもっと頼れ”と言われるたびに、どんどんと私の精神的脆弱さが露呈していき、殿下も殿下で、なんなく受け止めてしまうのだ。殿下が私の弱さを否定したり、気持ち悪がったりしたことは、これまでに、1度だってない。
……それどころか、殿下は、私が甘えるたびに、私が弱音を吐くたびに、私の言動の重さが増すたびに、嬉しそうに私を甘やかすのだ。もう、殿下の懐は底なし沼だと思った――ん? もしかして、言い方が悪かったかな。これ、褒め言葉だよ?
どれだけメンヘラな言動をしても、なんなく受け止め、私を可愛がる殿下に、私が依存してしまったのは、必然と言ってもいいだろう。
……前に、どこまでのメンヘラ発言なら、殿下は許容できるんだろうと思って、試したことがあるんだけど、私が思いつく限りのメンヘラ発言全てを受け止めてみせた。正直、ある意味、怖かった。
「可愛い可愛い、俺だけのディアンテ……。ディアンテ? もっと、こっちにおいで? 明日のために、いっぱい、俺に甘えてね?」
これまでにないってくらいに甘えさせてもらっているのに、殿下は、もっともっと甘えろという。殿下の懐の深さ……!
「ディアンテ? 俺の名前、呼んで? 愛しいディアンテ?」
「アリス……大好き」
「うん。俺も愛してる」
思いっきり愛情表現されると安心する私の性質にまで気付いているのか、殿下は、惜しみなく愛情表現をしてくださる。
昔は、こんな関係を築くのは無理だと思っていた。良くて、戦友だろうなと。恋愛感情があるかどうかは、今になってもわからないけど、お互いに思う存分寄りかかれる存在になれたというだけで十分だと思う。
「ディアンテ……ずっと、俺の腕の中にいてくれるよね?」
「もちろんです」
「……ディアンテが安心して甘えられるのは、俺だけなんだよね?」
「はい」
「ディアンテは、俺がいなきゃ生きていけないんだもんね?」
「はい」
………………ん?
ちょっと、待って。
なんか、話が怪しい方向に流れていってはいないでしょうか。
少しの違和感を持った私に気付いているのか、いないのか……殿下は、言葉を続けた。
「ずっと、そのままでいてね? ディアンテ」
……ちょっと、待って。ちょぉっと、待って!
なんか、ちょっとヤンデレ入ってない? この展開からすると、少しでも他人に心許そうものなら、死亡フラグ建設しちゃうような予感がひしひしと致してしまうのですが……。
まさか、私のせいか。
そして、アリス王太子殿下と、婚約者・ディアンテ嬢の生活は続く。
読破おめでとうございます。そして、ありがとうございます。一応、このお話は、これにて完結とさせていただきます。
この結末に落ち着くことができたのは、仮想中世ヨーロッパのこの世界では、廃人という言葉は辛うじて存在しているものの、そこまででない精神病についての認知がなされていないから、ディアンテがそこまで異常であると認識されなかったからであります。……いや、それだけではないですね。アリス殿下にもメンヘラ要素があったのも要因のひとつですね。
殿下は、まだまだ、ヤンデレに片足突っ込んだ状態ですが、これから、どんどん、順調にヤンデレとして成長していくことでしょう(笑)
まあ、ディアンテも依存しているわけですし、お互いさまです。
下手して、ディアンテが自殺したり、アリス殿下に愛故の致命傷を負わされないように祈ってあげましょう。