嫉妬の神様
人の感情は、どんなものでも時間と共に失われていきます。
それは、ものわすれの神様が感情を摘み取ってしまうからです。ものわすれの神様は、その摘み取った感情をそのまま捨ててしまいます。
ものわすれの神様が摘み取った感情は、それぞれの感情の神様に拾われます。
喜びは、喜びの神様に。
怒りは、怒りの神様に。
哀しみは、哀しみの神様に。
楽しみは、楽しみの神様に。
それぞれ、拾われていくのです。
感情の神様たちは、拾った感情を、また人に植え付けていきます。
嫉妬の神様も、そんな感情の神様の一人で、嫉妬を拾っては、人々の心に植え付けていました。
嫉妬の神様が嫉妬を植え付ける相手というのは、ある共通点があります。嫉妬を植え付けられる人の隣には、必ず成功の神様に成功をもらった人がいました。
成功の神様は、きちんと努力した人が上手くいくように、ほんのすこしだけ手助けをしてくれる神様です。
けれど、嫉妬を抱いた人は、その人の努力なんて知りません。
嫉妬はふくらみ、成功と幸せを手にした人を傷つけていきます。
成功の神様は、一生懸命がんばった人が、大切な人に傷つけられていくのを見て、いつも胸を痛めていました。
成功の神様は、何度も何度も、嫉妬の神様にやめてもらうように言いました。
〝なによ、あなたはいいわよね。みんなに感謝される神様なんだから。わたしは仕事をしても、そうやって嫌味ばっかり言われるのよ〟
嫉妬の神様はいつもいつも、そんなふうに成功の神様に返して、上目遣いににらみつけるのです。
成功の神様は黙るしかありません。
成功の神様は知っていました。
神様には、ふたつに分けられます。
成功の神様のように、想いが形になった神様たちがそのひとつです。
そして、もうひとつが悟りを開き、神様となった人間たちです。
感情の神様たちはみんな、その感情を強く想い、その全てを知った人間だったのです。
喜びの神様は、出逢いの喜びを。
怒りの神様は、傷付けられる怒りを。
哀しみの神様は、ひとりぼっちの哀しみを。
楽しみの神様は、いっしょにいられる楽しみを。
知って、抱いて、大切にして、そして、ものわすれの神様に拾われたのです。
嫉妬の神様は、ありとあらゆる嫉妬を、その醜さも苦しさも、愛おしさも切なさも、全て命に刻みこんできました。
そんな彼女が報われないというのは、成功の神様も嬉しくありません。だから、黙ってしまうのです。
成功の神様が、黙ったまま手助けをした人を見れば、びしょぬれになっていた。嫉妬した人に、水をかけられたのです。
成功の神様がちらりと後ろを振り返れば、やはり髪をリボンで結んだ嫉妬の神様がそこにいました。
どうして、こんなに嫌われているのがろうかと、成功の神様は頭を悩ませます。
しかし、いくら考えても、答えは見つかりません。
嫉妬の神様は、ある日突然、成功の神様にいやがらせを始めて、それから、ずっとそばにいるのです。
どうにかできないものかと、成功の神様は考えます。
説得は、失敗しました。
遠くに逃げても、何故かすぐに追いつかれます。
隠れていては、お仕事ができません。
〝お困りですか〟
思い悩む成功の神様に、にこにこと素直の神様が声をかけました。
そういえば、今は嫉妬の神様もいません。ものわすれの神様のところに、嫉妬を拾いに行ったのでしょう。
〝ええ、少し〟
成功の神様がそう答えると、素直の神様はくすくす笑います。
〝生まれてからずっと神様である貴方がそんなに悩むだなんて、とても不思議ですね〟
成功の神様は、肩をすくめて答えました。
〝私達、神様を困らせるのは、いつもヒトですよ〟
なるほど、と素直の神様はうなずきました。
〝うちの神様が迷惑でもかけましたか。そういえば、嫉妬の神様はいつも貴方のそばにいるようで〟
成功の神様はうなずき、これまであったことを全て素直の神様に打ち明けました。
それを、うんうん、と相づちを打って、素直の神様は聞き届けると、こんなことを言いました。
〝どうか、あの子の言葉に耳を傾けてくれませんか。声になる言葉だけでなく、声にならない言葉にも〟
成功の神様は、素直の神様が言うことをうまく理解出来ずに、首をかしげます。
けれど、素直の神様はそれ以上なにも言わずに立ち去ってしまいました。
そして、しばらくすると嫉妬の神様がやってきました。
成功の神様は、素直の神様との会話を思い返しながら、見るともなしに嫉妬の神様を見つめます。
〝なによ〟
嫉妬の神様は、いつも以上に不機嫌な声とともに、成功の神様をにらみます。
〝貴女は、どうして私に着いてくるのですか〟
成功の神様が聞くと、嫉妬の神様はさらに眉間にしわを寄せます。
〝どこにいたって、あたしの勝手でしょ〟
そう言われては、成功の神様も黙るしかありません。
そうして、重い空気が二人の間にただようのを、素直の神様は隠れてみていました。
そして、やれやれと首を振ると、素直の神様は、ついうっかり手をすべらせて、手にしていた素直をひとつ、落としてしまいました。
素直の神様の手から落ちた素直は、ころころと転がり、こてん、と嫉妬の神様の頭にあたり、リボンをほどいてしまいます。
ふありと、黒くてつややかな髪が、成功の神様の目の前で踊りました。
すると、嫉妬の神様が顔をうつむけます。
だいじょうぶですか、と成功の神様は嫉妬の神様を心配します。彼には、嫉妬の神様になにがあたったのか、わからなかったのです。
〝だいじょうぶ。……心配してもらえて、うれしい〟
成功の神様は、耳を疑いました。
いったい、今の可憐な声はだれが発したのかと、あたりを見回します。とうぜん、成功の神様には、その声が嫉妬の神様によく似ていたことも、ここに他のだれかがいないこともわかっていましたが、それでも信じられなかったのです。
そんなとまどう成功の神様を見て、嫉妬の神様はぽろぽろと涙を流します。
〝一目見た時から、ずっとあこがれだったの〟
〝それに、うらやましかった〟
〝あなたは、人を幸せにできるのに、あたしには、人をダメにするしかできなくて〟
〝くやしくて、くやしくて、たまらなかったの。自分のことが〟
そこにいたのは、素直になった嫉妬の神様でした。
その後は、涙で声も顔もぬれてしまって、もう言葉になんてなりません。
成功の神様には、そんな嫉妬の神様の肩を抱くしか、できませんでした。
〝嫉妬は、憧れの裏返し。素直な彼女は、憧れの神様に似てるね〟
ぽつりと、素直の神様がもらしたのは、だれも聞いてません。
泣きじゃくる嫉妬の神様を、なぐさめることもできずに成功の神様が困っていたら、ものわすれの神様がやってきました。
その手には、嫉妬の神様のリボンが握られています。
ものわすれの神様は、たおやかなその手で、嫉妬の神様の黒髪をまとめ、リボンで結びます。
そして、そっとその心をなでると、ころり、と素直が落ちてきました。
〝素直の神様、大切な素直を落としてはいけませんよ〟
そう言って、嫉妬の神様から取り出した素直を、隠れてる素直の神様に向かって差し出しました。
〝はーい。ごめんなさい〟
素直の神様は、素直にそれを受け取り、謝ります。
成功の神様に肩を抱かれたままの嫉妬の神様は、顔が真っ赤でした。
〝ば、ば、ばかー!〟
嫉妬の神様はそう叫び、その場から逃げ出します。
耳元で大きな声をぶつけられた成功の神様は、耳の奥が痛めつけられて、ふらふらしていました。
それから、成功の神様が嫉妬の神様を見かけると、彼女はいつも顔を赤くして走り去るようになってしまい、成功の神様はすこしさみしくなるのでした。
めでたし、めでたし
ところで、素直の神様はそれから、たびたび素直をうっかり落とすことが多くなり、ものわすれの神様にたくさんしかられています。
ツンデレが書きたかったのです。
嫉妬というのは、強い感情ですこし困ってしまいます。けど、その奥には、声にならない言葉には、きっと憧れがつまっているのではないでしょうか。
ほんのすこしの『素直』があれば、きっと仲良しになれると思います。
だから、大切にしてください。そして、気付いてあげてください。
その想い全てで、あなたなのですから。