とある侍女の独白
皆様こんにちは。
私の名前は、ラシェル・グリオリエ。変な名前〜って思ったかた、これからちょっと……素敵なところへ連れていってあげるから着いていらっしゃい?
………とはまぁ、冗談はさておき。
私のことは気軽にラシェルとでも呼んで下さいな。
私は、ラドビエリアシー国の第一王女様であらせられるクリスエル・ラジーネ・ルビス・ラドビエリアシー様付きの侍女をさせて頂いております。
もちろん、第一の侍女ですよ?私は優秀ですからね、ホホホホホ。
……さて、自慢はさておき
私の国、いえ私の住む世界には人間の他に精霊、エルフ、ドワーフ、獣人、竜族などたくさんの種の生き物が住んでおりますの………そう、魔人も。
魔人、もしくは魔族とも呼ばれる彼らはそれはもう横暴を尽くす限りでございました。
有り余る魔の力を使いながら、人間の命を弄び、はたまたエルフやドワーフを乱獲し、獣人を使役し、竜族を平伏させようとなさいました。
…全く、奴らは本当に心というものを持たない殺戮だけを好むような野蛮種ですわ。
そして、私の国はもちろんのこと私の世界に位置するさまざまな国を制圧しようとしました。
ろくでもない奴に強大な力を持たせたらどうなるかの良い例ですわよね。
……悪夢でしかありませんでしたが。
このままでは我々の世界の全てが魔族に蹂躙されてしまうーー…そう、思っていた時でございました。
エルフの国にいる神の声を聞くという巫女姫様が、神からの託宣を受けました。
”禁忌を解放する時である ”
もちろん、それを聞いた我が国共々様々な意見が交わされましたわ。
我々の世界が誕生してから幾星霜、その中でも始祖と呼ぶべき我が国の偉大なる王が開発し、自ら禁じた”禁忌の術 ”
そう、
魔族の王、魔王の強大なる力に対抗できる者を呼びよせる”召喚術 ”です。
しかし、それはまさに禁忌の術でした。
我々の都合で、召喚された相手に魔王を倒してくださいって言うんですもの。なんて情けない話かしら……という理由で私は禁忌とされていたと思ったのですが、少しばかり違いました。
魔王と対抗すべき力を持つ、ということは我々には敵わない人智の力をもつということです。
お分かり頂けましたか?
つまり、その呼び出した者がどのような者か分からないばかりかその力は我々が到底及ばないほどの力を秘めたかたたちを呼び寄せるのですから、もしも魔王を倒した後に、我々に反旗を翻すかどうか分かりませんよね?
ぶっちゃけて言いますと、新たな脅威ができるかもしれないと怯えてるわけですよ。
………本末転倒ですよね。
どのみち恐れてばかりなのは、自分のことばかり。
それは仕方ないことでもありますけど。王様であれば、国の利を一番に考えなければならないのは当然ですもの。
……一部、自己利益しか考えてないかたもいますが。
とにかく、朝も昼も夜も魔族の度重なる脅威に怯えて弾き出した答えが……
もう、お分かりですよね?
結局、魔族の侵攻を止めることなどできません。
ならば、一筋の救い、神の思し召しに賭けようと結論がなされました。
そして、某日、某時刻、私の国で最も神力がおありである神官様が召喚術を行いました。
ちなみに、私の姫様も神力は強くいらっしゃるので召喚術に立ち会うことになりました。ですから、必然的に第一の侍女である私も召喚術に立ち会うことになったわけで…
「ラシェル、私、緊張してきましたわ。一体どのようなかたたちが召喚されるのでしょう」
麗しい御顔に少しばかりの不安と期待を滲ませながら、我が姫様は神官様によって描き、紡がれる召喚術を見つめておられました。
「きっと素晴らしいかたに違いありませんわ、姫様」
……なーんてね。
敬愛する姫様には悪いけど、私としては召喚される人がどんな奴だって構いません。
ただ、一つ思うとすれば”ご愁傷様 ”ですね。
突然自分の今まで生きてきた日常生活から切り離されて、自分とは何の縁もない世界を魔王から救ってくれ…なんて、そんな一方的に他人の尻拭いをさせられなんて、私だったら絶対に嫌ですもの。
それなら魔王どころか世界だってぶち壊してしまっても文句ありませんよね?…というくらいです。
まぁ、そんなこと思うようなかたがいらしたら、私は全力で阻止させて頂きますけど。
仮に魔王を倒したとしても、召喚人をどうするか…という問題もまだ片付いてませんし。
皆さんお気づきかは分かりませんが、これはあくまで召喚術ですから。
召喚したかたを、元に戻すという術は今だ完成しておりません。完成しているかどうかどころか、そんな術があるかも私たちには分かりません。
本当に、不憫でなりませんね。
まさしく貧乏くじです。
召喚されたかたは、おそらく一生分の不幸により召喚されるのでしょう。
………お気の毒に。
そう考えると神も神ですよね。
だって、事の発端は神の託宣からですもの。
そうですね、恨むなら神を恨んで欲しいです。
あ〜神官様ってば、本当にお美しい。
あれで男のかただなんて信じられません。しかもまだ25歳なんですから、狙い時ですよね。
あ、でも競争率が半端ないって聞いてましたし…諦めましょう。ああいうのは、第三者としてドロドロな女の戦争を見ていたほうが面白いですし。
でも、確か第二王女様が神官様に猛攻してますからね〜…もしかしたら一人勝ちを決め込むかもしれません。
神官様、あなたの未来は明るいか暗いか私がきっちり見ていて差し上げますからね!
神官様の唇から漏れる、耳に心地好いハーモニー。それは歌のように聞こえるけど、それこそ召喚術に必要な呪文。
神官様頑張って〜!!…あ、眉間にシワが!!麗しい御顔にシワが〜……!!!……って、どのみち美しいですね。
本当、美人だとどんな顔をしていらしても目の保養です。
神官様の内から放たれる神力が淡い光となって、宙に紋様を描いていきます。
まぁ、綺麗。
小さな金色の光の粒子が降り注ぐようで、素晴らしいです。
神官様の御声が、さらに艶のあるものへとなってきました。
あぁ〜ん、腰砕けですよ!神官様!!そのセクシーボイスは、神官様の技のうちの一つにしてもいいと思います!
……と、いけないいけない。
そろそろ召喚術も大詰めに入ってきました。
神官様の額から滴る汗がまた……ゴホンゴホン、光の粒子がだんだんと人の形を作っていきます。
しだいに、一人…二人、三人……え??
人の形が……一人、二人、三人……四人??
「ね、ねぇ…ラシェル?わたくしの瞳には召喚されたかたが…四人いるように見えるのだけど…」
戸惑うような姫様の声に、私も思わず光の粒子に象られた四人のかたたちを見つめながら頷きました。
「えぇ、私の瞳にも四人いるように写ってます」
「わたくし、召喚されるのは一人だとばかり……」
姫様と話をしている間にも、神官様の紡ぐ呪文により光の粒子は四人の人物を象っていきました。
シルエットで見る限り、四人とも男性のようです。
………何て厄介な。
一人くらい女性がいてもいいのではないかしら??
もし一人でも女性のかたがいたら、私も気軽に話ができたかもしれませんし、もし反旗を翻さないための対策として陛下とのご結構という手もありましたのに。
一つ言い忘れていますが、今の陛下は姫様の兄君です。
姫様の父君…つまり、前陛下は生きておりますけど早々と退位して、今は余生を王太后様と過ごしておられます。
目もあてられないほど、ラブラブなお二人で独り身の女性からしたら”あんな恋愛結婚したいな〜”なお二人です。
今は緊急事態だからと離宮から城にお戻りになられてますが、実質的に治安を動かしているのは今の陛下ですよ。
今の陛下は、お若いのに(といっても、26歳ですが)とても誠実でいずれ国の歴史には名君と謳われるほどのかただと言われています。
女性が憧れる男性No.1なんですよ?さすがは我が姫様の兄君でいらっしゃいます。
お顔は神官様ほど美しいというわけではありませんが、顔の掘りが深く整っていらっしゃいます。神官様が花のような儚げな美貌をお持ちだとしたら、陛下は猛々しい獣のような、はっと目を惹かれる容貌をしておられます。さらに前陛下が即位されていた時には近衛団長として活躍していましたから、服を着ていたら細く見えますけど意外と筋肉はがっしりとついていますのよ?
なぜ知っているか?
もちろん、陛下が近衛団長でいらっしゃる時の訓練を見ていましたから。
姫様が陛下を大変尊敬しておりますので、姫様が陛下の訓練を見学なさっている時に私も見ていたのです。…まぁ、他にも理由はあるのですが。
とにかく役得とはまさにコレですね。
さらに自慢させて頂くなら、私は姫様の第一の侍女ですから陛下と一言、二言以上は話したことがあります。
第一侍女というのは、とても素晴らしい役得でございますね。
まぁ、全ては陛下が私のような下の身分の者にも気さくに話しかけて下さるかたですから…。
でも、不思議なことに陛下は今だ結婚なさってはおりません。
縁談は山ほど来ているはずなのですが、姫様曰く大切なかたがいるから断っているのだとか。
どうやら陛下は今、片思いをしていらっしゃるらしいのです。
陛下でも恋のお悩みがあるんですね、親近感が湧いてきました。
早く実られるといいですね、と姫様に言いましたが、なぜかとても妙な顔をされてしまいました。
あれは一体どういう意味の表情なのでしょう?
あ、今神官様の後ろに控えていた陛下と目があいました。
頭を下げようとして……あら?
なぜか先に目を逸らされてしまいました……うーん、私の顔に何か目を逸らしたくなるようなものでもあったのかしら?
……と、またいけないわ。
召喚術により出てきた光の粒子に象られていた人の姿が、だいぶはっきりと見えてきました。
ん〜…変わった服をしてますわ。四人のうち、二人のかたは同じ服を着ていました。
お揃い?それにしては、随分と…イメージが違いますわね…。
光の粒子の一部がパラパラと地面に吸収されるのように消えていきました。
そして、パァン!!と何かが破裂するような音と共に、召喚された四人のかたたちに纏っていた光の粒子が消え去りました。
「おいおい、どこだよここ。つか、何?そのかっこ?コスプレ?」
最初に口を開いたのは、お揃いの服を着ている二人組のうちの一人です。
髪は陛下の髪のように金髪。ですが、陛下よりは幾分か暗めですね。
瞳は黒に近い…茶色?かしら。
面白いのが、金髪の横サイドの部分だけ赤髪になっていました!髪の隙間から見える耳には、幾つものピアスがつけられていて……彼からはとてつもなく強大な神力を感じました。
さすがですね。
そのピアスは、彼の神官様さえも上回る神力を抑えるたもにあるものなのでしょうか?
「ちょ…っ、サクト。コスプレ以前に何かおかしくないかな?さっきまでいた場所と…明らかに違うんだけど…!」
金髪のかた、サクト様に縋るように腕を掴むのがサクト様と同じ服を着た二人組のもう一人でした。
彼は茶髪は私が思わず妬ましくなるほどサラサラとしていました。男のかたなのに、なんて美しい髪質をお持ちなの…!!あぁ、櫛でめちゃくちゃに梳かして差し上げたい…!!!
サクト様に比べて、身長は幾分か低いようです。男のかたとは思えないくらい華奢なかたですが、しっかり見えましたよ、喉仏。
顔はサクト様よりも優しげな感じで…子供にとても好かれそうです。
サクト様は子供に泣かれそうな感じですね……眉毛が随分薄いですよ。
「ここがどこか、まずはこの人たちに説明を求めるのが先決かと思いますよ」
二人組が何やら話し合っているのに割り込んだのが、四人組のうちの一人。
このかたを目にした瞬間、私も姫様も…おそらくこの場にいた誰もが目を見張ったと思います。
黒髪。
そう、彼は魔王の特徴でもある黒髪だったのです。おまけにとてつもない魔力を彼が秘めているのも分かりました。
彼に対する警戒心がむくむくと沸き上がっていくのを肌で感じてきます。
しかし、それには彼も気付いたのでしょう……あからさまでしたしね。
「何です?殺気などいきなり向けられても困るんですよね。僕たちには今の状況がさっぱり分からないんですから。説明してもらえます?」
彼の黒髪の隙間から見える黒い瞳の異様な圧力に、周りにいた近衛たちはビクッと動きを止めてしまいました。
………はぁ、近衛たちは使いものになりませんね。
私はさりげなく姫様を自身の背に隠しながら、黒髪の青年と向き合いました。
向き合うといっても、かなり距離がありますけど。
辺りを見渡していた黒髪の青年と目が一瞬だけ合いましたが私は微動だにしません。
むしろ、その瞳を見返してやりました。
私は彼が黒髪だろうと驚きはしましたが怖くはありませんでした。
彼は神聖な召喚術で呼び出されたかたですし、何よりその黒髪を私は綺麗だと思いました。
魔王と同じ色だろうと、その透明感は魔王にはない神聖さがあるように思われたのです……魔王の髪なんて見たことありませんが。
私は自分の勘には正直に生きています。
私の勘は彼を敵だと判断しませんでした……今のところは。
黒髪の彼は私の目をしばし見つめながら、少しばかり目元を緩めてくれたような気がします。
そうすると、氷のような冷たさを感じる顔も少しだけ温かくなるんですね。
驚きです。
「そこの黒をもつ者よ。お前は魔を宿しているが、魔族ではないだろうな?」
「魔族?そんな非現実的なものが僕だって?冗談はよして欲しいですね。全くもって笑えない」
陛下に対してぞんざいな言い方をする青年に、近衛たちは怒りをあらわに青年を睨みつけました。だが、青年はその鋭い視線を鼻で笑って陛下を胡乱げな瞳で見つめて言いました。
「この中だと貴方が1番力のある人のようですね。僕はどうしていきなりこんな辛気臭い場所にいるのか、理解できないんです。説明、していただけますよね?」
何でしょうね、彼は。
丁寧な口調であるはずなのに、なぜかそうと思わせない威圧的な雰囲気を感じます。
え?私の喋り方にも似たような雰囲気を感じる?
ふふふ、ご冗談を。
私は一介の侍女でしかありません。彼のような不遜な物言いなどできるわけありません。
陛下もどうやら彼を魔族として考えるのはやめたご様子。
そうですよね、魔力を感じますけど”魔 ”特有の陰の気配を感じませんもの。
さてさて、陛下は別室にて彼らに事情を説明するようです。
サクト様だけはお名前が分かりましたけど…後のかたはわかりませんから身体的特徴で彼らを名付けるといたしましょう。
茶髪様、黒髪様、……まぁ、銀髪様。
銀髪様は四人目の召喚されたかたです。ずっと無言でしたから、存在すら忘れていました…いえ、むしろその存在感のなさは1番面倒かもしれませんね。
ん?名付けが適当すぎる?
どうせ後でお名前がわかるから、別にいいでしょう。
私、無駄なことはとことん省く主義なんです。
さて、思惑通り分かりましたよ。皆さんのお名前が。
陛下が別室とした陛下の私室にいるのは召喚された四人のかたがた、陛下、宰相様、神官様、近衛団長様、姫様…そして私。
異質なのが一人いると思いました?
…大丈夫です、私は怒ってなどおりませんよ。
だって事実だと私も思いますからね。
でも、やはりこの主要なかたがたと共にいられる私というのはやはり第一侍女という……以下略。
陛下が皆さんに事の次第をお話していますが…思った通りでございますね。
皆さん、話が進むたびに眉間のシワが深くなっていくのです。特に、サクト様。
すでに鼻にまでシワが寄せられとおりますよ。
「……と、いうわけでそなたたちを召喚したというわけだ」
「と、いうわけで……じゃねぇよ!!俺たちには全然関係ねーだろ!!なのに、いきなり魔王倒せとか国を救えとか訳分かんねーよ!!」
サクト様…本名は坂城 愬都様というらしいです…が、唾を吐き出すほどの勢いで陛下に吠えかかりました。
ごもっともですね。
私も同意見です……貴方がたの立場ならば。
「あの…俺、早く帰って夕飯の支度とか妹を保育園に迎えに行ったりしなきゃならないんですけど…」
茶髪様…松原 葵様…、アオイ様と呼ばせて頂きましょう
保育園がどういうものかは知りませんが、アオイ様には早く帰らなければならない事情がおありなのでしょう。
ごもっともです。同情いたします。
「全く無縁の他人に頼らなければならないとは…情けない国ですね。僕たちは貴方がたの尻拭いというわけですか」
やれやれ、と首を竦めるのは黒髪の…本名は天津 伸夜様。
ごもっ………いえいえ。
シンヤ様のお考えも貴方がたから見たら正論ですね。
ですが、もう少しその歯にきせぬ物言いは控えたほうがよろしいですよ?
ほら、団長様がピクピクと青筋を浮かべていらっしゃいますからね。
「その魔王とやらを倒して…俺たちは家に帰れるのか」
あぁ!!やっと名前以外を話してくださいましたね!!
銀髪のかた、本名は譲原 透様。トオル様はあちらではクォーターというものらしく銀髪の髪や色素の薄い瞳は自毛なのだとか。こちらでも銀髪のかたはあまりいないので、思わずうっとりと見惚れてしまいますね。
神官様ほどではありませんが、トオル様は美形ですから。
もちろん、陛下も他の三方も顔立ちは整っているほうだと思いますよ?
ですが、二人は別格という感じなんですよね……うらやましい。
……話は脱線してしまいましたが、トオル様は痛い核心をついてきましたね。
あえて陛下がお話にならなかった部分ですから。
陛下、あまり素直に顔を歪めるものではありませんよ?
あ、ほら…皆様の顔立ちが随分と……凶悪になられてます。
でもアオイ様は可愛らしいですね(笑)
「君たちを召喚したはいいが…私たちには君たちを送り還すための術をまだ…完成させていないんだ。すまない…」
頭を深く下げる陛下。
その後ろ姿はとても凛々しいですよ、陛下!
だけど………
「…っ!!ふっざけんなよ!!お前らの都合で勝手に俺らを呼んだあげくに帰せないだ!!?いい加減にしろよ!ごらぁあ!!」
ですよねー。
サクト様のお怒りは重々承知でございますよ。
ですが、その顔のまま睨むのはやめていただきたいです。
姫様が震えていらっしゃるので。
「ラ、ラシェル…私たち…」
姫様が真っ青な顔でうろたえておられます。
えぇ、えぇ、そうですよ、姫様。私たちの自分勝手な都合で呼び出した、その罪は決して忘れてはいけません。目を背けてはいけないんです。
これがその結果、そして私たち全員が負うべきもの。
だから、しっかりと受け止めてーー…それでも、私たちはこの世界の国の民として彼らに請わなければならないのですよ。
「すまない。私たちは君達に無理を承知で頼みこまなければいけない。どうか…この通りだ」
再び頭を下げる陛下。
もちろん、彼らが簡単に納得するはずなんてありません。
それから三日間に渡る話し合い(説得期間)に渡り、彼らと契約することになりました。
契約内容はさすがに一介の侍女である私には分かりませんでしたが(もう、第一侍女にも限界がありますね)、どうやら彼らは魔王を倒してくれるそうです。
心境の変化にはこの際気にしないでおきましょう。
おそらく、腹を括った、と考えるのが一番でしょうからね。
彼ら四人はいわゆる”勇者 ”として城で力の使い方の訓練を為されることになりました。
……うん、本格的ですね。
四人の方々が城に滞在される間はもちろん、彼らの身の回りの世話をする侍女が必要となります。仕方ないですよね、彼らは私たちの救世主ですし…。
でもですね…?
なぜに私が彼ら四人の世話係隊長なんですか!!!
私は姫様の第一の侍女ですよ!?なのに、私がなぜ四人の…しかも、私一人で四人いっぺんにですよ!!…侍女をしなくてはならないのですか!!
これには、驚くことに陛下も難色を示し、これを決めた侍女長様と宰相様に詰め寄って下さいました。
陛下の御顔がいつもより機嫌が悪そうに見えましたが、それでも陛下は必死に私が姫様だけの侍女でいられるよう取り計ろうとしましたが、宰相様も侍女長様も陛下に取り合いませんでした。
侍女長様が涙ながらに言うには何でも…他の侍女を付けてみたが彼女たちには彼らの侍女が務まるほどでない…と。
というのも、異世界の、ましてやこれから魔王を倒そうとする我らが救世主である四人の方々に熱を上げている侍女たちは少なくなく…どうにも仕事にはならないらしい。そして、邪魔だと追い払われているそうなのです。
全く、私情を仕事に持ち込むなど侍女失格ですね。
しかし彼らに侍女をつけるのは必須。途方にくれる侍女長様が苦肉の策としてあげたのがこの私。つまり、一番優秀で侍女の鏡たる私に白羽の矢が立ったわけです。
……そう説明されれば、私とて辞退するなど安易に言えるはずなどありません。
やってやりましょう!!!
きっちり、しっかり、みっちり、誠心誠意お仕えして、侍女の底力を見せる時です!!
見ていなさい、勇者たち!
私が貴方がたをきちんと管理して見せるわ!!
そこからはもう…
聞くも涙、語るも涙…な物語…ではなく。
まぁ……大変でしたねぇ。
サクト様は寝起きが悪く、最初の頃はよくベッドに引きずり込まれたりとか、抱き枕にされたりとかしました。
その都度、それなりにそれなりの対応をさせて頂きましたが。
アオイ様は好き嫌いが激しくて…朝食で野菜を食べさせるのに1時間以上もかかってしまいました。私に手のかかる弟というのがいたら、ああいう感じだったのかしら……恐ろしい。
シンヤ様はあの遠慮なし、容赦なしの口調ですから身構えていましたが意外と話せる方で(他の方から見ると、私たちが話している空間だけ亜空間になっていたらしいです)、黒髪を綺麗だと言ったら、その日から時々睨まれるようになりました。
私、気に障るようなこと言ったかしら?
トオル様は、あちら式にお名前を書くと透、というように透き通るような印象をもつかたです。神出鬼没なんですよね、彼。私も気配を読むのは得意ですが彼はなかなか読みにくいのです。でも、彼の柔らかい空気みたいな雰囲気は結構居心地が良くて眠くなってしまいます。
催眠効果でもあるのかしら…。
やはりというか何というか。
神が召喚しろと言っただけあって、彼らの能力値は随分と高いです。
平均より、どの能力も軽く上回っているのですが個々で最も秀でている力は違うみたいですね。
サクト様は神官様が使う神術
アオイ様は回復術と召喚獣術、
シンヤ様は魔力、透視術
トオル様は精霊術に秀でているようでした。
これだけ揃えば無敵だと思うのは私だけでしょうか?
私だけではないですね。
それに皆さん身体能力もかなり上がっているらしく、剣を習い初めて一週間を過ぎればもう近衛副団長や隊長たちと互角にやり合えるようになりました。
さすがですね。
ですが、陛下も近衛団長もまだまだお強いですよ?
私が四人の侍女となっても、姫様は私が仕えるべき大切な主君です。
ですから、四人がいらっしゃらない時は私はちゃんと姫様の第一侍女としてお側に控えておりました。
ふふ、優秀で一流の侍女である私ですもの。これくらい当然です。
そして、今日も姫様と一緒に近衛団長と陛下の模範試合を見学していました。
実は姫様は近衛団長をお慕いしているのです。近衛団長は、美形というよりは、兄貴!という感じのマッチョさんなんですが、実は陛下と同い年の幼なじみだそうで…姫様は幼少よりお慕いしていらして…あぁ、なんて一途な姫様でしょう!
私なら、そんな甘酸っぱい思い出は蹴って丸めてごみ箱に捨ててしまいましたよ。
とにかく、姫様は一途で、その想いに団長も気づいているはずなのです。
私の見解では…………。
この二人については、早く近衛団長が決断してくれればいいだけだと思います。
いい加減、マッチョが顔を少年のように赤らめるのを見るのは飽きました。笑いを通りこして、今はさっさとくっつけばいいのに…。この思いしかありません。
最近では近衛団長ともやり合えるようになった四人の勇者様がた。
アオイ様がいうには自分たちはかなりチートな存在だそうです。
チート?とは分からないですが、彼らみたいなのがチートなんでしょう。
分かりました、もう十分です。
それから、なぜか陛下が最近チラチラとこちらに視線を送ってくるのです。
特に顕著なのが姫様と私、四人の勇者様がたと話している時。
はは〜ん、陛下。
貴方、姫様のことが心配なんですね?
えぇ、えぇ、分かりますよ。
この勇者四人は今や城や城下でファンクラブならぬものが作られているみたいですからね!
ちなみに、ファンクラブという言葉も彼らに教えて頂きました!確かに皆様たくさんの女性を虜にしていますが大丈夫です。
姫様のことは私がしっかりと管理いたしますから!!
近衛団長も!そんな顔するくらいなら、告白なり押し倒すなり……あ、これはダメですね。とにかく気持ちをお伝え下さいませ!いくら剣がお強くても、これしきで悩んでいるような貧弱な殿方に私の大切な姫様を託すことなどできませんもの。
陛下はいつも私に「大丈夫か?」と聞いて下さいます。
もちろん、私は笑顔で「大丈夫です、陛下。お任せ下さい」と答えます。
我ながら凛々しい答えかただと思います。
ただ、陛下が毎回首を傾げるのが不思議ですが……
不思議といえば、勇者様四人も不思議です。
サクト様は最近では私が声をかけようとするだけでギロリと鋭く睨んできます。そして少し距離をあけてから大声で話しかけてくるのです。なぜわざわざ離れるんでしょう?と疑問に思い、近づいてみると顔を若干赤かったのです…風邪かしら。
いけない、風邪ならば早急に対処しないと…!!
アオイ様は私にお菓子を下さいます。厨房の料理長と仲良しでいらっしゃるらしく、私が甘いものが好きだと言ったその日からアオイ様の世界のお菓子を作って下さるのです。嬉しいですが……少し太ってしまいました。これからは独り占めしないで侍女たちと分けますね。意地汚くてすみません。
シンヤ様は、あまり変わらないといえば変わらないのですが。妙に私にあれをしろ、これをしろとおっしゃるのです。私も優秀な侍女ですから、それくらいの要望には簡単に答えられます。ただ、いつも他の勇者様や陛下たちと話す時に命じられるので、他のかたとよく話が中断してしまいます。残念です。
トオル様は、ガーデニングがお好きらしくよく庭師と共に庭の花を弄ったりしています。美男と花、なかなか素晴らしい光景です。トオル様はよく庭に咲きはじめた綺麗な花を渡してくれます。トオル様の腕も良いのか、どの花も十分な日の光を浴びていて美しいです。姫様の部屋に飾れば、姫様も喜んでくれました。
後は、よく皆様とお茶をします。一介の侍女である私が同席するのも憚られるのですが皆様に強引に座らされては…仕方ないですよね?
いえいえ!決して、アオイ様の美味しいお菓子につられたわけではありませんよ!!
そんな毎日はとても充実していましたが、終わりは突然やってくるものです。
皆様が魔王退治の旅を始める日がやってきました。
やはり、皆様と幾分かの時間を過ごしていると情のようなものが移ってしまうわけで…
魔王を倒せなくても、無事に帰ってきてくれればと思います。
旅立ちの前夜には、
なぜか四人の勇者様が一人ずつ私と姫様の部屋に訪れました。
姫様に挨拶をしたいのかと思いましたが、姫様はすでに就寝中。どうしたものかと考えていましたが、皆様は私に聞いてもらえればいいとおっしゃって下さいました。
皆さん……分かりました。
しっかりと一言一句お聞きして、明日の朝姫様にお伝えしますね!!
「お、俺は魔王退治の旅ってのに出るけど…よ、その、すぐ帰ってくっからな!だから、その…待ってろよな!!」
「正直、魔王を退治しろって言われても分からないんだけどね。でも、ラシェルさんのいる国にはもう手出しはさせないから」
「さっさと終わらせて帰ってきます。魔王なんてふざけたもののために、僕たちがどれだけ苦労したか分からせてやります。君は何も心配しなくていいですよ」
「これ…やる。後、帰ってきたらまた一緒にお茶を飲もう。それまでに咲く花たちがたくさんあるんだ」
「皆さん、気をつけていってらっしゃいませ」
皆さんに、私が作ったお守り石を差し上げました。
昔、天使が地上にばらまいたと言われる鉱物がありまして実はそれを以前私の後見人をして頂いている伯爵様から頂いたのです。それを割り、手製の袋にそのカケラを入れさせていただきました。
それを皆様にお渡ししたら……あの、お礼はちゃんと顔を見て言って下さいね?
礼儀ですから。
その夜はまたも不思議なことに陛下もいらっしゃいました。
どうやら陛下も魔族の襲撃に合った近隣の町や村の様子を見に行くそうです。
私はカケラが余っていたので、僭越ながら陛下にもお渡ししました。
すると、いたく喜んでいただいて、手まで握られてしまいました。
陛下の手は意外と大きいですね。
「何もかも終えたら、聞いて欲しい話がある」
………何でしょう?
何もかも…ということは、魔王のことですよね。
うーん…陛下が私にお話したいこと…………はっ!!!
ま、まさか陛下の噂の片思いの話…とか?
む、無理です陛下!!私に恋愛相談するより、恥をしのんで姫様に聞いたほうがいいです!
姫様なら嬉々として相談にのってくれますよ!
そんなこんなで、
勇者様たちも陛下もみーんな城を出ていってしまいました。
あ〜、これは長期休暇気分でいいかな〜?と考えていました………が、
「「「「ただいまー」」」」
勇者様は四人は二週間後に、帰ってきました。
え!?魔王は!!とびっくりしていますと、どうやら彼らは素晴らしいチートを発揮して魔王と退治。死なない程度にこてんぱんにしてから、散々脅してから意気揚々と帰ってきたみたいです。
あ……シンヤ様のお肌がツヤツヤしています。
これには陛下も仰天していました。
しかし、勇者様曰く、まだ魔王が完全に反省しているか分からない。
だから魔王退治はまた後々に保留するとのこと。
そんなのありですか!?
陛下も私たちも口を開けて唖然とするばかり。
しかし勇者様たちはどこ吹く風で……また二週間前の生活に戻ってしまいました。
あ、いえ。
二週間前とは少し違いますね。
四人と私のお茶会時では、いつも笑いあっている四人ともが妙にピリピリして相手を伺っているのです。
一度指摘してみると、
「「「「今日の友は今日のライバル」」」」
とピッタリ答えられてしまいました。
すみません、意味が分かりません。
また、陛下は何やらぶつぶつ呟きながら書庫に入り浸っているようです。
どうやら、勇者四人様の帰還のための術を模索しているのだとか。
さすが陛下。
彼らのために、そのようなことを夕飯すら食べずに探し回るなんて……国一番の誠実さですね。
さて、私の独白は今はこのくらいにいたしましょう。
結論から言いますと、やはり私は優秀な侍女でございまして異性のことは理解できないことばかりということです。
……まぁ、したくもありませんがね。
面倒ですから。