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F l a t_フラット 作者:aza/あざ(筒示明日香)

♭finale

10/17

Still for your love,Light you up.

 





♭finale Last minute to「Flat」 At that time in 2015.



   【Still for your love,Light you up.】






 壁も家具も機材も真っ白な一室。そんな中で座って向かい合うのは二人の女性。
「経過は順調です。しかし……」
 女医と思しき無表情な白衣の女性が、モニターを見ながら言った。正面で静かに聴いていたもう一人の女性は、同じく表情の無かった唇に笑みを乗せた。女性、と言うより、少女、と呼んだほうが似合いそうな若い女性だった。その華奢な体は、不釣合いな程膨らんだ腹を抱えているが。
「先生、昔お話したこと憶えていらっしゃいます?」
 女医が、ぴくりとも顔の筋肉を動かさず笑う女性を見た。以前の話だ。まだ女医が総合病院で医師をしていたころ。『不老延命措置』の検診を担当していたとき、二人はすでに会っていた。このころ、女性は妊娠をしていない、一般的な独身女性だった。
「私が、“生理中なので婦人科の検査は出来ません”と申し上げたら、先生が“そうですか、おめでとうございます”って仰有ったんですよ」
“先生、今日の検査なんですけど、実は今生理中で……”
“そうですか。では今日の検査はいいでしょう────おめでとうございます”
 女医は、言われて思い出した。日々何万も人を診る職業だ。一人一人を憶えているはずも無いのだが、彼女のことは、そこはかとなく、憶えていた。
“おめでとうございます”、と告げたときの彼女の瞳が、酷く翳ったからだ。
 現代は子供を作ることが義務とされている。こんな時代で、正常に生殖器が機能しているのだから当然のように“おめでとうございます”と言う。もっとも、女医自身は特に感情を持ち合わせていなかった、としても。当たり前のことを、しただけだった。
 けれど、彼女は昏い眼をした。拒絶、するように。
「私あのとき、“何がおめでたいんだ”って思ったんです」
 そうだろう。女医の読み通りだった訳だ。女医の表情は、当たったからと言って動かなかった。
「実際、問いましたよね。“何が”って」
 そうだ。“何が、ですか”、問う彼女を、女医は今と変わらず無機質に見返していた。意味がわからなかったし、よく在る、ホルモンバランスの崩れに因る精神不安定だと考えたからだ。
「そうしたら先生、“今は子供を作ることが重要視されていますから、月経を迎えていることは非常によろこばしいことでしょう”ってお答えになられたんですよ」
 言った。そしてこうも言った。“ですから、─────”
「“ですから、おめでとうございます”って」
 女医はうんともすんとも言わなかった。憶えているし確かに口にしたので否定もしない。それでも、微動だにしなかった。ただ女性が何を言いたいのか悟れず、ひたすら耳を傾けていた。
「私、今でも正直、“何がおめでたいんだ”って思っているんです」
 女医の眉が、そこで初めて、微かに動いた。まさか、マタニティブルーだろうか。もしそうなら、カウンセリングを行う必要が在るかもしれない。現今、殊、妊娠に関して世界は慎重だった。産婦人科医療は難しさを周知となった今でも、いや、今の時代だからこそ、母子の危険、特に流産死産はタブーとされている。基本遺伝子異常が原因で起こるのが流産とされる。だが、母親の精神状態が、胎児に影響を与え、コレで死ぬケースも未だゼロではない。鬱にでもなられれば厄介である。ゆえに、初期の小さな不安要素も取り除かねばならなかった。
「翅白さん、あなた、」
「けどね、先生」
 女医が確認しようとした声を、『翅白』と呼ばれた女性、────圭が、遮った。
「私、“良かった”とは思っているんです」
 圭は笑って、続けた。“良かった”と思っている。あのときとは逆に、女医が“何が”と考える番だった。
「先生の言った“おめでとうございます”には賛成し兼ねるけど、この機能が正しく動いてくれていることに、“良かった”って」
 彼女は大きなお腹を摩った。愛おしく思っているのが仕草の一つ一つに垣間見えた。が、やはり言いたいことが判然としない。圭の意図を掴むために、女医は静観に戻った。
「この子を授かることが出来た。だから、私、怖くないんです」
 自分がどうなっても、経過が順調なら、それで良い。圭は、笑顔だった。平然と、毅然と、笑い顔には強がっている節も見当たらず無理をしている風でも、無かった。ああ、そう繋がるのか、と。とにかく、マタニティブルーでなくて良かった、と女医は普段余りしない嘆息を、ひっそりしたのだった。






 時は早いもので数年経つ。圭の娘は大きくなった。圭が購入して数年過ごしていた郊外の家は、こじんまりとして二人で住むには最適だった。侑生は知らないが偶然かわざとか、『侑生』が死のうと決意した切っ掛けの学校と死に場所に選んだ公園が在る住宅街だった。
 圭の娘は母体が『不老延命措置』を長年受け続けた影響で、生まれ付き体が弱く短命だろうと診断された。[弊害]の一つが、圭の遺伝子を蝕んでいることを、侑生は密かに憂いた。
由比(ゆい)ー」
 圭が生前遺した名前。圭の父母が、圭が産まれる前によく遊びに行った浜から取ったそうだ。現状汚染が進行し、浜自体は今立ち入り禁止になっている。
「なぁに、侑生」
 二階から声がした。凛とした、冬の空気で鳴る金属を想起させる声。
 圭と同じだった。
 容姿は父親そっくりなのに、声も嗜好も性格も、皆圭に似た。侑生は苦笑した。「ご飯だよ」と言って台所に戻った。部屋から由比が飛び出して来る。ただでさえ体力が無いのに、と侑生はちょっとだけ冷や冷やする。そんな侑生の心情なぞ構わず、由比が纏わり付いて来る。
「侑生ー。ご飯食べたらバイオリン弾いてくれる?」
“あなたと、永遠にいられるわ”
「……残さず食べたら、ね」
 日々を重ねる中で由比を見詰めながら、成長する毎に見付ける面影に侑生は思う。
 確かに『圭』は、この子の中にいるのだと。



“私はひとりじゃないわ。あなたがいるもの”
“私は、今、しあわせなのよ”

“ごめんなさい。私のために、生まれて来てくれて、ありがとう”



 まだあなたの愛のために。



 あなたの遺伝子を、行く末を、見守って行こう。






   【了】






To everybody who read.
(読んでくださった皆様。)

To everybody who assisted.
(応援してくださった皆様。)

To everybody who attended it to the last minute.
(終わりまでお付き合いくださった皆様。)



thanks sincerely of maximum.
(心より最大の感謝を。)



At the end. Please love world of this "Flat".
(そして最後に。どうかこの「Flat」の世界を愛してあげてください。)



Thank you really.
(本当にありがとうございました。)






2015
From aza
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