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F l a t_フラット 作者:aza/あざ(筒示明日香)

♭01

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「 二 人 」

 





♭01 そこは、桜の咲く海。



   【「 二 人 」】






 本来の季節なら桜が咲くはずだ。けれど気温が低い今、寒い中で桜はその蕾を眠らせ、咲く夢を見ながら膨らんでいる。海辺に埋められた桜の木は、潮風で枝を微かに揺らしながら佇んでいた。
「風が冷たい。そろそろ体に障るよ、(けい)
 ひょろりとした影。低くも無く、しかし女性とは言えない高さの声。
 声の主は心配そうに眉を顰め、隣りのチェアに腰を落ち着ける相手へ呼び掛けた。
 その風情、繊細にして華奢。
 赤みを帯びた茶色の髪と、それよりも薄く、どちらかと言うなら金色を刷いたような薄茶の瞳。その目が捉えるのは、意識を向ける一人だけ。
 細い肢体を包むオフホワイトのハイネックボーダーとジーンズが、白い肌と相俟って淡い色合いを成している。
 儚げな、男性にしては美しい顔立ちが陰って────しかし向けられた相手は何も気に留めていないようで、飄々と返した。
侑生(ゆう)は、心配性ねぇ?」
 さらりと、そう事も無げに告げるのは、少女のような女性。
 ような、と言うのは的確な表現だった。女性は『少女』と称するには落ち着いていたし、その雰囲気は外見から思い付く年齢より老成した感じがする。何より。
「心配するよ。きみは、身重なんだから」
 その青年、侑生の言葉に、女性、圭は苦く緩やかに微笑んだ。笑んで、自身の手で自らの腹を撫でる。
 少女のような小柄の体にしては不釣り合いな程膨らんだ、腹を。
「そんなに想われて、この子はしあわせね?」
 腹を慈しむ様は少女や女性ではなく、[母]だった。
 複雑そうに、侑生は笑う。その笑顔はどこか悲しそうだったけれど。
 圭は気付いているのか、いないのか。しかし言いはしない。
 口にするのは、不義理だからだ。

 寄り添うみたいに、ぴったり嵌まった空気の二人は、だが血縁者ではなかった。

 そもそも、侑生は[人間]では無い。

 侑生は『ドール』と言う、生体機械だった。



 昔の人は、未来をどんな風に空想していただろう。こんな“世界”は、考えていたのだろうか?
 生きること、そのものを管理されるような“世界”を。

 ある時、世界は局面に立たされた。いつからか子が少なくなり老人が増えたのだ。
 それは、緩やかな世界の[死]を意味した。各国は焦った。バランスを崩し始めた世界を、建て直さねばならなかったからだ。
 既婚者への『完全優遇制度』に、未婚者の『不老延命措置』の処方義務や不妊治療技術の進歩。果ては、体に不具合が生じた際または死んでしまった場合に、[存在]を代替するクローンとそれに関する法の改正や開発。
 今や実年齢から程遠い容貌の似非若人が平気で地上を闊歩し。俄かに生者が溢れてそのために、死者は宇宙に浮かぶ人工の星にと追いやられた。

 それから現在では、それらの[弊害]の“対策”に追われるようになって。

 こうして、今の『世界』は出来上がった。
 無論、そうした幾年懸けての科学の進展が、侑生と言うような[モノ]を創り出したのだけど。これについて侑生は何ともコメントし難かった。

 こんな世界で無かったら、と思う気持ちが在るからかもしれない。

 派手に称えられることは無いけれど、よく口にされる文句が在った。
“『ドール』は、まさに[新人類]だ”、と。
 ともあれ、侑生にその気は無い。そんな称賛だか絶賛だかはうれしくないし、興味も無い。侑生にとって大事なのは、圭と圭に関係することだけだ。

 愛して愛して。それは母を慕う子であり姉を想う弟であり妹を可愛がる兄であり娘を愛おしむ父の感情に類似した。

 侑生は、『ドール』ゆえに人間のような[愛]はわからない。

 それでも、侑生は圭を真実(ほんとう)に愛していた。

 だからこそ、高齢で不老延命措置を受け過ぎた圭が、笑いながら子を産むのだと宣したとき。
 侑生はその同じ表情で解体処分を下される想像を、なぜか脳裏に描いて連想し憂鬱な気分になった。いや、いっそ本当に解体されて処分されるほうがずっとマシだったかもしれない。その通告のほうが。
 それ程に、侑生にはショックだったのだ。けれども、侑生に圭を止める術などは、無くて。
 あの強い瞳に、自分が何を言えたのか。探しても言葉を持っていなかった侑生には、その強固な決断を前に、頷く(ほか)無かった。

「────。……もう戻らないと、」
「侑生」
 体に悪いよ、そう続けようとした侑生を、圭は遮った。遮る声の語尾に強さは無い。
 むしろ穏やかで、そこにはあたたかさや気遣いさえ滲んでいた。

「ねぇ、侑生。

 昔話を、しましょうか?」

 語り口調で滑り出された科白は、どこか淡々とけれどふわりと軽くて。現実味が見えない。
 なのに痛烈に逆らえない圧迫が、侑生には感じられた。まるで体内のどこかを鷲掴みにされたような。
「昔、話?」
 息継ぎを上手く出来ない感覚に囚われながら、それでも圭に問い返す。それがこの場に必要だからと、侑生は己を宥めては叱咤して。

「ええ、昔話よ。一人の愚かな女と、三人の父親の物語」

 そして、あなたが生まれた経緯でも有るわ。そう言って。

 そう言って、微笑した圭は、花が綻ぶように。
 少女の幼さで、女性の艶やかさで、母親のやさしさで。
 未だ咲けず膨らむばかりの桜のように。

 侑生は、そんな事象にも関心が無かった。どうだって良い。自身の出自になんて、好奇心も擡げない。
 だけど侑生には決定権が無かった。要らなかったから。侑生の返答など。頷けば良いだけで、その中身は問われない。
 今本質を見抜いたと言うより、前から身の内に仕込んでいたみたいに。ゆえに、侑生は首肯した。圭の話に耳を傾けると。

「はい、ご主人様(マイ・マスター)────」

 圭が求めたのは、否定でも肯定でも、ましてや返答でも応答でも無かった。
 ただ黙って聴き止どめる、自分。

 この場に必要で重要だったのは、忠犬みたいに従順な、話を促すだけの『人形』の自分だったから。





 
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